T はじめに
中長期的に世界の穀物需給のひっ迫が予想される中、小麦、トウモロコシ、大豆およびコメなどの価格は、開発途上国を中心とする需要の増加、天候による不作、商品市場への投機資金の流入や自国経済を優先する輸出規制(月報「畜産の情報」(海外編)平成20年2月号参照)などを背景に、2007年半ばから上昇し、2008年前半にかけて著しい高騰が見られたが、その後急落し現在は高止まりながら安定して推移している。
このうちトウモロコシの世界最大の輸出国である米国では、トウモロコシが飼料原料と並びバイオ燃料の主原料としての新たな国内需要構造が確立したことで、米国の動向に大きく左右される世界のトウモロコシの貿易は、輸出向けシェアが減少し、将来的にはひっ迫傾向で推移するのではないかと見込まれている。
一方、トウモロコシの世界第二位の生産国、消費国である中国は、以前から経済成長による食生活の変化などにより畜産物消費が拡大することで、穀物飼料となるトウモロコシは国内生産量だけでは不足を生じ、将来的には、段階的に、純輸出国から純輸入国に転じるのではないかとの見方がなされている。
中国の食糧政策は、三大基幹的穀物であるコメ、小麦およびトウモロコシについて自給する立場を取っているが、中国の輸入量が増加傾向をたどることになれば世界貿易への影響が懸念されており、特に畜産飼料を主体に世界最大のトウモロコシ輸入国であるわが国への影響は小さくないものと考えられている。
中国はこれまでコメ、トウモロコシを輸出する一方で小麦を輸入しており、近年では輸入していた小麦も輸出し始めているが、トウモロコシの輸出量は、1990年代から在庫水準が若干低下しつつあることや工業用需要などが年々増加していることで減少している(図1)。
こうした中にあって、これからの中国のトウモロコシ需給については、どのように考えたらよいのかというのが本稿の問題意識であり、このことは、わが国の食料需給の将来を見通す上で有益であると考え、中国において本年2月に聞き取った現地関係者の考え方を中心に紹介する。
図1 在庫水準低下、工業用需要増加から輸出量は減少
− 改革開放政策(1978 年)後のトウモロコシ貿易量 −
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U 中国の生産地域をめぐる状況など
1. 生産地域 −トウモロコシは東北地域、華北地域で全体の約5割を生産−
中国の農用地面積は世界全体の約1割を占め、コメ、小麦およびトウモロコシの生産量合計では、世界全体の2割以上を占めている。また、中国の総人口に占める農業人口の割合は6割以上で、国土面積に占める農用地面積の割合は15%を上回る(国際連合食糧農業機関「FAOSTAT」:面積、生産は2007年、人口は2006年)。
中国の穀物生産を地域別に見ると、トウモロコシの主産地は、東北地域(吉林省、遼寧省、黒龍江省の東北三省)と華北地域(内蒙古自治区など)の北部が中心で中国全体の約5割を生産している。一方、コメの主産地は華東地域(江西省など)、中南地域(湖南省など)および西南地域(四川省など)の南部が中心である。また、小麦の生産は東北地域を除いて、ほぼ全域で行われている。
2. 作目、作付体系
中国は南北の気候条件が大きく異なることから、適する作目も異なっている。作付けする作目は、価格なども勘案されるが、単収の多募によるところが大きく、基本的に大きな変更は行われていない。
作付体系は気候、地域により異なり、東北地域など北部地域では寒冷な気候からトウモロコシ、大豆などの単作が主流であるが、東北地域より南に広がる華北平原では、トウモロコシと冬小麦などの二毛作が行われている。さらに、華北平原より南部地域の肥沃で日照条件も良い土地では、多種多彩になり、コメは三期作も行われている。
3. 中国統計における食糧、穀物の概念
中国における統計では、穀物(谷物)は、コメ、トウモロコシ、小麦、コウリャン、粟などの雑穀の合計であり、コメ、トウモロコシおよび小麦が穀物(谷物)生産量の大半(中国統計年鑑(2007年):98.1%)を占めている。また、食糧(糧食)は、穀物(谷物)に加えて、大豆などの豆類、ジャガイモなどのイモ類(イモ類については重量の5分の1が食糧扱い)が含まれるが、このうち、コメ、トウモロコシ、小麦が食糧生産量の約9割(同:89.2%)を占めている。なお、中国では、穀物(谷物)という概念よりも、食糧(糧食)という概念の方が一般的である。
V 中国のトウモロコシ需給と畜産物消費動向
○生産動向
1. 生産状況 −2008/09年度におけるトウモロコシの生産量は過去最高−
