海外駐在員レポート

民間主導でトレーサビリティシステムの向上に努めるチリの豚肉流通

ブエノスアイレス駐在員事務所 石井 清栄、松本 隆志


1 はじめに

 チリの豚肉産業は、90年代以降の国内経済の発展に伴い食肉消費が増加する中、国内豚肉産業のインテグレーション(自社で子豚生産から豚肉生産までを一貫して行う)による規模拡大の進展などにより、目覚しい成長を遂げている。

 2007年の生産量は、2003年と比べ36.5%増の約49万9千トン(枝肉べース)となった。また、生産量の増加を反映して、豚肉輸出も日本や韓国向けなどで急増しており、2007年は2003年と比べ82.7%増の11万3千トン(冷蔵および冷凍、製品重量ベース)となった。そのうち日本向けは、5割近くを占めている。

 輸出成長の要因としては、(1)防疫面から見て、四方を海や山脈に囲まれるなど地理的環境に恵まれていることもあり、近年、口蹄疫、豚コレラなどの疾病が発生していないこと(2)需要に応じた商品開発に精力的に取り組んでいること─が挙げられる。

 一方、食品の安全性に対する関心が世界的に高まる中、チリではこれに対処するため、政府が豚肉の生産から流通までのトレーサビリティに関する法整備を行うとともに、主要業界団体も「養豚産業のトレーサビリティマニュアル」(以下「マニュアル」という。)を作成するなど、豚肉トレーサビリティの向上に努めている。今回はこのマニュアルを中心に同国の豚肉トレーサビリティシステムの現状を報告する。

図1 チリの豚肉生産量

図2 チリの豚肉輸出量


2 特徴

 チリの豚肉のトレーサビリティシステムの特徴は、2点ある。

 1点目は、国内豚肉産業のインテグレーションの進展により、いわゆる「川上(生産段階)から川下(流通段階)まで」のトレースが容易なことである。

 国内主要豚肉パッカーが加盟しているチリ養豚生産者協会(ASOCIACION GREMIAL DE PRODUCTORES DE CERDOS DE CHILE、以下「ASPROCER」という。)は、会員(35社)で同国の豚肉生産の9割を占める。残りの1割の生産者が、耕種との複合経営や残飯養豚などの小規模農家となっている。

 2点目は、生産からと畜場までのトレーサビリティは、公的管理下家畜施設(Planteles de Animales Bajo Certificacion Oficial、以下「PABCO」という。)プログラム(詳細は後述)により確立されているが、加工から販売までは法整備されているものの、その方法は各事業者に任されていることである。

 チリ農業省農業牧畜局(Servicio Agricola Ganadero、以下「SAG」という。)は、2006年6月に従来の牛に加え、豚、鶏、羊、馬などの家畜に対して、「衛生トレーサビリティシステム公式プログラムの策定に係る決議」を制定し(2006年6月29日付けSAG決議第2862号、2008年6月26日付け第3423号で一部改正)、(1)豚のPABCO農場などのSAGへの登録(2)豚などの移動記録の作成、保持(3)豚などの輸送手段のリストの作成─などを義務付けた。

図3 チリの豚肉トレーサビリティの基本的仕組み


3 マニュアルについて

 前述のとおり、加工から販売までの豚のトレーサビリティシステムの方法については、各事業者により任されている。このため、ASPROCERは、以下のとおりマニュアルを作成した。この利用はあくまでも任意であるが、会員には、これに準ずるように指導しており、これまで3度改正されている。

(1)目的

 輸出市場における信頼性を確立して差別化を図り、かつ、均一性を有するトレーサビリティシステムを確立するために、国内豚肉産業(原材料生産段階から製品の販売あるいは食品の原材料として使用されるまで)が遵守すべき最低基準などを定める。

