耕畜連携による国土に根差した
九州大学大学院農学研究院 |
1.調査研究の背景と課題古来、わが国の農業は、水田で稲を栽培し、不足する米を出来るだけ多く収穫することが最大の課題であった。そのため、飼養する家畜用の飼料栽培農地を十分に確保することが困難であった。飼料不足を解決しようとしたのが、昭和2年に制定された「保税工場法」であり、無税で飼料原料を輸入することが可能になった。それを契機に配合飼料工場ができ、養鶏業などが急速に発展し、都市近郊などで大規模な畜産経営が出現した。 また、戦後の昭和27年には、「飼料需給安定法」が制定され、輸入飼料の買入れ、保管、売渡しを計画的に行い、飼料の需給と価格の安定を図った。これらの措置により、わが国では中小家畜飼養が急伸した。 以上のように、わが国の畜産の発展過程を概観すると、国民の主食である米の確保と農地の制約上、水田には専ら稲が栽培されたので、わが国の畜産は国土に立脚するよりも無税で大量に輸入された飼料穀物に依存して発展してきたと言えよう。もちろん、昭和40年代の高度経済成長期には国営草地造成事業が一部地域で実施され、また、昭和46年の米の減反政策以降、水田での飼料作物栽培が奨励され、各種の粗飼料増産対策が展開されてきた。しかし、必ずしも十分な粗飼料生産基盤の拡大には至らず、今日に至っている。 平成17年の「食料・農業・農村基本計画」で示された飼料自給率目標(平成15年の24%を平成27年に35%に引き上げる)を実現するため、国、地方公共団体、農業団体などの関係者からなる「飼料自給率向上戦略会議」が組織された。具体的には、耕畜連携の強化による稲発酵粗飼料や水田裏作飼料の生産、国産稲わらの飼料利用、良質なたい肥の耕種農家への供給などの取組みが推進されている。さらに、耕作放棄地、野草地、林地などの低・未利用地や水田を活用した放牧、畜産農家への農地利用の集積・団地化、計画的な草地更新、地域の条件に適した多収品種の育成・普及の推進などの各種事業が提起されている。その一例が、飼料増産重点地区数180カ所や飼料イネの作付面積5,000ヘクタール(平成19年)、国産稲わらの100%自給、水田放牧実施頭数5,000頭、専門指導者養成研修各50名受講といった数値目標の設定である。特に19年産飼料イネの作付け拡大に向けた重点活動の推進などが注目される。 以上のようなわが国畜産が直面している飼料需給構造上の問題点を踏まえて、本報告では、耕畜連携により国土に根差した地域資源循環型畜産経営を構築するための課題を宮崎県国富町の飼料イネとたい肥の需給システムを事例にして考察する。
2.宮崎県における飼料イネ生産の取組みの経緯と今後の課題
宮崎県では平成8年に国富町、綾町で飼料イネ展示ほ(50アール)が設置され、これが同県における飼料イネ栽培の始まりであった。平成12年に同県で口蹄疫が発生したことにより、緊急対策として、2,000ヘクタールの自給飼料生産体制を確立することを目標に、20ヘクタールの採種ほが設置され、その後飼料イネの栽培規模は大幅に拡大した。平成13年から平成16年にかけては、「飼料イネ生産拡大推進体制確立事業」により、種子の生産および無償配布、飼料イネ関連機械などの条件整備が実施された。さらに、平成17年には宮崎県総合農業試験場育成の飼料イネの新品種「ミナミユタカ」の品種登録が行われ、現在に至っている。 (2)飼料イネの栽培状況と「ミナミユタカ」の育成・普及 宮崎県における飼料イネの栽培面積の推移は表1の通りである。 表1 宮崎県の飼料イネ栽培面積の推移 平成12年以降の飼料イネの栽培面積の拡大には、口蹄疫発生による自給粗飼料増産運動以外に、稲の生産調整の交付金が強く影響している。逆に平成16年と17年の作付面積減少は、転作奨励金の減額により影響を受けたと考えられる。今後とも転作奨励金が減額される可能性があるので、宮崎県における飼料イネ栽培面積も減少する可能性があるが、同県では1,300ヘクタール前後で推移するものと期待しており、最低1,000ヘクタールは確保する方針を示している。 平成15年の全国における平均粗飼料自給率は76%であったが、それに対して同県の粗飼料自給率は91%であった。同県は肉用繁殖牛の飼養頭数が多いことから粗飼料の自給率が高い。