◎調査・報告


食品情報

「脱脂粉乳を利用した機能性ミルキー・みそ」の
ヒトによる試験について

宮崎大学農学部 食品機能化学講座 教授 六車三治男
宮崎大学医学部 応用生理学講座  教授 丸山 眞杉
伊藤ハム株式会社中央研究所    顧問 中村 豊郎
ヤマエ食品工業株式会社   製造部長 久寿米木一裕


はじめに

 脱脂粉乳は製菓、製パン、乳飲料および家庭用スキムミルクなど多方面で原料として利用されている。これにはタンパク質、乳糖、カルシウム、リン、ビタミンなどがバランスよく含まれている。特に、乳タンパク質は人間の成長、健康、美容などに欠かせない必須アミノ酸のすべてを含んでいる最も優秀なタンパク質の一つと言われている。しかし近年、脱脂粉乳の過剰在庫問題が酪農・乳業界の大きな課題となっている。そのため、関係各方面では脱脂粉乳のもつ栄養成分や機能性に着目しつつ、消費の促進や新しい需要の開発などに努力を傾注しているが、まだ、斬新かつ有効なアイディアなどは見出されていなかった。

 一方、みそは1000年以上の歴史を有し、わが国の食文化の形成に重要な役割を果たしてきた。このようにわが国の食文化形成に深く関わってきた基本調味料であるみその生産については多数の研究開発があるが、植物性原料のみそに動物性原料である脱脂粉乳を利用し新たな栄養価や機能性が付与されて、日本国内だけでなく国際的にも受け入れられるみその開発・研究が望まれていた。

 そこで、色々と検討した結果、良質な栄養素を含む脱脂粉乳を利用して、わが国で栄養所要量にまだ到達していないカルシウムも豊富に含み、醸造技術によりさらに乳由来の生理活性機能も付加したニュータイプのみその開発に成功した1)

 この「機能性ミルキー・みそ」は、脱脂粉乳を一部加えたみそで、クリーミーな風味を有すると共に必須アミノ酸含量が増加し、カルシウム含量も高く、さらに、高血圧予防効果が期待できるアンギオテンシン変換酵素(ACE)阻害活性も有していた。さらに、それらの機能性を動物実験で確認したところ、前者では骨粗しょう症ラットで骨密度に改善が見られ、後者では高血圧自然発症ラット(SHR)を用いた経口投与の実験でも顕著な血圧降下作用が確認された2)

 そこで、本研究では基礎試験や動物試験だけでなく、ヒトによる試験も必要との考えから、「脱脂粉乳を利用した機能性ミルキー・みそ」のヒトによる試験を行ったので報告する。


試験結果の要約

 この試験の結果、試験期間が比較的短く、被験者数も少数であったが、3カ月間の摂取により、血圧の変化は認められなかったものの、機能性ミルキー・みそ(以下「ミルキーみそ」という。)摂取群において血中アンギオテンシンIIレベルの有意な低下が認められた。アンギオテンシンIIの減少はミルキーみそがアンギオテンシンII産生の律速酵素であるACEの阻害活性を持つペプチドを含有することから、ミルキーみそ摂取による影響であると考えられた。ACE阻害剤は顕著な血圧降下をもたらさないレベルでも、心血管系や腎臓を含む主要臓器の臓器障害を減弱させ、動脈硬化や心不全の防止に効果があると考えられていることから、ミルキーみその摂取によりアンギオテンシンII濃度の低下が認められたことは、ミルキーみそがこれらの疾患に対して予防効果を持っている可能性が示唆された。

 一方、カルシウムの効果に関しては、血中カルシウム濃度、尿中ピリジノリン値、尿中デオキシピリジノリン値、および骨密度において有意の変化は観察されなかった。本研究では、コントロール時から数名に骨吸収の増加、骨密度の低下が認められたが、正常のカルシウムダイエットであり、血中カルシウム濃度も低下していないこと、また、摂取期間も短く、摂取量も少量であることから変化が認められなかったと考えられた。


