話題

違いのわかる消費者を育てる大切さ

経済エッセイスト 秋岡 榮子

 今年も、正月明けの東京ドームで「ふるさと祭り東京」というイベントが開催された。よくある物産展の全国版だと想像していただきたい。今年は四日間で昨年を上回る19万人の集客があったという。今年で二回目だが、会場は相変らずの大盛況。大消費地東京にふさわしい新しい 「祭り」として定着しそうだ。

 東京には地方出身者が多い。仕事が忙しくて正月に故郷に帰れなかったという人もいれば、次男、三男で東京に出てきたという年配者の中には、実家に帰ってもすでに代替わりしていて居場所がないという人たちも増えてきた。

 東京ドームの広いスペースには、北海道から九州、沖縄まで、ブースがぎっしりと並び、縦横にいくつもの食の横丁ができあがる。会場の一角のお祭り広場には、始終、阿波踊りやら、伝統芸能の実演が行われ、大音響の太鼓やお囃子の音が会場に響き渡り、お祭り気分を盛りあげ、買い手の方も財布のひもがゆるくなる。

 ところで「お祭り」とくれば、屋台で買ったものをその場で食べる、というのが何よりの楽しみだ。このイベントでも、お取り寄せでは味わえないもの、アツアツ作りたての地方の名産品が味わえるというのが大きな魅力を持つ。

 そうなると、コストはかかってもその場に火力や設備を持ち込んで、作りたてを提供するという店の競争力がぐんと増してくる。スィーツでいえばその場でつくって手渡してくれるソフトクリーム、湯気のたったご当地ラーメン、その場で注いでくれる生の地ビールコーナーに長蛇の列ができ、ジュージューという音とともに香ばしい匂いが漂う北海道のジンギスカンや職人の見事な手さばきに思わず見とれるたこ焼きの店先には大勢の人だかりができる。

 同じお弁当の店でも、眼の前で職人がほぐした蟹の身を弁当のご飯の上に大きく盛り上げて出すところ、作り置きしたものを並べるところとあるが、味よりも何よりも、やはり眼の前で大もりという点で蟹弁当に軍配があがる。試食のコーナーはもちろん一番人気だが数が限られている。同じ試食でも、「有料試食」というものもある。地方の業者にとって、このイベントは大いなるマーケティングの場でありながら、赤字は出さないというのが大前提だから、実費は頂くという訳だ。

 しかし割安感のあるものが売れているとは限らない。アイスクリームなどは結構いい値段だが、地域ブランドの知名度というのは大きいとつくづく感じる。また、店の中でひたすら客を待っているブースもあれば、店員さんがどんどん外に出て声をかけながら、客を呼び込んでいく店もある。日頃の努力や売る努力で、味や値段に差がなくても、店ごとのにぎわいに明暗がわかれていく。

 景気の低迷は生産者にも消費者にも辛いことだ。いまやリストラは他人事ではない。大企業やある程度名の知れた企業であっても、「早期希望退職」という名のもとのリストラが行われている。給料やボーナスが減ったという人は珍しくない。当然、毎日の食費は重要な予算引き締め対象だ。それでも、財布のひもを緩めさせるこのイベントは見事だ。

 かつての高度成長期のように、いまは我慢しても、将来はもっと豊かになれるという先に希望のある時代ではない。むしろ逆である。もしそれが手の届く価格の物で、いま欲しければ、いま買わなければ、将来はもう買えないかもしれないと考える。

 衣料品はそのよい例だ。ユニクロはいまや日本を代表する衣料品メーカーの一つになった。別ブランドを創設し、手ごろな日常衣料品を手がけるデザイナーもでてきたし、海外の廉価な衣料品メーカーが高級ブランドショップと軒をつらねて銀座に進出するようになった。

 衣料品はコストの安い海外に生産拠点を移す、デザインをシンプルなものにする、素材の質を落とすなどの努力により、消費者の「新しいもの、流行のものが欲しい」という気持ちを「需要」に結びつける商品づくりがしやすい。

 しかし国産農業・畜産はそれができない。当たり前であるが、日本でつくるからこそ、国産だからだ。日本の農業・畜産の安心、安全に対するこだわりは日本の誇るべきものである。これは「志」ともいえるべきものだ。外国が、日本の農業、畜産の技術力を導入することができても、この「志」は一朝一夕に築けるものではない。

 食は国の基本である。中国はバブルと揶揄されながらも数字の上では高成長をはじきだし、自動車販売など数々の分野で世界一となりつつあるが、中国の成長を支えている底力は食料価格を低く抑えているからだと言われている。もちろん金持ちは輸入品などの高級食材を求めているが、庶民は食費が値上がりしなければ、給料の上昇を、生活のレベルアップにつなげ十分エンジョイできるというわけだ。もちろんそのしわ寄せは、農村部の所得の低迷、都市と農村の格差の拡大という結果となっている。日本では国産農業・畜産がその「志」を守りながら、効率化を進め、「国産=手頃な価格=安心安全」という構図が成り立つような投資と制度設計を行い、外部からの参入を含む、農業・畜産後継者の育成に国費を投ずることこそ、農業政策であり、それは最大の景気対策であり、社会政策であると思う。

 そして一方で、生産者にはもっと「売る努力」が必要だ。特に畜産はそうだ。牛乳がその代表例だが、実は、日本人はまだまだ肉や牛乳の味の違いに疎いのではないか。もちろん超高級和牛は食べればおいしい。しかし普段、食卓に並ぶ価格帯の肉や牛乳で、たとえば米ほどに、繊細な食味の違いはわかっていないのではないか。そうであれば、「安い方でいいよね」となっても仕方ない。

 今、畜産農家自身がもっと消費者との接点を求めてもよい。こんな不景気な時代だからこそ、本音の接点がみつかるのではいだろうか。

秋岡榮子(あきおかえいこ)

・ 東京都出身、一橋大学社会学部卒業後、鞄本長期信用銀行調査部、樺キ銀総合研究所、平成10年同行退職。
・ 身近な暮らしの視点から経済を語り、テレビ・ラジオ出演、講演、シンポジウムのコーディネーターなどを行う。
・ 現在、食料・農業・農村政策審議会畜産部会委員、上海万国博「日本産業館」事務局長などを務める。


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