海外情報  畜産の情報 2012年6月号

ニュージーランドの生乳生産動向
〜増産の要因と今後の見通し〜

調査情報部 前田 昌宏、 部長 岩波 道生




【要約】

 ニュージーランドは、低コストを武器に次第に生乳生産を拡大してきたが、とりわけ2007/08年度以降、乳製品の国際価格の高騰による好調な支払乳価を背景に、増産傾向を強めている。この要因は、(1)収益性の差による肉用牛・羊経営からの転換、(2)補助飼料の給与や飼料作物栽培の定着、(3)かんがいの普及による酪農用草地の拡大などであり、このような生産構造の変化は収益性を最大化しようとする経営対応により導かれたものであり、いずれも経産牛頭数の拡大を通じて達成されている。
 他方、生乳の生産コストは大幅に上昇しており、乳価が低下した際のキャッシュフローや飼養頭数の増加による環境問題等を懸念する意見もある。
 将来の増産を担うのは南島のカンタベリー地域とみられ、かんがい面積の増加によって、この地域だけで少く見積っても今後10年間に現在の1割程度に相当する増産が可能と見込まれている。国際市場におけるNZの存在感は、乳製品の輸出拡大によって大きさを増しており、その生産動向を注視する必要がある。

はじめに

 ニュージーランド(以下、「NZ」という。)の生乳生産量は、2007/08年度(6月〜翌5月、以下同じ。)以降、急速に拡大している。結論から言えば、この変化は、乳製品の国際価格の高騰による手取乳価の上昇に触発され、生産者が増産に向けて生産構造を変化させたことによるものである。

 NZは生乳生産量の95%を乳製品として輸出しており、増産により国際市場におけるシェアも増加している。今後も中国や東南アジアなど新興市場における乳製品需要の拡大が見込まれる中、主要輸出国の一つとして、NZの供給力が今後どうなるか、注目度は高い。そこで本稿では、同国の生乳増産の過程について報告するとともに、増産に伴って生じた構造の変化がNZ酪農の将来に及ぼす影響について、関係者からの聞き取りなどを基に考察する。

 なお、本稿中の為替レートは1NZドル=68.08円、1USドル=82.19円(4月末日TTS相場)を使用した。

1.NZ酪農の概要

(1)生乳生産量の推移
  〜右肩上がりでの推移〜

 NZ酪農の最大の特徴は、放牧主体、季節搾乳といった低コストでの生産形態にある。この特徴は、NZの生産環境に根差したものではあるが、他方で次のような経済環境により強いられたものでもある。すなわち、国内市場が小さく輸出依存であること、しかも飲用乳よりも相対的に乳価が低く、価格変動が大きいバター、粉乳などに輸出品目が限定されていること、主要輸入国から地理的に遠く輸送経費等の面で不利なことなどである。加えて、最大の要因は1973年の英国のEC加盟によって、それまでの特恵的な輸出市場を失ったばかりか、EU、米国等の輸出補助金付きの乳製品と裸で競争せざるを得なくなったことによるものである。

  このような厳しい環境の中においても、NZ酪農は低コストを武器に次第に生産を拡大してきたが、とりわけ、好調な乳製品の国際価格に支えられ、2007/08年度以降、増産傾向を強めており、2010/11年度の生乳生産量は1734万キロリットルに達した。これは同じく大洋州地域の輸出国である豪州の約2倍であり、豪州が数度の干ばつによって減産傾向に転じたのとは対照的な推移である。

図1 NZと豪州の生乳生産の推移
資料:Livestock Improvement Corporation(LIC), Dairy Australia
 注:豪州の年度は7月〜翌6月

(2)国際市場におけるNZの位置づけ
  〜バター、全粉乳の輸出量は世界第1位〜

 NZの生乳生産量は世界の約3%(2010年、FAOによる)に過ぎないが、同国の人口は427万人と国内消費がわずかなため、EUや米国と並ぶ乳製品の主要輸出国となっている。このため、酪農家に支払われる乳価も国際価格によって決定されおり、政府からの補助金はない。

 生乳生産の拡大に伴って、国際市場に占めるNZのシェアが拡大している。バターおよび全粉乳の2011年の輸出量は、それぞれ45万トン、105万トンと世界第1位で、世界シェアは5割を超えている。また、脱脂粉乳についてもEU、米国に次ぐ第3位の輸出国となっている。