方 法

1.使用みそ

 みそ原料としての豆類には大豆を、穀類としては米、大麦を使用した。塩原料は国内産の並塩を使用し、目標とする仕込み食塩濃度を10.5%、水分約43%とした。脱脂粉乳を混合したみそを製造する場合は、みそ原料のうち大豆、米、大麦の使用量を減じて、脱脂粉乳で代替した。なお、脱脂粉乳の代替率を20%とした。こうじ菌にアスペルギルス・オリゼを用いて調製した米こうじ、麦こうじ1.4に対して1の割合で大豆蒸煮物および塩を混合し、さらに耐塩性酵母としてのチゴサッカロミセス・ルキシーおよび耐塩性乳酸菌としてのペディオコッカス・ハロフィラスを混合し、こうじ混合材料を仕込んだ。熟成工程では、仕込んだこうじ混合材料を20〜25度の製造室で発酵熟成した。脱脂粉乳の混合は製造工程の途中で行い、脱脂粉乳を混合後約3カ月間熟成した。

2.被験者の概要およびグループ分け

 成人ボランティア21名をA群(対照みそ投与群、10名、男性2名、女性8名、50.4±5.6歳)とB群(ミルキーみそ投与群、11名、男性3名、女性8名、52.6±5.8歳)に分け投与実験を行った。投与試験は二重盲検法にて行い、検査実施者および被験者共、どちらのみそを摂取しているか判らないようにした。AB両群の投与開始2週間前の検査において年齢、最高血圧、最低血圧、血中アルドステロン値、レニン活性、アンギオテンシンII濃度、血清カリウムおよびカルシウム濃度、尿中ピリジノリン、デオキシピリジノリン値、骨密度に関して両群間には有意差は認められなかった。両群の基本データを表1に示す。被験者には実験の目的、実施方法に関する説明会および文書配布を行い、同意書に署名を得た後、実験を行った。

表1 検査項目および試験群の基本データ

3.投与実験

 投与開始2週間前およびみそ摂取開始前日に両群被験者の血圧測定および採血、採尿を実施しコントロールデータとした。みそは日本人の平均摂取量を勘案して、一日15グラムを一回昼食時に毎日、12週間摂取してもらい、ほかの生活様式や食事、飲水のコントロールは行わなかった。みそ摂取開始後、一週間おきに血圧の測定、問診を、1カ月ごとに採血採尿を実施した。

4.検査項目および検査方法

 血圧の測定は連続して5回行い、最高、最低血圧それぞれの最も高い値および最も低い値を削除して、残り3回の平均値を求め、最高および最低血圧とした。

 採血および採尿による検査項目一覧を表2に示す。レニン・アンギオテンシン・アルドステロン系の特殊検査として、血清アルドステロン濃度、レニン活性、アンギオテンシンII濃度はラジオイムノサッセイ(RIA法:アルドステロンは硫安塩析法、ほかの2つはビーズ固相法)を用いて測定した。骨関連の特殊検査である尿中ピリジノリン量はHPLC分析法にて、デオキシピリジノリン量は酵素免疫測定法(EIA法)にて測定した。採血、採尿、血圧測定は日内周期変動を考慮して、なるべく朝の9時から10時までの同時刻に実施した。

表2 採血および採尿による検査項目一覧

5.統計処理

 摂取2週間前および前日のデータとの有意差を、対応のあるt検定にて行った(両側検定)。


結 果

1.最高および最低血圧

 みそ摂取開始2週間前、摂取開始前日およびその後12週間にわたる血圧の変化を図1に示す。期間を通じてA, B両群とも摂取2週間前のデータをコントロール値とし比較した場合に有意の変化は認められなかった。また、A, B両群間にも有意な差は認められなかった。

図1 血圧の変化

2.レニン・アンギオテンシン・アルドステロン系

 血中アルドステロン値(図2)およびレニン活性(図3)には、期間を通じて有意な変化は認められず、また、A、B両群間にも有意な差は認められなかった。アルドステロン分泌に強い影響を与える血清カリウム値(図4)にも有意な変化は認められなかった。しかし、ミルキーみそ中に含まれているACE阻害ペプチドが直接に影響を与えると考えられる血中アンギオテンシンII濃度はミルキーみそ群ではみそ摂取後低下傾向を示し、摂取2カ月後には統計的有意差をもって(P = 0.02)前値より低下した(図5)。