米国農務省海外農業局(USDA/FAS)によると、トウモロコシの2008/09年度の生産量は、収穫面積が前年度を7万8千ヘクタール下回る(前年度比0.3%減)が、単収が過去最高の5.63トン/ヘクタール(同8.9%増)となることで、記録的な1億6,550万トン(同8.7%増)が見込まれている(需給数値はUSDA/FAS(2009年4月)による。以下同じ。)。
2009/10年度のトウモロコシの作付面積は前年度比0.3%増、単収は2004/05年度から2008/09年度までの過去5カ年度間の平均単収を上回るが、前年度を下回る見通しから、2009/10年度の生産量は、前年度比4.6%減の1億5,800万トンと予測されている。
2. 耕地面積 −耕地面積は減少させないことに重点−
耕作面積は減少傾向で推移しており、また、将来的に工業化の進展や砂漠化などは避けられないことから、拡大することはないとみられている。このため、耕地面積は減少させないことに重点が置かれ、生産量を増加させるためには必然的に単収を上げざるを得ないとしている。
減少のペースは鈍化しているが、1997年から2007年までの11年間で日本の農地面積467万ヘクタール(平成18年)の約2倍に当たる814万ヘクタールが消失している(図2)。
図2 減少する耕地面積
― 工業化の進展、砂漠化などから耕地面積は減少させないことに重点 ―
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播種面積は耕地面積の減少と異なり、2003年には減少したが、この数年間はわずかに増加傾向で推移している(図3)。播種面積は作目により食糧需要動向の変化に対応することで増減が見られており、トウモロコシは増加し、コメ、小麦は減少している(図4)。特に南部地域の播種面積は、多毛作化することで広げられるとしているが、作目価格に著しい違いが生じる場合や農家の生産意欲が旺盛な場合などに限られるため、播種面積の著しい拡大は難しいとの見方がなされている。
図3 耕地面積は減少するが播種面積はわずかに増加
― 単作から多毛作化 ―
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図4 食糧需要動向の変化に対応し播種面積は増減
― コメ、小麦、トウモロコシの播種面積 ―
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3. 単収 −耕地面積の減少から生産増は単収しだい−
中国のトウモロコシ生産はハイブリッド種(交雑種)が普及していること、化学肥料使用量は直近10カ年度で約3割増加していること、また、干ばつなどによる水資源の制約も指摘されていること−などから、単収は以前ほど大きく伸びないとの見方がなされている一方、中央政府は2020年までの生産目標値で示された単収は、達成可能としている(図5)。
図5 トウモロコシの単収は増加傾向
−トウモロコシは非GMO種−
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中国のトウモロコシの単収は、遺伝子組み換え(GMO)種が主流である米国の6割程度である。中国でのGMO種の栽培は、非食用分野に限られており、すでにワタ栽培では総面積の約7割がGMO種により占められている。中央政府は、GMO種の食用分野への研究開発(R&D)を積極的に行ってはいるが、実施は慎重にとの方針であることから、緊急事態でも発生しない限り、導入するかどうかは不明としている。
海外のGMO種の導入については、導入したとしても、海外に種子を依存することなく、自らの国で開発した品種によるのではないかとみられている。
一方、外資系のGMO企業は、データの提示を求められるため、知的財産保護の観点から、中国へのGMO種の持ち込みに慎重な姿勢を崩していないようである。
4. 食糧増産のインセンティブ
中国では零細な農家への生産依存割合が高いため、いかに農家を安心させ、積極的に生産意欲を高める環境を作り上げるかに重点が置かれており、中央政府は、農村部の所得を引き上げることで再生産を確保するため、(1)生産支援措置、(2)価格支持措置−などを行っている。
1)生産支援措置 −補助金は年々増加−
USDA/FASによると、生産支援措置は、(1)農家への直接補助、(2)種子、農業機械購入補助、(3)燃料、化学肥料購入補助−などがあり、食料増税のため2004年から実施されている。生産支援措置としての補助金は年々拡大しており、2008年は前年の約2倍、2009年は前年の約2割増が見込まれている。ただし、補助金の増加は、生産コストの上昇分を背景に勘案され、2008年は化学肥料、燃料、農業機械使用料などに大幅な上昇が見られたことによるとしている。なお、補助額は一般に作付面積が基準とされている(図6)。
