◎今月の話題



集落営農における畜産の役割

山形大学農学部
教授 楠本 雅弘

集落営農が進まない理由

 農地解放・農協創設・食管統制の「3点セット」で自作農体制を基礎に据えた「戦後農政改革」以来60年ぶりの農政改革が進行中である。

 構造改革が遅れている土地利用型作物のうち米・麦・大豆・てん菜・でん粉原料用ばれいしょを対象作物として、「担い手」を絞り込んで経営規模の拡大による生産効率の飛躍的向上を促す「品目横断的経営安定対策」が、2007年度から実施される。

 「担い手」には、個別大規模経営体を目指す一定規模以上の認定農業者と、地域や集落の農業者が協議・協定して新しい「農場型経営」のしくみづくりを目指す「集落営農」が含まれる。

 集落営農は、解体しつつある自作農体制を再編成した新しい「地域営農システム」の構築を目指す取り組みであり、農地や里山などの地域資源を公益的に管理し、高度に活用できる。生産の効率化と地域資源の有効活用による地域振興にも寄与できる新しい農業経営のしくみとして期待されている。

 全国各地で、行政・農業団体が連携して集落営農が推進されているが、条件が整っているところはともかくとして、難航しているところが多いようである。また、国からの交付金を受け取るために、なんとか組織だけは成立して「間に合わせた」が、その組織が持続的に運営できるかどうかについて多くの課題を抱えているところも少なくない。

 集落営農が進めにくい理由は多々指摘されているが、その中でも大きなウエイトを占める「中山間地域等でほ場条件が厳しく、米・麦・大豆の効率生産に不向きである。排水不良などが原因で米以外に有利な転作作物が見あたらない。」という問題をどう解決すればよいか考えてみることにしよう。


「有畜複合地域経営」に活路

 結論を先に述べれば、「集落営農の中に畜産を取り込み、有機的に位置付けることによって、集落営農の可能性は拡大し、経営の持続的発展が可能になる。」というのが、筆者の主張である。

 わが国の近代農業史をふりかえってみれば、第1次大戦後の近代経営のモデルとされ「日本デンマーク」と称賛された愛知県碧海郡安城地方をはじめ、米と繭への偏重構造からの脱却を目指す「有畜複合経営」のスローガンが先人たちからの貴重な遺産である。

 ところが、高度経済成長の過程でわが国の畜産は、安価な輸入飼料に依存する専作・多頭飼養化によって効率生産の道を歩み、今日の状況を作り出した。近代化の一つの到達点といえよう。しかし、その過程で、地域から畜産が消え、国内の穀物生産との結合は切れてしまった。

 このような畜産の状況を承知の上で、あえて「畜産と集落営農を結合せよ」と論ずるのは、次のようないくつかの実例や知見にヒントを得てのことである。

(1)中山間地や離島が主産地の和牛生産
  少しずつ多頭化が進んでいるとはいえ、いまなお和牛、特に繁殖地域というのは、いわゆる中山間地域や宮古・石垣・隠岐など離島が主産地であり、穀物や園芸との複合経営が代表的な経営形態となっている。

 逆に言えば、「効率化路線」強化の帰結として、このような「条件不利地域」の農業が衰退することになれば、地域活力が失われ、ますます過疎化に拍車がかかるばかりでなく、わが国畜産業の柱である和牛部門が崩壊する恐れがある。

 中山間地域や離島でこそ、畜産を取り込んだ「地域内の有畜複合」(地域の飼料作物生産と畜産農家の結合)や、イノシシ・シカ・クマなどの「獣害」を避け、不耕地の山野草の管理、耕作放棄地の復元など「一石数鳥」の効果が期待される和牛放牧(繁殖成績も良く、飼料費も削減できる)が有効である。

(2)米以外の転作作物に不向きの水田には飼料稲を積極的に栽培することによって、稲作用機械の稼働率向上による稲作部門のコスト低減効果も期待でき、同時に飼料自給率の改善効果がある。

 WCS方式の飼料稲栽培は、地域の耕種農家、畜産農家、肉や卵を消費する生協の契約関係を行政・農協組織が連携支援する形で、取り組まれている。

(3)福島県奥会津の豪雪山地・昭和村の集落営農法人(有)グリーンファームでは、会津地鶏の飼育を穀作経営と結合することによって、副産物の飼料利用と資金繰りの改善によって経営効果を挙げている。

 一般に、稲作主体の集落営農では収入が年1回(それに転作作物)で資金繰りが悪いのが共通の悩みである。ここに畜産経営が取り入れられれば、女性や高齢者の労力活用と資金繰りの改善効果が期待できる。

 企業的畜産業者の規格化された鶏卵などは業務需要や量販店向け、集落営農による少量生産物は「地産地消」で産地直売所向けなど、「すみ分け」をすれば良い。

 このような、自給飼料型の畜産と集落営農の結合による「有畜複合地域経営」が定着するよう、効果ある政策的支援が望まれる。
 


くすもと まさひろ

プロフィール
1941年愛媛県生まれ。農林漁業金融公庫に22年間勤務後、1987年山形大学教養学部助教授に就任、90年同教授、96年から農学部教授。
 全国の農山漁村を行脚して、多くの生産者や農業改良普及員と対話・交流を積み重ね、複式簿記の継続記帳にもとづく経営改善・経営再建を指導・助言。主な著書に『農家の借金V』(農文協1987)、『複式簿記を使いこなす─農家の資金管理の考え方と実際─』(農文協1998)、『地域の多様な条件を生かす集落営農』(農文協2006)などがある。

 


元のページに戻る