シドニー駐在員事務所 玉井 明雄、 杉若 知子
1.はじめに ニュージーランド(NZ)では2001年、巨大酪農協フォンテラが設立されるとともに、生乳および乳製品市場での競争を促進するための措置が導入された。 2.酪農生産・輸出動向(1)生乳生産動向家畜改良公社(LIC)よると、NZの生乳生産は近年、2007/08年度(6月〜5月)における北島の干ばつなどで減少した年度を除けば、ほぼ一貫して増加傾向にある。これは、羊・肉牛部門から酪農部門への転換などによる経産牛飼養頭数の増加および1頭当たり泌乳量の増加などによるものである。2008/09年度の生乳生産量は、初めて1,600万キロリットルに達し、過去最高となった。 過去10年間における生乳生産量の推移を島別に見ると、北島が16%増にとどまっているのに対し、南島は、約2倍と著しく増加している。このことから近年における同国の生産量の伸びは、南島がけん引していることがうかがえる。
2008/09年度の酪農家戸数と経産牛飼養頭数を島別に見ると、2000/01年度と比べ、北島の酪農家戸数は2,786戸減少したが、南島では512戸増加した。また、同期間において、北島の経産牛飼養頭数は3.0%の増加にとどまったのに対し、南島は91.7%増加した。1戸当たりの飼養頭数も、南島で546頭、北島では314頭と南島で規模拡大が進んでいる。 LICは、南島で酪農家戸数が増加している要因として、羊・肉牛部門における収益性の低下から酪農部門への転換が進んだこと、かんがい施設の整備や飼養管理技術の向上が図られたこと、北島に比べ土地代が安価であることなどを挙げている。
地域別の経産牛飼養頭数を見ると、南オークランドが最も多いが、特に増加しているのは、北カンタベリーとサウスランドである。これらの地域は、1戸当たりの飼養規模の拡大に加え、酪農家戸数そのものが全国的なすう勢に反して増加している。また、1戸当たりの飼養頭数を地域別に見ると、北カンタベリーと南カンタベリーで顕著に増加している。
NZの生乳生産量は世界の4%に過ぎないが、人口わずか430万人の同国ではそのうち97%が加工向けとなる。乳製品輸出について、2007/08年度は、干ばつの影響による生乳の減産などにより減少したが、2008/09年度は生乳生産が回復したことなどから、前年度比約10%増の206万5千トン(製品重量ベース)となった。品目別の推移を見ると、全粉乳が輸出量の全体の3割を占め最も多い。
(1)フォンテラ 乳製品輸出の一元管理を行っていたニュージーランドデイリーボード(NZDB)と2大酪農協の合併により2001年に設立された国内最大の酪農協で、約11,000人の酪農家によって所有されている。ニュージーランドに24、豪州に10、そのほか世界に50の生産拠点を持ち、140カ国の市場で活動している。国内外の従業員数は、約16,000人に及ぶ。フォンテラは、世界の乳業メーカーと提携関係を結び、乳業メーカーの世界ランキング(販売額)では第5位(2008年)に入っている。
フォンテラ以外の酪農協として、2つの中小酪農協(ウエストランドとタツア)がある。これら2酪農協は、2001年のフォンテラ設立の際、フォンテラには加わらず、独立して存続している。前者は、地理的に隔離された条件下にあり、後者は高付加価値乳製品の製造販売などを手掛け、フォンテラに加わるメリットが少なかったことがある。 また、2004年以降は、オープンカントリーデイリー、シンレイ、ニュージーランドデイリーズといった独立系の乳業メーカーが輸出向けの粉乳やチーズを主体に製造を開始した。 なお、国内市場においては、フォンテラから原料乳を購入し、牛乳・乳製品の製造・販売を手掛ける食品大手グッドマンフィールダーがフォンテラと競合関係にある。 3.競争施策と乳業メーカーの集乳シェアの推移 現在でもフォンテラの市場支配力は他社を圧倒するものの、2001年以降、NZDBによる乳製品輸出の一元管理の廃止を契機として、競争施策のもと、乳業メーカーによる新規参入が図られている。
(3)DIRAによる競争促進措置の撤廃条件 DIRAによる競争促進措置は、1シーズンにおけるフォンテラ以外の乳業メーカーの集乳量が一定の条件を満たした場合、つまり、フォンテラの市場独占状態が一定水準まで緩和された場合、撤廃されることになっている。具体的には、北島では、その集乳シェアが島内乳固形分生産量の12.5%以上になった場合であり、一方、南島では、乳固形分ベースで6万5千トン(生乳ベース:約78万キロリットル)以上を集乳し、かつ、うち1社がウエストランド地方以外から2万5千トン(同:約30万キロリットル)以上を集乳するようになった場合である。なお、フォンテラの生乳供給義務措置の撤廃は、北島と南島がいずれも前述の条件を満たした場合となる。 MAFでは、新興乳業メーカーの増設計画などをもとにすると、南島では2011年5月末、北島では2012年5月末にそれぞれの撤廃条件を満たすと見込んでいる。 一方、上記の撤廃条件を満たしたとしても、フォンテラが、既存の新興乳業メーカーや新規参入の意向を発表している企業に比べ、生乳市場における価格形成に強い影響力を持つとみている。また、撤廃条件を満たした場合のフォンテラの全国の集乳シェアは、約85%と見込まれるが、MAFは、競争原理の観点から75〜85%が望ましいとしている。MAFは、こうした見解を踏まえ、撤廃条件の見直しについて業界の意見を求めている。 4.新興乳業メーカーの動向新興乳業メーカー(参入予定を含む。)のうち年間の生乳処理量約20万キロリットル以上規模(USDAがまとめたNZ酪農乳業に関する報告書(※2)に基づく)の企業の動向について紹介する。