また、生産支援措置により、2008年のコメ、小麦、トウモロコシ生産農家における1ヘクタール当たりの補助金は、前年を約7割上回る94米ドル、純利益は前年を約5%上回る430米ドルで、農家純利益に占める補助金の割合は1ヘクタール当たり約2割を上回るとしている(図7)
図6 補助金は年々増加
― 生産支援措置 ―
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図7 農家純利益は増加
― コメ、小麦、トウモロコシ生産農家における補助金と純利益 ―
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2)価格支持措置 −最低買付価格制度−
中央政府は、コメ、小麦など(トウモロコシは臨時的に実施)について、(1)価格低迷時に市場原理に任せれば、さらなる価格の下落が見込まれること、(2)中央政府が買い付けることで農家利益が確保できれば、再生産のインセンティブとなり、生産確保につながること−から、最低買付価格(フロアープライス)制度による価格支持措置が2004年から行われ、2008年は、穀物生産の約8割をカバーする13省で実施されている。
最低買付価格は、国家発展改革委員会、財政部、中国農業発展銀行、農業部の了解の下で設定され、買い付けられた穀物は、原則として競売により売り渡される。最低買付価格は、生産コスト上昇分に対する農家の利益を確保するため見直しが行われている。
2008年のトウモロコシ最低買付価格は、前年比約7%高のトン当たり1,500元(220.5米ドル/トン:1米ドル=6.8元)である。なお、国家発展改革委員会は2009年1月に、コメと小麦について最低買付価格の引き上げを公表しており、コメ(脱穀前のジャポニカ)については前年を約16%上回るトン当たり1,900元(279.4米ドル/トン)、小麦(平均価格)については前年を約14%上回るトン当たり1,700元(250米ドル/トン)としている。
3) トウモロコシの買付け内容 −生産量の約3割(5千万トン程度)を買付け−
USDA/FASによると、2008/09年度におけるトウモロコシの生産量は過去最高となり、市場価格が前年度比で5%下回るため、吉林省、遼寧省、黒龍江省、内蒙古自治区では、価格を維持し農家収入を確保するため、買付けが行われている。買付数量は生産量の約3割に相当する5千万トン程度であり、買付けられたトウモロコシは、省レベルで備蓄後、競売により売り渡される。
○消費動向
1. 消費量全体の状況
USDA/FASによると、2008/09年度(10月〜翌年9月。以下同じ。)におけるトウモロコシの飼料向け、工業向けを含めた全消費量は、経済の減速もあり工業向け消費量は前年度を下回るが、全消費量の約7割を占める飼料向けが堅調に推移するため、前年度を2.0%上回る1億52百万トンが見込まれている。また、2009/10年度は、同2.6%増の1億56百万トンが予測されている。
1) 飼料向けについて −経済の減速にも影響されず堅調−
2008/09年度における飼料向け消費量は、前年度を4.8%上回る1億1,000万トンが見込まれ、2009/10年度は同2.7%増の1億1,300万トンが予測されている。2007/08年度の増加が同1.0%増と低調であったが、これは、豚の疾病である豚繁殖・呼吸器障害症候群(以下「PRRS」という。)や2008年5月に養豚業が盛んな四川省で大地震が発生したことなどによる影響としている。
飼料向け消費量は消費量全体の約7割を占め、2004/05年度から2008/09年度までの直近5カ年度を見ると、数量変動はあるが毎年度約300万トンのペースで安定して増加している。中国では豚肉の生産量が畜肉生産量の約6割を占め、豚肉、鶏肉が基幹的な食料品であることから、飼料消費量は特別な要因でもない限り減少せず、今後も堅調に増加していくとの見方が示されている(図8)。
図8 経済の減速にも影響されず堅調
−飼料向けトウモロコシ消費量−
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2) 工業向けについて −政府の意向が色濃く反映−
一方、スターチ向け、燃料エタノールを含むアルコール向けなどの工業向け消費量は、2005/06年度以降から前年度比2ケタ増の割合で増加したが、経済の減速もあり2008/09年度は前年度比6.1%減、2009/10年度は前年度を上回るものの2007/08年度水準までの回復は見込まれていない。
