海外駐在員レポート  
 

米国における豚肉産業の 現状と課題

ワシントン駐在員事務所 上田 泰史 中野 貴史


  

1.はじめに

 米国における豚肉産業は、アイオワ州をはじめとするコーンベルト地帯で生産される豊富な飼料穀物を活用して、飼養技術の進展や大規模化などにより効率的な生産体制を確立し、生産量は中国、EUに次いで第3位、輸出量は世界第1位を占めるまでに発展してきた。特に、世界の豚肉貿易における米国産豚肉の役割は大きく、我が国の豚肉輸入量についても、米国産は2005年以降デンマーク産を抜いてトップを維持している。

 低コスト生産の実現や輸出の進展などに伴い、米国における豚肉生産者の収益性は順調に推移してきたところであるが、米国のエネルギー政策に端を発した飼料穀物価格の上昇、   2008年秋に起こった世界金融危機による景気低迷に伴う輸出の不振、さらには、昨年4月の米国内における新型インフルエンザH1N1(以下、H1N1)の発生に伴う急激な需給緩和などにより、ここ最近の養豚経営をめぐる情勢はこれまでにない厳しい状況に陥っている。

 本稿では、米国の豚肉産業の特徴を述べるほか、近年の飼料コストの上昇、世界的な経済危機およびH1N1の発生などが豚肉産業にどのような影響を与えているのかを考察するとともに、今後の生産コストの動向や豚肉価格予測値を基に、2010年の見通しについて報告したい。


2.米国の豚肉産業の概要

 米国は、豚肉生産では世界第3位、豚肉輸出では世界第1位、豚肉輸入では世界第5位を占めている。本項では、豚肉の消費、生産構造、輸出入について触れてみたい。
表1 世界の豚肉需給(2009年予測値)
(1)豚肉消費:ほぼ横ばいで推移

 15世紀に米国初めて豚が導入されてから第二次世界大戦の終結に至るまでは、豚は主にラードを取るために利用されていた。しかし、大戦後は健康志向の高まりにより急速に豚の赤身肉に対する需要が高まった。

 一人当たりの食肉消費量を見ると、食肉全体の消費量はゆるやかに増加しているが、健康志向の高まりから、牛肉の消費量が落ち込み、それに対して鶏肉(ブロイラー)の消費量が急激に伸びていることが分かる。豚肉については、1980年代後半に「ジ・アザー・ホワイトミート」と銘打ったキャンペーンを展開し、低脂肪、低カロリーを強調することによって健康志向の高い消費者の取り込みを行った。このような努力もあり、豚肉消費量は同様の赤身肉である牛肉のように落ち込むこともなく、これまでほぼ横ばいで推移してきている。

図1 食肉一人当たり消費量の推移(小売りベース)
(2) 生産構造:生産契約による工程別専業化が進展

 米国の豚肉産業の特徴として、生産者、パッカー、消費者間の関係が強化されるとともに、急速に生産の集約化が進んでいることが挙げられる。豚の総飼養頭数は変動を繰り返しながらも、1980年代中頃から緩やかな増加基調で推移しているが、養豚経営体は、この40年間で90%減少した。この結果、全農家の4%を占める飼養頭数5000頭以上の農家が総飼養頭数の61.1%を飼養することとなっている。
図2 飼養頭数と飼養戸数の推移
図3 飼養規模別飼養戸数シェアおよび飼養頭数シェアの関係

 また、養豚経営のタイプは、従来の一貫経営から、分娩から出荷までの生産過程における一工程に特化する経営形態にシフトしてきており、現在では、以下の5つに大別されるようになっている。

 (1) 一貫経営:分娩から出荷までを一貫して行う経営

 (2) 繁殖経営:分娩から肥育素豚(体重13.6kg−36.3kg)まで育成する経営

 (3) 前期育成:分娩から離乳まで育成する経営

 (4) 後期育成:離乳から肥育素豚(体重13.6kg−36.3kg )まで育成する経営

 (5) 肥育経営:肥育素豚を購入し肥育する経営

 なお、これらの経営区分は一部重なる部分もあるが(例えば、本来は(1)一貫経営であるが、その年の飼料が十分に準備できないため肥育素豚を肥育経営に売却するなど、部分的に(2)繁殖経営となるケース)、大部分の生産者は5つのタイプに区分されると考えられる。

 経営タイプごとの豚の出荷頭数の全体の割合を見ると(図4)、一貫経営から出荷される豚の全体に占める割合は、1992年の65%から2004年の18%に減少する一方、肥育経営から出荷される豚の全体に占める割合は、1992年の22%から2004年の77%に増加している。このことから、米国における豚生産の大部分は一工程に特化する分業体制の下で行われていることがうかがえる。
図4 一貫経営および肥育経営から出荷される豚のシェアの推移