一般に肥育牛の場合は輸入粗飼料に依存する傾向があるので、肥育の盛んな県では、粗飼料自給率は低い。 同県では現在表2のように、飼料イネの品種としては登録品種である「モーれつ」が主に栽培されているが、脱粒性に問題があるため、それを改善すべく新品種「ミナミユタカ」の育成・普及が試みられている。ミナミユタカは「モーれつ」にγ線を照射し、その中から個体選抜されたものである。種子生産は宮崎県産米改良協会に委託している。「ミナミユタカ」については、県内への普及拡大を最優先し、当分の間、他県への譲渡は断っている状況である。 表2 宮崎県の利用形態別品種別飼料イネ作付面積(平成17年度) (3)新たな動きとしての水稲直播栽培 米価の下落などにより、水稲栽培におけるコストダウンを図るために全国各地で水稲の直播栽培が普及しつつある。宮崎県の水稲直播栽培の推移は表3のようになっており、現在では飼料イネの乾田直播の占める割合が高くなっている。水稲直播栽培には、乾田直播と湛水直播あるが、最近、湛水直播は飼料イネと主食用稲の両方の栽培において減少している。一方、乾田直播は飼料イネの栽培において特に拡大している。 しかし、乾田直播栽培には発芽苗立の確保が播種後の降雨により影響を受け安定せず、移植栽培並みの収量確保が難しいなどの課題があるため、乾田直播については、飼料イネを除いて主食用水稲では推進していない。 表3 宮崎県の方式別水稲直播面積の推移 (4)飼料イネ栽培の今後の課題 宮崎県の自給粗飼料増産の取り組みについては、「宮崎県飼料増産推進協議会」を核に、飼料増産運動方針の決定やホールクロップサイレージの普及啓発・推進を図り、飼料自給率の向上を図ることにしている。また、今後は前述の「ミナミユタカ」を中心に面積拡大を図っていくとの方針である。種子確保に関しては、宮崎県飼料草地協会の支援を受けながら、宮崎県産米改良協会で引き続き種子生産を行うことにしている。 このように、宮崎県では、飼料イネを用いて国土に根差した粗飼料生産と畜産振興に熱心に取り組んでいる。
3.宮崎県国富町における耕畜連携による飼料イネ生産の取り組み
国富町は、宮崎県のほぼ中央部にあり、宮崎市の北西方約16キロメートルに位置し、気候は温暖で、ほとんど降雪がなく、年間を通じて降雨量が多いため、水資源に恵まれている。町の面積は130.7平方キロメートルであるが、森林が59.6%を占め、農用地は1,877ヘクタールで全体の14.4%となっている。同町の人口は21,692人(平成17年)で宮崎市の近郊であることや企業立地等もあって、昭和45年の国政調査の19,000人を境に減少から微増に転じて現在に至っているが、高齢化の進行が続いており、65才以上の割合は23%を超えている。 農家数は1,652戸であり、総世帯数(7,828戸)に占める農家数の割合は21.1%である。また農家人口は5,726人で、総人口の26.4%である。農家数、農家人口ともに減少傾向が続いている。 表4に示すように、平成17年の耕地面積は1,877ヘクタールであり、減少している。耕地は町内を貫流する河川流域の水田(1,325ヘクタール、耕地面積の70.6%)とその周辺の丘陵地帯に展開する畑地(485ヘクタール、25.8%)および果樹園(67ヘクタール、3.6%)から構成されている。耕地の整備率は95%と高く、国営による畑地灌漑事業が実施され、畑灌施設も県内でもっとも早く整備されるなど好条件に恵まれている。 こうした立地条件を生かして、葉たばこ、きゅうり・ピーマンなどの施設園芸、米、肉用牛を中心とする農業が行われている。特に、葉たばこの生産額は農業粗生産額の18%を占め、単品では最も生産額が大きく、日本屈指の生産高を誇っている。表5を用いて平成13年と15年を比較すると、肉用牛と豚を中心とした畜産部門が伸びているが、一方、野菜や工芸作物および米は粗生産額が減少している。 表4 国富町の耕地面積の推移 表5 国富町の農業粗生産額の変化 畜産は、肉用牛の繁殖牛経営(平成17年、286戸)が中心であり、表6に示すように、肉用牛飼養頭数は5,698頭(平成17年)で、うち子取り用雌牛頭数は2,923頭で、平均の子取り用雌牛頭数は10.2頭である。平成13年から平成17年までの4年間の変化を全国の動向と比較すると、肉用牛の総飼養頭数は全国が97.9%に減少しているのに対して、本町では111.5%に増加している。