調査報告

豪州牛肉生産の短期・中期見通し
―干ばつ被害からの回復を予測―

調査情報部調査課 係長 井上 裕之

1.はじめに

 2005/06年度から被害をもたらした豪州の干ばつは、2007年末から東部各州の広範にわたって平年並み、または、それ以上の降雨が記録され、一息ついた様相が広がっている。このような中、2008年3月初旬に豪州農業資源経済局(ABARE)が年に一度の農業観測会議を通して、農業生産について短期見通しおよび2012/13年度までの中期見通しを公表した。豪州の干ばつの影響は、農産物輸出大国であることから同国の農業生産・経済への影響のみならず、世界の食料需給に大きな影響を与えており、また、同国からの農産物輸入に大きく依存している日本にとっても、その関心はひときわ高い。今回、わが国の輸入量の8割以上を占める牛肉、肉牛生産について、同会議で発表された短期、中期見通しの概要を報告するとともに、現地の最近の肉牛生産状況を紹介する。


2.牛肉生産の見通し−牛肉生産量は、短期的には減少。2009/10年度から増加の見込み−

(1)肉牛飼養頭数

 肉牛のと畜状況を見ると、2006/07年度は、干ばつの影響による早期出荷が加速し、と畜頭数が比較的高い水準で推移したが、2007/08年度上半期に入っても、ビクトリア(VIC)州やニューサウスウェールズ(NSW)州での干ばつの長期化などにより同様の傾向が続いている。このため、2007年6月時点の飼養頭数は、2,820万頭と前年比1.1%の減少となった。2008年6月時点(2007/08年度末)の飼養頭数(見込み)については、干ばつの回復を見込んだ牛群の再構築により飼養頭数の回復は期待できるものの、それまでには一定の期間を要するとの見方から、前年同の2,820万頭と予測している。

 また、翌年の2009年6月(2008/09年度末)時点については、干ばつ発生前の水準にようやく回復するとみている。

 中期的には、飼養頭数は、緩やかに増加し2011/12年度にピークを迎え、2012/13年度には若干減少するものの2006/07年度に比べ4.6%増の2,950万頭と見込んでいる。

肉牛飼養頭数の予測

(2)牛肉生産量

 2007年末からの主要生産地帯でのまとまった降雨に伴い、生産者(特に、QLD州、NSW州)は、牛群の再構築を図るため干ばつの影響による早期出荷から一転して、自家保留の傾向が高まるとみている。特に、牛群の再構築を促すための繁殖用雌牛の保留が増加することから、2007/08年度のと畜頭数は、前年度比3.1%減の880万頭と見込んでおり、牛肉生産量は、同4.0%減の213万8千トンと予測している。また、2008/09年度の牛肉生産量についても、生産者の増頭への意欲が継続することでと畜頭数は減少し、2006/07年度に比べ1.9%減の229万7千トンと予測している。

 中期的には、2008/09年度を境に牛飼養頭数が増加に転じるとの見込みから、安期的な出荷が可能となり、と畜頭数、牛肉生産量とも増加に転じるとしており、2012/13年度の牛肉生産量は、2006/07年度に比べ3.2%増の230万トンと見込んでいる。

牛肉生産量の見通し

(3)家畜市場取引価格

 2007/08年度の家畜市場取引価格は、上半期に干ばつや飼料穀物高などによる生産環境の悪化に伴い素畜の需要が低下したが、下半期からまとまった降雨があったことで出荷頭数が減少した結果、前年水準を上回る価格帯に回復している。ABAREでは、しばらくの間この傾向が続くと見ており2008/09年度の家畜市場取引価格は、2006/07年度に比べ2.3%高の1キログラム当たり307豪セント(289円:1豪ドル=94円)と予測している。

 一方、中期的には、飼養頭数の回復に向けた生産者の動きが一巡すれば、出荷頭数は次第に増加し、価格は緩やかに低下すると見込んでいる。このため、2008/09年度から下降に転じ、2012/13年度の家畜市場取引価格は、1キログラム当たり238豪ドル(224円)にまで低下するとしている。

牛肉輸出量の予測

(4)輸出量

 干ばつが発生した2006/07年度は、早期出荷に伴うと畜頭数増により牛肉輸出量は高水準となったが、2007/08年度の輸出量は、前年度比6.1%減の92万トンと減少の予測となった。これは、飼料穀物の高騰などによるフィードロット飼養頭数の減少に伴うグレインフェット牛肉の輸出減や輸出価格の上昇の影響によるものである。また、2008/09年度についても、生産者の牛群再構築に向けた動きが期待されることから、2006/07年度に比べ9.7%減の88万トンと2年連続での減少を見込んでいる。

 中期的には、飼養頭数増加の予測受け2009/10年度から輸出量は増加に転ずるとしており、2012/13年度には96万トンにまで緩やかに増加すると見込んでいる。一方、輸出額については、主要仕向け先である日本、韓国において米国産牛肉との競合が徐々に強まることから取引価格が低下し減少傾向で推移するとみている。

牛肉の輸出額の予測


3 最近の肉牛生産の動向−フィードロット生産現場の経営状況から−

 ABAREは、肉牛生産者の間で牛群の再構築に向けた動きが見られることなどから、短期間で肉牛飼養頭数は回復に向かいその間は牛肉生産量、輸出量は減少との予測を公表したが、生産現場ではどのような変化が起きているのか。現地のフィードロット産業関係者などの話を通じ、肉牛生産現場の状況について紹介したい。

