◎調査・報告


脱脂粉乳の麹菌による発酵について

北里大学獣医畜産学部
教授  伊藤 良


 脱脂粉乳は、還元乳として飲用への利用に加え、製菓、調理など多方面への利用がなされている。また、最近では味噌への添加利用の可能性が示唆され、新規の応用方法の開拓が行われている。ところで、わが国では健康志向の高まりから、日本固有の食文化が見直されつつある。その一つに「麹」の利用がある。古来からの麹菌であるAspergillus oryzae(日本コウジカビ)は清酒、甘酒、みりん、味噌、しょう油、漬け物などの製造に用いられてきた。近年では、これらのほかに新しくチーズ製造などにも応用されてきた。ここでは、麹菌の有するタンパク質分解性を利用して、脱脂粉乳還元乳およびホエイパウダー還元乳に麹菌を接種して、各還元乳に含まれる乳タンパク質の分解性と麹菌発酵分解生成物の性状の一端を明らかにして、脱脂粉乳の新規の利用方法を探ることとした。

1.麹の選択

 麹には、いわゆる「米麹」と「味噌麹」がある。米麹は主に酒製造用の麹であり、麹菌には麹の主体である米でんぷんを分解してグルコースに代えるアミラーゼ作用の強いものが多く、一方、味噌麹は大豆タンパク質の分解を担うことからタンパク分解酵素を多く産生するものが多いことが知られている。ここでは味噌麹を使用して、乳タンパク質の分解を行わせることとし、味噌麹の脱脂乳培地あるいはホエイパウダー培地における乳タンパク質の発酵(分解)を行わせるための各種の条件を検討した。

2.脱脂乳およびホエイパウダーの麹菌による発酵条件の検討

(1)味噌麹

 味噌麹は、十和田市内の麹店から味噌製造用の麹を購入したものを種麹として使用した。麹の使用に当たっては、(1)何らの処理なしに種麹を試料乳に添加、(2)種麹をパン培地に接種して、パンに麹菌を増殖させたもの(以下「パン麹」という。)を使用した場合がある。

(2)発酵条件の検討
 脱脂粉乳を40%濃度で水に溶解させた脱脂粉乳還元乳(以下「還元乳」という。)およびホエイパウダー還元乳(以下「ホエイ乳」という。)は、いずれも微生物にとっては栄養素の豊富な食品であり、微生物の増殖(細菌汚染による好ましくない異常発酵)が起こりやすい。このため細菌汚染を防止しつつ、麹菌を増殖させるための方法として、還元乳あるいはホエイ乳への食塩(NaCl)の添加による水分活性の低下効果およびエタノール添加による静菌効果を考えた。NaCl濃度は、予備実験の結果から3%とした。また、麹菌以外の微生物の静菌効果を期待するために4%のエタノールを加えた。

 発酵温度については、4週間の発酵期間中におけるタンパク質分解性の比較から30℃で行うこととした。


3.麹菌による還元乳およびホエイ乳の発酵

(1)発酵条件

 脱脂乳およびホエイ乳の組成は、予備実験から次の通りとした。

a)還元乳

  脱脂粉乳 40.0%(w/v)
  NaCl 3.0%(w/v)
  エタノール 4.0%(v/v)
  グルコース 0.1%(w/v)または無し(0%)
  麹(またはパン麹) 12グラム (10グラム)
  pH 5.6

 これらの試料は、「還元乳1」として上記の組成のもの、「還元乳2」としてグルコースなしのもの、「還元乳3」としてグルコース0.1%でパン麹を加えたもの、「還元乳4」は「還元乳3」と同様であるが、パン麹を粉砕パンで作製して加えたものとした。

b)ホエイ乳

 ホエイ乳の基本組成は、上記の還元乳の脱脂粉乳をホエイパウダーに置き換えたもので、そのほかの成分の組成は同様である。

 これらの試料は、「ホエイ乳1」として上記の組成のもの、「ホエイ乳2」としてグルコースなしのもの、「ホエイ乳3」としてグルコース0.1%でパン麹を加えたもの「ホエイ乳4」として「ホエイ乳3」と同様であるが、パン麹を粉砕パンで作製して加えたものとした。