 このように分業体制が進んだ要因として、生産者間の生産契約(Production Contracts)が進展したことが挙げられる。生産契約とは、生産者(hog producer)とオーナー(概して、大規模養豚経営 “integrators” or “contractors”)との間で交わされる契約のことであり、オーナーが生産者に対して、肥育素豚、飼料、燃料代、獣医師費用などを提供する代わりに、生産者は労働力と機械、施設を提供する生産委託に関する契約のことである。なお、この契約では、豚の所有権はオーナーにある。生産者および豚出荷頭数における生産契約の占めるシェアの推移を見ると、1992年時点では、それぞれ、3%、5%であったが、2004年時点では、28%、67%と大きく増加していることから、米国の豚生産において生産契約が浸透していることがうかがえる。
図5 生産契約下の経営体および出荷頭数シェア

 生産契約のメリットとしては、オーナー、生産者ともに、生産の一工程に特化し、より効率的な投資が可能となることから、規模拡大が容易になることが挙げられる。養豚経営の飼養規模は1992年から2004年にかけて増加しているが、生産契約を結ぶ養豚経営における飼養規模の拡大が著しいものとなっている。USDAによると、生産契約を結ぶ養豚経営は、それ以外の経営と比較して、1992年時点では1戸当たり1,000頭程度多く出荷していたが、1998年には3,700頭となり、さらに、2004年には差が4,500頭と拡大した。このことから、米国における養豚経営の著しい規模拡大は、生産契約に基づく分業体制の確立によるところが大きいものと推測される。

 また、養豚経営における農業収入の推移を見ると(表2)、大規模化の進展に伴い、豚からの収入が増加している。1992年時点は農業収入に占める豚からの収入の割合は46%であったが、2004年には71%に増加している。他方、経営内で生産する養豚用穀物の割合については、1992年時点の49%から、2004年には19%に低下している。これは、生産契約の下では、オーナーから飼料が提供されるため、生産者は労力、資材などの経営資源を、飼料生産の拡大ではなく、豚の飼養頭数の規模拡大に投入した結果であると考えられる。
表2 経営内における養豚収入および 穀物自給率の推移

 豚飼養頭数の地域的分布を見てみたい。伝統的に、豚生産はトウモロコシが豊富に収穫されるアイオワ州を中心とするハートランド地帯(アメリカ中西部)に集中していた。しかし、1990年代においては、生産契約の進展などによって、そのほかの地域にも豚肉生産が発達した。特に、ノースカロライナ州においては、この20年間で飼養頭数は3倍以上に膨らみ、全米でも2番目に豚飼養頭数の多い州となった。同州における急速な飼養頭数の増加は、1997年に州の環境規制が強化されたことから失速したが、それに代わって、広大な土地を有し、人口密度が低く、家畜排せつ物が比較的柔軟に処理できる西部諸州、オクラホマ、コロラド、テキサス、ユタなどにおいて飼養頭数が増加した。なお、農家規模については、ノースカロライナ州が最大となっている。
表3 上位10州の豚飼養頭数の推移および 1戸当たり飼養頭数
図6アメリカ全土における豚の分布図
 経営タイプの地域別分布を表4に示したが、一貫経営、肥育経営は肥育に大量のトウモロコシを必要とするため、トウモロコシが安価で入手できる中西部に集中していることが分かる。他方、繁殖経営、育成経営はほかの地域に分散しており、これらのデータから、中西部以外の地域における離乳後の育成豚や肥育素豚は、最終的には飼料コストの低い中西部へ輸送され、肥育段階に入ることが推測される。
表4 経営タイプの地域別分布(2004年)
図7 アメリカ地域別地図

 次に、養豚産業における大規模企業経営の進展を見ていきたい。図8に全米の繁殖用豚に占める大規模企業養豚上位10社のシェアの推移を示したが、頭数が横ばいで推移する中、上位10社の占める割合は1997年の19.7%から2008年には41.1%と大幅に上昇している。生産契約が進展する中、ここ約10年間で企業による小規模生産者の吸収や企業間の買収・合併が活発に行われ、生産段階の寡占化が進んだものと推測される。

 2008年において、大規模企業養豚における繁殖雌豚飼養頭数の第1位はスミスフィールド社の102万頭であり、2位のトライアンフ・フーズの39万6千頭を大きく引き離している。スミスフィールド社は米国東部地区のバージニア州の食肉処理加工施設を起源としているが、企業買収などにより生産段階への垂直的統合を強めており、近年では2006年に当時の業界第3位のプレミアム・スタンダード・ファーム ズを買収し、2007年以降、繁殖雌豚飼養頭数は100万頭を超える水準で推移している。

