◎今月の話題



農畜産物の輸出促進に向けて
さらなる取り組みを

東京海洋大学
講師  櫻井 研

日本は高品質な輸出資源の宝庫

 農畜産物の輸出可能性を探る目的で、数年前から欧米や中国、タイなどアジアを、そして昨年は中東(ドバイ)、ロシア(モスクワ)を訪問して市場調査を行う機会があった。そうした体験から言えるのは、日本は資源大国だということである。資源とは、石油や天然ガス、鉱産物だけを意味するものではない。レクサスやプレイステーションを世界に送り出すのも優れた経営資源である。日本のコメ、野菜、果実、そして牛肉など農畜産物の品質は世界のどこにも負けない優れたものであり、ダイコン一本でさえも違いは歴然。日本が比類のない資源の宝庫であることを、筆者は訪問先の国々でいつも実感している。

 生産部門だけではない。農畜産物を流通させる仕組みや小売店で販売するきめ細かな技法を見ても、世界の傑作と言っていいのではないか。巨大流通外資でさえも太刀打ちできずに退散したことは周知のとおりである。中国に進出した日本のスーパーやコンビニエンスストアは、中国における小売業近代化にとって良き手本となっているし、早くから海外に進出した日本食レストランも、近年ではその底辺が広がって、世界中でブームを起こしている。

 高品質で安全安心な農畜産物をはじめわが国の製品とサービスは輸出資源の宝庫である。


魅力のある市場の広がり

 わが国に優れた資源が賦存するだけでは当然のことながら輸出は促進できない。標的市場に、相応の顧客ニーズと購買力をもつ人々の需要が広範囲に存在することが条件だ。

 そこで、国外に目を向ければ、経済成長の著しい中国では購買力のある富裕層が出現し、彼らの高級志向をターゲットに、世界の有力企業が様々な高級消費財の売り込みを競っているところである。アジア各国でも、順調な経済成長の下で多様なニーズや欲求、購買力をもつ人々が生まれており、ショッピング・モールには世界のブランド品が並び、スーパーマーケットには新鮮な食料品が豊富に取りそろえられるようになった。

 将来に向かってさらなる成長が見込めるアジアでは、多様なニーズや欲求を持つ人々の存在がより確かなものへと成熟していくであろう。わが国の農畜産物の強みを発揮できる好機の到来である。

 標的市場のニーズと需要特性を把握し、有力な輸入・流通業者を探してコミュニケーションを深めていけば、可能性が見えてくるはずだ。


究極の食材は日本野菜と和牛肉

〜安全安心の卵、豚肉も
 世界的な広がりの日本食ブームも、輸出促進の機会を示唆している。

 昨年11月に訪問したモスクワの高級ス−パーのバイヤーは、果実の担当であったが、日本の果実以外で関心のある品目として、「新鮮な魚介類」と「“霜降り”の牛肉」を挙げた。モスクワでは、日本食をメニューに加えているレストランは400軒あるといわれ、日本食がブームとなっている。

 中東の真珠と注目されているドバイでも、超高級ホテルには日本食レストランが入っているし、アブダビには王族が経営する店もある。ムスリムの王族も、超リッチな観光客も好んで日本食を食べる時代である。また、「KOBE BEEF」はリッチなアラブ人も知るブランド。メニューに記載があれば、彼らも食べたいと思う逸品である。

 高級日本食レストランの日本人板前に食材の話を聞いてみると、日本から届けて欲しい食材として真っ先に挙げたのは「日本野菜」であった。

 タイ国バンコクの日系スーパーの売り場で一番目を引くのは「今日届きました」というPOPで知らせる卵のコーナーだ。ある日本人の奥さんは、買って帰ると、公平に分配するため家族一人ひとりの名前を卵に書いておく。安全安心の卵の証である。

 本誌05年6月号で紹介されている「伊達の純粋赤豚」の香港向け輸出は、その後も順調に推移しているものと思われる。香港では、鹿児島の黒豚が老舗のブランドになっているが、(有)伊豆沼農産が安全安心と高品質を保証する赤豚も好評で、同社のホームページを見ると、取り扱い先一覧の中に香港そごうと香港の日本食レストラン3軒が載っている。

 こうした新しい取り組みのほかに、古くから畜産副生物の輸出実績もみられる。


農畜産物の輸出促進に向けて

 わが国に品質の優れた農畜産物があり、他国に有望な潜在的需要層があって、そのかけ橋となるのが輸出にほかならず、可能性は大いにあると思われる。しかし、チャンスの裏には脅威や幾多の障害もあることは確かだ。

 魅力のある市場には、世界の強豪国が売り込みを狙っているであろうし、安くて競争力をつけた競合品目が出回っている。また、他国産「日本種」農産物の品質が、侮れないレベルに向上しているのは、日本で開発、育成された元のタネが優れものだけに当たり前なのだが、他国産の「WAGYU」と称される化け物は困った存在である。今後は優れた資源が流失しないようにしっかりと管理しなければならない。

 実際に取り組んでみると、制度面での障害や実務上のノウハウ不足などから困難な問題に直面することがあるかもしれない。先行事例においても同様で、課題を克服できたのは、高品質と安全安心に裏付けられた自信、そして不屈の志によるものである。成功事例に学び、失敗事例にも耳を傾けて、志を共有する仲間とともに取り組むことを期待したい。

 これからの輸出促進に必要な情報の収集や戦略づくりについては、行政をはじめ関係者が一丸となって取り組んでいただきたいと願うのは筆者ひとりではないと思う。


さくらい けん

プロフィール

東京海洋大学講師
1939年茨城県生まれ。専修大学大学院修了。(社)農協流通研究所の理事・調査研究部長などを経て1998年に東京水産大学(現、東京海洋大学)客員教授就任。2003年より現職。農林水産省「農林水産物貿易円滑化検討委員会」委員、日本貿易 振興機構「日本食品等海外展開委員会」委員等。豊富な海外市 場調査の経験を踏まえてわが国農畜産物などの輸出可能性を研 究している。


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