(1)豪州のフィードロット生産の概況

 まず、豪州のフィードロットにおける肉用牛生産の概況を見ると、フィードロット総飼養頭数は、2008年3月末時点で前年同期比30.8%減の60万4千頭と大幅に減少している。また、フィードロット稼働率(飼養頭数/収容能力)も、収容能力が118万7千頭と緩やかに拡大する中で、飼養頭数の大幅な減少を受け50.9%と低水準に落ち込んだ。主要生産地であるQLD州、NSW州について見ると、飼養頭数は前年同期に比べ14万7千頭減の27万7千頭(前年同期比34.6%減)、同9万頭減の20万7千頭(同30.4減)とそれぞれ大幅な減少となっている。また、稼働率は、QLD州が49%、NSW州も52%と収容能力の半分程度の低い水準となっている。

フィードロット飼養頭数の推移


(2)厳しさの増すフィードロット産業

 フィードロットでの飼養頭数の減少は、主要輸出先の通貨に対して豪ドル高で推移する為替相場や、干ばつの影響による穀物価格の高騰などを背景としたコスト増による輸出環境の悪化が大きく影響している。

 フィードロット関係者によると、飼料の中心となる穀物価格の高騰が続いており、今後の肉牛(フィードロット)生産の回復は、気象条件の好転と穀物価格の安定次第であるという。また、穀物価格が上昇している中で、QLD州、NSW州などでは、ガソリンに対し、一定量のバイオエタノールの添加が始まっており、これに伴い穀物を原料としたバイオエタノール製造プラントの建設が予定されているなど、今後の飼料穀物価格の動向に対する感心は非常に高い。このような状況を受けフィードロット業界では、現在は、飼料原料の一部として、ワイン生産に用いられたぶどう粕(グレープシード)やジュース生産に用いられたオレンジ粕など食品の副産物の飼料利用を拡大しており、穀物以外の飼料によるコスト削減の経営努力がさらに行われているという。しかしながら、これら副産物原料を用いた飼料では、肉牛の肉質に与える影響を考慮すると穀物の割合を減少させることはおのずと限界ある。一方で、肉牛生産地帯を中心に比較的まとまった降雨が記録されたことで、素牛を供給する生産者の間で干ばつの影響に対する心理的不安が弱まったことから、フィードロットへの出荷頭数が減少しているという。その結果、素牛価格が思いのほか下がらず近隣の家畜市場では価格条件に見合った素畜の買付けが困難となり、豪州全土で買付けを行わざるを得ない状況にあるようだ。このためフィードロット産業は、飼料コスト高、素畜コストの上昇が続く中で、主要輸出先である日本、韓国の需要減が予測される中、しばらくの間、厳しい経営環境が続くとみられている。

 また、干ばつの影響から飼料コストの上昇のみが注目されがちであるが、世界的に広がる資源需要の高まりから、石炭や鉄鉱石など鉱業部門の賃金上昇により、農村部などから労働者が流出しており、食肉処理・加工部門を含めた畜産関係産業の労働者不足が懸念されている。フィードロットの従業員についても人材不足が叫ばれており、熟練した従業員については、その能力に見合った賃金水準を確保する必要が求められ、今後、生産コスト上昇の一因となるのではとの見方も出てきている。


食品副産物飼料(グレープシード)


フィードロット


4.おわりに

 今回の観測会議では、2007/08年度ないしは翌年度を底に豪州の肉牛生産は中期的には回復に向かうとの観測を公表した。肉用牛生産の現場においても、一部ではあるが、生産増に向けた牛群の再構築が始まっているとのことであり、生産回復の様子が垣間見ることができる。しかし、これは、干ばつ気象からの回復が前提であり、地球規模で進む温暖化を考慮すると回復の見通しを楽観することはできない。2007年末から2008年2月初旬にかけて一部の地域では洪水の被害が発生したほどの降雨を記録したが、その後、同地を訪れた3月初旬までの1カ月間ほとんど降雨がない地域もあるという。

 わが国は、現在牛肉輸入の大半を同国からに依存しているが、最近の価格高騰に伴い日本のユーザーの需要は低下している。このため、日本の輸入業者の中には、豪州産牛肉の高騰によって国産牛を含めた牛肉全体のマーケットが縮小することに対する懸念も出始めている。特に、牛肉生産は増加が見込まれるものの、日本人のし好にあったグレインフェッド牛肉の生産については、世界的に広がる穀物高の影響もあり、今後の生産量および価格面において不確定要素がより大きいとみられる。このような豪州の牛肉生産の状況と、国産牛肉の生産の維持拡大を図りながらも、一定量を輸入に頼らざる得ないわが国の事情を考えれば、今後の豪州の牛肉生産の動向に改めて注目する必要があると考えられる。

資料:Outlook2008 conference
   ABARE 「Australian Commodities」
   豪州フィードロット協会(ALFA)/豪州食肉家畜生産者集団(MLA)「FEEDLOT SURVEY」
   独立行政法人農畜産業振興機構「海外駐在員情報」


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