海外トピックス


米国の食肉原産地表示が9月末から開始


 2008年農業法の成立を受けて、米国では9月30日から食肉への原産地表示がスタートした。政府はすでに表示の義務化に関する規則を公表しており、関係業界は情報の伝達方法を検討するなど表示の実施に向けた準備を進めている。

成立までの経緯

 米国では2002年農業法により牛肉、豚肉、水産物、生鮮野菜などに対して原産地の表示を義務づける規定が定められていたが、食肉関係団体の反対などにより二度にわたり実施日が先送りされ、原産地表示の義務化は水産物でしか実現していなかった。しかし、本年6月18日に成立した2008年農業法の審議の過程で、表示区分を細分化するとともにひき肉への複数国原産地の表示を認めるなど2002年農業法の規定を一部変更することなどを条件に、予定どおり本年9月30日から義務表示を実施することが合意されていた。

 2008年農業法の成立を受けて、米国農務省農業市場流通局(USDA/AMS)は、8月1日に表示義務の対象品目や対象業種などに関する暫定最終規則を官報に掲載した。また、8月28日には食肉製品の表示について事前承認の権限を持つ同食品安全検査局(USDA/FSIS)も、義務表示の対象となる食肉製品の表示事項に原産地を追加することなどを内容とする暫定最終規則を官報に掲載した。これらの暫定最終規則案に対する意見は、AMSの規則については9月30日、FSISの規則については9月29日まで受け付けられた。

 この間、USDAは、これらの暫定最終規則への意見をできるだけ早期にとりまとめて提出するよう業界関係に求めるとともに、9月30日の発効から6カ月間は、教育・普及活動を通じて事業者に法の順守を働きかける期間とする考えを表明していた。


暫定最終規則案の内容

 今回公表された暫定最終規則には、2008年農業法による2002年法の修正を受けて、義務表示の対象やその表示の方法、書類保管義務のあり方、罰則の適用の方法などが詳細に定められている。その主なポイントは以下のとおりである。

義務表示対象(下線部は2008年農業法で追加されたもの。)

 食肉(牛肉(子牛肉を含む)、豚肉、ラム肉、ヤギ肉鶏肉。マトンや七面鳥肉は対象外)およびそのひき肉(あいびき肉は対象外)、魚介類、野菜・果実(生鮮および冷凍)、落花生、ピーカン(ナッツ)朝鮮人参マカデミアナッツ

 これらを原料とする加工品(ソーセージ、味付き鶏肉、スモークサーモン、ミックスベジタブルなど)は義務表示の対象にならない。また、9月30日より前に生産・包装された商品についても表示の義務が免除されている。

義務表示事業者

 1930年生鮮食品農産物販売法に基づき小売業の許可を得た事業者。(野菜・果実の年間仕入額が23万ドルを超える小売業者。従って、食肉専門店、総菜販売店、外食業者などは表示義務が免除される。)

食肉の原産国表示区分

 (1) 米国産(家畜の生産からと畜まで、すべての生産行程が米国内で行われたもの。アラスカまたはハワイ産の家畜については一部例外あり。また、7月15日以前に輸入された家畜は米国で生産されたものと見なすことができる。)

 (2) 外国産(家畜の生産からと畜まで、全ての生産行程が米国外で行われたもの。税関・国境審査時の申請国を原産国とする。したがって、米国産の肥育豚をカナダでと畜して米国に輸入した場合、豚肉の原産国はカナダとなる。)

 (3) 複数国産・米国内と畜(肥育後の家畜を輸入して米国内でと畜したもの。「カナダおよび米国産」などと表示する。)

 (4) 複数国産・その他(家畜の生産からと畜までの生産行程の一部が米国内で行われたもの。米国以外の国については個別に確認できなくてもよいため、カナダやメキシコから素牛を輸入して同一群で肥育した場合には、「米国、カナダまたはメキシコ産」などと表示することができる。)

 (5) ひき肉(全ての原料肉の原産国を表示。製造日60日以内に原料肉の在庫を保有していれば、個別に使用実態の確認ができなくても、原料の原産国として表示することができる。)

書類の保存義務

 わが国とは異なり、米国では原産地表示の根拠となる情報の保存が法令で義務づけられている。情報の保存義務は、原産国表示を行う小売業者だけでなく、表示対象商品を供給する川上の事業者(畜産農家や食肉処理加工業者など)にも課せられる。情報は通常の商取引の際に伝達されるもので、保存方法は紙でも電子情報でもよく、様式も定められていないが、事業者はUSDAの請求があれば5日以内にこの情報を提示しなければならない。なお、書類の保存期限は1年とされている。

