◎調査・報告


実用鶏におけるインフルエンザなどのウイルスに対する抵抗性遺伝子の分布調査

北海道大学大学院農学研究科
大学院生 米田 明弘
教授 渡辺 智正


はじめに

 鶏卵・鶏肉は栄養価も高く、長い間安定した価格を保ってきた動物性食物資源である。しかし、それらを供給する種鶏は、卵用で92%、肉用で95%が欧米から輸入という現状にある。わが国独自で開発維持されている種鶏は、独立行政法人家畜改良センター岡崎牧場(卵用)と兵庫牧場(肉用)、および民間では岐阜県の後藤孵卵場(卵用)があるにすぎない。これを打破するためには、特色ある銘柄(ブランド)を開発する必要があると考えられる。

 一方、近年インフルエンザウイルスが、わが国を含め、東アジア・ヨーロッパ・アメリカでも発生し、家きん業者だけでなく、一般社会にも不安を与えている。われわれの研究室では、ニワトリにインフルエンザなどのウイルスに対し増殖を抑制することのできる抵抗性Mx遺伝子と、抑制できない感受性Mx遺伝子のあることを見出した。試験的に前述の3試験機関の実用鶏を調べたところ、抵抗性・感受性遺伝子がほぼ50%の割合で分布していた。このことから、Mx遺伝子を利用した抗病性選抜育種の余地が残っていると示唆された。そこで、われわれは、さらに多くの実用鶏の抵抗性・感受性Mx遺伝子頻度の調査を行い、抗病性育種への指針を得る調査を行うことにした。


実験鳥における抵抗性・感受性Mx遺伝子の分布の調査

 われわれはこれまでにニワトリMx遺伝子のcDNAをクローニングし、塩基配列を決定してアミノ酸変異を検出した後、非常に多型性の高いことを見出すとともに、インフルエンザウイルスと水泡性口内炎ウイルスを用いた in vitro 感染実験を行った結果、Mx遺伝子は723のアミノ酸で構成されているが、表1に示すようにそのうち631番目のアミノ酸がアスパラギンの場合は抵抗性で、セリンの場合は感受性であることを明らかにした(Ko et al., 2002, 2004)。さらに、ニワトリ各個体が抵抗性あるいは感受性Mx遺伝子を有するか判定するために、2本鎖のDNAを切断する酵素(制限酵素)RsaTおよびSspTによる処理とアガロースゲル電気泳動(寒天を用いた電気泳動)を用いたDNA簡易遺伝子診断法を開発した(Seyama et al., 2006)。この方法を利用して、家畜改良センター岡崎牧場、兵庫牧場、北海道畜産試験場、および後藤孵卵場の実用鶏の26主要系統と広島大学などで飼育されている日本在来種の9系統について、1系統当たり3〜16羽を用いて、抵抗性・感受性Mx遺伝子の頻度を調べ、その結果を表2に示した。

表1 いくつかのニワトリ品種におけるMxタンパク質の631番目のアミノ酸と抗ウイルス活性

 調べた個体が1系統につきそれほど多い数ではないのと、系統間で遺伝子頻度にバラツキはあったものの、
全体で抵抗性遺伝子が、
 (91×2+37)÷(257×2)=42.6%、
感受性遺伝子が、
 (129×2+37)÷(257×2)=57.4%
とほぼ同程度の頻度であることが示された。このことは、今後多くの系統において抵抗性Mx遺伝子を利用した選抜の余地が残されていることを意味する。また、感受性系統については、ワクチンの産生などに効率的に利用することが考えられるかもしれない。

表2 実用鶏および日本在来種35系統におけるMx遺伝子変異の分布

 品種間で抵抗性、感受性Mx遺伝子の分布に特徴があるか比較検討したところ、卵用鶏の最も代表的な品種である白色レグホーンにおいて、S52系統を除いて抵抗性遺伝子の頻度が高い傾向が観察された。一方、肉用鶏・兼用種の代表的な品種である白色プリマスロック、ロードアイランドレッド、白色コーニッシュにおいては、LA系統を除いて感受性遺伝子の頻度が高い傾向が観察された。さらに、ウコッケイ、名古屋、比内鶏、薩摩鶏、三河、コシャモ、シャモなどの日本在来種全体でみると、どちらの遺伝子頻度が高いという傾向は認められなかった。