また子取り用雌牛頭数は全国が98%に減少しているのに対して本町では109.6%に増加している。さらに子取り用雌牛飼養戸数を比較すると全国が80.7%に減少しているのに対して本町では88%の減少にとどまっている。上記のように、全国的に肉用牛飼養頭数や子取り用雌牛頭数が減少する中で、本町では両者とも増加している。この要因は種々考えられるが、一因として飼料イネの導入などの増産対策の効果が発揮されていると言えよう。 表6 国富町の肉用牛飼養頭数の推移 (2)同町の飼料イネ栽培の開始の目的と背景 国富町の畜産は肉用牛が主で、中でも繁殖牛経営が中心である。肉用牛経営においては稲わらが重要な粗飼料である。しかし、国富町でも米の生産調整面積が年々拡大し、全水田面積の41%を超す転作が必要となり、次第に稲わらの入手が困難となっていた。肉用牛増産には稲わらが必要であるが、それが確保できない状況が畜産部門で発生していた。 一方、耕種部門では、転作作物の中で有効な換金作物が見つからないことから、飼料作物が転作の中心であった。しかし、最も面積の多いソルガムは多湿条件に適せず、台風などによる倒伏やそれに伴う減収などの難点があった。 また、葉たばこは栽培面積日本一を誇り、国富町の農業のシンボルでもあるが、ナス科であり連作障害が起こる関係上、土壌クリーニングが必要であった。土壌クリーニングのために、葉たばこ後には水稲作付けが多かったが、これが転作推進と相矛盾することとなり、町農政の課題となっていた。 この矛盾を解決しようと同町農林振興課は飼料イネに着目し、着実な取り組みを進めた。飼料イネの生産開始当初の平成11年には、「Te−tep」が生産されていた。「Te−tep」はし好性が高く、高収量であるが、倒伏しやすいという欠点があるため、現在はそれに変わるものとして「モーれつ」が主に作付けされている。もう一つの品種として、前述の「ミナミユタカ」が開発されており、平成17年度の飼料イネ作付面積に占める割合は2.2%に過ぎないが(「モーれつ」は83.5%、「Te−tep」は9.9%)、今後、最終的には「ミナミユタカ」に入れ替わっていくとの見通しである。 (3)同町に飼料イネ生産が普及した理由 飼料イネが普及した要因としては、以下の諸点が挙げられる。飼料イネは、@平成12年からの経営確立助成事業での転作奨励金が高く(63,000〜73,000円/10アール)、しかもA飼料イネ給与実証事業による給付金(20,000円/10アール)があり、B葉たばこ(ナス科)の後作として土壌クリーニング効果が大きい。C平成12年に宮崎県で発生した口蹄疫による粗飼料自給の重要性の自覚、D稲なので農家が栽培に慣れており、E農業機械がそのまま使え、新たな投資が要らず(トラクター・田植機など現在所有の機械で対応可能)、F牛の嗜好性がよく、G畜産農家と耕種農家の連携(畜産30%・耕種70%)により122の小グループなどが形成されている。H同町農林振興課が、平成8年の飼料イネの導入から今日まで、一貫して飼料イネ推進の原動力となった。 さらに、I地域内の各組織の協力があったことを特記する必要がある。具体的には、JA宮崎中央は導入の当初から十分な協力体制をとり、また同地域を担当する中部農業改良普及センターが技術的なフォローを行った。飼料イネについては、品種の特性把握、栽培方法、作付け体系、収穫・調製技術、牛への給与など多くの課題があったが、地域内各機関の技術員の集まりである作物部会、畜産部会が主に技術的な検討・評価を行い、課題の解決を図っている。 同町による飼料イネ試験栽培の進行とともに、普及センターや作物部会でも町内各地に品種、栽培法などについての実証展示ほを設置し、飼料イネのPR、啓発に努めた。また、飼料イネ栽培の施肥設計基準の策定、飼料イネ専用肥料の開発、栽培講習会の開催など飼料イネ定着のための対策を推進した。 飼料イネの栽培が本格化した平成12年に結成された「国富町飼料用稲生産振興会」には、関係機関とともに畜産農家、耕種農家の代表が参加しており、同協議会は飼料イネへの理解促進、栽培・利用技術の普及、耕畜連携の推進など、飼料イネの普及・定着を支える重要な組織として現在でも機能している。 