 食肉パッカー(食肉処理業者)についても集約化が進んでおり、上位3社でと畜頭数の57%を占めると推測されている。パッカーの第1位は大規模企業養豚と同じくスミスフィールド社であり、1日当たりと畜処理能力は118,700頭となっており、2位のタイソンフーズの74,300頭を大きく引き離している。また、最近の大きな動きとしては、南米最大の食肉処理業者であるJBSの米国への進出が挙げられる。JBSは2007年に当時米国において豚肉部門、牛肉部門で第3位であったスイフト社を買収し、米国へ進出した。同社はその後も、鶏肉業界大手のピルグリム・プライド社を買収するなど、畜種を超えた食肉業界の規模拡大路線を展開している。

 また、近年、生産者と食肉パッカーの関係が緊密になってきているが、一つの形態として、スミスフィールド社のように、食肉パッカーが自ら養豚場を所有するなどの「垂直的統合」がある。しかし、米国農務省(USDA)によると、食肉パッカーが所有する豚のシェアは2002〜2005年において20〜30%と推測されており、垂直的統合が大きく進展しているとは言い難い状況にある。他方、食肉パッカーと生産者の取引においては、出荷頭数、出荷体重、出荷場所、出荷時期、価格の設定方法などをあらかじめ定める「販売契約」が主体となっており、出荷される豚の89%がこのような契約(パッカーの自己所有を含む)に基づいているとされている。このことから、生産者と食肉パッカーの結びつきについては、一般的に多くの資本を必要としリスクが高い垂直的統合よりも、「販売契約」という手法を用いて統合するという垂直的調整が進展していると考えられる。また、この垂直的調整により、豚肉の均一性、品質の確保、と畜施設の適正な稼働率の確保などが実現されていると言えるであろう。なお、食肉パッカーの垂直的統合については、2008年農業法の議論の際に一部議員が食肉パッカーの家畜所有禁止を強く主張するなど根強い反対意見があることにも、留意すべきである。
図8 繁殖用豚に占める大規模企業養豚上位10社のシェア
表5 繁殖雌豚飼養規模上位10社における 飼養頭数の推移
表6 食肉パッカー上位10社の一日当たり豚と 畜処理能力の推移
(3) 輸出入の状況:2008年中国への輸出が大幅に増加

 米国は豚肉生産を増加させてきたところであるが、国内消費はほぼ横ばいで推移しているため、生産の増加分は輸出に振り向けてきた。輸出量の推移を見ると、生産量の増加に伴い増加してきており、生産量に占める輸出量の割合は、1989年時点では1.7%であったが、2008年には20.0%と大幅に増加している(図9)。また、輸出量が20億ポンド(90万7千トン)を超えた2004年からの主要輸出先の動きを見ると、伸び率では、ロシア、次いで中国・香港、韓国の順に高くなっている。ロシア向けは2006年より輸出量が増えているが、これはそれまで豚肉を輸入していたブラジルで口蹄疫が発生したことから、米国産へシフトしたことが要因として考えられる。また、2008年は急激に輸出量が増加しているが、前年との変化に対する寄与率を見てみると(表7)、中国・香港が以下を引き離して最も高くなっており、2008年の輸出量の増加は、中国・香港が主な牽引役を果たしていたことが分かる。
図9 生産量に占める輸出量シェアの推移
 中国・香港向けは2007、2008年と大幅に輸出量が増えているが、その理由としては、中国の経済発展に伴う購買力の上昇とともに、同国内で発生した豚繁殖・呼吸器障害症候群(PRRS)などの影響による豚肉生産量の減少、同年に行われた北京オリンピックの需要によるものとされている。

 また、ここ15年間の輸出先シェアの推移を見ると、シェアの5割近くを占めていた日本が3割弱まで下がる一方で、1割にも満たなかった中国・香港が2割弱まで増加するなど存在感を増してきているほか、上位6カ国以外の国のシェアも増加傾向にあり、輸出先は多様化している。
表7 輸出先国別の米国産豚肉輸出量の推移
表8 米国の豚肉輸出先シェアの推移 
 米国は豚肉を輸出する一方で、カナダから主に生肉・冷蔵肉を、デンマークなどから冷凍肉を輸入している。この2つの国が主な輸入先であるが、NAFTA(北米自由貿易協定)発効以降はカナダからの輸入が増える傾向にあり、近年はメキシコからの輸入も増えてきている。