工業向け消費量は、食糧供給を重視する観点から、食糧需給を脅かさない範囲内への誘導がなされており、中央政府は、トウモロコシ生産量の2割程度の数量に収めたい考えのようである。従って、トウモロコシ生産量が減少すれば、工業向け消費量の減少も見込まれている(図9)。
なお、スターチ、アルコール生産では、小麦、コメ、イモ類、キャッサバなどとの相対的な価格水準もトウモロコシの工業向け消費量に影響を与えている。
図9 政府の意向が色濃く反映
−工業向けトウモロコシ消費量−
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(1)スターチ向けについて
工業向け消費量の約7割がスターチ向けで、主に製紙業、甘味料の原料とされる。トウモロコシの国際価格は2007年半ばから上昇したにもかかわらず、中国国内のトウモロコシ価格は高騰しなかったことで、スターチなどの輸出量が増加したことから、中央政府は国内でのトウモロコシの供給不足を懸念し、輸出量を抑えるために輸出規制を行った。スターチ向け消費量は、現在、トウモロコシの内外価格差が縮小しているため、海外での競争力が低下していることに加え、国内消費量も低迷している。
ただし、スターチは付加価値が高く、用途が多肢にわたることから、スターチ向け消費量は燃料エタノールを含むアルコール向け消費量よりも高い増加が見込まれている。
(2) 燃料エタノールを含むアルコール向けについて
燃料エタノール生産については、食糧供給を優先させるため、2007年以降食糧原料を用いた新たな工場の建設は認められておらず、工場の建設は、非食糧原料(キャッサバ、トウモロコシの茎など)のみ許可されている。
現在、トウモロコシなどの食糧を原料とする工場は、国家発展改革委員会から許可を得ている4工場(吉林省、黒龍江省、河南省(小麦原料)、安徽省)のみが稼働し、この工場の燃料エタノール生産量は、年間約100万トン以内(トウモロコシ換算で約300万トン)に制限されている。
燃料エタノール生産は、原油価格が1バレル当たり60〜70米ドル以上で採算に見合うレベルとされ、原油価格が1バレル当たり40ドル前後に下落している現在(2009年2月)は、長期保管による品質劣化した市場性の低い在庫品(陳化糧)と補助金により辛うじて操業が続けられているとしており、2008年の生産量は年間約100万トンまで届かないであろうとの見方がなされている。
○畜肉、牛乳・乳製品消費動向
1. 畜肉、牛乳・乳製品消費量と都市部、農村部の所得格差
外食需要の統計数値は整理されていないが、中国農村部における家庭内の一人当たり消費量について畜肉類と牛乳・乳製品を見ると、それぞれ都市部の6割程度(図10)と6分の1程度(約15%)(図11)となっている。また、農村部の所得は都市部の3割程度(図12)であることから、今後、少なくとも農村部の所得が上昇することに伴う食生活の改善により、中国国民一人当たり畜産物消費量は伸びていくとする見方がなされている。
中国の経済成長と畜産物の消費行動は関連性が高いとされ、今後の畜産物需要は、農村部では所得上昇により、また、都市部では生活水準の向上した中間層(ミドルクラス)人口の増加により、進展が見込まれている。
豚肉を主体とする畜肉消費量の伸び率は、1985年〜1990年は年率8%程度増加していたが、2000年〜2007年は年率2%程度に鈍化していることから、畜肉消費量は今後も急激には伸びず、緩やかな伸びにとどまるとの見方がなされている。また、2015年以降は、伸び率では年率1%程度にさらに鈍化するが、消費量のパイ全体が拡大していることで絶対数では増加が見込まれている。なお、高齢化による畜産物消費量への影響は、今後10数年後当たりから見られ始めるかもしれないとしている。
牛乳・乳製品については高い伸び率となるが、比較する母数が小さなためであるとしている。
図10 農村部は都市部の6割程度
−一人当たりの家庭内畜肉消費量−
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図11 農村部は都市部の1/6程度(約15%)
−一人当たりの家庭内牛乳・乳製品消費量−
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図12 農村部の所得は都市部の3割程度
−都市部と農村部の所得格差−
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2. 最近の牛乳・乳製品の状況
1) 消費は回復したが販売量は減少。「なぜ」か?
