◎専門調査レポート


生産情報公表牛肉の導入条件と課題(前編)
−JET肉牛生産グループの取り組みから−

東京大学大学院経済研究科
助教授  矢坂 雅充

1.はじめに

 平成15年12月に牛肉を対象とする「生産情報公表JAS規格」が実施された。その後、16年7月に豚肉、17年7月に農産物へと、その対象品目が順次拡大されていった(注1)。この生産情報公表JAS制度は、流通履歴情報に基づく基礎的なトレーサビリティシステムにとどまらず、飼料や動物用医薬品の使用状況といった生産履歴情報を消費者に公表することを規定した特定JAS規格である。しかもJASを管理する独立行政法人農林水産消費技術センターが調査し、大臣登録された登録認定機関による第三者検査を義務付けることで、公表される情報の信頼性を担保している。

 生産情報公表JAS規格は、牛・牛肉のトレーサビリティを導入する法律(牛の個体識別のための情報の管理及び伝達に関する特別措置法)、ガイドラインと同時並行的に検討されていった。JAS規格の牛肉トレーサビリティを設けて、消費者の多様なニーズに応えたトレーサビリティの導入を促そうとしたといえよう。BSEの発生や表示偽装事件などによって失墜した食品の信頼を回復するためには、法律では義務付けられない付加的な情報の記録・保管、伝達・公表を内容とするトレーサビリティシステムが必要であると考えられていた。流通履歴情報の記録保管、伝達による基礎的なトレーサビリティだけでは、充分な信頼感が得られない、という意見が消費者団体などから多く寄せられたからである。消費者の関心は、農産物・食品が生産されるときに用いられる農薬・動物用医薬品、飼料などの情報、いわゆる生産履歴情報に集中した。BSEが肉骨粉入りの飼料によってまん延したという不安、消費者と農業生産の現場との距離感の広がりを反映して、と畜・解体処理をはじめとする牛肉流通よりも、牛の飼養過程への危ぐに関心が集まったといえよう。生産者も生産履歴情報を積極的に開示して、消費者と「顔の見える関係」を築こうとする傾向がみられた。

 こうしてより高いレベルの信頼性を要求する消費者に積極的に対応した、任意のトレーサビリティシステムとして、生産履歴情報の記録保管・伝達を組み入れた生産情報公表牛肉が設けられた。それは公的な「自発的なより高度なトレーサビリティシステム」として位置付けられている。流通履歴に関する基礎的なトレーサビリティシステムに、(1)飼料、肥料、農薬・動物用医薬品などの生産資材の情報記録保管・開示、(2)事業者に対する第三者機関による認定、定期的な検査、(3)チェーントレーサビリティの構築による食品へのJASマークの貼付を付け加えることで、より高度なトレーサビリティへの要望に応えるという施策の方向が示されることになった(注2)。

 では、生産情報公表牛肉は、自らの事業環境を有効に活用して、安全で信頼性の高い牛肉生産・流通に工夫を凝らそうとするビーフチェーンを構成する事業者にとって、どのように評価され、導入されているのだろうか。現下では、生産情報公表JASマークが表示された牛肉を小売店で目にすることは少ない。当初期待されたようには、生産情報公表牛肉が普及しない要因を、整理しておくことが必要であろう。こうした視点から、生産情報公表牛肉への具体的な取り組みの実態をみていく必要がある。

 本稿で取り上げる事例は、JET肉牛生産グループを構成する(1)(有)ジェイイーティーファーム・(有)栃木ファーム、(2)協業組合本庄食肉センター、(3)(株)ミートコンパニオン(埼玉営業所)と、そこで生産・出荷される生産情報公表牛肉を仕入れ販売している(株)フレッセイ(食品スーパーマーケット)である。JET肉牛生産グループが出荷する牛肉は、まだいずれの販売先でも生産情報公表JASマークが貼付されて販売されているわけではない。小売店舗でのバックヤードあるいはアウトパックセンター(外部の精肉加工処理センター)で、生産情報公表JAS規格への取り組みは途切れている。いわば部分肉流通までの取り組みとなっている(注3)。生産情報公表JAS規格への取り組みは、まだ、チェーントレーサビリティ構築に向けた移行期・過渡的状況にある。それだけに生産情報公表牛肉の今後の展開を検討する上で、JET肉牛生産グループとフレッセイの事例は、重要な示唆を与えてくれるといえよう。やや前置きが長くなるが、分析視角についていま少し述べておこう。