 生体豚の輸入については、米国はそのほとんどをカナダから輸入しており、2007年では1000万頭の大台を超えていた。これらの生体豚は、主に肥育素豚とと畜場直行の肥育豚に分かれる。カナダ政府が穀物輸送の補助金を中止した1995年以降、肥育素豚の輸入が増加傾向で推移している。さらに近年は、トウモロコシ価格の高騰に伴う飼料コストの上昇などから、カナダの養豚農家は自ら肥育するより、米国の肥育農家に肥育素豚を売却した方が収益性は高いと判断し、肥育素豚の米国への輸出頭数が増加傾向にあった。
図10 カナダからの生体豚輸入頭数の推移


3.豚肉産業が直面している問題

 これまで述べてきたように、米国の豚肉産業は、生産段階においては生産契約を用いて生産工程の一過程の専業化を確立すると同時に大規模化を実現し、その効率性を高めてきた。また、加工流通段階も、パッカーが企業の吸収・合併を繰り返し規模の拡大による効率性の追求を行ってきたところであり、これら生産段階、加工流通段階が販売契約という手法を用いて有機的に連携することにより、国内外のニーズにうまく適合し、豚肉の生産を順調に増加させてきたところである。1993年以降の豚肉生産量、輸出量、肥育豚価格の関係を見ると(図11)、生産量、輸出量を順調に増加させてきており、肥育豚価格についても、変動を繰り返しつつ最近は緩やかな上昇傾向にあると言えるであろう。

 このように順調に発展を遂げてきたと思われる米国の豚肉産業であるが、近年、取り巻く環境変化によって深刻な危機に直面している。主な原因は、米国のエネルギー政策の転換に端を発した飼料コストの上昇、2008年秋の世界金融危機による輸出不振、さらには、昨年4月のH1N1の発生に伴う急激な需給緩和であり、これらトリプルパンチによって、全米豚肉生産者協議会(NPPC)の言葉を借りれば、養豚経営は「1頭出荷する度に23ドルの損失を出している」などの状況に陥っている。これら要因が、実際にどのような影響を与えているのか、生産コスト、輸出、肥育豚価格の視点から記述したい。
図11 豚肉の生産量、輸出量および肥育豚価格の推移

(1) 生産コスト:バイオエタノール政策が引き起こした飼料穀物価格の上昇

 米国政府のバイオエタノール振興策に端を発し、2006年秋以降飼料穀物価格が大幅に上昇している。豚の生産コストの約6割は飼料費といわれており、飼料穀物価格の上昇は、養豚経営に大きな影響を与えている。実際の飼料穀物価格(支払価格、1990〜92=100とする指数)の推移を追ってみると(図12)、2006年秋から上昇を始め、2008年夏にピークを迎え、その後落ち込んだが、上昇を始める前の水準と比較すれば依然として高い状態である。次に、養豚経営の収益性を計る指標としてUSDAが毎月公表している肥育豚価格と飼料費の比率の推移を追ってみたい(図13)。この比率において、一般的に肥育経営の採算ベースの下限は18とされているが、2006年後半にこの水準を割り込んで以降下がり続け、2007年後半に下げ止まってから現在までは、10前後で推移している。過去にも肥育豚価格が落ち込んだ時などは、10前後の水準に低下したこともあったが、すぐに回復している。今回のように長期間低水準で推移している例は過去にはなく、養豚農家の経営が苦しい状況に置かれていることが分かる。なお、低迷する前の2004〜2006年の秋までは採算ラインを大幅に超えていたので、養豚経営はかなりの収益を得ていたと推測されるが、2007、2008年に豚肉生産量が増加していることなどから、それら資金は生産のための投資に充当されたと考えることが妥当である。
図12 飼料穀物価格の推移(1990−92=100)
図13 豚‐コーン比率(肥育豚価格÷コーン価格)の推移