白色レグホーン系統の抵抗性および感受性Mx遺伝子の分布

  国産の卵用鶏の育種を担当するわが国唯一の国家機関である家畜改良センター岡崎牧場で維持されている最も主力な産卵鶏である白色レグホーンMB系統について、さらに集中的に抵抗性・感受性Mx遺伝子の分布を調べた結果、2,210羽中、1,090羽が抵抗性ホモ、998羽がヘテロ(抵抗性/感受性)、122羽が感受性ホモであった(岡崎牧場未発表データ)。表1と同様、白色レグホーンMB系統においては抵抗性Mx遺伝子の頻度が高い傾向が確認された。なお、MB系統の抵抗性・感受性Mx遺伝子型の各個体間において産卵率や卵質など経済形質に有意な差は認められなかった。これらのことから、産卵能力を保ちつつ、抗病性形質を高めていく育種選抜は可能と考えられた。


今後の課題

 これまでの家畜育種は、卵・肉・乳などの生産性向上を目指して選抜が行われてきた。しかし、それらに関する形質の遺伝的改良は、先人の努力によりすでに上限に達していると言われている。これからの時代が目指す畜産は、消費者に安全な動物性食品を提供することとともに、感染症などの病気に強い家畜の作出を目指した改良を行うことがいっそう重要になると考えられる。その意味で、今回提示した抵抗性育種を視野に入れたウイルス抵抗性遺伝子の分布調査は、まさに今日要求されている課題ということができる。

 Mx遺伝子は、最初ドイツの研究グループにより、マウスにおいてインフルエンザなどのウイルスに対して抵抗性を示す代表的な抗病性遺伝子として検出され、感染実験により致死となる感受性遺伝子と、生存する抵抗性遺伝子があることが報告された。その後、われわれの研究により、ニワトリにおいても同様な遺伝的多様性があることが見出された(Ko et al., 2002, 2004)。

 近年、わが国でもH5N1型強毒株の鳥インフルエンザウイルスの発症があり、また最近では茨城県で弱毒株H5N2型の鳥インフルエンザウイルスの発症があった。ウイルス側に機能的な遺伝的多様性があるように、宿主のニワトリ側にも病原体に対する抵抗性形質に遺伝的多様性が存在することが十分予測される。たとえば、アメリカ合衆国におけるウイルス性疾患の発症事例により、経験的に肉用種の方が卵用種よりインフルエンザウイルスに弱いことが知られている。白色レグホーンは卵用種の代表的な品種であり、白色プリマスロック、ロードアイランドレッドおよび白色コーニッシュは肉用種・兼用種の代表的な品種である。ニワトリにおいて、今回、抵抗性・感受性Mx遺伝子の分布調査を行ったところ、確かに白色レグホーンでは抵抗性遺伝子の頻度が高い傾向が認められた。一方、白色プリマスロック、ロードアイランドレッド、白色コーニッシュでは、感受性遺伝子の頻度が高い傾向が観察された。しかし、今後さらに慎重に調査を継続していく必要があろう。

 独立行政法人家畜改良センター岡崎牧場において最も主要な系統である白色レグホーンMB系統に対して、2,200羽を超える個体について抵抗性・感受性Mx遺伝子の分布調査をした結果、抵抗性・感受性Mx遺伝子型間で産卵率や卵質など経済形質に有意な差は認められなかった。これらのことから、産卵能力を保ちつつ、抗病性形質を高めていく育種選抜は可能であると考えられる。このようにウイルス抵抗性遺伝子を解析することにより、将来、科学的根拠に基づいたニワトリの抗病性育種が現実となる可能性がある。

参考文献

 Ko JH, Jin HK, Asano A, Tanaka A, Ninomiya A, Kida H, Hokiyama H, Ohara M, Tsuzuki M, Nishibori M, Mizutani M and Watanabe T.(2002)Polymorphisms and the differential antiviral activity of the chicken Mx gene. Genome Research 595: 12-18.
 Ko JH, Takada A, Mitsuhashi T, Agui T and Watanabe T.(2004)Native antiviral specificity of chicken Mx protein depends on amino acid variation at position 631. Animal Genetics 35: 119-122.
 Seyama T, Ko JH, Ohe M, Sasaoka N, Okada A, Gomi H, Yoneda A, Ueda J, Nishibori M, Okamoto S, Maeda H and Watanabe T.(2006)Population research of genetic polymorphism at amino acid position 631 in chicken Mx protein with differential antiviral activity. Biochemical Genetics In press.


元のページに戻る