 一つは、生産情報公表JAS規格に取り組む事業者のチェーンとしての連携についてである。それぞれの事業者は、安全や健康などに高い関心をもつ消費者をターゲットとした牛肉の新たな価値、新たなカテゴリーの牛肉の開発に積極的である。こうした特定の消費者のニーズに応える牛肉を生産し販売することで、独自の牛肉事業を確立しようと模索している。ビーフチェーンとしての取り組みを必要とする生産情報公表JAS規格では、各事業者の取り組み姿勢が同じベクトルであることが求められる。それだけに牛肉の新たな価値を追求しようとしている肉牛生産者、と畜・部分肉製造業者、牛肉販売者の考え方を検証しておく必要がある。

 いま一つは、生産情報公表牛肉のJAS規格に対する評価についてである。生産情報公表牛肉への関心や期待が高くても、当然ながら事業者は生産情報公表JAS規格を活用するメリットとそのための手間や費用とを比較考量して、その導入の可否が判断される。生産履歴情報の内容と開示手法、第三者機関による認定・検査システムなどに関して規定しているJAS規格が要求する事項が、事業者にとって現実的な投資として位置付けられるかどうかが判断基準となる。高度なトレーサビリティの導入によって牛肉の「新しい価値」を開発し、食にこだわる消費者のニーズに応えようとする事業者が、どのような判断を下しているかを検討することで、生産情報公表牛肉のJAS規格の制度的な課題が浮き彫りにされよう。

 以下、生産情報公表牛肉の生産、加工処理を行うJET肉牛生産グループの取り組みをみていくことにしよう。


2.JET肉牛生産グループの生産情報公表牛肉認定

 JET肉牛生産グループは、国内最大級の酪農メガファームとして注目されているジェイイーティーファームと、その肉牛肥育経営部門である栃木ファームが主体となり、と畜処理場の本庄食肉センター、部分肉加工場のミートコンパニオンが加わって設立された生産者グループである。

 ジェイイーティーファームは約2,000頭の乳用牛を飼養する大規模酪農経営である。北海道から導入される育成牛は黒毛和種の受精卵移植を施し、生まれた子牛は、育成牛として出荷されるが2産目以降は黒毛和種との人工交配が行われ、北海道産初妊牛から分娩される交雑種と合せてほ育・育成される。交雑種は7カ月齢で栃木ファームに移されて、肥育過程に入り、常時4,500頭の交雑種(F1)が肥育され、28〜29カ月の肥育ののち年間1,700頭が出荷される。


(有)ジェイイーティーファームスモール舎での子牛育成


 ジェイイーティーファームと栃木ファームをあわせて6,500頭余りの国内最大級の乳肉複合経営が、生産情報公表牛肉に取り組むこととなった。後にみるように、ISO9001の認証取得によって、精緻な品質衛生管理や労務管理システムを確立した大規模畜産経営だからこそ、生産情報公表牛肉の生産に取り組む優位性があると判断されている。マネジメントを重視した大規模畜産経営にとって、生産情報公表牛肉のJAS認定はこれまでの経営成果の副産物あるいは応用とされている点で注目される。

この肉牛生産グループは、生産情報公表JAS規格の認定を事業者が一体的に受けるために設けられたもので、JAS規格の要件を簡易な形で満たすための受け皿となっている(注4)。

 生産情報公表JAS制度では、と畜場と一体的な認定を受けないと、生産工程管理者が自らその都度、と畜場に出向いて格付け、つまりJASマークを貼付しなければならない。そこでと畜場・部分肉加工場を生産工程管理者の構成員として組み込んだ生産者グループを設立し、と畜・部分肉加工場の生産工程管理者がJASマークを貼付し得る手法が採られている(注5)。

 JET肉牛生産グループの生産情報公表牛肉の生産・加工処理の流れは、以下のようになっている。ジェイイーティーファームが生産した肥育素牛を、栃木ファームが肥育し、生産情報公表牛肉として月に100〜120頭程度、本庄食肉センターに出荷・と畜して、枝肉は全農に販売される。この枝肉はミートコンパニオンが部分肉に加工して、生産情報公表牛肉のJASマークを貼付して、全農中央畜産センターあるいは販売先の小売業者に出荷される。出荷先のジャスコ、高島屋、フレッセイなどでは、生産情報公表牛肉として販売されてはいないが、部分肉出荷段階まではJAS規格に基づく生産・加工処理を実現している。