(2) 輸出:世界的な景気低迷、H1N1の影響


 米国の豚肉輸出については、2008年は中国の北京オリンピックの特需などもあり、前年比48.6%増の過去最高を記録したところである。しかし、2008年10月の世界金融危機を契機に国外の豚肉需要が弱まり、それ以降は前年割れが続いた。このような中、2009年4月に米国においてH1N1が確認されたことを受けて、ここ数年の輸出増を牽引してきた中国、ロシアなどが米国の一部の州からの豚肉輸入を禁止したことから、輸出はさらに落ち込むこととなった(図14)。この落ち込みによって、行き先を失った豚肉が国内に出回ったことから国内需給が緩み、肥育豚価格の下げ要因となったものと推測される。また、この時期の冷凍豚肉の在庫の推移を見ると(図15)、従来であれば需要が高まる夏場に向けて在庫は大幅に減少するところであったが、輸出減少の影響を受けて、在庫の減少が例年と比べて緩やかになっており、このことからも、この時期に需給が緩和していたことが分かる。なお、輸出量が落ち込んだといっても、2007年以前と比較すれば高い水準を維持しているものの、ここ数年生産量が増加基調にあったため、輸出量の落ち込みは、需給バランスを崩す大きな要因になったものと推測される。国別の動向では、2009年(1〜10月)において中国(香港含む)が前年同期比63.0%減、ロシアが同35.2%減と減少が大きい一方、H1N1が初めて確認されたメキシコでは、一時的なH1N1騒動のため5月のみ輸出が前年を下回ったが、その後は順調に拡大し、同34.9%増と主要輸出先としては唯一増加傾向で推移していることは興味深い。
図14 米国産豚肉の輸出量の推移
図15 冷凍豚肉在庫の推移

(3)肥育豚価格:H1N1の影響

 2009年4月にメキシコにおいて人へのH1N1感染が確認され、続いて米国においても発生が確認された。H1N1は豚の遺伝子を含んでおり、豚との関連が取りざたされたところであるが、肥育豚価格にどのような影響を与えたのか見てみたい。図16に肥育豚価格の推移を示したが、2009年の肥育豚価格の季節的変動パターンが通常と異なることが分かる。一般的に、肥育豚価格は夏のバーベキューシーズンに向けた豚肉需要の高まりを受けて、5月から夏にかけて上昇傾向を示す。これは、生産量の増加により価格が大幅に落ち込んだ1998年、2002年においても、同様の傾向であった。このことから、例年どおりであれば、2009年も5月頃から夏に向けて上昇傾向に転じるところであった。しかし、4月下旬のH1N1発生により、中国などの輸出禁止に伴う米国内需給の急激な緩和が想定された上、豚肉に対して一時的にイメージが悪化し、これらが価格に影響したのではないかと推測される。生産者としては、年間で最も高価格が期待できる時期を一連のH1N1騒動で台無しにされたことになり、その影響は甚大であったものと考えられる。また、図17に豚枝肉価格と先物価格(CME(シカゴ・マーカンタイル取引所)、豚赤身肉、期近物)の関係を示したが、先物価格は期日が近くなるにつれ、現物取引価格に収束することから、期近物と肥育豚価格が連動して推移していることが見て取れる。H1N1により、実際の肥育豚価格が下落し、それに連動して先物価格が急激に落ち込んだことにより、先物取引の利用者も大きな影響を受けたことが分かる。また、H1N1の影響で先物が売られ先物価格が低迷した結果、相場の先安感を生じさせ、実際の肥育豚価格に対しても悪影響を与えたとの見方もできる。
図16 肥育豚出荷価格(取引交渉価格・枝肉ベース)の推移
図17 先物価格(期近物)と肥育豚価格の推移

 以上、豚肉産業を取り巻く外的要因の変化がどのような影響を与えたのかを見てきたが、果たして産業自体に、今回の深刻な状況に陥った要因はなかったのであろうか。1994年以降の豚肉出回り量(「生産量の増加−輸出量の増加」を出回り量の増加と仮定)と肥育豚価格の関係を追ってみると(図18)、出回り量が大幅に増えている年で価格が前年を割り込む現象が多く認められており、当然ではあるが、需給が緩和すれば、価格は弱含む傾向にあると言える。米国の豚肉生産は、2007年秋に正式承認されたサーコワクチンの普及により子豚の事故率が低下した結果、増加傾向にあった。2008年の生産量は前年比6.4%増の過去最高水準の約230億ポンド(1046万トン、枝肉換算)を記録しており、輸出需要を開拓することによって需給を引き締め、国内の価格を辛うじて維持してきたものと推測される。こうしたことから、米国の豚肉産業は、世界的な金融危機やH1N1など外的要因のほかに、本来過去の水準から比較して生産量が大幅に増加していたことなど、需給緩和に陥る危うさを内包していたことも、今回の影響を大きくした要因の一つと言えるであろう。
図18 豚肉出回り量と肥育豚価格の関係