罰則

 原産地表示義務の違反が発覚した場合、事業者には30日間の改善期間が与えられる。改善が認められない場合は、千ドル以下の罰金が課せられる。

その他

 9月30日時点でUSDA/FSISの承認を受けている食肉製品の表示ラベルに義務表示の対象となる原産地を追記した場合、追記後のラベルについては通常の個別承認手続きが免除される。


業界関係者の動き

 今回の義務表示の実施により、対象商品を生産・流通する業界には新たな経済的負担がかかることになる。USDA/AMSが暫定最終規則の公表時に示した試算によれば、実施初年度における生産者、処理加工業者、流通業者、小売業者の総負担額は25億ドル(2,625億円:1ドル=105円)に上るとされている。また、食品価格の上昇と生産の減少により、10年後の米国経済の負担額は2億1,190万ドル(約222億円)となり、さらに、書類の保管・維持に関する負担額についても、初期経費に1億2,600万ドル(約132億円)、維持経費に毎年4億9,900万ドル(約524億円)を要するとされている。米国最大の食品加工企業であるタイソンフーズの年間売上高が252億ドル(約2兆6,460億円:2007年度)、米国の農業総所得が957億ドル(約10兆485億ドル)であることからも、この負担額が小さくないことがわかる。

 USDAは今回の原産地表示の義務化に当たり、全国家畜個体識別制度(NAIS)に参加している家畜については、と畜場への出荷の際にこれを原産地表示の根拠とすることを認めると公表している。また、全米肉用牛生産者・牛肉協会(NCBA)や全米豚肉生産者協議会(NPPC)などの主要畜産団体は、NAISに参加していない家畜の取引における原産地情報の混乱を避けるため、家畜の生産者が発行する「原産地宣誓書」について業界統一の様式を定め、9月5日にUSDAに提出している。さらに、シカゴ商品取引所は生体牛の先物取引の契約条件を変更し、10月限月以降の取引対象を米国で生産・育成された生体牛に限定するとともに、現物決済の際には生産者に「原産地証明書」の添付を義務づけるなど、原産地表示の義務化を受けた対応を進めている。

 これに対し、かねてより米国による畜産物の原産地表示の義務化に批判的だったカナダ政府は9月5日、リッツ農業食品相が改めて米国政府の原産地表示の実施に向けた動きに対して落胆を表明するとともに、ウィルソン駐米大使がAMSのデイ局長に向けて書簡を発出し、暫定最終規則に対するコメントを提出したことを通知している。この書簡の中で、ウィルソン大使は国境を超えた安全で効率的な取引を維持するため、原産地表示の義務化に当たっては業界への悪影響を最小限にするよう十分な柔軟性を認めることが重要であると述べている。また、暫定最終規則において米国産食肉に複数国産食肉の表示(「米国、カナダまたはメキシコ産」など)を行うことを認めているが、米国内と畜食肉の表示(「カナダおよび米国産」など)にも同様の柔軟性を認めるよう求めるコメントなどを提出している。

 義務表示の実施を前に、大手食肉処理業者のタイソンフレッシュミート社は、原産地表示の義務化によるコストを最小限にとどめて消費者価格の引き上げを回避するため、米国内で肥育・処理された食肉については素畜の生産国にかかわらず統一表示を行う方針を小売業界に提示していた。このため、仮に「米国産」の条件を満たす食肉であっても、牛肉には「米国、カナダまたはメキシコ産」、豚肉には「米国またはカナダ産」の表示が行われる予定であった。

 一方、このような取り扱いが広く行われた場合、消費者が米国産の食肉を選択することが困難となり、米国の子牛生産者へのメリットが少なくなることから、比較的小規模の農家を会員とする全国ファーマーズ・ユニオンをはじめとする3団体は9月17日、米国産食肉への複数国産表示を認めないよう求める書簡をシェーファー農務長官に発出した。また、9月25日には、これら団体の働きかけを受けて、ハーキン上院農業委員長をはじめとする31名の上院議員がシェーファー農務長官に対して複数国産表示の利用可能範囲を限定することや、加工度の低い食肉も原産地表示の代償に加えることなどを求める書簡を発出した。これを受け、USDA/AMSは9月26日に既に公表していたQ&Aを修正し、米国産食肉に複数国産食肉の表示ができるのは、同一日に両方の食肉を処理し、両者が混じってしまった場合に限られるとする制度の運用方針を明らかにした。

 このように、米国における食肉の原産地表示の義務化は、関係者間の思惑の違いを抱えたまま、前途多難な船出を迎えることになった。6カ月間の教育・普及期間を経て、どのような表示が小売店に定着することになるのか、今後の動向が注目される。


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