 JAS規格が規定する生産情報公表の手順はかなり複雑である。JET肉牛生産グループの肉牛が出荷されてから、インターネットのウェブサイト上での当該肉牛生産情報の公表、部分肉へのJASマーク貼付、加工・出荷にいたるまでの一連の作業手順を、具体的にみておくことにしよう。JAS規格が、事業者間の連携を確保するために連絡・確認・指示といった作業手順の策定を、制度的に課していることが理解されよう。


(有)ジェイイーティーファームの肥育舎


(1)発送案内

 と畜前日に本庄食肉センターに牛を搬入する際、トラックの運転手が栃木ファームが発行した出荷牛のリスト「発送案内」を提出する。「発送案内」には栃木ファームの内部識別番号、個体識別番号、品種・性別(F1・去勢など)、生体重、生年月日が記載されている。


(2)BSE検査結果確認


 と畜日当日、栃木ファームの生産情報公表担当者が本庄食肉センターに電話でと畜日の確認をする。本庄食肉センターは個体識別番号とと畜番号をリンクさせてから、当該牛をと畜する。夕方、BSE検査結果が陰性の場合には連絡されないという形で検査結果が確認される。


(3)「生産履歴証明書」のインターネットでの公表と格付要請


 と畜翌日、栃木ファームは当該牛の生産情報が記載された「生産履歴証明書」を電子メールで全農中央畜産センターに送付し、インターネットでの公表を要請する。その後、インターネット上に公表された情報が台帳に記録されたとおり、正確であることを確認し、ミートコンパニオンに「生産情報公表牛肉JASの格付要請」を送付する。


(4)値決めと出荷仕向けの決定


 と畜2日後に、枝肉の肉質の格付けが行われ、栃木ファームと全農の間で値決め、出荷仕向先が決められる。


(5)部分肉への格付申請・出荷


 ミートコンパニオンは全農から部分肉加工指示書を受け取り、部分肉製造に取り掛かる。ミートコンパニオンの格付け担当者が、格付要請に基づいて部分肉の段ボール箱に生産情報公表JASマークを貼付し、納品書に生産情報公表牛肉であることを記載して出荷する。


生産情報公表牛肉のJASマークを貼付した製品外箱(左側)
(フレッセイバックヤードにて)


 こうしてJET肉牛生産グループの事業者間で、幾つもの作業の確認や書類の送付といった手順を踏み、正確な生産履歴情報が公表され、的確に識別管理された生産情報公表牛肉の部分肉が出荷される。当然ながら、ジェイイーティーファームでは生産した黒毛和種と乳用種との交雑種のほ育、育成段階の飼料・治療情報を含む生産履歴情報を個体識別番号とリンクさせて記録保管し、栃木ファームの肥育段階の情報と結び付けている(注6)。

 栃木ファームには生産情報公表牛肉として出荷する牛のリストである「発送案内」、生産履歴情報が記録された「生産履歴証明書」、最終的に出荷される部分肉への「JAS格付要請」が、生産情報公表牛肉の基本的な記録として保管されることになる。

 本庄食肉センターやミートコンパニオンでも、枝肉・部分肉が個体識別番号で識別管理され、作業内容ごとに個体識別番号と照合され、記録が保管されることはいうまでもない。もっとも生産情報公表牛肉を扱うことによって、先にみたように、生産情報公表牛肉の分別管理、第三者検査機関による検査の受け入れが義務づけられている。さらに、部分肉への格付を行うミートコンパニオンは、外箱へのJASシール貼付、シール受払台帳を作成し、保管しなければならない。従来の業務に比べて、それほど大きな作業負荷がかかっているわけではないが、現実に手順どおりに作業を進めていく管理体制を整えなければならない。