4.米国政府の支援策

 経営悪化に苦しむ養豚経営に対して、USDAはもっぱら豚肉の買い上げによる支援を行っているところである。本項ではその概要について触れてみたい。

(1) 豚肉の買い上げによる需給の引き締め


 トウモロコシ価格の高騰に伴い養豚経営の収益性が悪化した2008年以降、NPPCなどの生産者団体や農業関連議員などは、USDAに対して豚肉の買い上げを強く要請してきた。USDAは国内向け栄養支援対策事業を通じて毎年一定数量の豚肉を買い上げているが、最近の養豚経営の悪化などにかんがみ、同事業を通じた豚肉の追加買い上げを行っており、2008〜2009年にかけて、買い上げは総額155百万ドル(144億円:1ドル=93円)に達している。同事業の主たる目的は、豚肉などの食料を買い上げて低所得層などに支給することによって、同層の栄養状況を改善することとされており、買い上げによる当該品目の需給改善は、副次的な効果と位置付けられている。従って、USDAが買い上げ数量を増やしている背景としては、米国内の景気低迷に伴い低所得者層の経済状態が悪化しているため、買い上げ事業の拡大について比較的国民の理解が得られやすい環境にあることが大きいものと推測される。同事業の一般的なメニューとしては、SNAP(旧フードスタンプ事業:低所得者が食料を購入できるよう、食品と引き換え可能なカードを給付する事業)、学校給食事業(保護者の所得が低い生徒・児童に無料または低価格で給食を供給する事業)など15ものメニューがあるが、豚肉については、主にSNAP以外の学校給食事業などに用いられている。なお、米国では、国民の7人に1人が何らかの栄養支援事業の恩恵を受けているとされており、農業予算に占める栄養支援事業の割合が年々引き上げられるなど、米国全体が景気低迷に苦しむ中、その重要性は増してきている。
表9 最近の米国政府の豚肉買い上げ

(2)豚肉買い上げの効果等

 次に、需給改善の効果の観点から、豚肉買い上げについて述べたい。USDAの買い上げ決定公表日と豚枝肉価格の値動きを見ると、公表日直後に価格が上向くなどの動きは特段認められていないことから、豚肉買い上げについては、即効性の効果は低いものと推測される。しかし、枝肉価格が夏に底を打ち、年末に向けて上昇傾向に転じていることから、2009年に3回にわたり政府の豚肉買い上げのシグナルを市場に発信したことや、2009年5月以降、冷凍豚肉18百万ポンド(約8300トン、12月3日時点)、ハム製品19百万ポンド(約8900トン、12月3日時点)の豚肉を市場から取り去ったことは、生産者の生産削減努力どと相まって、需給改善に一定の効果をもたらしたものと考えられる。

 なお、豚肉の買い上げについては、USDAに対して批判的な意見も寄せられている。具体的には、HSUS(The Human Society of the United States;米国ヒューマンソサエティ)からは、養豚業界に手を差し伸べるのであれば、併せて、同業界に対して、これまでの飼養管理(治療目的でない抗生物質の使用など)を見直すよう改革を要求すべきであるとの意見や、CFFE(The Campaign for Family Farms and the Environment;家族農業・環境キャンペーン)からは、需給緩和の原因である生産増加の抑制に対策(規模拡大を支援する資金貸付け停止策など)を講じずに、豚肉を買い上げることは、税金の効率的な使用とは言い難いなど、厳しい指摘が挙がってきている。

5.豚肉産業の今後の見通し:2010年の収益性に係る分析

 2009年に厳しい状況に陥った米国の豚肉産業であるが、2010年の見通しはどうなるのであろうか。幸い、豚枝肉価格は2009年夏を底に上昇傾向で推移しており、USDAの予測においても、2010年の豚肉需給は改善の方向に向かうものと推測されている。本項では、USDAのデータを基に、2010年の養豚経営の収益性を推測するとともに、今後の行方を大きく左右する要因について、今後の動向を述べてみたい。

(1)2010年の豚肉需給見通し


 USDAは2010年の豚肉需給について表10のとおり予測値を示している。豚肉生産量については、肥育豚価格の低迷に伴う減産を反映し前年比2.8%減、豚肉輸出については、世界経済の回復やドル安を見込み、前年比10.2%増と予測している。この結果、需給が改善し、肥育豚価格は前年比5.4%〜12.7%高と予測している。
表10 2010年の豚肉需給の見通し