1〜2戸の畜産農家と数戸の耕種農家が作る小グループの集合体が同システムの中心で、飼料イネ需給の単位となっている。各種奨励金交付の要件となる作業日誌、飼料イネ専用肥料の購入などの証拠帳票類は各グループ内の畜産農家が取りまとめ、関係先へ提出している。 同町では、飼料イネ栽培のコスト低減を目指した乾田不耕起直播栽培に取り組み、平成15年の実施面積が20ヘクタールに達し、すでに実用化の段階を迎えている。宮崎県の試験研究機関でも、飼料イネ栽培・利用に関する技術的検討や試験を実施、普及に向けたサポート体制を取っている。畜産試験場では平成12年から、繁殖牛および肥育牛への飼料イネ給与試験(国富町から飼料イネ24トンを提供)や農家段階の給与実態調査(国富町の畜産農家を対象)を実施している。繁殖牛についてはし好性、発育、繁殖性のいずれにも問題がなく、肥育牛への給与においては、飼料イネ乾草では全期間給与でもほぼ問題がなく、ホールクロップサイレージでは肥育前期の給与に限定するのが望ましいとの結果が出ている。 図1 国富町における耕畜連携による飼料イネ需給システム さらに、試験場内にある自給飼料分析指導センターにおいて、飼料イネの成分分析を行い(国富町からの依頼による分析件数:64件)、その結果を畜産農家が活用して、給与技術の向上が図られている。総合農業試験場では、国富町での飼料イネ試験栽培に対し、所有する「Te−tep」の種子を提供、品種特性の検討や栽培技術の確立などの支援を行ったほか、「脱粒性」問題の解決にも精力的に取り組んできた。 (4)同町の耕畜連携による稲発酵粗飼料の需給システムの確立 飼料イネ栽培を普及させる上で、「生産」と「消費」、いわゆる稲わらの需要と供給のバランスを保つことが大きな鍵を握る。今まで給与したことのない飼料イネの利用やホールクロップの給与に対して畜産農家は慎重になっていた。耕種農家で生産された飼料イネをどのようにして畜産農家に輸送し、牛に給与するかが大きな課題であった。 その課題に対する検討の過程で、@JA、町、第三者機関が仲介する方法、A集落単位で需給組織を形成する方法、B農家対農家(民・民)で相対取引をする方法などが検討された。その結果Bの方法を採用することになった。その背景と理由として次のような点が挙げられる。 耕種農家は粗飼料が必要でなく、助成金、たい肥が確保できればよい。一方、畜産農家は作柄の安定した、単収の多い飼料イネを求め、さらに収穫時に大型の粗飼料収穫調製用機械が利用できるように大型化および乾田化していることを求めた。このように耕種農家と畜産農家の要望は対立していた。 この問題解決のために、第三者機関が仲介すると、畜産農家、耕種農家ともに責任の所在が不明確になるおそれがあった。苦情や問題が第三者機関に向けられ、農家同士の意見が直接伝わらず、耕種農家は検査に合格し、助成金さえもらえればよいという捨て作り傾向が懸念された。 以上のような問題・課題を解決するのに、「民・民の関係」が最も適していると判断され、同町では、友人、親戚など町内外を問わず気心の通じ合った農家対農家の相対取引の方法がとられている。生産された粗飼料は必ず牛に給与されることを条件とし、それを担保するため1頭当たりの利用面積を33アールに設定し、それ以上の契約は出来ない仕組みがとられている。このことにより、飼料イネの捨て作りがなくなっている。 この方法で、畜産農家と耕種農家で顔の見える122の小グループが結成され、耕畜連携が形作られている。畜産農家では185戸、全肉用牛農家の59.3%が飼料イネを利用しているが、このうち153戸は自分でも飼料イネを78ヘクタール栽培し、耕種農家から供給を受けた飼料イネのみを利用している農家は26戸である。 繁殖牛飼養規模は10.2頭と中小規模農家が多いが、飼料イネを利用する農家の平均飼養規模は11.5頭、自らも飼料イネを作付する農家の飼養規模は17.0頭と比較的規模の多い農家が飼料イネに取り組んでいる。これは、粗飼料の収穫調製用機械を所有していることが要因であると思われる。耕種農家では383戸が196ヘクタールで栽培し、185戸の畜産農家に供給している。このほか近隣に畜産農家がいないため55戸の耕種農家(作付面積25ヘクタール)はJAと契約し、JAが委託した「稲わら確保部会」(肉用牛後継者5人が中心となって構成)によって収穫・調製され、畜産農家に供給されている。 