海外駐在員レポート  
 

世界有数の穀物輸出国 に成長したパラグアイ

ブエノスアイレス駐在員事務所 松本 隆志、石井 清栄


    

1 はじめに

 パラグアイでは現在、綿花と畜産を中心した農業から、ブラジル人移住者や日系人などを主な担い手とした穀物生産を大規模に行う農業に移行している。併せて河川港の整備も進んでいることから、これまでの陸路を通じてブラジル南部の港から輸出する場合に比べて、低コストな穀物輸出体制も整いつつある。しかしながら、綿花と比べ雇用労働を必要としない大豆の生産拡大は、零細経営と大規模経営の生産効率の格差の拡大に伴って、土地なし農民による非合法的な妨害活動の問題も顕在化している。このように発展を続けるパラグアイの穀物生産および流通に関する現状を報告する。

図表1 大豆およびトウモロコシの輸出上位国

2 穀物生産の現状

(1)主要生産地域

 パラグアイは、東をブラジル、西と南をアルゼンチン、北をボリビアの3カ国に囲まれた内陸国である。国土面積は約40.7万平方キロメートルと日本の約1.1倍で、そのほとんどが平坦な土地となっている。

 国土の中央を流れるパラグアイ川によって東部と西部に二分され、国土の4割を占める東部には人口の98%が居住し、ブラジルとの国境沿いの地域には赤土の肥よくな土壌が広がっている。アルゼンチンのパンパが肥よくなのは、このパラグアイの赤土がパラナ川を通じてパンパに運ばれているためと言われている。

 農業生産に恵まれた条件を持つ東部では、大豆を表作、トウモロコシや小麦などを裏作にした二毛作の農産物生産が多くの地域で行われている。

 大豆については、機械化された大規模経営により生産される一方で、トウモロコシについては、主に大豆の裏作や自家用に生産する零細経営により生産されていることから、単収はかなり低くなっている。しかしながら、トウモロコシを表作で生産する経営の中には、1ヘクタール当たり10トンを生産する例もあり、ばらつきが大きい。

 一方、年間降水量が少ない西部は、農作物の生産に向かないことから、主に放牧利用されている。

図表2 主要な穀物生産県
図表3 主要県のトウモロコシ生産量
図表4 主要県の大豆生産量
図表5 トウモロコシの需給表
図表6 大豆の需給表

(2)2008/09年度の生産

(1) トウモロコシ

 2008/09年度(2009年1〜12月)の生産については、ほかの南米諸国と同様に降雨不足から、1百万トンと前年度に比べて約半減する見込みである。

 しかしながら、これまで生産の大部分は、ブラジルの南部のブロイラー経営や中西部の肉用牛肥育経営などが利用する飼料向けに輸出されてきたことから、パラグアイ国内の飼料需給に与える影響は少ないとみられる。また、ブラジルの鶏肉生産の状況を見ると、輸出先国における需要減退から生産調整が始まっており、ブラジル国内の飼料需要も減少している。

 なお、遺伝子組み換えについては、Bt(害虫抵抗性)トウモロコシの生産が認められているが、虫害が無いためほとんど作付けされていない。

(3)大豆

 2008/09年度(2008年3月〜翌年2月)の生産については、トウモロコシ同様に降雨不足から、前年度比約4割減の4百万トン程度と見込まれている。パラグアイでは図表7のような組み合わせで大豆と他作物の二毛作が行われている。2008年7〜8月のは種期には、これまでの穀物価格の上昇基調を踏まえ、裏作でトウモロコシ生産を行うため、早生品種が競って作付けされた。しかしながら、2008年末から2009年初にかけての降雨不足により、早生品種を中心に大きな被害が出た。一方、中生品種や晩生品種の生育状況は、2009年2月以降の降雨によりかなり改善されている。

図表7 大豆を表作とした二毛作の組み合わせ

 生産者は、大豆生産に必要な種子、肥料、農薬などの農業資材を購入する際、作付け前の大豆を担保に融資を受け、収穫後に返済する契約(いわゆる青田買い取引)が広がっている。融資単価は、先物相場を基に設定されることから、生産者にとってこのような先物契約は、収穫時の価格暴落に対するリスクヘッジにもなる。この契約の資金は穀物メジャーから提供されているため、先物契約の際に輸出契約も同時に行われる。