 USDAの上記見通しが実現した場合、2010年の養豚経営の収益性(粗収入−生産コスト(運営費+間接経費))はどのように変化するのであろうか。USDAが公表している推定生産費(2004年の生産費を基にUSDAが推計)をベースに、現時点で(2009年12月時点)のUSDAの肥育豚およびトウモロコシの予測価格を踏まえ、2010年の全米および地域別の養豚経営の収益性を推測した(図19)。これによると、2010年に入っても当初の収益性はマイナスのままであるが、第1四半期、第2四半期と進むにつれて改善し、肥育豚価格が高水準で推移する第3四半期にはプラス(利潤が発生する)に転じるものと見込まれる。しかし、肥育豚価格が弱含む第4四半期には収益性は再びマイナスになるものと推測される。 また、地域別の養豚経営の2010年の収益性を見ると(図20)、飼料コストの低い中西部ではプラスに転じるが、飼料コストが高い南沿岸部および西部においては、2009年よりは改善するものの、依然として収益性はマイナスのままである。以上の推測結果から、2010年の収益性は2009年よりは改善するものの、年間を通して利潤が発生するような状況にはなく、飼料穀物価格が高騰する以前の収益性は難しいことが分かる。収益性の改善のためには、USDAの予測値以上の生産量の削減および輸出拡大が必要であるものと考えられる。なお、これらの推計に当たっては生産者の合理化努力を考慮していないため、生産コスト削減次第で収益性を確保することは可能である。
図19 収益性の予測(全米)
図20 収益性の予測(地域別)

(2)減産に係る取組状況

 生産者も豚肉需給を改善するために生産規模の縮小を図っているところである。全米の繁殖用豚頭数の推移を図21に示しているが、収益性が悪化した2008年から削減が進んでいる。米国全体では、2008年、2009年にそれぞれ、前年比2.7%、3.5%の繁殖用豚を削減しているが、その一方で、同期間にサーコワクチンなどの効果で、一腹当たりの子豚頭数が年率2.3%増加しており、生産量の削減が思うように進んでいない状況にある。また、州別の繁殖用豚の削減の推移を追ってみると(表11)、州によって削減のペースが異なることが分かる。農家の飼養規模が大きいアイオワ州、ノースカロライナ州、ミネソタ州などにおいては、収益性が一度悪化すれば、赤字額も急速に膨らむため、迅速な削減を進めているものと推測される。特に、南沿岸部のノースカロライナ州においてとう汰が進んでいるが、全米最大の大規模企業養豚であるスミスフィールドが18カ月で10万頭の繁殖雌豚を削減していることが大きく貢献しているものと考えられる。他方、それらの州と比較して規模が小さいオクラホマ州は繁殖用豚を増加させている。今後の需給の改善には、中・小規模生産者など、生産者の一体となったさらなる削減努力が必要となってくるであろう。
図21 繁殖用豚頭数および一腹当たり子豚頭数の推移
表11 州別繁殖用豚の前年比の推移

 なお、今後の需給改善のために必要な繁殖豚の削減頭数について、当地農業コンサルタントは、「30〜50万規模(全体の5〜8%減)の削減」が必要としている。しかし、2010年の供給の先細りを察知して、通常であれば価格が弱含む第4四半期に、先物価格、肥育豚価格ともに上昇傾向で推移している。このことは、生産者の生産意欲を刺激し、繁殖用豚の削減ペースを減じる可能性があり、今後の生産者の動向が注目されるところである。

 また、減産に取り組んでいる生産者にとって、ここ最近、カナダからの生体輸入が減少していることは追い風となるであろう。輸入の項で述べたが、カナダからの生体輸入は、一時期は年間1000万頭(全米年間と畜頭数の約8%)を超えていた。しかし、近年、為替環境がカナダドル高の傾向にある中、カナダにおいて飼養頭数が減少傾向にあることや、2008年9月から実施された米国における食肉の原産地表示の義務化を受けて、表示作業の複雑化を嫌った米国のパッカーが購入を控えていることなどから、カナダからの豚の輸入は減少傾向にある。2009年1〜11月の輸入量は前年同期比32.3%減の540万頭となっており、この傾向は2010年も続くことが推測される。

(3)輸出拡大の可能性

 米国における需給改善の両輪の一つが減産だとすれば、もう一つは輸出の拡大であろう。2010年の豚肉輸出については、USDAは世界経済の回復とドル安を背景に、最高水準であった2008年に近い輸出量を見込んでおり、米国政府も各国に対して積極的に働きかけを行っているところである。中国はH1N1の関連で米国の一部州からの豚肉を禁止していたが、ヴィルサック農務長官が2009年10月に中国を訪問した際、H1N1による輸出禁止の解除を取り付けた。このニュースは豚肉産業に大きな希望を与えることになった。しかし、中国市場への輸出拡大の可能性を見ると、そもそも中国の2008年の輸入増は、北京オリンピック特需および中国内の家畜伝染性疾病による生産減によるところが大きかった。USDAによると2010年の中国の豚肉需給は、生産は前年比4%増になる一方で、輸入は20%減になると予測している。このようなことからも、中国への2010年の豚肉輸出については、2008年水準を期待することは難しいものと思われる。