図2 国富町における飼料イネ栽培・利用農家の概要 耕畜連携のメリットとして、畜産農家のたい肥が耕種農家で利用されるようになり、地域資源循環型畜産経営が確立された点が大きな成果である。以前は、葉たばこ農家やハウス農家などの耕種農家はたい肥を地域の畜産農家から購入することが少なかったが、現在では、飼料イネを畜産農家に無償で譲る代わりにたい肥を譲り受けるなどの物々交換が増加してきている。たい肥の処理に困っていた大型の畜産農家にとっては、稲わらが入手でき、たい肥を経営外に供給できるというメリットがあり、耕種農家は無償でたい肥が入手できるというメリットがあるので、持続的な関係が形成されている。 (5)今後の課題と乾田不耕起直播栽培 飼料イネの普及には助成金の存在があったことは否定できない。従って、今後、助成金の額が減少していく場合、減少した分をいかに補っていくか、あるいはコストを削減していくかが課題となる。 助成金の減少を見越して、同町では平成14年から「乾田不耕起直播栽培」の試験が開始された。乾田不耕起直播栽培の効果として以下の4点が期待できる。@通常の苗移植栽培と比較して労働時間が約1/10になる、A1人で20ヘクタールの管理が可能になる、B苗(10,000円/10アール)が不要である、Cトラクターや田植え機械が不要である。 平成14年に3戸の農家で2ヘクタールを試作した結果、普及性と低コストが確認されたので、乾田不耕起直播栽培が推奨されることになり、平成15年3月に乾田直播機を導入し、JA支援センターが10アール当たり3,000円で播種作業を受託することになった。実際に平成15年作では対前年10倍の20ヘクタールまで拡大した。農家の関心も高く、平成17年には3集団が直播機を導入した。 同町では当分の間、飼料イネ栽培に関して乾田不耕起直播栽培を普及しているが、将来は飯米用稲作への普及も検討している。 現行の稲作の生産費を見てみると、大幅にコスト低減ができる費目はなく、乾田不耕起直播栽培が新たなコスト低減をもたらすことが期待されている。表7に示すとおり、苗移植栽培では物財費が10アール当たり33,000円要するのに対し、乾田直播では16,000円減の17,000円となっている。 平成17年の飼料作物の助成額は10アール当たり60,000円程度であり、乾田直播栽培を行った際の農家の所得は43,000円(60,000円−17,000円)となる。一方、当地域の稲作の所得は3〜4万円であり、耕種農家が飼料イネの乾田直播栽培を行うメリットは十分にあると考えられる。また、乾田直播栽培を始めるには、播種機の導入と栽培技術の取得が必要になるが、技術そのものはそこまで高度なものは要求されないため、普及性は高いと判断されている。 表7 飼料イネ栽培方法別物財費
4.飼料イネを利用して和牛を増頭している笹森氏の経営同町で和牛飼養を行っている笹森義幸氏は、「国富町飼料用稲生産振興会会長」であり、多頭肉用牛飼養経営主である。同氏は飼料イネを自らも栽培し、また耕種農家から飼料イネの供給を受けて、表8のように、子取り用雌牛を80頭、育成牛7頭、F1育成牛18頭、肥育牛50頭を飼養している。 農業労働力は両親を加えて4.6人であり、飼料イネを150アール栽培している。畑ではイタリアンやトウモロコシなどの飼料作物を栽培し、飼料イネと合わせて粗飼料の低コスト生産を実践している。また徹底した個体管理により、繁殖牛の1年1産を実現している。さらに一貫経営により、データを重視した母牛管理を行っている。ちなみに、同氏は、平成10年度に畜産大賞の経営部門の優秀賞を受賞している。 表8 笹森氏の経営概況
5.宮崎県国富町における耕畜連携による家畜糞尿と家庭生ごみの循環