オープンカントリーチーズとして設立された同社は、2004年9月に操業を開始し、2008年に現在の社名に変更した。出資構成は、シンガポールの大手食品商社が24%、国内企業では大手食肉企業が35%、水産加工および冷凍食品会社が17%、その他(酪農家、物流会社、投資会社等)が24%となっている。 同社は、3工場を所有しているが、最初に、同国の最大の酪農地帯であるワイカト地方にチーズ製造工場(2004年〜)を設立した。同工場については、その後、ホエイ類(2006年〜)、バターオイル(2007年〜)、全粉乳(2008年〜)の各施設を増設した。2008年8月には、生産が拡大する南島サウスランド地方で、2009年8月には、北島マナワツ・ワンガヌイ地方にそれぞれ工場を設立し全粉乳の製造を開始した。今後、2カ所で工場を建設し、生産能力の増強を予定している。同社の製品は中国、東南アジアおよび南アフリカを中心にほぼ全量が輸出される。 同社は、フォンテラから5万キロリットルの生乳の供給を受け、操業をスタートした。操業当初の傘下の酪農家は2戸だったが、その後、傘下の酪農家を増やし、2009/10年度には、3工場に生乳を供給する酪農家は510戸に上る。傘下の酪農家戸数が増加したことで、フォンテラからの生乳供給への依存度は減少している。 中長期的な目標として、付加価値製品の取り組みを挙げており、テーブルチーズの生産を伸ばす意向である。
(2)シンレイ 2000年に設立された同社は、酪農部門と乳業部門の両方の機能を持つ垂直型乳業メーカーである。南島の主要酪農地帯カンタベリー地方に1工場を所有し、酪農部門を含めた従業員数は170名である。
同社は、直営農場として14農場(総面積:4,500ヘクタール、経産牛頭数:14,500頭)を所有し、同農場由来の生乳全量を自社工場で処理している。このほか、契約酪農家が約60戸あり、今後は増産に向け契約戸数を増やす意向である。直営農場における1戸当たりの経産牛飼養規模は約1,000頭と、カンタベリー地方の平均飼養規模(約700頭)を大きく上回っている。 フォンテラからは生乳5万キロリットルの供給を受けている。2009/10年度における生乳処理量の内訳は、直営農場23%、契約酪農家60%、フォンテラからの生乳供給分17%と見込んでいる。 同社は、小型の噴霧乾燥施設を用い、初乳パウダーの製造や新製品の開発などを行っている。現在は、全粉乳と脱脂粉乳の生産が主体であるが、中期的には、付加価値製品の製造販売を強化する意向である。
(3)ニュージーランドデイリーズ 2007年8月、南島カンタベリー地方に所有する1工場で操業を開始し、2009/10年度の生乳処理量は20万キロリットルと見込まれている。ロシアの食品メーカーが全額を出資している。全粉乳を中心に製造し、全量が輸出される。同社によると、2008/09年度、フォンテラから5万キロリットルの生乳の供給を受けている。 今後、市場への参入を予定している企業については次のとおりである。 (4)マタウラバレーミルク 2011年8月に南島サウスランド地方において粉乳の製造を開始する予定。当初、2009年に操業予定であったが、国際経済危機の影響で計画は延期された。 (5)オセアニアミルク 2011年もしくは12年に南島カンタベリー地方において粉乳の製造を開始する予定。競合企業のニュージーランドデイリーズよりわずか12キロメートルしか離れていない地区に工場を建設する予定である。 (6)アラプニミルク 2011年8月に北島ワイカト地方において粉乳の製造を開始する予定。 5.終わりにDIRAによる競争施策の中でも、フォンテラの生乳供給義務措置が乳業メーカーの新規参入を促進した。同措置は、原料乳の確保が十分ではない新規参入企業の操業初期段階において、一定数量の生乳を確保し、工場の稼働率を向上させる原動力となっている。投資家は、投資を行う前に、新興乳業メーカーが生乳を確保できるか見極めたい一方、酪農家は、新興乳業メーカーと生乳の供給を約束する前に、工場設立をその目で確認したい。MAFでは、同措置によりこうしたジレンマを解消することができるとしている。ある新興乳業メーカーへの出資企業は、複数の国への投資を検討する中、NZに同措置があったことが同国への投資決定の重要な判断材料の一つになったとしている。一方、フォンテラの生乳供給義務措置を含むDIRAの措置は、フォンテラ以外の乳業メーカーの集乳量が一定水準に達した場合、撤廃されることになる。MAFは、新興乳業メーカーのシェア拡大により、2012年5月末までに撤廃条件が満たされるとしているが、これらメーカーの進出や規模拡大は、乳製品国際相場の変動、投資家の投資戦略などにも左右されることから、同時期までに撤廃水準には達しないとの見方もある。いずれにしても、MAFは、現在、撤廃条件の見直しについて、業界の意見を求めており、今後、これら意見を踏まえ、同措置をどのように取り扱うのかその行方が注目される。 フォンテラの市場支配力は依然として絶大であるが、新興乳業メーカーの集乳シェアが拡大すれば、輸出市場において、価格条件や製品の多様性などといった点で、輸入者側の選択肢がより広がることが見込まれる。新興乳業メーカーがその潜在能力をどこまで発揮することができるのか、また、いかにその独自性を見出していくのか、今後の動向に注目していきたい。 参考文献 1: NZ農林省「The future of the pro-compe-tition regulatory regime in the New Zealand dairy industry」 2: USDA-FSA「GAIN Report Number : NZ9018」 3: LIC「New Zealand Dairy Statistics」 4: Statistics New Zealand「Infoshare」 5: 各社ホームページなど |
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