 また、輸出先として存在感を増してきているロシアについては、H1N1関連の輸出禁止は解除されたものの、抗生物質の残留基準など検疫条件のすり合わせが難航しており、輸出量は回復していない。このような中、ロシアは米国に対し、米国産豚肉に関する関税割当を2009年の100,000トンから2010年は57,500トンに減らす旨の通告を行ったところであり、ロシアへの2010年の豚肉輸出についても、明るい見通しは立てられない状況にある。これに対し、日本への輸出については、2009年1〜10月で前年同期比4.1%減と落ち込んではいるものの、輸出量では2位のメキシコを大きく引き離しトップを維持していることなどから、日本市場に対しては、2010年も、円高ドル安を背景に期待がますます大きくなるものと推測される。また、今年に入って急速に輸入を増やしているメキシコについても、期待が寄せられている。

(4) 飼料価格:ガソリンへのエタノール混合率が一つのポイント


 主要飼料穀物であるトウモロコシの価格動向は養豚経営の収益性に大きな影響を与える。2009/10年度のトウモロコシは秋の天候不順により収穫が遅れたものの、単収の大幅増により収量は史上2番目となることが見込まれている(2009年12月10日現在)。このため、同年度のトウモロコシ価格は前年と比較してやや弱含むと予測されており、養豚経営にとっては好ましい状況にある。しかし、環境保護庁(EPA)がエタノールのガソリンへの混合率の上限引き上げについて、混合率上昇に伴う車のエンジンなどに対する影響評価の試験結果を踏まえて、本年6月中旬までに決定することとしており、エネルギー団体が求める15%への引き上げ(現行は10%)が決まれば、トウモロコシのシカゴ相場の上げ要因になることが推測される。また、コーンベルトでの大雪のために収穫ができない地域がでていることなど不安要素もあることから、今後ともトウモロコシの価格動向については、注意が必要となっている。

 なお、米国政府のバイオエタノール政策に関しては、NPPCが、トウモロコシ由来のエタノール生産の拡大が畜産業に与える経済的影響について調査を行うよう、米国議会に対し要請しているところである。

(5) 食肉加工施設の稼働率維持が今後の課題


 現在のパッカーの経営状況は、例年と比べ肥育豚価格が低下傾向にあるため、生産者と比較すれば良好と言えるであろう。しかし、生産者の繁殖豚とう汰に伴い、今後出荷頭数が減少すると、肥育豚価格が上昇するとともに、食肉加工施設の稼働率が低下し、パッカーの経営が圧迫される可能性が高い。そもそも、食肉加工施設は、収益性を上げるために一定の稼働率を維持することが重要となっている。現在の繁殖豚とう汰の影響はこれからのと畜頭数に顕著に表れてくることが予想されており、一部パッカーは既に規模縮小に取り組んでいるところであるが、多くのパッカーにとっては、施設稼働率の低下への対応が今後の大きな課題となってくるであろう。

6.おわりに

 米国の豚肉産業は、安価な飼料を活用した大規模化による効率的な低コスト生産で生産量を増やし、国内で消費しきれない豚肉は輸出に振り向けて需給のバランスを保ってきたところである。今回米国の同産業に大きな打撃を与えた、飼料穀物価格の上昇、H1N1および景気低迷による輸出不振は、まさにこれまでのビジネスモデルでは解決できない問題であったところに、事態の深刻さがあるのではないか。

 しかし、このような厳しい状況も2009年が底であり、2010年は改善に向かうと考えて良いであろう。ただし、飼料穀物価格が従来の水準と比べて依然として高い状態で推移している事実を忘れてはいけない。肥育豚の生産が中西部に集中していることからも分かるように、米国の養豚産業は飼料穀物を安価で入手できるという前提の上に成り立っており、その価格が従来の水準に戻らなければ、養豚経営の収益性の大幅な改善は困難であるものと推測される。オバマ政権下でバイオエタノール政策が大きく見直される可能性は非常に低く、豚肉生産の前提の一部が大きく崩れた今、米国の豚肉産業はさらなる構造改革を検討する時期に差しかかっているのではないだろうか。当面は、需給改善を図るため、繁殖豚の削減など減産型の生産調整を着実に進めることが重要であるが、将来的には、薄くなった利幅(収益性)で従来の利益を確保するためにさらなる集約化、再編などの効率化を追求するのか、それとも、新たなビジネスモデルを見いだすのか、米国の養豚業界の動向については、今後とも注目する必要があるであろう。


  (参考資料)

   ・The Changing Economics of U. S. Hog Production(December 2007 USDA/ERS)

   ・Characteristics and Production Costs of U. S. Hog Farms, 2004(December 2007 USDA/ERS)

   ・垂直的な結び付きが強化される米国豚肉産業(畜産の情報 海外編2000年8月)


 
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