海外駐在員レポート

ベルギーのオーガニック畜産
〜安全志向の高まりから伸びるオーガニック食品〜

ブリュッセル駐在員事務所 小林 奈穂美、和田 剛


はじめに

 EUでは、消費者の安全志向の高まりなどから、ドイツを中心に有機(オーガニック)農畜産物の消費・生産が盛んになっている。

 近年、ベルギーにおいても、オーガニック食品の消費が伸びており、国産製品だけでは不足するほどの伸びを見せている。特に畜産物については、BSEなどの家畜疾病の発生のほか、99年の国産飼料のダイオキシン汚染問題により、消費者の畜産物に対する安全性への意識が高まり、オーガニック畜産物の需要は増加している。これは、ベルギーの農地面積に占めるオーガニック農地の割合が2.1%(2006年)と、オーガニック先進国であるドイツ(4.9%)と比べても決してその割合は大きくないが、家畜飼養頭数に対してオーガニック家畜の占める割合は9.2%(2005年)となっており、EUではデンマーク、ドイツに次ぐ3番目に高いシェアとなっていることからもわかる。今回、ベルギーのオーガニック畜産農家を訪問する機会を得て、オーガニック畜産を始めた経緯や今後の展望などをうかがうことができたので、量販店のオーガニック食肉の取り扱い状況などと併せて紹介したい。


ベルギーのオーガニック食品の認証

 ベルギーのオーガニック食品の認証は、民間検査認証団体である「Certisys」と「Integra」の2法人により行われている。それぞれEUのオーガニック規則にのっとった規程を定め、これに基づいて認証している。認証後は、年1回の定期検査や抜き打ち検査の実施により監視も行っている。

 また、1987年に、オーガニック農家の団体やオーガニック食品を扱う卸売業者、小売業者の団体および検査認証団体によって構成する団体「Biogarantie(1)」が設立され、それまでオーガニック製品を表わすロゴがいくつかあったが、これを一つに統一した。現在ベルギー産オーガニック製品の約7割がBiogarantieに登録されており、それらの製品には写真に示したロゴが付けられている。


Biogarantieのロゴ

(1) 仏語でオーガニックはBioligiqueといい、一般的にBio(ビオ)と呼ばれている。Biogarantieで「オーガニック保証」という意味となる。


より安全なお肉を提供したい〜Ferme du Vivrou〜

 ベルギーのオーガニック農業は南部ワロン地方で盛んであり、オーガニック生産を行う畜産農家のほぼ100%が所在している。これは、元々、農家1戸当たりの所有する土地面積が南部のほうが北部よりも広かったことから、オーガニック農業に転向しやすかったことが要因として挙げられる。

 今回訪問したオーガニック畜産農家Ferme du Vivrouもこのワロン地方のリュクセンブール州に位置している。この農場は、Certisysからオーガニック農家の認証を受けている。ご主人のJoséさんと奥様のCarolineさんの夫婦二人で、現在、肉用牛(リムジン種)160頭、雌豚24頭、羊45頭を飼養、所有面積は84ヘクタールで、そのうち50ヘクタールが放牧用となっている。このほか宿泊施設4戸、教育ファーム用施設1戸を所有しており、Carolineさんが中心となって、旅行者への宿泊サービスや教育ファームを行っている。後継者は18歳の息子さんで、現在、学校で農業を勉強中とのことである。

 今回の訪問は2月であったため、残念ながら放牧風景を見ることができなかったが、例年4月15日から11月10日まで放牧しており、写真のような広々とした草地で伸び伸びと過ごしている家畜を見ることができる。

 オーガニック畜産を導入するきっかけは1992年に始めた宿泊サービスでの宿泊客との交流であった。元々、ベルジャンブルー種を飼養していたJoséさんは、宿泊者から「お肉をあまり食べない」という話をよく聞くようになり、消費者の肉離れを実感、「より安全な肉を提供することで肉離れを阻止できれば」という思いから、オーガニック畜産の導入を決めたそうだ。


