◎今月の話題


日本産食肉の輸出拡大の可能性と今後の課題

東北大学大学院農学研究科
准教授 伊藤 房雄

1.はじめに

 周知のように、世界的な日本食ブームやアジア諸国の所得水準の向上を背景に、わが国の高品質な農林水畜産物の輸出が好調である。近年の輸出額は平成16年2,954億円、平成17年3,310億円、平成18年3,739億円と、毎年10%を上回る高い伸び率で推移しており、農林水産省はこの勢いを加速させ、平成21年に6,000億円、平成25年には1兆円の輸出規模実現を目標に、現在、総合的な輸出戦略の推進に取り組んでいる(詳細は農林水産省HP参照)。

 ところで、平成18年の品目別輸出額シェアをみると、水産物33.1%、加工食品25.1%、その他農産物15.4%、水産調製品(ビン缶詰など)12.4%と続き、畜産品はわずか3.7%にとどまっている。しかし、わが国の畜産品(畜産物加工品含む)は世界でも有数の高品質を誇り、単価も高く、これからの輸出拡大をけん引する重要品目の一つと考えられる。

 幸いなことに筆者は、本年3月に平成18年度「国産食肉輸出促進協議会」が実施した香港における日本産食肉の市場特性調査に参加する機会を得た。以下では、その調査結果を簡潔に整理し、日本産食肉の輸出拡大に向け、今後解決すべき課題などについて考えてみたい。


2.香港調査にみるアジア食肉市場の特性

 香港調査の目的は、日本食レストランや焼肉店、量販店、輸入商社などに対しての聞き取り調査と情報収集を行い、香港における日本産牛肉の需要、消費拡大の可能性を検討することであった。なお、調査は香港への牛肉輸出解禁(平成19年4月)目前という時期でもあり、当時のかの地での最高級牛肉は豪州産和牛であった。

 さて、結論を言うならば、1)外食産業を中心に日本食に対する関心が非常に高く、2)特に日本産牛肉に対する需要が多いため、輸入解禁後はかなりの数量が販売されると見込まれること、3)価格については豪州産和牛の2割増程度でも充分販売可能と見込まれること、4)購買層の中心は現地富裕層と観光客、現地駐在の日本人と考えられること、5)日本料理店や高級レストランでは4等級、5等級のロース系に対するニーズが非常に強いのに対して、焼肉店では3等級でも味付け次第で充分商品になること、できれば内臓も扱いたいニーズがあること、等々であった。

 ここで留意すべき点は、6)日本産牛肉が輸入されないから仕方なく豪州産和牛を使用している側面は否めないものの、解禁後の両者の代替の程度はそれほど高くはなく、一部の富裕層の間に日本産牛肉に対する需要が一定程度固定的に見込まれること、7)ロース系に偏ったニーズが高い米国食肉需要に対して、多様な部位へのニーズがみられるアジア諸国の食肉需要は、供給サイドからみると一頭丸ごと販売可能で魅力的な市場としての特性を有していることである。


3.日本産食肉の輸出拡大に向けた今後の課題

 このような市場特性を前提に、日本産食肉の更なる輸出拡大に向け今後解決すべき課題として、以下の3点を特に指摘しておきたい。

 @需要者ニーズの的確な把握:
  香港調査で得られた結果の一つであるが、小売・卸売の担当者の間でさえ、枝肉歩留りと肉質格付けとの対応関係がきちんと理解されていない。このため日本の格付け知識を普及させることも必要と考えられるが、格付規格にこだわることなく、どのような牛肉が求められているのか、実需者・最終消費者のニーズを的確に把握する必要があると思われる。

 A食文化の相互理解と高品質・ホンモノ志向の追求:
  香港の消費者はマーブリングの高い牛肉を好む一方で脂身を嫌う傾向があり、スーパー・量販店など多くの小売店では脂肪部分を除去して販売するのが一般的である。それはまた、脂身を付けたままの商品はその重量分だけ価格に転嫁され、割高になっているのではないかという現地消費者の意識の現れでもある。さらに、アジア諸国の富裕層の中には日本観光のリピーターが多く、日本各地の土地の『食文化』や食材の価格、調理方法など「食」に関する情報を肌で理解している人達も少なくない。このため「擬い物」はさほど時間を要することなく見破られる可能性が高いことから、『ホンモノ』を輸出することが何にもまして肝要であろう。

 B輸出先政府認定の食肉処理施設:
  どれほど高品質で差別化に優れた日本産食肉を生産しても、食肉処理施設が輸出先政府から認定されていなければ制度上輸出することはできない。その意味で、相手先の需要を把握することも大切であるが、食肉処理施設の衛生対策向上など国内における対応も輸出拡大には不可欠であると思われる。


4.おわりに

 冒頭で述べたように、最近のわが国畜産品の輸出額シェアは5%未満と低い水準にあるが、今後急成長していくことが予想される。そこで多くの企業などは先駆者のノウハウを学び、短期間でキャッチアップを図ろうとするだろうが、それはまた企業間での商品差別化が一層困難になることでもあり、輸出先の確保に向けた国内企業間の価格競争に陥る危険性も少なくない。そのようなリスクを回避するためには、企業間で地理、分野別にすみ分けを図ることも一つの方法であろうが、上記Aの観光リピーターを日本各地で生産されるブランド畜産物のサポーターに取り込み、口コミを通じて顧客数を増やしていくことが現実的ではあるまいか。



伊藤房雄(いとう ふさお)

プロフィール

東北大学大学院農学研究科准教授。
北海道大学大学院農学研究科博士課程単位取得退学、農学博士。
平成2年日本学術振興会特別研究員、3年東北大学農学部助手、9年同講師を経て、14年3月より現職。
主著に『戦略的情報活用による農産物マーケティング』編著(農林統計協会、2001)他


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