調査・報告

2008年米国牛乳乳製品需給見通し
─米国農業観測会議から─

調査情報部 調査課 伴 加奈子
ワシントン駐在員事務所 唐澤 哲也

1.はじめに

 2月21、22日に米国ワシントンD.C.で開催された米国農業観測会議(Agricultural Outlook Forum 2008)を取材する機会を得た。この会議は、毎年、この時期に米国農務省(USDA)の主催で行われている。今年も、米国の2008年における主要農畜産物の生産、消費、輸出入などの需給見通しが示されたほか、食料・農業にかかわるさまざまな議論が行われた。スピーカーはシェーファー米農務長官をはじめ130人以上に及んだ。

 今年のテーマは、「国際市場における米国農村地域の活性化(Energizing Rural America in the Global Marketplace)」で、冒頭のスピーチでシェーファー農務長官は、米国農業経済に対する国際市場の重要性について言及し、各国との貿易交渉の取り組みを進めるとともに、「米国の農業者が、急速に変化・複雑化する市場に対応するために十分な知識や技術情報を得ることが必要」とし、農村地域における通信インフラの整備強化の必要性を訴えていた。

 米国は2007年、過去最高となる農畜産物輸出額を達成し、米国の農畜産物にとって国際市場の重要性はますます高まってきている。中でも同年における、生産者乳価およびチーズ、脱脂粉乳などの乳製品価格は、豪州の干ばつの影響やEUの政策的要因など国際的な乳製品をめぐる需給動向により記録的な高値で推移し、米国の酪農生産者は多大な恩恵を受けることとなった。

 今回は、同会議の中から今後の牛乳・乳製品需給の見通しを紹介するとともに、会議の前日に訪問することができた米国酪農生産者の声を紹介したい。

2.2008年牛乳・乳製品需給見通し

(1) 2007年(1月−12月)
 ─国内の堅調な需要と輸出の拡大により、生産者乳価は上昇、生乳生産は拡大─

 2007年前半にかけて、国内の堅調な需要および乳製品国際価格の高騰に伴う輸出需要に生乳生産の増加が追いつかず、生乳価格は記録的な高値で推移した。

 2007年の乳製品輸出に関しては、前年に比べ、量にして約23%、額にして約61%の上昇となった(図1)。中でも、乳製品輸出額の約3割を占め(図2)、生産量の約4割が輸出に回った脱脂粉乳の価格は、前半の供給不足も相まって急上昇し、通年では前年比99%高の1ポンド当たり177.7セント(キログラム当たり396円:1ドル=101円)となった。

図1 米国の乳製品輸出量と輸出額の推移

図2 米国の乳製品輸出額の種類別シェア(2007年)

 乳製品の価格の上昇から、生乳生産者販売価格も記録的な高値で推移し、通年では前年を48.3%上回る同100ポンド当たり19.13ドル(キログラム当たり42.6円)となった(図3)。

図3 生乳生産者販売価格と乳製品卸売価格の推移

 好調な生乳生産者販売価格が酪農家の規模拡大意欲を刺激し、同年後半にかけて生乳生産量は拡大した。年間を通して飼養頭数が拡大し、1頭当たり乳量も増加したことから、生乳生産量は通年で前年比2.1%増の8,418万6千トンとなった。

(2)2008年(1月−12月)
─生産拡大とコストの増加から、収益性は低下の見通し─

 USDAによると、2008年も引き続き生乳生産量は拡大し、前年を2.7%上回る8,650万トンと見込まれている(図4)。

図4 生乳生産量の四半期別推測

 飼料、燃料などの生産コストが上昇しているにもかかわらず、酪農家の生産拡大意欲は高く、2008年1月1日の経産牛飼養頭数は、前年比1.0%増の922万4千頭となった。また、乳用更新牛頭数は同3.4%増の445万7千頭となった(表1)。

表1 米国の牛飼養頭数(各年1月1日現在)

 一方、1頭当たり乳量は、前年比1.6%増と見込まれているが、うるう年の影響を除くとその伸び率は平年と比べて低いと見られている(図5)。この要因として、USDAは、飼料コストの上昇、特にアルファルファ牧草が少なくとも2008年前半まで高値で推移すると見込まれていることなどを挙げている。

図5 うるう年の影響を除いた1頭当たり乳量の前年比増加率(2月見込み)