大手量販店によると、メラミン混入事件の影響により牛乳・乳製品の消費量は一時的にかなり減少したが、事件後1カ月もしないうちに回復しているようである。その店のデータでは、いまだに販売量の減少が見られるそうであるが、これについては、消費量が減少したことによるものではなく、出荷前の製品検査が強化され、販売許可を得るのが難しくなったことによる供給量不足が原因で、消費量自体が減少しているわけではないとしている。
2)日本市場との比較
日本市場と比較すると、(1)中国国内のUHT牛乳(超高温殺菌牛乳)は常温流通が主流であるため、チルド牛乳を流通させた場合、温度管理(店への搬入から陳列まで)に支障があること、(2)日本から輸出したUHT牛乳と地元産牛乳の味覚を比べると、価格差ほど大きくないこと、(3)日本から輸入したチルド牛乳と地元産の牛乳とに味覚差があっても、味の「履歴効果」から、飲み親しんだ従来の牛乳を優先して購入する傾向があること、(4)中国のヨーグルト消費の伸びは、牛乳に比べて大きいこと−などが指摘されている。
○在庫、貿易
1. 在庫状況 −豊作と経済の減速が在庫水準を押し上げ−
USDA/FASによると、2008/09年度のトウモロコシ在庫は、生産量が史上最高であることに加え、金融危機による経済の減速により工業向け消費量が前年度を下回ることから積み増され、前年度を33.3%上回る52百万トンと見込まれている。また、2009/10年度の生産量は、前年度を4.6%下回るが、生産量は依然として高水準であることに加え、景気の減速が継続することで工業向け消費量は鈍化し、在庫は前年度を1.5%上回る53百万トンが予測されている。在庫の大部分は、東北地域の吉林省、黒龍江省、内蒙古自治区に保管され、保管料は各省からトン当たり100元(14.7米ドル/トン)程度が支払われるとしている。なお、2008/09年度の在庫率(期末在庫÷消費量)は、国際連合食糧農業機関(FAO)が危険水域とする15%(飼料穀物)を大幅に上回る34.5%である(図13)。
図13 豊作と経済減速に伴う消費減が在庫水準を押し上げ
−高水準となる中国のトウモロコシ在庫−
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2. 貿易状況 −年々減少する輸出量−
中国のトウモロコシ輸出量は、在庫の減少や国内需要の増加から年々減少している。国内外のトウモロコシ価格が現在の水準で推移した場合、2008/09年度のトウモロコシ輸入量は10万トン、輸出量は50万トン、2009/10年度は、それぞれ10万トン、80万トンが見込まれている(図14)。なお、輸入は主に近隣諸国のラオス、ミャンマーから陸送され、一方、輸出先は韓国、日本、台湾などとされる。
図14 年々減少する輸出量
−トウモロコシの輸出入量−
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1) 輸出入 −見方が分かれる在庫の取り扱い−
輸出入の判断は中央政府に委ねられているため、在庫が高水準であっても、輸出量が増加することには結びつかないが、この積み増した在庫の今後の取扱いについては、関係者の間で意見が分かれており、食料安全保障上の政策から国内向けであるとの見方もあれば、輸出量は増加するのではないかとの見方もある。また、トウモロコシの内外価格差を見ると、3月の鄭州(河南省)市場価格がトン当たり1,500元(220.5米ドル/トン)、米国から深.市蛇口港(広東省)渡しのC&F価格はトン当たり1,710元(251.4米ドル/トン)である。国際価格は下落する一方、国内価格は最低買付価格による買い付けなどから内外価格差が縮小しているため、今後の価格差の動向が、輸出の判断材料になるとの見方も指摘されている(図15)。
図15 中外価格差は縮小
−国内価格と輸入価格−
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2) 日本の輸入先としての中国 −中国産トウモロコシの利点−