注:アンギオテンシンII濃度が測定限界(4ピコグラム/ミリリットル)以下であるものは3ピコグラム/ミリリットルとして統計処理を行った。

図2 血中アルドステロン

図3 血中レニン活性

図4 血清カリウム値

図5 血中アンギオテンシンII

3.骨関連データ

 摂取開始前からA、B両群間に血清カルシウム濃度に差は認められなかったが、摂取後も有意の変化はいずれの群でも認められなかった(図6)。骨吸収の程度を示す、血清中骨型アルカリフォスファターゼ(ALP)値(図7)、尿中ピリジノリン値(図8)、デオキシピリジノリン値(図9)いずれにおいても、有意の変化は認められなかった。また、骨密度も摂取前後、および両群間に有意差は認められなかった(図10)。

図6 血清カルシウム

図7 骨型アルカリフォスファターゼ

図8 尿中ピリジノリン

図9 尿中デオキシピリジノリン

図10 骨肉度


考 察

 今回のミルキーみそ摂取実験は、二重盲検法により厳密に企画された研究であり、信頼性は高いと言える。試験期間が比較的短く、被験者数も少数であったが、3カ月間の摂取により、血圧の変化は認められなかったものの、ミルキーみそ摂取群において血中アンギオテンシンIIレベルの有意な低下が認められた。アンギオテンシンIIの減少はミルキーみそがアンギオテンシンII産生の律速酵素であるACEの阻害活性を持つペプチドを含有することから1、3、4)、ミルキーみそ摂取による影響であると考えられた。アルドステロン値には変化が認められなかったが、アルドステロン分泌調節はアンギオテンシンIIによるもののほか、血中のカリウム濃度、ナトリウム濃度等に強く影響されるためペプチドによる影響が見えにくくなっていたことが考えられる。一方、アンギオテンシンII濃度は律速酵素であるACEの活性を直接に反映するものであるから、ACE阻害物質の摂取により、その変化が鋭敏に捉えられたものと理解された。アンギオテンシンIIはネガティブフィードバックを介してレニン活性を調節することより、アンギオテンシンIIの低下はレニン活性の上昇を引き起こす可能性があるが、今回の結果ではレニン活性に変化は見られなかった。

 レニン−アンギオテンシン−アルドステロン(RAA)系は本来、血圧調節や電解質バランスを調節する内分泌系として認識されてきた。たとえば、血圧の低下や、体液の減少、血清ナトリウム値の低下がおこると、腎臓よりレニンが分泌され、このレニンは血中のアンギオテンシノーゲンを加水分解し、アンギオテンシンIに変換する。さらに、アンギオテンシンIは、肺に存在するACEにより活性を持つアンギオテンシンIIへと加水分解される。アンギオテンシンIIは血管などに存在するアンギオテンシン受容体を介して血管平滑筋を収縮させることにより末梢血管抵抗を増大させ血圧を上昇させるほか、腎臓に直接働きかけて、ナトリウムと水の再吸収を増加させ、また、副腎皮質に作用してアルドステロンの分泌を促す。分泌されたアルドステロンは腎臓において強力にナトリウムと水の再吸収を促進することにより、体液量を増加させる。体液量の増加は血液量の増加をまねき、血圧が上昇する5)。血圧が低下した場合にはこれと逆のことが起こる。これが血圧調節に関するRAA系の古典的な概要であるが、近年、ACE阻害剤やアンギオテンシン受容体拮抗剤の開発により、高血圧治療での使用が増加するとともに、大規模臨床試験が行われるよういになってきた。その結果、RAA系、特にアンギオテンシンIIは体の様々な部分に存在し、血圧、体液量調節のみならず、非常に広範に亘って主要臓器の病態生理に深く関わっていることが明らかになってきた6−11)。即ち、ACE阻害剤やアンギオテンシン受容体拮抗剤を用い、アンギオテンシンIIの作用を抑制することにより、動脈硬化、心肥大、心不全の予防に効果があること、さらにはインスリン抵抗性を減弱させることにより、II型糖尿病のような生活習慣病の予防にも効果があることが、エビデンスをもって証明されてきたのである。さらに、ACE阻害剤やアンギオテンシン受容体拮抗剤によるアンギオテンシンIIの活性阻害により動脈硬化など様々な病態の原因の一つと考えられている酸化ストレスの軽減ももたらされることが明らかになってきた12)