(2)最低目標

(1) 各施設(生産農場から豚肉製品の販売あるいは食品工場まで)内で製品の生産農場と出荷工場を識別すること。

(2) 製品の在庫回収またはリコールを行うことのできる体制を整備すること。

(3)生産からと畜場まで

 マニュアルでは、生産からと畜までのトレーサビリティについては、PABCOプログラムの認定条件に則って実施するよう定めている。

(4)具体的仕組み

(1) PABCOプログラムに沿った生産からと畜までの管理
 PABCOプログラムに沿ったと生産からと畜までの管理は、畜産施設登録簿(RUP)と称する9ケタのコード番号が使用される。

(例)

 農場の所持する記録(台帳)は、以下のものを所持する。
 ・PABCOプログラムへの参加記録
 ・家畜移動に係る衛生面に関する記録

 家畜識別について、繁殖豚についてはSAGによって認証されたプラスチック耳標、入れ墨またはその他を使用した独自識別である。また、肥育豚については、ロットごとの識別である。

 と畜場(加工場)の所持する記録は、以下のものを所持する。
 ・HACCPに基づく品質保証記録
 ・家畜移動に係る衛生面に関する記録
 ・送り状
 ・受領した豚の管理記録 など

 トラックなどの各ケージにはRUPなどが記載されたシールを添付し、と畜場の柵は、柵ごとに豚の交錯を避ける条件で番号を付ける。

(2) 加工から販売までの管理
 マニュアルでは、(1)すべての製品の取引は、供給側のいかなる段階においても有効な価格を設定し、注文書および請求書が発行できる(2)事前に定められた情報が入手できる─必要がある。としている。

 以上に対応するため、マニュアルでは、EAN/UCC(注)コードを利用したトレーサビリティシステムを利用した方法を定めている。EANは、明確な識別のためのGTIN(グローバル通商番号)を規定している。

 また、事業者は、その製品が販売される市場の要求にしたがって、IAという識別記号を利用してEAN/UCCコードに識別以外のほかの情報を含ませることができる。IAによって、生産から販売までのすべての情報を含ませる事業者もいれば、PABCOプログラムにより生産からと畜まではトレーサビリティが確立されていることから、加工から販売までの情報を含ませるに留める事業者もいるなど、情報をどこまで含ませるかは各事業者により異なる。

(3) 記録(台帳)の保管
 輸出国の法的条件および顧客の要望を考慮し、記録(台帳)を最低2年間保管すべきとしている。

 保管する記録は、(1)原材料などに関する記録(2)衛生管理に関する記録(3)社内のトレーサビリティの教育や監査に関する記録─などである。

〇 PABCOプログラム

 PABCOプログラムとは、SAGが1998年から実施している輸出認定プログラムであり、輸出先国の衛生管理当局が要求する事項(農場の施設整備、家畜の取り扱い、給餌記録の保持など)などについて、遵守すべき条件として規定している。チリ国内において家畜を飼養している農場が輸出を行う場合には、同プログラムに基づきSAGに申請し、PABCOとしての認定を受けなければならず、PABCO認定農場として登録されて初めて、輸出が可能となる。

 豚については、2002年に生産者とSAGの間で自主的マニュアルが作成され、2005年8月にはPABCOの認定条件として、農場からと畜場までのトレーサビリティの確立が記載されたマニュアルが作成され、法的にも認められた。

 なお、畜産物の輸出に関連するすべての業者(加工業者、輸出業者、冷凍施設保有者など)は、2003年9月11日付けSAG決議第2561号により、事前にSAGの管理運営する全国畜産物輸出施設登録システムへ登録申請を行った上で、輸出施設としての許可を得なければならない。また、実際に輸出を行うに当たっては、当該製品に関する国内検査規程を満たした上で、輸出相手国からの要求などに応じ、輸出品の衛生上の品質についてSAGによる証明を受けなければならない。

(注) EAN/UCCコードとは
 バーコードの一種で、GS1US(旧UCC:米国コードセンター)によって開発され、国際EAN協会(ベルギーにある、世界的にバーコードを管理する組織)によって規格承認されたため、「EAN/UCC」と命名された。