中国系企業によると、日本市場は品質にこだわる市場であるとした上で、日本が中国からトウモロコシを輸入することについての利点については、(1)中国産は非GMO種であること、(2)飼料向け価格は、米国産の非GMO種よりも20%〜30%安く、食料向け価格は飼料向け価格を10%上回るだけであること、(3)地理的に近いことから船賃が節減され、船積み期間も短縮されること、(4)米国からの輸送ではパナマックス船によるため港湾施設の大型化が必要であるが、中国からは1,500トン程度の小型船によるため、港の規模に影響されないこと、(5)日本は輸入先の多元化が図られ、リスク分散されること−などが挙げられている。なお、南米諸国からのトウモロコシ輸出については、ブラジルは主に欧州向け、また、アルゼンチンは主に北アフリカ、中東地域向けであるため、大豆ほど輸出余力は大きくないとしている。
W 予測する上で押さえるべき着眼点
〜トウモロコシだけ見ていても「需給はつかめない」〜
1. 食糧安全保障に向けた方向性
1)国家食糧安全保障中長期規画要綱について
2008年7月2日の国務院常務会議において、2008年から2020年に向けた「国家食糧安全保障中長期規画要綱」が決定され、同要綱全文については、国家発展改革委員会が2008年11月13日に発表している。
主な内容は、(1)食糧自給率について95%以上を維持。うち、穀物自給率は100%を維持、(2)耕地面積は2020年まで1億2,000ヘクタール(18億ムー:1ヘクタールは15ムー)以上を維持、(3)食糧作付単収は2007年の4.74トン/ヘクタールから2020年は5.25トン/ヘクタール(年率換算で約1%増)、(4)2010年の食糧総合生産能力は5億トン以上を維持、(5)2020年の食糧総合生産能力は5億4千万トン以上を維持−であり、この国家目標で中国人民13億人の食糧自給を確保することは、世界の食糧安全保障に貢献するとしている。また、中央政府と中国共産党中央委員会は、2008年から2020年の間に、年率6%とする農村部の所得向上を政策目標に掲げている。
同要綱の決定を受けて、国家発展改革委員会では、2009年から2020年に向けた「全国食糧生産能力5千万トン増産規画」を策定中であり、増産への取り組みとしては、耕地の保護を強化し、各種資源の合理的利用と水利建設の強化により、単収の向上を図るとしている。
2) 規画要綱の目標値 ー単収を伸ばすことで生産量の増加を見込むー
国家食糧安全保障中長期規画要綱の目標値(表1)を見ると、耕地面積、食糧作物作付面積、食糧総合生産能力、穀物生産能力は「約束的指標」となり、必ず達成しなければならない「義務的指標」として示され、耕作農地の拡大は望めないことから、食糧作付単収を増加させることによる生産増が見込まれている。
生乳類生産量を見ると、2010年から2020年までの10年間で51.9%増、年率換算で5.2%となる高い伸び率が示されているが、2007年から2010年までにおいても年率換算で8.6%となる高い伸び率となっている。
表1 国家食糧安全保障中長期規画要綱の目標値(抜粋)
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2. 政府の意向(計画経済)が穀物需給に色濃く反映 −迅速な対応力−
中国における食糧政策の位置付けは、国の基本、原点であり、(1)社会の安定、(2)経済の発展、(3)国家の自立−から、国を束ねるのに必要不可欠で、これが脅かされることになれば、政治的、経済的地位に影響を与えかねないとの考えである。このため、中国における農業は「聖域」扱いの見方もなされており、中国政府の意向(計画経済)は穀物需給に色濃く反映し、迅速な対応が行われている。
1) 輸出規制など −輸出増値税還付の取消措置など−
記憶に新しいところでは、2007年から2008年にわたり穀物などの国際価格の高騰から内外価格差が拡大し、中国から穀物などの輸出が加速したことから、国内への食糧供給を確保するとともに食糧価格を安定させるため、(1)輸出増値税(付加価値税)還付の取消措置、(2)輸出関税賦課措置、(3)輸出割当許可書管理措置などの輸出規制を実施し、食糧輸出を抑制している。
輸入について見ると、トウモロコシの2008年の輸入関税割当数量は720万トンで、そのうちの4割は民間貿易分として、飼料会社やスターチ会社などに割り当てられているが、輸入通関が円滑に進んでいないとの話も聞かれている(表2)
表2 関税割当数量(2008年)
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2) 需要誘導 −工業向け消費量は食糧需給を脅かさない範囲内に−