(2)発酵状況の観察

a)還元乳:いずれの試料においても、発酵開始1日目には、還元乳は凝固した。これは麹菌プロテアーゼによってκカゼインが分解され、パラカゼインに変化したためと考えられた。この凝固性は1週間の間に次第に強くなった。それ以降は、少しずつ軟らかくなっていったが、完全な溶液状にはならなかった。パン麹を添加したものでは、凝固物はあるものの溶液状に近いものであった。香りは、麹特有な芳香が感じられた。パン麹では、その芳香が弱く感じられた。

b)ホエイ乳:2日目には2層に分離し、上部は黄色の濁りのある層で、下部は沈殿が見られた。パン麹を添加したものでは粒子部分の層が薄くなった。香りは、異臭も無く、味もホエイパウダーの味が残っていた。3日目には塩味は少しマイルドになった。4日目には2層が明確ではなくなってきた。


4.麹菌発酵試料乳の性状

 還元乳およびホエイ乳に麹菌を接種してから1カ月間の発酵終了後に、各試料乳を凍結乾燥して、ブレンダーで粉砕して粉末状にした。これらの粉末について、水への溶解性、乳タンパク質の変化、抗酸化活性などを検討するとともに粉末の味覚テストを行った。

 なお、麹菌によって発酵させた還元乳(1〜4)を以下では発酵乳(1〜4)とし、ホエイ乳の場合はそのままホエイ乳(1〜4)とした。

(1)発酵乳粉末の溶解性

 各試料乳発酵後の粉末の水に対する溶解性を検討した。各試料の粉末を 0.2%(w/w)濃度で蒸留水によく分散させた後、波長550ナノメートルにおける透過率を測定した。対照の蒸留水の透過率を100%とした。その結果を図1に示した。

図1 発酵乳粉末の蒸留水に対する溶解性

 水に対する溶解性は、発酵乳よりもホエイ乳の方が高かった。いずれのホエイ乳においても透過率は80%以上であった。しかし、いずれも濁度を伴った溶液であった。そこで乳タンパク質がどのように変化したかをSDSポリアクリルアミドゲル電気泳動法およびHPLCゲルろ過法で観察した。

(2)電気泳動図の変化

 麹菌発酵乳のタンパク質の変化を図2に、麹菌発酵ホエイ乳の変化を図3に示した。


図2 麹菌発酵乳の電気泳動像
図3 麹菌発酵ホエイ乳の電気泳動像


 発酵乳1、2および4では30キロダルトン付近のカゼインタンパク質に相当するバンドは薄くなっているもののバンドの存在は明確であった。一方、発酵乳3の場合にはカゼインタンパク質およびホエイタンパク質のバンドがほとんど消失する程度まで分解が進んでいた。このことは胞子化パン麹はカゼインタンパク質およびホエイタンパク質を充分に分解すると考えられた。

 ホエイ乳の場合も発酵乳と同様に3においては強くホエイタンパク質が分解されていた。

(3)ゲルろ過曲線の変化

 麹菌で発酵させた発酵乳およびホエイ乳の分解産物(ペプチド)は、どのような分子量分布を持ったペプチドであるかを知るために、HPLC(ゲルろ過)を行った。カラムにはTSK-GEL G2000SW(7.5x300ミリメートル)を使用した。溶出液にはリン酸緩衝生理食塩水(PBS) を使用し、流速は1ミリリットル/分とした。検出は215 ナノメートルにおける吸光度を測定した。溶出試料は、あらかじめフィルター(DISMIC-3cp)を通過させてから、カラムに入れた。麹菌発酵乳と麹菌発酵ホエイ乳のゲルろ過曲線を図4および5に示した。


図4 麹菌発酵脱脂乳のゲルろ過曲線
図5 麹菌発酵ホエイ乳のゲルろ過曲線


 対照では溶出時間約7分の位置にカゼインタンパク質のピークが大きく見られ、10〜14分にはホエイタンパク質の小さなピークが認められた。麹菌による発酵によっていずれの発酵乳においても分子量が1万〜2万程度のペプチドが出現していた。ジペプチドであるカルノシン(β-Ala-His)は、約17分で溶出されることから、発酵乳3(緑の破線)ではこれに近い分子量のペプチドおよびアミノ酸も生成していると考えられた。このことから発酵乳3は、特徴的な性質を有していると予測された。

