◎調査・報告


きょうと方式鶏卵・鶏肉トレーサビリティの
仕組みづくりの経過

京都府農林水産部畜産課 企画主任 佐々木 敬之

風評被害の発生が食の安心・安全を見直すきっかけに

 近年、BSEおよびノロウィルスなどによる食中毒をはじめ、産地偽装など食品の安全性や表示の信頼性に関わる大きな問題が頻発している。

 京都府では、平成16年2月に京都府丹波町(現京丹波町)で発生した高病原性鳥インフルエンザ(以下、「HPAI」という)の発生により、府内産の畜産物、とりわけ、鶏卵・鶏肉に風評被害が発生した。養鶏事業者は食の安心・安全に対する消費者の意識の高まりを背景として、消費者の信頼確保やリスク管理対策の向上を早急に図る必要に迫られていた。

 これまでは、多くの養鶏事業者は、規模拡大により生産コストを低減するため、企業的経営を行っており、企業間の資本関係を越えたつながりは、希薄であった。

 しかし、今回のHPAI発生による風評被害を受けたことによって、採卵鶏と肉用鶏の事業者などが連合した団体を結成し、府内産鶏卵・鶏肉の消費拡大や鶏や鶏卵・鶏肉の正しい知識を啓発する取り組み、そして、生産者自身が食の安全を考え直す契機となった。

 このような、養鶏事業者の信頼回復への意気込みに加えて、流通・販売関係者の安心して販売できる鶏卵・鶏肉への期待と消費者の鶏卵・鶏肉を安心して購入したいという強い思いが後押しになってトレーサビリティの仕組づくりがはじまったと考える。


トレーサビリティの具体的な仕組みづくり

 食中毒や食品回収などの事案に対する備えとして、回収や原因究明の対象となる範囲が迅速に特定され、不安・不信を払拭するための一つの手段として「食品のトレーサビリティ」がある。

 当時、大規模な鶏卵・鶏肉事業者の一部で、トレーサビリティの取り組みが進んでいたが、消費者への情報開示や生産流通の透明性を確保する視点よりも物流管理的要素が強いものであったり、付加価値を高める視点のものが多く、各事業者の独自の基準による取り組みにとどまっており、その内容(各段階の履歴情報の記録方法、開示方法、遡及(そきゅう)に関する内容や方法)も様々であるため、中小規模の事業者などには、広く普及していなかった。

 幅広い消費者に対し安全を担保するためには、流通する鶏卵・鶏肉の 多くに、トレーサビリティが確保されることが重要であると考えられている。

 京都府では、畜産物生産者が小規模であったり、消費量に比較して府内生産量が少ないものであったりと、各生産者や一企業で完結する狭い範囲のトレーサビリティシステムの構築では、消費者の信頼性を確保することが困難であり、効果が少ないと考えた。

 そこで、面的な普及を目指したトレーサビリティの確立を目的として、学識経験者のアドバイスの下に京都府内の養鶏事業者、流通関係者が集い、消費者に安心・安全な鶏卵・鶏肉を提供する新たなシステムを検討するために、平成16年6月に「きょうと鶏卵流通システム研究会」を、17年4月に「きょうと鶏肉流通システム研究会」が立ち上げられた。

 行政は先進的な参考事例の収集と資料づくり、検討内容の取りまとめなどの役割を担い、座長と参加者の研究会運営の支援を行った。

 府内産鶏卵は、府内で約7割が消費され、地場消費の割合が高いが、鶏肉は、消費が生産の数倍という現状であった。
そこで、鶏卵では府内生産・府内消費での枠組みを、鶏肉では府内消費に向けられる流通での枠組みを中心に検討を重ねることとなった。

 きょうと方式の鶏卵・鶏肉トレーサビリティシステムでは、最初から目標や議論の方向性を定めるのではなく、現状の生産体制や流通形態を共通認識として、議論を整理することにした。その中で、各項目について