食糧供給が優先されていることから、スターチ向け、燃料エタノール生産を含むアルコール向けなどの工業向け消費量は、トウモロコシ生産量の2割程度となる数量に誘導されている。
3) 用途制限(キャップ) −食糧由来による新たな 燃料エタノール工場の建設中止−
中国では、国内の燃料自給も重要課題であるが、穀物価格が高騰した2007年以降から、食糧供給を優先させるために、食糧原料を用いた新たな燃料エタノール工場の建設は認められていない。また、食糧由来による燃料エタノールの生産量は、年間約100万トン以内(トウモロコシ換算で約300万トン)に制限されている。
3. 注目すべきはこれからの経済成長 −2010年代のどこかで日本のGDPを上回る−
金融危機により、百年に一度といわれる世界経済の減速が起こっている中で、中国の国内総生産(GDP)の見通しについて言及することは適当でないかもしれないが、国際通貨基金(IMF)の予測によると、中国の1人当たりのGDPは、日本の約13倍もの人口を抱えていることから日本を下回るが、中国全体のGDPは、2010年以降日本を追い越し、米国に次ぐ世界第二位の経済大国になるとの見通しが示されている(図16)。
今回、中国の経済成長と食料自給率の関係について聞き取ると、日本、韓国などと同様に経済成長による食料自給率へのインパクトはあるとするとの認識がなされ、これからの経済成長は食糧需給を見る上での重要なインデックス(指標)であるとしてとらえられている。
都市部、農村部における家庭内食糧消費量を見ると、食生活は変化しており、コメ、麦を中心とする炭水化物の消費量は減少していることがうかがえる(図17)。経済成長と食料自給率、また、畜産物とたんぱく源としての魚などの消費量の見方についてはさまざまな意見があるが、経済成長による所得の向上は、所得弾力性の高い畜産物需要を増加させ、生活水準の向上から食生活の高度化、多様化が推し進められるとの見方がなされている。
このため、中央政府が目指す三大基幹穀物であるコメ、小麦、トウモロコシの100%自給は、コメ、小麦については自国でまかなえたとしても、畜産物生産に必要となるトウモロコシなどの飼料穀物は不足するであろうとみられている。
なお、中国の2009年におけるGDP見通しについては、世界全体の経済の回復に負うことから見方は分かれているが、3月5日に開幕した第11期全国人民代表大会(全人代)で温家宝首相は2009年のGDPを8%前後に維持するという高い目標値を打ち出している。
図16 注目すべきはこれからのGDP
― 2010年代のどこかで日本のGDP(名目)を上回る中国 ―
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図17 食生活に変化、食糧消費量は減少
―都市部、農村部の家庭内消費量―
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4. トウモロコシ以外をウオッチすべき −大豆輸入量は右肩上がり−
1) 大豆輸入、豚肉輸入はトウモロコシ輸入のバッファー(緩衝材)
自由に輸入されている大豆の輸入量は増加し、2008/09年度の輸入量は、消費量51百万トンの約7割に当たる36百万トンが見込まれている。これは世界全体の輸出量の約5割を占めている。大豆の代替品として、アブラナなどの国内生産は行われているが、経済の減速もあり2008/09年度の大豆輸入量は前年度を割り込むものの、将来的に輸入数量の減少は見込まれていない。
この理由としては、国内の植物油需要が旺盛なことに加えて、養豚業を中心とした家畜飼料需要が増加する中国では、トウモロコシの輸入が行わなければ、大豆を輸入することで代替関係にある大豆かすが家畜飼料として用いられるからである。なお、2007年にPRRSが発生した際、生産量の減少分を補うために、直接、豚肉が輸入されている。(図18)。
豚肉輸入については、畜産業が産業として雇用のすそ野が広いことを考えるならば、量的には増加しないのではないかとの見方があるが、経済成長とともに2015年頃を分岐点として、豚肉の供給量に占める輸入割合は高まるものと見られている。また、養豚が疾病による影響を受けることから、豚肉輸入は、問題解決の一つとして挙げられている。