ご主人のJosé ANNETさん

 97年にオーガニック用として、それまで飼養していたベルジャンブルー種ではなく、リムジン種14頭を導入した。リムジン種を選んだ理由として、病気に強くオーガニックに適していること、また、ベルジャンブルー種は出産時に難産が多く、帝王切開をする確率が高いため、自然状態での飼養を重視するオーガニックに適していないことを挙げている。Joséさんは学生時代、オーガニック農業について学んでおり、その知識を生かして転向前からオーガニックの条件にあった飼料などの準備をしていたため、オーガニック転向時は特に大きな問題はなかった。徐々にベルジャンブルー種からリムジン種に移行し、2004年にすべてリムジン種となり、現在の飼養体制となった。

オーガニック農家を示す看板


デレーズより取得したオーガニック牛の看板   オーガニック豚の看板

 雄牛は22カ月齢程度、雌牛は2産後肥育し、ベルギー大手量販店「DELHAIZE(デレーズ)」に出荷、豚は6〜7カ月齢まで肥育し、「PQA」に出荷している。出荷価格はどれも普通家畜の3割増しとなっており、年間を通じて同価格で販売している。この価格は、契約当初、つまり10年前から変更されていない。最近の穀物高騰の影響は完全自給飼料であることから特に受けていないものの、燃料費の高騰など購入資材費の上昇の影響を受け、コスト高となっており、昨年、値上げ交渉をしたが、今のところ改定されていないそうだ。販売価格の値上げがなかなか実現しないため、収益改善として、家畜飼養密度(2)にまだ余裕があることから、豚の飼養頭数を30頭ほどに増頭することを検討しているとのことである。なお、羊の出荷先は固定されておらず、イスラム系食肉販売店などに出荷している。


牛舎内は非常に明るく、風通しのよい作りとなっている


牛舎の裏に広がる広大な草地

 オーガニック畜産の今後の展望についてJoséさんは、「当初は消費者の肉離れを阻止したいという強い思いから、より安全な肉の提供を目的として始めたオーガニック畜産であったが、今はそれだけではなく、この地域の「将来」を担うものとなっている」と言い、オーガニックという付加価値農畜産物を生産することでこの地域の農業の活性化を図り、農業の継続につなげていきたいと、新たな目的を話してくれた。

Ferme du Vivrouホームページ(仏語のみ):http://www.fermeduvivrou.be

(2) オーガニック畜産では有機物の循環の観点から家畜のふん尿は農地に還元される。EUでは、散布できるふん尿の総量は、農地1ヘクタール当たり年間170kg(窒素換算)を超えてはならないとされており、各加盟国は、家畜飼養密度の基準を定めることとされている。ベルギーではこの家畜飼養密度をUGB(UnitéGros Betail)という単位で表示しており、2歳以上の牛1頭を1UGBとし、牛の飼養密度の基準は2.0UGB/ヘクタールとしている。ちなみにこの農場の家畜飼養密度は1.7UGB/ヘクタール。


生産から加工まで一貫した管理を実施 〜「DELHAIZE(デレーズ)」の場合〜

 Ferme du Vivrouで肥育された牛の出荷先である「DELHAIZE(デレーズ)」は、ベルギー国内外に2,705店舗(2006年現在)を展開し、欧州域内ではギリシャ、チェコ、ルーマニア、また域外では米国や東南アジアにも進出しているベルギー最大の量販店である。デレーズではオーガニックの農畜産物はもちろんのこと、お菓子やジュースなどの加工品も多く取り扱っている。これらはデレーズのプライベートブランド「bio」として販売されており、その製品すべてにbioを示すマークが付けられている。

 今回、ベルギー国内で取り扱う食肉の仕入総括マネージャー CLAESSENSさんにオーガニック食肉の認証や最近の状況について聞いた。ここでは主にオーガニック牛肉について紹介する。

 デレーズのオーガニック牛肉の取扱数量は年間450トン、全体の約3%のシェアとなっており、一般的な牛肉の約3割増しの価格で販売されている。

 デレーズでは独自のオーガニック規程はなく、牛肉の場合はCertisysの認証を受けた農家であれば仕入可能となっている。しかし、デレーズは、さらにこれらの認証農家を調査し、選定を行っており、現在、20戸の農家を認定している。また、Certisysによる定期検査のほか、デレーズによる検査も年1回行っている。デレーズでは、農家すべての飼養状況の把握が煩雑なことから、農家選定後の契約は農家ごとではなくGVBOB(Groupement Viande Bio d'Origine Belge:ベルギー産オーガニック牛肉生産者グループ)と行う。GVBOBでは各農家の飼養状況を把握し、一括して集荷する業務を行っており、デレーズの発注内容にあった牛を各農家から集めて出荷している。