 (1) 「すぐに実施する(できる、している)こと」
 (2) 「次の段階で実施する(できる)こと」
 (3) 「長期的な計画の中で実施すること」

の3段階に区分することで、事業者間の現状での違いを吸収していくこととした。

 その結果、それぞれの基本的な情報の記録と開示項目の考え方は表1及び表2(鶏卵)、表3(鶏肉)のとおりとなった。


表1 養鶏場における情報の記録と開示


表2 包装段階における情報の記録と開示


表3 情報の記録と伝達の概要

 その中で、複数の事業者でトレーサビリティを進めていくために研究会では、(1)養鶏事業者から消費者までの流通の複雑さをどう解決するか、(2)共通に確保すべき衛生管理レベルをどこにおくか、(3)消費者に伝達する情報をどのように規定するか、(4)各段階の取扱い履歴情報の正確性の確保と日常の作業管理をどうするか、(5)この新しい取り組みの透明性をいかに担保するかが検討された。

 また、従来から鶏卵・鶏肉の製品に貼付されているラベルなどに表示される情報もあるので、記録する情報と開示する情報を区分すること、さらに開示する情報についても文字で表す情報と記号で表す情報の2段階に区分することで、事業者の新たな経費負担をできるだけ軽減することを目指した。

 さらに、日常の作業と記録のひも付けとトレーサビリティの内容確認を習慣づけ、各段階の取扱い履歴情報の正確さと仕組みの透明性を高めるため、事業者ごとの作業手順書を改善し、利害関係のない第三者機関による仕組みの確認(外部監査)制度の導入を取り入れることとなった。

 つづいて研究会では事業者がトレーサビリティを取り組むに当たって順守すべき基本的な共通の取り決め(決まり事)、トレーサビリティシステムを運用する上での生産履歴情報などの記録・伝達方法などの具体的手段について例示し、養鶏事業者が取り組む際に、生産・流通形態などの実情に合わせた手段を選択し、活用できるように「きょうと鶏卵トレーサビリティシステム導入の手引き」(17年3月)、「きょうと鶏肉トレーサビリティシステム導入の手引き」(18年3月)を作成した。この手引きに基づき、食品トレーサビリティを運用する上で最も重要な識別単位について、きょうと方式の考え方を表4(鶏卵)、表5(鶏肉)のとおり定義した。


表4 鶏卵における基本識別単位の考え方


表5 鶏肉における基本識別単位の考え方

 いずれも、各作業現場での手順を考慮した、身の丈に合った考え方で始めている。

 今後、運用していくうちに識別単位を小さくすることで、より小単位でのトレーサビリティが可能となるように工夫している。

 また、鶏肉においては、流通段階での識別単位の結合・分割についても表6に示した考え方に基づいて定義している。


表6 きょうと方式における識別単位の統合と分割


きょうと方式のトレーサビリティ

 こうして出来上がった「きょうと方式鶏卵・鶏肉トレーサビリティシステム」は、鶏卵・鶏肉とその情報の追跡、遡及のためのシステムと養鶏場や処理場(GPセンター、食鳥処理場、鶏肉加工場)および小売店まで含む流通段階での衛生管理や品質管理を総合的に組み合わせた、「安全な鶏卵・鶏肉を消費者が安心できるような形態で提供するとともに鶏卵・鶏肉が持つ本来の姿を消費者とともに考えて進める」というこれまでにない新しい考え方により構築されている。この考え方に基づいて、府内を中心に養鶏生産者および流通関係者が「京都鶏卵・鶏肉安全推進協議会(会長山元 勉氏)」をトレーサビリティシステムの実践・推進を行うため、設立した。協議会では、手引きに基づいて以下の基本的なシステムにより「きょうと方式鶏卵・鶏肉トレーサビリティシステム」の実践を目指した。

(1) 識別管理
  生産農場、GPセンター、食鳥処理場、鶏肉加工場、小売の各段階における識別方法についての基準(ルール)の作成

(2) 記録・保管
  各段階における生産履歴情報の記録と保管についての手順書作成

(3) 照合・情報開示
  各段階の情報について携帯電話やパソコンによる入力システムおよび確認システムの開発 このことによって鶏卵・鶏肉生産でのリスク管理の強化、生産流通に携わる事業者の責任の明確化を行うこと可能となり、府民に対する鶏卵・鶏肉の信頼性の向上につながると考えた。