 生乳生産の増加とともに乳製品の生産量も増加すると見込まれているが、2008年は、比較的高値で推移すると見込まれるチーズ(およびホエイ)の生産により多くの生乳が仕向けられるとUSDAは予測している。

 乳製品の輸出に関しては、2008年も引き続き原油産出国などの需要は比較的堅調と見込まれるものの、主要な輸出相手国の経済不安や食品価格高騰による消費の冷え込みも懸念されている。また、EUなど主要輸出国の生産の拡大も予測されるなど、今後の見通しは不透明であるとしながらも、2008年の輸出量はチーズが前年比約5.3%増の10万トン、バターが同14.3%増の4万トン、脱脂粉乳が同7.8%増の27万5千トンと見込んでいる。なお、会議においては、USDA世界農業観測ボード(WAOB)牛乳・乳製品需給アナリストによる米国の酪農需給見通しの他、「変化する国際市場の中での米国乳製品輸出」「乳製品国際市場の中で鍵となる動き」などのテーマで、米国乳製品輸出協会や、民間の調査会社によるスピーチが行われ、乳製品国際市場に向ける米国の関心の高さがうかがわれた。

 米国内の乳製品価格は、2007年後半から2008年にかけて国際価格と同様にピーク時からすると軟化傾向で推移している。バターおよびホエイの価格下落は2008年後半、季節的要因で回復する(冬にクリスマスシーズンなどで需要が高まる)まで続くと見込まれており、チーズ価格は2008年を通して下落傾向で推移すると見込まれている。脱脂粉乳の価格は生産量の増加から、前年を大きく下回って推移することが予測されており、2008年後半は特にオセアニア地域の天候や、干ばつにより縮小した牛群の回復ペースの影響を大きく受けると見込まれている。

 このため生乳価格は、過去最高となった2007年を約8%下回る100ポンド当たり17.30〜17.90ドル(キログラム当たり40.4〜41.8円)と見込まれている(図6)。

図6 全生乳価格見込み

 このようなことから、生乳価格の下落と、上昇する飼料および燃料コストが2008年、酪農家の収益性を低下させるとUSDAは見込んでいる(図7)。中でも、2007年記録的な高値で推移したアルファルファ牧草は2008年も引き続き高値で推移することが見込まれており、たとえ天候に恵まれたとしても、トウモロコシなどに作付面積を奪われ、需給のひっ迫は続くものと思われている(図8)。

図7 生乳/飼料比

図8 飼料原料の価格の推移


3.米国酪農経営現地報告─乳価と飼料コスト上昇の中で─

(1)購入飼料への依存度は大規模層で増加

 2008年の米国酪農の見通しでは、生産の拡大に伴う生乳価格の下落と、飼料を含む生産コストの増加による生産者の収益性の低下が懸念されているところである。

 一方、飼料を自家生産し、飼料コスト上昇の影響を緩和することができる酪農家にとっては、乳価が記録的な高値で推移する現在の状況は比較的好ましいものとなっている。

 酪農家の飼養頭数規模別の生乳100ポンド当たりの生産コストを見ると、500頭以上の大規模酪農家は購入飼料に依存する傾向が強い(表2)。

表2 酪農家の飼養規模別生乳生産費(2005年)

 これは、飼料を購入することで搾乳に専念し、労働費も低減できることから、飼料価格が安定している時には効率的に機能していた。米国ではこのような生産の低コスト化を追及した大規模経営が増加し、小規模家族経営農家の離脱が進んでいる(図9)。

図9 農家戸数と1戸当たり経産牛飼養頭数の推移

 しかし、飼料の外部依存は、飼料価格の高騰などの影響を受けやすいという側面があり、昨今の飼料価格高騰下においては収益性の低下がより顕著に現れるものと考えられている。このような大規模経営はカリフォルニア州などの西部新興酪農地帯に多い。一方、ウィスコンシン州など五大湖周辺の伝統的酪農地帯には比較的小規模、家族的経営が多く、自給飼料生産割合も高くなっている。会議に出席していたUSDA経済研究所(ERS)の専門家に、カリフォルニアとウィスコンシンの酪農経営について尋ねたところ、「カリフォルニアの酪農家は飼料自給率は2割くらいだが、ウィスコンシンは約5割ほど自給しているから飼料コスト上昇の影響は少ないだろう」とのことであった。