 なお、遺伝子組み換えについては、RR(除草剤抵抗性)大豆の生産が認められており、生産されるほとんどがRR大豆とみられる。

2月上旬の大豆畑

(4)今後の穀物生産

 このように東部では、大豆を中心とした生産体系となっていることから、連作障害を防止するため、国際協力機構(JICA)の直営試験場であるパラグアイ農業総合試験場(CETAPAR)で、3年大豆−3年放牧の輪作実証試験を行い、持続可能な農法として、その普及に努めている。また、パラグアイ政府もこの輪作の普及を期待している。

 放牧利用される牧草はギニアグラスやパニカムが主体であるが、これら牧草は生長が早く、は種後60日程度で放牧利用できるまで生長する。しかしながら、牧草地の劣化も早いことから、3年で更新することが理想的とのことである。

 また、これまで農地価格が安かったことから、牧草地として利用されていた土地を中心に生産性が低下した低利用・未利用地が点在している。これらの土地が整備されれば、新たな開発を行うことなく、大豆やトウモロコシの作付けが可能な農地が230万ヘクタール増加するといわれている。

 

3 穀物流通の現状

(1)トウモロコシおよび小麦

 輸出のほとんどがブラジル南部や中西部向けであり、陸路で輸出されている。

(2)大豆

 以前は、ブラジル南部パラナ州まで陸路で輸送され、同州のパラナグア港から輸出されてきた。しかしながら、パラナ州政府は2003年10月、同州における遺伝子組み換え作物(GMO)の取り扱いに関する条例を設け、

 (1) 食用および飼料用のすべてのGMO作物の栽培、輸入、加工および販売などを禁止するとともに、
 (2) 国内最大の大豆輸出港であるパラナグア港を、GMO作物の輸出または輸入のために使用することを禁じた。

 この条例により、同州政府は、州内に入る大豆の積荷に対してGMO検査を実施したため、多くのトラックが州境で立ち往生する事態が発生した。 このことをきっかけに、ブラジルを通過せずに輸出するための河川港の整備が進み、現在ではパラナ川を利用した河川輸送が主力になっている。

図表8 パラグアイの大豆輸出経路

(3)河川を利用した輸出の特徴

 パラグアイからはしけを利用して、パラナ川を通り、パナマックス級輸送船が待つアルゼンチンのロサリオおよび周辺港やウルグアイのヌエバパルミラ港に輸送している。パラグアイ国内の河川港の多くは穀物メジャーの資本により整備されている。

 なお、アルゼンチンでは、2008年3月から7月にかけて幹線道路を封鎖する農業ストが発生し、農畜産物の国内流通に大きな支障が生じたが、この期間のパラグアイからの輸出については、河川を利用するため影響は無かった。

 しかしながら、2008年末から2009年初にかけての降雨不足により、川の水位が低下し、はしけにわずかな荷物しか積めなかったり、河川港に入港できなかったりしたため、パラグアイの輸出に大きく影響した。

 このように河川輸送が発達した結果、現在では、陸路輸送は隣国向けの輸出に利用される程度にまで減少し、チリやベネズエラなどの南米向けも含め、パラナ川を利用して輸出されている。

アスンシオン市街地にある河川港


パラグアイ川およびパラナ川には、このような河川港が20程度
整備されている。

(4)ヌエバパルミラ港

  ウルグアイは首都のモンテビデオ港をはじめ、ハブ(中継)港としての機能を強化するため、いくつかの免税港が設置されているが、同港もその1つである。

  同港はウルグアイ川の河口に位置し、パラグアイやアルゼンチンからパラナ川を下るはしけに積まれた穀物などをパナマックス級輸送船に積み替えるハブ港として機能しており、ウルグアイの穀物輸出港としての位置付けを高めている。 また、穀物をはじめとした南米から世界に向けた輸出の増加に伴い、はしけや大西洋沿岸向けの小型輸送船が不足気味であることから、中国やブラジルの企業が同港の周辺に造船所を建設するという計画が立案されているところである。

ヌエバパルミラ港

 

4 畜産

 公表されている家畜の飼養頭数は以下のとおりであるが、現在約1,000万頭の肉用牛が飼養されていると見込まれている。牛肉はパラグアイの主要輸出品目であり、政府は肉用牛の飼養頭数が1,400万頭まで増加することを期待している。

 西部の土地は、リン、ミネラルの含有率が高いが、降雨量が少ないため、大豆などの農業生産には向かない。このため、東部での農業生産の進展により、畜産経営が東部から西部へ移動している。

 肉用牛の品種については、以前は強い耐暑性を持つことから白ゼブー種が主力であったが、現在では、セブー系品種にアンガス種などヨーロッパ系品種の交配を行うことにより、肉質の向上を図っている。飼養については、放牧主体であり、肥育後期にのみ穀物肥育を行う方法が一般的である。