図1


取り組みをはじめて

 平成17年11月から鶏卵、19年2月から鶏肉で「きょうと方式トレーサビリティシステム」による販売が始まった。実際に流通しているラベルの一例を図1〜3に示した。


図2


図3

 図1が、鶏卵のラベル、図2〜3が鶏肉のラベルである。

 トレーサビリティの遡及に関するパソコンなどの画面例を図4〜6に示した。図4がパソコンの導入画面、図5がトレースバックの画面変遷例、図6が位置時間の証明画面である。


図4


図5


図6

COCO-DATESシステム:三菱電機の位置時間証明情報提供サービス
COCO-DATESはGPS衛星で位置を、気象衛星画像の雲の形で時間を特定し、12桁のユニークなCOCO-DATESコードを発行する世界で初めてのサービスです。


 準備段階から多くの流通関係者と検討を重ねてきたが、残念ながら、販売までの合意に達したのは鶏卵で2業者、鶏肉で6業者(平成19年度開始予定含む)にとどまっている。

 これは、鶏卵では、複数産地で生産された鶏卵を取り扱う流通業者において、採卵日の表示されたトレーサビリティ確保鶏卵とそうではない鶏卵が混在することを販売店側が望まないこと、また、採卵日の表示を行うことによって、複数採卵日の打たれた鶏卵について、販売業者が消費者に説明する必要があることなど、現状での商取引の慣習になじまないためと考えられ、今後流通業界に新しい考え方について普及啓発していく必要がある。

 鶏肉では、鶏卵と異なり、一つの産地の鶏肉だけで、消費者まで流通しない場合もあるため、店舗でのトレーパック加工時における作業手順の確立と作業記録との確認整合性の担保など、解決すべき課題がまだ残されているためと考えている。

 法律で義務化されている牛肉と違い、自主的な取り組みとなる鶏卵・鶏肉については、トレーサビリティについてのガイドラインが鶏卵で16年11月策定され、鶏肉が19年度中に策定される予定であるが、販売価格の安価な畜産物のため、まだまだ費用対効果の面からも販売業者が導入に二の足を踏んでいる状態である。

 きょうと方式は採卵鶏事業者では「採卵日」を、食鳥処理場および鶏肉加工場では、「食鳥処理日」と「加工日」の情報を記録・開示を行うこととしており、いつどのような作業が行われたか一目瞭然に分る画期的なシステムと考えている。

 さらに、消費者の信頼を確保する取り組みとして作業手順書による衛生管理および鶏卵と情報のひも付け確認(第1次チェック)、協議会による確認(第2次チェック)、第三者機関による検査(第3次チェック)のトリプルチェックを取り入れていることとも、他に例をみないシステムであると考えている。

 平成19年度は、鶏肉おける流通段階での面的な広がりを増すため、農林水産省事業(ユビキタス食の安全・安心システム開発実証事業)を活用し、既存の鶏肉トレーサビリティシステムとの相互運用を可能とする仕組み作りに取り組んでおり、平成20年2月には実証試験を行う予定である。

 きょうと方式の鶏卵・鶏肉トレーサビリティシステムは、本格実施から鶏卵で2年余、鶏肉については10か月しか経過しておらず、今後まだ、発展させるための課題も多いと考える。

 現時点では、期待されるメリットよりも労力やコストが係るにもかかわらず各事業者がシステムに取り組んだのは、この進め方がトップダウン方式ではなく、ボトムアップ方式であり「出来ることから始める身の丈に合ったトレーサビリティ」であったためと考えている。今後、京都府としては、食の安心・安全の重要性について、養鶏事業者のみならず、流通関係者、消費者にも理解を促し、普及啓発を行い、このトレーサビリティシステムの底辺に取り組むとともに透明性確保に資する活動について協議会を支援していきたい。

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