 対照ホエイ乳の溶出パターンでは、溶出時間7分前後には高分子量の免疫グロブリンのピークに加えて9分前後のβラクトグロブリン+αラクトアルブミンの大きなピークが認められた。麹菌発酵によって12〜13分に見られるペプチドピークが検出された。

(4)麹菌発酵産物の粉末の抗酸化活性

 生活習慣病など多くの疾病は、抗酸化物質の摂取で予防が可能とされていることから、ここでの発酵産物に抗酸化活性が検出されれば、これを意識した製品の開発に応用可能であろう。

 そこで、発酵乳およびホエイ乳を凍結乾燥し、粉末にしたものを試料として抗酸化活性を測定した。対照として抗酸化性ペプチドであるカルノシンを使用した。測定に際して使用した試料重量は50マイクログラムとした。その結果を図6に示した。

 いずれの発酵乳およびホエイ乳においても抗酸化活性は認められた。中でも発酵乳3およびホエイ乳3は高く、カルノシンの約2倍の抗酸化活性が認められた(p<0.01)。

図6 麹菌発酵乳粉末の抗酸化活性

 発酵乳あるいはホエイ乳の粉末には、NaCl、乳糖などが含まれており、ここで認められた抗酸化活性が、これらの成分に起因しているか否かについての検証は行わなかったが、大部分は発酵によって生成したペプチドおよびアミノ酸に起因すると考えられた。特に発酵乳3およびホエイ乳3には十分な抗酸化活性を有する成分が含まれており、発酵乳あるいはホエイ乳粉末を素材とする新規の応用面が期待される。


5.麹菌発酵乳の官能テスト

 麹菌で発酵させた発酵乳およびホエイ乳の粉末に対する官能テストを10人のパネラーによって行った。各評価項目の評価点数は、5:強い、4:少し強い、3:普通、2:少し弱い、1:弱い である。結果を図7に示した。

図7

 塩味についての評価は、発酵時のNaCl濃度にはあまり影響されてなかった。甘さについては、発酵乳1が低かったが、それ以外は各試料とも大きな相違はなかった。コクについては発酵乳2の評価が高かった。うまみについては、発酵乳よりもホエイ乳の方が全体としては高い評価であった。

 タンパク質分解が大きかった発酵乳3およびホエイ乳3では、特に際だった味を呈するものではなく、発酵乳3においては、まとまった味を有するものと考えられた。これらの粉末の官能評価では一切の不快な味を感じることがなかった。


6.まとめ

 脱脂粉乳の40%還元乳およびホエイパウダーの40%還元乳に麹菌を接種して発酵させるとカゼインおよびホエイタンパク質は分解されていた。中でもパン培地で培養し、十分に胞子形成させた麹菌を接種した場合には、電気泳動図およびゲルろ過曲線から、カゼインおよびホエイタンパク質ともに分解性が大きかった。特にパン麹を接種した発酵乳3あるいはホエイ乳3ではほかのものに比べて低分子量ペプチドあるいはアミノ酸が多く生成されていた。発酵後の粉末試料を用いて抗酸化活性を測定したところ、パン麹を接種して発酵させた発酵乳3およびホエイ乳3の粉末は、抗酸化ペプチドであるカルノシンに比較して約2倍の抗酸化活性を有していた。

 これらの粉末の官能テストを行ったところ、コクの評価が発酵乳2で高く、うまみの評価は、全般的にはホエイ乳の方が高かった。発酵乳3は、各評価のバラツキが少なく、まとまった評価であった。いずれの試料においても不快な評価のものはなかった。

 この粉末の新規の利用方法として、粉末溶液の白濁性を利用したドレッシングや各種のスープ用素材あるいは練り製品用の素材として、また、白濁性が目立たないタレなどの素材としての応用が考えられた。ホエイ乳の場合は、透明性が確保され、溶解性も良いことから、ほとんどの食品さらには水溶性食品の多くに、乳タンパク質由来の抗酸化性ペプチド含有素材として応用が可能であると考えられた。


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