 なお、酪農については、90万頭が乳用種または乳肉兼用種が飼養されているとみられている。乳製品については生産が国内需要を満たしていないことから、アルゼンチンやブラジルから輸入している。

 

図表9 家畜の飼養頭羽数(千頭、千羽)



5 バイオ燃料

 自動車へのバイオ燃料の利用については、2005年からガソリンに対し20%、軽油に対し5%までのバイオ燃料の混合を許可しているが、ガソリンへの混合は進む一方で、軽油への混合は行われていない。

 バイオエタノールについては、サトウキビを原料としたバイオエタノール工場が稼働している。サトウキビの作付面積は現在、約10万ヘクタールであるが、うち3割がバイオエタノール生産に利用されている。現在、生産されたバイオエタノールは国内需要向けであるが、政府はサトウキビの作付面積が50万ヘクタールまで増加することを期待しており、達成できればバイオエタノールの輸出も可能になると期待している。サトウキビ生産は、サンペドロ県以南からアスンシオンまでの地域で行われている。なお、トウモロコシを原料としたバイオエタノール工場は計画されていないようである。

 一方、有数の大豆生産国であり、ディーゼル車が約7割を占めるにも関わらず、バイオディーゼル工場は建設されていない。これは、

 (1)政府は、雇用の拡大、持続的農業の推進という観点から、大規模経営の主要生産品目である大豆の利用に関与していないこと

 (2)一方、政府は、小規模農家の生産に向いたバイオディーゼル原料作物として、東部でのココヤシ栽培や西部でのジェトロファ栽培に着目しているが、いまだ試験段階であること

 (3)民間企業は、大豆の輸出経路である隣国アルゼンチンのパラナ川沿いの搾油工場にバイオディーゼル工場を建設しているため、パラグアイに工場を建設する必要性を感じていないことなどが理由であるとみられる。

 

6 土地なし農民による妨害活動

 南米各国では、これまでの保守政権から、民族主義を標榜した左派政権が次々と誕生しているが、パラグアイでも2008年8月、約60年に及ぶ保守政権が敗北し、国民の大きな期待を背景に元カトリック司教のルゴ大統領が選出された。しかしながら、議会で過半数の議席を獲得している政党はなく、かつルゴ大統領は国会議員が在籍する政党に属していないため、困難な議会運営を強いられており、「期待したほどの成果がいまだ見えていない」、「就任半年で評価を下すには時期尚早」という見方をされている。

 また、ルゴ政権発足直後から、ブラジル人移住者や日系人などの大規模大豆経営の生産活動に対する、土地なし農民による妨害が活発化している。これは、零細経営の貧困は、大きな成功を収めている大規模経営が原因であるとして行われる非合法活動である。

これまで、土地なし農民に対し土地を与え、ゴマや有機野菜などの高付加価値農産物を生産できるように技術指導を行う施策も行われてきた。しかしながら、前述したように、現政権は困難な議会運営を強いられていることから、妨害活動に対する制裁措置など法令整備が進んでいない。

 なお、土地なし農民の妨害活動の詳細については、パラグアイ政治情勢(在パラグアイ日本大使館)を参照いただきたい。

 

7 おわりに

 パラグアイの農業生産および流通は、穀物メジャーの資本に依存するところが大きいことは、前述したとおりであるが、土地なし農民による妨害活動に対し、現政権が強気の対策を明確に打ち出すことができないことに加え、金融危機のため、最近は穀物メジャーからの投資が控えられていることも、農業をめぐる厳しい情勢の一因となっているといわれている。

 しかしながら、政府は長年の懸案であった個人所得税の導入(最低所得(現在は月収300米ドル)の10倍以上の所得のある個人から所得税を徴収)を決定し、格差是正に向けた姿勢を見せている。

 また、民間レベルでは、非遺伝子組み換え大豆の調達先として、わが国の関係者の間で注目を集めており、例えば、イグアス農協では、

 (1)アルゼンチンの有機農産物認証機関から認証を受け、日本向けの有機大豆を生産

 (2)これまでの主力品種であったオーロラ種はサビ病に弱く、粒も小さいため、次世代品種を育種中

などの積極的な取り組みを行っている。

 現在のパラグアイの政治環境や経済環境は安定した状況といえないが、世界経済の回復に伴い、パラグアイの状況も好転した場合、引き続き、穀物輸出国としての地位を高めていくものとみられる。




 
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