(5) 回答時間

 マニュアルでは、SAGあるいは顧客からトレーサビリティの記録の内容の公表について要求があった場合は、ただちに、また、消費者の安全や国の衛生状態を脅かす恐れのある事態となった場合は、8〜24時間以内に、いずれもSAGまたは企業に回答すべきとしている。公表する内容は、該当する食品の(1)原材料(2)加工過程(3)出荷先─などである。

(6)リコール

 消費者の健康にとって潜在的に危険な製品である場合、あるいは法律により表示が義務付けられている情報が不足している場合、当該製品を市場から回収(リコール)する。その際のトレーサビリティ/リコールのプロセスは、
(1)企業あるいは当局の見解によって、国内市場で販売されている製品の一つまたはそれ以上のロット回収に該当する場合、当該製品を製造した企業は協調して、回収を実施するとともに、(2)回収に該当する製品が既に消費者の手に渡っていることが判明した場合には、当該製品を製造した企業が適切な情報伝達を保証する対策を講じる─となっている。

図4 ASPROCER会員企業におけるトレーサビリティー/リコールプロセスの概要


4 実際の取り組み

 豚肉パッカー最大手のアグロスーパー社の担当者に実際の取り組みを聞いたところ、以下のとおりであった。

 「アグロスーパー社は、EAN/UCCコードなどを利用したトレーサビリティシステムを、ASPROCERのマニュアル作成前に導入したパイオニアである。今はマニュアルに準拠するようにしている。飼料生産から豚肉出荷までのインテグレーションを確立しており、オンライン化されていることから、各工程において追跡確認が容易であることが強みだ。また、ISOの認定やHACCPの導入など国際的な衛生基準も満たしており、SAGの職員や輸出業者が常駐して製品の衛生状態や品質を検査している。需要者からの要求(トレーサビリティシステムの確立など)があれば、企業として応えるのは当然の義務であるし、それらに応える自信を持っている。」とのことであった。

 また、同社は全輸出国向けに独自の「安全証明書」を発行している。そこに、トレーサビリティに重要な生産農場やロット番号などがほとんど網羅されていることから、同社の豚肉の追跡確認などは「安全証明書」を見ればおおむね分かるようになっている。

SAGの検査の結果、製品の衛生状態などに問題なければ箱ごとに通し番号で貼られるシール(検査済証明書)。品質などに問題があれば、通し番号の再発行はできず新しい番号を付したシールを再度貼ることとなる。

品質などに問題がないとL字型に貼られる。

出荷を待つ日本向けの輸出ロット


5 終わりに

 以上、マニュアルを中心にチリの豚肉トレーサビリティの状況を見てきたが、ここで言えることは、やはり同国では養豚業界のインテグレーションが進展しているからこそ、このように民間主導で統一的、かつ、具体的なマニュアルが作成・指導ができるということである。チリでは農業は市場経済の中での一事業と見る傾向が強いことから、経営体の育成や輸出促進などに関する施策がほとんどない。このため、輸出についても、政府は直接的な補助ではなく、FTAやWTOの推進などにより間接的に支援していくとともに、いわば必要最小限の義務として、有利な衛生条件を利用したPABCOプログラムの制定やトレーサビリティ義務付けなど安全面からの輸出競争力強化を図ることとしている。このような背景があるため、養豚業界は国内および国際市場での競争力を高めるため、養豚業界のインテグレーションを進展させたとも言える。

 また、企業規模の差があるとは言え、国内豚肉パッカーの大部分がこのマニュアルに準拠して同国のトレーサビリティシステムを確立していこうとする姿勢は、今後の同国の養豚業界の発展にとり非常に重要なことと思われる。

 輸入飼料の依存度が高いチリの養豚業界では、今後の飼料価格の状況によっては、インテグレーションの一層の進展、ひいては業界の寡占化が進むものとみられる。そうした場合、トレーサビリティシステムはより効率的に運用できるものとなろう。「食品の安全」が今後の食品輸出国にとって一層重要なカギとなる中で、チリの豚肉業界がトレーサビリティシステムをはじめとする「安全面での有利さ」を武器にどのように輸出戦略に取り組んでいくのかが注目される。


 

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