 今回、会議の前日に、自給飼料を生産しながら、家族的経営を営む2軒の酪農家を訪問する機会を得た。その経営の概要と、昨今の酪農需給情勢に対する彼らの所感を聞くことができたので、紹介したい。

(2)ペリーデルファームデイリー農場

 ペリーデルファームデイリー農場はペンシルバニア州南部のヨーク地方で家族経営によって営まれる酪農家である。ペンシルバニア州は米国の北東部に位置する伝統的酪農州であり、2007年の生乳生産量は484万5千トン(全米第5位)、酪農家戸数は8,400戸(同第2位)、平均経産牛飼養頭数は約65頭(全米平均は約128頭)と比較的小規模な経営が多い地域である。東海岸の都市部に近く、農地価格が高いため、五大湖周辺の伝統的酪農州などと比べて飼料自給割合は低くなっているものの、主要酪農州の中では飲用乳生産割合が高い。

 同農場は現在、3代目となるトム・ペリー夫妻が中心となり、2組の弟夫妻に加え、18名の従業員とともに運営を行っている。1922年にペリー氏の祖父母が酪農経営を開始、その後2代目となるペリー氏の父が経営を引き継いだ。当時は生乳販売に特化した経営を行っていたが、1963年に農場に併設された乳製品工場で飲用牛乳などの製造、販売を開始した。


トム・ペリー夫妻

 同農場では250頭の乳牛を飼養しており、うち搾乳牛は136頭、繁殖用雄牛は2頭で、品種はすべてホルスタイン種である。雌牛は通常生後18カ月齢で自然交配を行い、以降は分娩後約40日の間隔で人工授精を行い、平均6産供用される。また、搾乳期間は305日/年とのことである。なお、雄子牛は、生後2週間の子牛が100ドル/頭、同3カ月の子牛が300ドル/頭で他の肉牛育成農家へ販売される。


育成牛舎

 搾乳は1日2回、午前3時半と午後2時半から2時間半〜3時間ほどを要して行われる。1頭当たりの平均乳量は年間約7,700キログラムで、同農場で生産された生乳の約5割は、同農場での牛乳、乳製品の製造に使用し、残りの半分はメリーランド州の大都市ボルチモアの酪農協へ出荷している。


生乳の半分は酪農協へ、残り半分は農場内の工場で加工する

 飼料は、約170エーカー(約68ヘクタール)の農地にトウモロコシ、大豆、アルファルファ、ライグラスなどを作付け、搾乳牛に給与するほぼすべてを賄っているが、トウモロコシ、サイレージの一部は購入しているとのことである。搾乳牛の飼料の構成割合は、トウモロコシサイレージおよびトウモロコシ約60%、大豆約15%、アルファルファ乾草約25%だという。

 飼料価格の上昇について尋ねると、「購入している一部の飼料に関しては価格の上昇を感じているが、それ以上に2年前の約2倍(100ポンド当たり約20ドル(キログラム当たり約45円))となっている乳価から受ける恩恵のほうが大きい」と語ってくれた。


トウモロコシとアルファルファの乾草の貯蔵状況

 同農場の最大の特徴はやはり生産した生乳を独自に加工、販売していることだろう。同農場の牛乳、乳製品工場では、飲用牛乳のほか、低脂肪牛乳、チョコレートミルク、クリーム、アイスクリーム、バターなどを製造している。製品は、全乳が半ガロン当たり2ドル(リットル当たり約106円)、アイスクリームは1パイント2.5ドル(約0.45リットル、253円)などで、農場内の小売店で販売するほか、地元の家族経営の小売店などに卸しているという。


農場内の小売店には牛乳のほかバターやアイスクリームが並ぶ

 ペリーデルファームは一般の見学者を広く受け入れており、訪問時にも地元の子供たちが子牛にミルクをあげる体験などをさせてもらっていた。ペリーデルファームの製品は彼らの子牛とともに地元の人に愛されており、見学者の受け入れは良い営業にもなりそうですね、とペリー氏に言うと、ニヤリと笑っていたのが印象的であった。


子牛にミルクをあげる子供たち

サウスマウンテンクリーマリー農場

 サウスマウンテンクリーマリー農場の位置するメリーランド州(MD州)は、2007年の生乳生産量は47万4千トン(全米29位)、酪農家戸数は750戸(全米20位)、平均飼養頭数は約77頭と、米国の主要な酪農州ではないものの、ボルチモア市などの大消費地圏を擁しているという特徴がある。