上記のように従前から国富町は畜産が盛んな町であり、家畜飼養の多頭化が進展すると畜産経営は徐々に家畜ふん尿の処理に苦慮するようになっていた。加えて農村集落の混住化に伴い「畜産環境問題」が顕在化してきた。一方、家庭から排出される水分を多く含む生ごみの焼却処理に同町は多額の経費を要していた。 そこで、同町は「昭和59年〜60年県営畜産経営環境整備事業」を導入し、3.7億円(国庫支出33.3%、県費補助金21.7%、町費45.0%)を投じて、豚ふん、牛ふん、鶏ふん、生ごみを同時に処理するクリーンセンターを昭和60年5月に建設した(原料24.6トン)。畜産経営から家畜ふん尿を集め、家庭からの生ごみを収集して混合し、たい肥を製造し、製品を地域内の耕種農家に販売するという地域資源循環利用システムを構築した。 その施設を核にして地域資源循環型農業が展開されたが、施設利用の希望が増え、施設の狭隘化が顕著になったので、施設更新が必要になり、「平成7年度地域農業基盤確立農業構造改善事業」を導入して、約4.4億円を投じて施設を更新した(平成9年3月に完成、原料53.9トン)。 このクリーンセンターの稼動により、畜産経営から排出される畜ふんと一般家庭から出される生ごみが一定割合で混合され、衛生的にたい肥化され、製品は町内の農地等に還元されるなど新たな地域資源循環システムが構築された。
(2)原料収集と製品販売価格 生ごみは、一般ごみとして各家庭から週2回全地区から分別して回収される。町指定の紙袋が利用されている(大袋は1枚18円、小袋は16円である)。畜ふんは、町内の希望農家と年間契約し、収集している。契約農家は36戸である(牛23戸、豚9戸、ブロイラー4戸)。製品であるたい肥の販売価格はバラ販売が1トン当たり3,150円、袋詰めが15キログラム当たり210円である。たい肥の成分は窒素1.6%、リン酸2.7%、カリ2.4%、水分36.7%である。 原料処理量は表9のように牛ふんが45%程度で多く、生ごみは14%程度である。年間約1万トンの原料から約3,200トンの製品であるたい肥が製造されている。従って、たい肥の歩留まり率は32%である。 平成16年度の場合、販売額は1,300万円強であり、クリーンセンター経費が5,800万円強であるので、クリーンセンターは約4,500万円の赤字であり、町はそれを補てんしている。クリーンセンターが赤字経営であるので、もし生ごみをクリーンセンター以外で焼却しようとすれば、多額の燃料費が必要になる。クリーンセンターの赤字補てんを理由に、他所で地域資源を焼却処理すれば資源循環の輪が切断されるので望ましいことではない。地域資源循環の視点から本事業を継続していく必要がある。しかし、現実には施設は故障が多く、修理費がかさんでいるので、改善が必要になっている。 表9 クリーンセンターの処理量と経費 (3)製品の販売 当初は、製品を直接販売していたが、畜産農家と耕種農家との連携を密にし、計画的な生産と流通の促進を図るため、JAと町内肥料販売店、各種農家代表、普及所を核とした「国富堆きゅう肥銀行」を平成10年10月に町単独経費(300万円)で設立し、販売を開始した。 同銀行は、たい肥販売店から注文を取り、町からたい肥を仕入れて、販売している。また、同銀行は各販売店に販売促進費として、15キログラムの1袋当たり57円、バラ販売の場合1トン当たり585円を給付している。同銀行は、たい肥代を集金し、クリーンセンターにそれを一括納入している。 (4)クリーンセンターが地域資源循環に及ぼす効果と今後の課題 クリーンセンターの設立により、@畜産環境が保全され、畜産振興が促進された。A生ごみの有効利用とごみ処理の効率化が図られ、農業の基本である土づくりに貢献するとともに、B焼却施設の負担が軽減された。 クリーンセンターは、上記の効果をもたらしているが、問題点も内包している。特に、生ごみの中からビニールなどが混入している場合がある。町民への「生ごみ分別排出」に対する啓発と残さ分別機の導入が残された課題である。 6.耕畜連携による国土に根差した地域資源循環型システムの課題
特に、飼料イネが地域内で順調に普及し、飼料として循環している最大の要因は、耕種農家と畜産農家が小グループに分かれて、信頼できる者同士が小グループを形成し、効率的運営を行っていることに求められる。122の小グループは結成当時から現在まで全く減少することなく、いまも機能しているが、これは、耕畜連携が有効に機能している証左である。 今後、水田転作の助成金の減少が予想され、同町では乾田不耕起直播栽培の普及など低コスト化対策が講じられている。新たな米対策などの政策変更にも耐えられる持続性のあるシステム作りが今後の課題である。 《追記》 |
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