 出荷されたオーガニック牛のと畜は、ドイツ国境付近にあると畜場「Veviba」で行い、ここで加工までの処理をすべて行う。Vevibaでは普通牛のと畜も行われていることから、交差ミスを防ぐためオーガニック食肉用ラインを別途設置している。処理された牛肉は、ブリュッセル近郊にあるデレーズの物流センターに運ばれ、そこから各店舗まで配送、店頭に並ぶ。デレーズでは処理工程を1カ所に集中させることにより「生産からと畜加工まで一貫した管理をする」ことを徹底している。

 ちなみに、Ferme du Vivrouの牛舎に設置されたデレーズマークの付いた看板(上の写真)は選定農家すべてにあるものではなかった。この看板の設置は、CLAESSENSさんのアイデアにより2年前から実施している。CLAESSENSさんが選定農家20戸の再チェックをし、より優れた農家15戸のみに与えている。これは、デレーズマークのついた看板を農家に設置することによりデレーズのオーガニック食肉をアピールすることを目的としているが、その反面、消費者の農家に対する印象がデレーズの評価に直結することから、衛生面はもちろんであるが視覚的にもより優れている農家を選出しているとのことである。

 CLAESSENSさんによると、オーガニック食肉は味の追求ではなく、安全性の確保を目的として生産されていることから、普通の牛肉と比べて特別おいしい、というものではないということである。オーガニック食品の購入者から購入理由を聞くと、その大半が「体にいいものを食べたい」と答えており、「おいしいから」買う人は少ないようだ。また、販売価格が通常より高いためか、「安全な食品」のほかに「オーガニック食品=高級食材」というイメージもあり、高所得者が多く住む地域の店舗におけるオーガニック製品の売上額が多いという面白いデータも出ている。

 デレーズでは、2007年のオーガニック牛肉の売上が前年比5.2%増と好調な結果となっており、引き続きオーガニック市場は拡大していくとの予想から、オーガニック食肉の取り扱いについても徐々に増やし、消費者のニーズに対応していきたいとしている。


オーガニック食肉コーナー

 今回レポートしたベルギーのオーガニック畜産の動向やほかの国のデータから、EUのオーガニック市場は現在も拡大を続けていることが感じられる。生産規模も、2005年のEU25の農地面積に占めるオーガニック農地の割合は4%となり、2003年と比較して0.3%増となり、微増ではあるが拡大を続けている。

 さらに畜産物は、食品の安全性だけではなく動物福祉への関心からもオーガニック畜産に対する消費者の関心はますます強くなっており、消費拡大が予想される。これらのことを背景に、オーガニック畜産を発展させるため、2007年7月には欧州オーガニック畜産組合(European Consortium for Organic Animal Breeding;Eco-AB)が、オーガニック農業団体より拡大・分離する形で設立された。Eco-ABの発足によりオーガニック畜産のさらなる活性化が期待される。

世界最大のオーガニック展示会「BioFach」

 オーガニック食品の消費・生産が盛んなドイツでは、毎年、ニュルンベルグにおいて世界最大のオーガニック関連製品の展示会「BioFach」が開催される。今年も2月21日から24日までの4日間、ニュルンベルグメッセに於いて約2,700件の出展者による展示、商談が行われた。今年は、116カ国から4万6千人が来場しており、出展者、来場者数ともに前年を上回った。展示会での取引高も年々増加しており、オーガニック市場は、EUだけではなく世界にも広がりを見せている。


オーガニックのキャットフード

 展示会での取扱製品は食品だけではなく、衣料、化粧品、さらにはペットフードまで多岐におよぶ。来場者の興味の大半は食品で、牛乳、卵、肉やその加工品は野菜・果物に続いて興味の高いカテゴリーとして挙げられており、ここでもオーガニック畜産物の関心の高さがうかがえる。


会場内では商談がさかんに行われていた

 なお、「BioFach」は日本でも開催されており、2008年は「BioFach Japan・オーガニックEXPO」と称し、9月24日から26日まで東京で開催する予定となっている。

「BioFach Japan・オーガニックEXPO」オフィシャルサイト:
http://www.biofach.jp/


 

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