 同農場はランディ・ソウアーズ夫妻が1981年に農場経営を開始し、現在は長男、娘夫婦に加え、25名の従業員とともに運営している。当初は生乳販売および採卵鶏の飼養などを行っていたが、2001年に農場内に乳製品工場を設立し、飲用乳、乳製品の製造、販売を開始した。同農場はMD州で数少ない生乳加工工場を持つ農場であり、加工した製品を周辺の家庭に宅配している。

 同農場では約600頭の乳牛を飼養しており、うち搾乳牛は約250頭で、品種はホルスタイン種、ブラウンスイス種である。供用期間は平均6産〜8産で、搾乳期間は305日/年とのことである。また、雄子牛は、牧草肥育されたのち24カ月齢でと畜し、その牛肉は同農場で販売(宅配)している。搾乳は1日2回、午前1時半と午後1時から約4時間を要して行われる。1頭当たりの平均乳量は年間約8,200キログラムで、同農場で生産された生乳の約5割は、同農場での牛乳、乳製品の製造に飼養し、残りの半分はMD州、バージニア州の酪農協へ出荷している。


子牛牛舎。雄子牛は牧草肥育される


搾乳は20頭ダブルの搾乳舎で4時間かけて行う

 飼料は、約1,000エーカー(約404ヘクタール)の農地にトウモロコシ、大豆、大麦などを作付け、搾乳牛に給与するほぼすべてを賄っているが、大豆かすの一部は購入している。200トンのサイロを5基保有し、トウモロコシや大麦を保管していた。搾乳牛の飼料の構成割合は、トウモロコシサイレージ約50%、トウモロコシ約9%、大豆かす約7%、アルファルファ乾草32%、ミネラル約2%となっていた。


200トンのサイロを5基保有し、トウモロコシ、大麦などを保管


配合された飼料は搾乳牛に自動給餌される

 生産コストについて尋ねると、「燃料、肥料、資材コストが上がって、5年前と比べて2倍ほどになっており大変だが、それでも飼料を自給しているから他の生産者よりは楽だろう」とのことであった。なお、生乳販売価格については、2006年7月には100ポンド当たり約13ドル(キログラム当たり29円)だったのが、2007年9月には約22ドル(同49円)まで上昇したが、今年はまた16ドル(同36円)くらいの水準になるだろうとし、現在の生産コストを考えると30ドルくらいの水準を希望する、と語っていた。

 生乳の加工、販売事業を始めたのはひとえに収益を上げるためだったという。同農場で生産された生乳の半分は敷地内の牛乳、乳製品工場で飲用乳、チーズ、ヨーグルト、バターなどに加工され、MD州からバージニア州、ワシントンDCなどの家庭へ配達されている。多少値段が高くても、生産者の顔が見える安心なものを口にしたいという消費者の支持を得て、2001年当初13世帯から始まった宅配は口コミで瞬く間に広がり、2004年には目標であった1,000世帯、現在では周辺2,500世帯への配達を達成している。


製品は周辺2500世帯に宅配される

4.おわりに

 米国の牛乳・乳製品需給は2007年、かつてないほど国際市場価格の影響を受け、乳価は記録的な高水準で推移した。しかし同時に、国際的な需要の増大は穀物へも向かい、バイオエタノール政策と相まって飼料価格の上昇を招いている。米国においても畜産農家は飼料コストの増大に直面することとなり、酪農生産者においても今後収益性の低下が懸念されるところとなっている。しかしこのような中、今回訪問した2つの家族経営は、自給飼料で飼料コスト上昇の影響を緩和しつつ、生乳の半分を独自に加工・販売することで酪農経営の多角化を図り、高付加価値製品の販売を行うことで収益を確保する経営を行っていた。米国において、飼料を先物取引で大量に購入し、飼料の外部依存度を高めて低コスト生産を実現してきた大規模経営がある一方で、今回訪問したような自給飼料を生産しながら安全・安心で、付加価値の高い生産を行ってきた家族的経営があるなど、その取り組みはさまざまである。これまで、国際乳製品市場においてその存在は比較的小さなものであった米国酪農・乳業が、国際価格の上昇により輸出競争力を高めている現在、酪農政策を含めてどのように対応していくのか、飼料価格の動向などとともに注視する必要があると思われる。

(参考資料)
米国農業観測会議の議事概要
http://www.usda.gov/oce/forum/


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