海外駐在員レポート

飼料穀物価格が上昇する中でのチリの豚肉生産

ブエノスアイレス駐在員事務所 松本 隆志、石井 清栄



1.はじめに

 チリは近年、毎年約2万トン(枝肉ベース)ずつ豚肉輸出量が増加しており、2008年は18万トンに達すると見込まれている。しかし、チリ国内の飼料需要量を満たす飼料生産が行われていないこのため、輸入トウモロコシ価格の上昇などによる生産コストの大幅な上昇に比べ、輸出価格の上昇は小幅であることから、現状程度の輸出価格の上昇水準では、収益を利用して積極的に豚肉生産を拡大する意欲にはつながっていかないと見られる。

 そこで、これまでの豚肉生産の拡大傾向を維持するためには、輸出価格を生産コスト上昇に見合ったものにすることが必要であり、これまで以上に需要者ニーズに応じた取組が求められるようになっている。本稿ではチリの飼料需要の動向と豚肉関係者の取組について報告する。


2.飼料需給の動向

 チリの豚肉生産の飼料として、トウモロコシ、大豆油かす、ふすまが主原料として利用されている。それぞれの需給については、表1のとおりである。

表1 飼料原料ごとの需給表

資料:米国農務省(USDA)
注:チリ国内の大豆生産に関するデータは無し


 チリ養豚生産者協会(ASPROCER)に、飼料原料ごとの自給率について聞いたところ、

 「トウモロコシについては約4割、大豆油かすについては大豆の国内生産が無いため0%、ふすまについては飼料需要量が少ないため国内生産で充分賄うことができ100%と見ている」とのことであった。

 このようにチリの豚肉生産は輸入飼料への依存度が高い。特に飼料需要量の多いトウモロコシについてみると、その多くはアルゼンチンと米国から輸入している(表2)。

表2 トウモロコシの輸入量

資料:チリ農業省農業政策・調査局(ODEPA)


 チリはこれまでアルゼンチン産トウモロコシを利用してきたが、豚肉生産の拡大による飼料需要量の増加により、米国産トウモロコシの輸入も始めている。米国産とアルゼンチン産のCIF価格を比べると米国産がやや高い傾向があり、このため後述するように飼料の輸入、豚肉の輸出が容易であるチリ北部での養豚基地の建設が進められているものと見られる。(表3)。


表3 トウモロコシの月別CIF価格

資料:ODEPA
注:米国は、輸入が無い月があるため連続していない。


 また、ASPROCERに、飼料需給の見通しについて聞いたところ、

 「アルゼンチンからのトウモロコシ輸入が必要になるのは、毎年8月以降であるため、現在はアルゼンチンの穀物輸出をめぐる混乱の影響は無い。しかしながら、この状態が続くと、米国、ブラジル、パラグアイなどからの輸入を考えなければならない。チリ国内のトウモロコシの作付面積は2005年度から増加傾向である。これはトウモロコシCIF価格の上昇に伴い、トウモロコシ生産者価格が上昇しているためと見られる。現状の価格が続けば、作付面積が拡大していくであろう。また2008年の年頭のチリ国内の干ばつは小麦の収穫量に影響したが、ふすまの需要量は少ないため、不足は生じない。」とのことであった。

 なお、チリでは国内生産者に対する農畜産物の増産のための補助金や低利融資などの政策支援は無い。


3.豚肉需給の動向

 (1)最大手アグロスーパー社の動向

 チリの豚肉生産量は近年、増加傾向にあり、これに伴い輸出量も増加傾向にある(表4)。

表4 豚肉の需給表

資料:USDA
注:枝肉ベース

 ASPROCERによると、

 「約8割の豚肉生産が食肉パッカー自社農場で生産され、残りが養豚農家によって生産されている。また、養豚農家は特定の食肉パッカーとの結びつきを強くしている。」とのことであり、インテグレーションがかなり進んでいることがうかがえた。

 チリ最大手の食肉パッカーであるアグロスーパー社は、と畜する肉豚をすべて自社農場で生産している。また同社の豚肉生産量(枝肉ベース)は約30万トンと国内生産量の約6割に達している。そこで、同社において自社農場の拡大計画について聞いたところ、

 「飼料の輸入、豚肉の輸出が容易であるチリ北部の第3州ウアスコ港周辺で、母豚飼養頭数2万頭規模の一貫農場を開設する計画が進んでいる。豚舎の整備などは完了したものの、豚肉価格が生産コストの上昇に追いついていないことから、母豚は未だ導入されていない。本格的な生産に向けて、今年下半期には豚肉価格もコスト上昇に見合ったものになることを期待している。」とのことであった。

 最大手のアグロスーパー社が生産拡大を控えることは、ほかの生産者に与える影響も大きいと考えられる。



アグロスーパー社はランカグア(サンチアゴから南へ85km)を拠点としている。
ここの施設で、1日当たり4千頭を処理し、
1年当たり約11万トン(枝肉ベース)の豚肉製品を製造している。


(2)豚肉価格の動向

 生産コストについて詳細なデータは得られなかったが、ASPROCERでの聞き取りによると、母豚飼養頭数600頭規模の一貫経営で現在の生産コストは肥育豚生体1キログラム当たり約1.36米ドル(146円:1米ドル=107.4円)、うち飼料費は約1ドル(107.4円)とのことであった。

 表5は豚肉価格とトウモロコシ価格の動向を比べたものであるが、飼料費に大きく影響するトウモロコシ価格の上昇に比べると、豚肉価格の上昇は穏やかなものであり、この乖離(かいり)状態が調整されずに続くと、チリの豚肉生産量は増加傾向から減少に転じると見られる。