 高血圧治療に用いられるACE阻害剤はカルシウム拮抗剤やβ遮断薬に比して、その効き目がシャープでないことはよく知られたことであるが、顕著な血圧降下をもたらさないレベルでも、心血管系や腎臓を含む主要臓器の臓器障害を減弱させ、動脈硬化や心不全の防止に効果があると考えられている。本研究の結果は限定的ではあるが、ミルキーみその摂取によりアンギオテンシンII濃度の低下が認められたことにより、ミルキーみそが、これらの疾患に対して予防効果を持っていると期待させるものである。
低カルシウム食ラットを用いた動物実験で、ミルキーみその投与により、骨吸収の抑制、骨密度の回復が認められていたため、本研究でも骨代謝の改善が期待された。しかし、今回は血中カルシウム濃度、尿中ピリジノリン値、骨吸収の良い指標と考えられている尿中デオキシピリジノリン値13、14)、および骨密度において有意の変化は観察されなかった。本研究では、コントロール時から数名に骨吸収の増加、骨密度の低下が認められたが、正常のカルシウムダイエットであり、血中カルシウム濃度も低下していないこと、また、摂取期間も短く、摂取量も少量であることから変化が認められなかったと考えられる。
今後の展望として、血圧およびRAA系に関しては被験者数を増やすほか、摂取方法を一日一回15グラムの定量摂取から、一日のすべての消費みそをミルキーみそと対照みそにして、摂取量を問わず長期にわたって観察する方法により、ミルキーみその効果が検証できるデータが得られるのではないかと考えている。また、骨代謝に関しても、この摂取方法を用いて、特に骨密度の低い人および尿中デオキシピリジノリン値の高い人、すなわち骨吸収が亢進している人を対象として、検査回数を減らしより長期にわたって観察することによりその効果が確認できるのではないかと期待している。

【文 献】

1.六車 三治男:脱脂粉乳の新しい用途開発に成功−脱脂粉乳を利用したニュータイプの機能性みその開発−;畜産コンサルタント、No.476(8):57-63(2004)

2.六車 三治男、森 栄裕、河原 聡、丸山眞杉、工藤真豪、久寿米木 一裕、大谷啓一、脇能広、菱沼 毅、中村豊郎:スキムミルクを利用したニュータイプの機能性みその動物試験について;第104回日本畜産学会大会講演要旨集、(2005)(印刷中)

3.Meisel H. Biochemical properties of bioactive peptides derived from milk proteins: Potential nutraceuticals for food and pharmaceutical applications. Livest. Prod. Sci., 50, 125-138(1997)

4.Clare DA and Swaisgood HE. Bioactive milk peptides: A prospectus. J. Dairy Sci., 83, 1187-1195(2000)

5.浦 信行、進士靖幸:生活習慣病におけるレニン・アンジオテンシン・アルドステロン系;血管医学、Vol. 5 No. 4 :49-56(2004)

6.堀内正嗣:アンギオテンシン受容体研究の新展開;血管医学、Vol. 5 No. 4 : 7 -16(2004)

7.岡本 洋、坂田芳人:不全心における心筋再構築の分子機構−心臓組織レニン−アンギオテンシン系(RAS)の役割;医学のあゆみ、Vol. 194 No. 2 : 103-107(2000)

8.Sheen AJ. Renin-angiotensin system inhibition prevents type 2 diabetes mellitus. Part 2.Overview of physiological and biochemical mechanisms. Diabetes Metab., 30(6), 498-505(2004)

9.Watanabe T, Barker TA, Berk BC. Angiotensin II and the endothelium: diverse signals andeffects. Hyper-tension, 45(2), 163-169(2005)

10.Touyz RM: Molecular and cellular mechanisms in vascular injury in hypertension: role ofangiotensin II - editorial review. Curr. Opin. Nephrol. Hypertens., 14(2), 125-131(2005)

11.熊谷裕生 他:最新の大規模研究から明らかにされたアンジオテンシンIIおよびアルドステロン遮断薬の効果;血管医学、Vol 5 No. 4 : 65-74(2004)

12.Hamilton CA et al. Strategies to reduce ocidative stress in cardiovascular disease. Clin Sci(Lond)., 106(3): 219-234(2004)

13.Eyre D. New biomarkers of bone resorption. J Clin. Endocrinol Metab., 74(3), 470A-470C(1992)

14.Demers LM. New biochemical marker for bone disease: is it a breakthrough? Clin. Chem., 38(11), 2169-2170(1992)

 


「調査・報告」の詳細については、(社)日本酪農乳業協会ホームページ(http://www.j-milk.jp/)の酪農乳業関連情報をご覧ください。

 


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