図18 トウモロコシ輸入の緩衝材となる大豆輸入、豚肉輸入
― 将来的に大豆輸入量の減少は見込めず ―
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2)価格水準で小麦などの代替飼料が活発化
伝統的に中国北部、中央部地域の養豚、養鶏農家では、トウモロコシ価格の水準によっては、品質が落ちた小麦や早生稲がトウモロコシの代替飼料として利用されている。
飼料向け小麦消費量を見ると、トウモロコシの価格水準に併せた数量の増減がうかがえ(図19)、早生稲は、品質的に味覚が落ちるため用いられているとのことである。しかし、この前提としては、(1)食糧が確保されていること、(2)販売しても価格が安いこと−とされ、コメの品種改良が進み品質が向上していることから、飼料向けとなる数量には限りがあるとしている。燃料エタノール蒸留かす(DDGs)は、燃料エタノール生産量が制限され、また、地域的な制約から、コメと同様、数量に限りがあるとしている。
代替飼料の利用は、地域性が見られるとともに中小の畜産経営体と個々の農家で行われているようである。なお、全体に占める大規模畜産経営体の割合は低いが、増加する傾向にあり、ここでは、代替飼料ではなく配合飼料が用いられていることから、トウモロコシ需要の増加要因として指摘されている。
図19 価格水準で代替飼料は活発化
−トウモロコシに代わり小麦、コメなどが飼料化−
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5. 農家への補助金にも注目 −拡大する農業予算−
食糧生産確保のための、生産支援措置や価格支持措置の政策が、トウモロコシ需給に影響を与えている。
6. 生産量以外は推計の世界 −在庫はブラックボックス−
中央政府が示す需給上の公式な数値は、生産量だけである。在庫は、戦略的物資という性格からか、または、保有先(農家レベル、企業レベル、省レベル、国レベル)が多肢にわたるという物理的な要因などからか、公表されていない。このため、USDA/FASは、示された生産量と明らかになっている輸出入量をベースに、中国の穀物需給を推計している。このため、中央政府が過去にさかのぼり生産量の修正を行なえば、USDA/FASも修正を行なうことになり、このことが需給推計に支障を与えている。なお、国内市場価格の動きが、在庫水準を計る目安の一つとして挙げられている。
X どのように中国のトウモロコシ需給を考えたらよいのか? 〜まとめ〜
1978年の改革開放政策から数えて30年を経過した中国は、この間、市場経済化に向けた経済政策により、今後、米国に次ぐ世界第二位の経済大国としての地位を築くものと見込まれている。このように経済が発展する一方で、国内自給を維持する食糧供給政策がいつまで続けられるのであろうかとの問いかけは、以前からなされている。
今回の聞き取りでは、中国のこれからの経済成長が、食糧需給を見る上での重要なインデックス(指標)としてとらえられており、畜産飼料としてのトウモロコシは「そう遠くない時期」に、国内自給から段階的に輸入国に転じていくとする見方が大勢を占め、筆者もこの考え方である。
耕地面積が減少し、消費量が増加している中国では、大豆輸入などがトウモロコシ需給の緩衝材(バッファー)として、また、小麦などが代替飼料となっていることから、トウモロコシ需給を考える上では、トウモロコシだけ見ていても「需給はつかめない」のである。
わが国が食料輸入大国であることを考えると、中国は全体のパイが大きいだけに、わずかな需給の変化でも世界全体の食料需給に与える影響は小さくないため、「きちんと」ウォッチしなければならないのは、言うに及ばないであろう。
本稿が、中国のトウモロコシ需給についての見方を紹介することで、わが国の食料需給を考える上でのヒントを提供できれば幸いである。
調査は、2009年2月末、北京市で、米国穀物協会(北京事務所)、在中米国大使館、中華食物網、中粮粮油有限公司、大型量販店、中国農業科学院、国際農林水産業研究センター、新エネルギー・産業技術総合開発機構(北京事務所)(訪問順)などからの聞き取りによる。筆者は、この場を借り、
訪問先の皆様に深く感謝の意を表する次第である。
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