表5 豚肉CIF価格とトウモロコシCIF価格

資料:ODEPA
注:トウモロコシはアルゼンチン産のCIF価格


4.豚肉関係者の取組

 チリの豚肉輸出について見ると、輸出量の約5割が日本、約3割が韓国、約1割がEU、残りがメキシコその他という状況である。それぞれの国別の輸出単価をみると(表6)、日本と韓国向けの輸出単価が高いため、これらの国の需要者ニーズに応じた豚肉製品の提供が、同国の豚肉生産の喫緊の課題であるとみられる。

表6 輸出国別の輸出価格

資料:ODEPA
注:CIF価格

 そこで、アグロスーパー社とASPROCERで、豚肉製品の供給に当たっての考え方について質問したところ、いずれの回答についても両者に相違なかったことから、チリ豚肉関係者の大方の見方は、以下のようなものであると見られる。

(質問1)日本や韓国の需要者ニーズに応じた製品の供給について

「例えば、最近始まった韓国向け冷蔵豚肉の輸出は、急激に拡大している。このように日本や韓国の需要者ニーズにきめ細かく対応し、冷蔵豚肉の輸出に向けたパッキング技術の向上、ニーズに応じた部分肉の提供、調理に手間のかからない新商品の開発に向けて精力的に取り組んでいる。」


それぞれの従業員は担当する部位および地域が定められており、
部位と地域に合った箱を上から引き抜き、箱に豚肉を詰めている。



日本向けの製品




韓国向けの製品

写真の製品は、日本向けは豚カツ、韓国向けは焼き肉にすぐに利用できるようになっている。このようにヒレやロースなどの高級部位を需要者のニーズに応じたカット肉を仕上げたり、ソーセージなど調理に手間のかからない商品を開発することが東アジア市場に向けての課題と考えられている。


(質問2)チリの豚のと畜は、ハムなど加工向けに適している蒸気で蒸らしてから毛を引き抜く湯はぎ法が行われているが、日本や韓国への精肉向けに適している皮はぎ法へ改める可能性について

「日本や韓国の需要者が枝肉を丸ごと買うわけではないため、不需要部位が生じる。EUやメキシコ向けのモモ肉や肩肉を利用したハムの需要もあり、湯はぎ法により皮が肉を保護することができる。皮はぎ法のラインを設置する可能性はあるが、これまでの方法で提供した豚肉が需要者から評価されていることから、直ちに対応すべき問題とは考えていない。」

(質問3)バークシャー種の導入の可能性について

「同じく不需要部位の問題がある。また、脂身の入った豚肉はチリ国内の需要には向かない。豚肉の品質向上のためには、品種の導入よりも、給与飼料、動物医薬品の最少限の利用などの日常管理が重要であると考えている。」

(質問4)飼料費低減の取組について


「飼料価格はバブル気味であるが、2006年以前の水準には戻らないと見ている。エタノール生産の副産物であるDDGS(Distillers Dried Grains with Solubles)を用いた給与試験を行ってみたが、多給するとDDGSに含まれる多価不飽和脂肪酸(PUFA)により脂肪が柔らかくなるなど、品質に影響が出ることが分かった。特に韓国の需要者はこれを嫌う。現在DDGSを利用していないが、生産コストを多少下げるために、品質が低下することは望ましくないため、肥育後期にわずかな割合を混合して使う程度であろう。」

 なお、ブラジル、アルゼンチンではバイオ燃料生産に向けた取組が盛んに行われていることから、家畜由来の油脂を利用したバイオディーゼル生産の可能性について聞いたところ、

 「チリ国内でバイオ燃料を自動車に混合する予定は無く、またブラジルと比べ食肉生産量が少ないため価格競争にも耐えられない。」

(質問5)ブラジルのサンタカタリーナ州が口蹄疫ワクチン不接種清浄地域となるなど南米各国の清浄化が進んでいるところであるが、特にブラジルとの競争への取組について

「ブラジルはレアル高、経済成長による国内需要の増加により、ブラジルの価格競争力は弱まっているとみている。また東アジアの需要者ニーズに応じた商品提供のノウハウは、チリのわれわれが詳しいので、今後ともこの優位性を保ち続けていきたい。」


5.おわりに

 米国では、2007年末からの急速な肉豚出荷頭数の増加と飼料穀物価格の一段高により、養豚経営の収益性は急激に悪化しており、米国最大の養豚企業であるスミスフィールド社が繁殖母豚の5%削減を公表し、また、カナダ政府が繁殖豚のとう汰に支援措置を講ずることを公表するなど、北米でも豚肉の需給改善に向けた動きは見られ始めていると伝えられている(ALIC海外駐在員情報(北米)平成20年5月5日発)。前述したようにチリにおいても同様の状況が見受けられる。

 アグロスーパー社の輸出業務担当者は、

 「日本の小売段階では、農畜産物の価格上昇による価格転嫁が進んでいない状況は知っている。このため、日本への豚肉輸出による収益は以前より低下しているが、日本の市場は重要であるため、今後とも日本の需要者のニーズにあった豚肉を提供し続けていきたい。」とコメントしていた。

 このようにチリの豚肉関係者が具体的な取組を進める中、わが国においては輸入豚肉との競争に打ち勝つためにも、国産豚肉の利点をアピールした需要者ニーズに応じた商品開発が、なお一層重要度を増していると考えられる。


 

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