 こうして肉牛のほ育・育成・肥育、と畜・部分肉加工処理の体系的な作業手順、作業記録・保管システムが、ジェイイーティーファーム・栃木ファームの下で構築され、グループとして生産情報公表牛肉JAS認定を受けることになった。認定の際に求められるグループ事業所の生産工程管理者研修、第三者機関による認定・検査の費用なども、ジェイイーティーファーム・栃木ファームが負担している。生産情報公表牛肉のJAS認定に伴って、生産履歴情報の入力・管理や事業者間の連絡などの業務が増えており、作業システムの構築や認定・検査に要する経済的負担も加わる。それでも組織的な管理システムを導入した大規模畜産経営には、生産情報公表牛肉などの付加価値生産の優位性があると判断され、JAS認定は一つの投資プロジェクトとしてスタートすることになった。

 もっともジェイイーティーファーム・栃木ファームに本庄食肉センター、ミートコンパニオン、フレッセイというビーフチェーンは、全農・全農中央畜産センターがコーディネートしたものである。生産情報公表牛肉の取り組みに欠かせない牛肉生産・加工処理・販売の一体的な関係を図るために、高いレベルでの品質管理や安全性確保に関心をもち、トレーサビリティ導入に積極的な事業者が結びつけられたといえよう。

 JET肉牛生産グループの生産情報公表牛肉の取り組みはスタートしたばかりである。大規模乳肉複合経営は生産情報公表牛肉の生産に対してどのような優位性をもち、どのような新しい価値を牛肉に加えられるのだろうか。同様に、このビーフチェーンに加わる牛肉製造・流通事業者は、トレーサビリティの確保を通じて生産情報の信頼性を担保するだけでなく、どのような牛肉ビジネスを展望しているのだろうか。

 次節(次号掲載予定)では、垂直的な取引関係をもつ各事業者の牛肉の安全性・信頼性向上に向けた取り組み、事業における生産情報公表牛肉の位置づけや評価について詳しくみていくことにしよう。



 (注1)熟成ハム・ソーセージや地鶏肉などといった高品質表示をうたう食品には、生産・製造手法の規格を定めた「特定JAS」がある。その中でも有機農産物・有機加工食品には「有機JAS」、そして付加的なトレーサビリティが確保された食品への認証として「生産情報公表JAS」が設けられている。

 (注2)周知のように、すべての事業者は、牛・牛肉トレーサビリティ法に基づいて、飼養管理者(肉用牛生産者など)・飼養地や品種、出荷日などのトレーサビリティ情報を家畜改良センターのデータベースに報告することが義務付けられている。生産情報公表JAS牛肉では、これらの項目に加えて、給餌した飼料の名称、使用した動物用医薬品の薬効分類および名称が記録保管・公表されることになる。さらに牛トレーサビリティ法では任意とされる管理者の氏名・住所および連絡先、と畜者の氏名および連絡先の公表が義務付けられ、認定を受けた事業者(認定生産工程管理者あるいは認定小分け業者)が自らファックス、インターネット、店頭表示などで情報を公表しなければならない。また生産情報公表牛肉のJAS規格では、ロットの上限が20頭に制限され、外食店で販売される牛肉を対象外としているものの輸入牛肉を対象に組み入れている。

 (注3)これまでのところ小売りの最終段階までチェーントレーサビリティを構築して、コンシューマーパックに生産情報公表JASマークが貼られた牛肉を販売している事例はごく限られている。店舗や数量が限定されたシンボリックな位置付けになっているといってよい。

 (注4)生産情報公表牛肉のJAS規格を導入する事業者が、ビーフチェーンのどの段階(生産者、と畜場、食肉メーカー、小売業など)によって、また事業者の経営規模や事業内容によって、JAS規格に対応して外注管理委託や生産者グループ設立のあり方も一様ではない。詳しくは、食品産業センター『生産情報表牛肉のJAS規格ガイドブック』2004年、2〜8ページを参照されたい。

 (注5)JAS制度では認定生産工程管理者が子牛の生産から肥育生産、と畜段階までの生産情報を責任を持って管理・把握することが求められている。外部の農家にほ育・育成などの肉牛生産工程を外注することができるが、その管理責任はすべて生産工程管理者にあり、JAS制度のキーポイントとなるJASマークの貼付は、生産工程管理者のみに認められている。

 (注6)ほ乳期の三種混合ワクチンをはじめとして、下痢・肺炎治療のための抗生物質投与といった治療記録、ほ乳期・育成期・肥育期ごとの粗飼料、濃厚飼料、配合飼料を記載した飼料給餌記録が、個体ごとに管理されている。これらのデータがコンピュータに入力されており、このファイルを基礎として「生産履歴証明書」が作成される。



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