図2 主要生産国の乳製品生産量および輸出量(2011年)
資料:USDA
 注:数値は推定値。

 輸出先としては中国が最大で、2011年の中国向け乳製品輸出額が、22億8400万NZドル(FOB、1555億円)と乳製品総輸出額(122億6400万NZドル、8350億円)の18.6%を占めた。次いで、米国(6.3%)、日本(4.3%)、豪州(4.3%)、フィリピン(4.1%)、サウジアラビア(4.0%)となっている。中国向け輸出額は過去5年で約5倍に増加しており、中国とFTAを締結しているNZは、同国の需要増の恩恵を最も受けた国の一つとも言える。

 我が国にとっても、NZは重要な輸入先国の一つである。2011年のバター輸入量1万6900トンのうち、NZ産は5,300トンと約3割のシェアを占め、第1位の輸入先国であった。また、チーズについても、21万5300トンのうち、豪州の9万トンに次ぐ5万6300トン(シェア26.2%)と第2位となった。このように、我が国の乳製品需給においてもNZの存在は大きい。

図3 我が国の乳製品の輸入国別シェア(2011年)
資料:貿易統計

NZ酪農の特徴

 ここでは、NZ酪農の特徴について述べたい。以下に挙げる3点は、いずれも日本の酪農とは大きく異なるものである。

(1)放牧を主体とした草地酪農

 放牧により、飼料作物の栽培・収穫・調製、給与、ふん尿の処理・運搬・還元に係る労働が省かれ、これらに要する施設・機械も不要となる。このため、NZの酪農家が所有するのは搾乳施設(パーラー)だけで、牛舎はおろかトラクターさえ持たない経営が普通であった。もちろん放牧酪農の実践のためには高度な牛群管理技術と草地管理技術が必要である。

 しかしながら、本文で記述したように、補助飼料の給与のためにパドックや飼槽が必要となり、飼料作物栽培のために機械や飼料の貯蔵施設が必要となるなど、近年では状況が変化している。

(2)低コストで乳製品を製造するための季節搾乳

 NZでは生乳生産量の95%を保存性のある乳製品として輸出している。このため、年間を通じて搾乳する必要性は乏しく、牧草の生産性が高い時期に合わせて搾乳期を設定している。つまり1年のうちおおむね8月から5月までの10カ月程度は搾乳を行い、乳製品工場も稼働するが、残りの2カ月間は乾乳とし、乳製品工場も操業を止める。このため、繁殖も分娩も1年に1度に集中する。

(3)公的な補助金等がほとんどないこと

 NZでもかつては国内産業に対する広範な保護と輸入規制が行われていたが、これにより次第に輸出産業の国際競争力が低下し、財政赤字と対外債務が深刻化していった。この結果、1980年代半ばから政府は徹底した行財政改革に乗り出し、国内保護のための補助金等はほとんどが廃止された。この改革は、農業分野だけではなく、あまねくすべての産業分野において実施された。

 この結果、NZの農業生産は、生鮮品など輸入に馴染まないものを除けば、国際市場で競争力のあるものだけに特化することとなった。NZで輸出産業として外貨を獲得しているのは酪農をはじめとする農業部門が中心であり、国際競争力のある部門に補助金等を出すことはあり得ないという考え方が定着している。

2.生乳生産量の推移

(1)経産牛頭数の増加
  〜過去10年間で3割の増頭〜

 改めて生乳生産量の推移を見ると、近年のNZの生乳生産の伸びは著しく、2000/01年度の1296万キロリットルから2010/11年度には1734万キロリットルまで増加した。この間、平均すると毎年3.0%の力強い伸びを示している。2011/12年度についても、天候に恵まれて牧草の状態が良好なことなどから、3月までで前年同期比9.7%増の1503万キロリットルを記録しており、前年度に引き続き、過去最高を更新することはほぼ確実となっている。
図4 生乳生産量、経産牛飼養頭数および一頭当たり乳量の推移
資料:DairyNZ、LIC資料などから機構作成
 注:2000/01年度の値を100として算出

  図4で明らかなように、経産牛頭数が生乳生産量とほぼ同様の割合で増加しており、生産量の拡大は経産牛頭数の増加によって達成されていることがわかる。一頭当たり乳量も増加傾向にあるが、干ばつなどの影響を受け、年によってばらつきが見られる。

 なお、NZ全体では酪農家戸数が減少傾向で推移する中で、経産牛頭数の増加を受け、一経営当たりの経産牛頭数は、同時期に251頭から386頭へと大幅に拡大している。

(2)地域別生産量の推移
〜南島では5年間で約5割の増産〜

 NZを図5のとおり8つの地域に分割して生乳生産量のシェア(2010/11年度)をみると、北島のワイカト地域が最も多く、全体の30.0%を占め、次いで南島のマルボロ・カンタベリー(以下「カンタベリー地域」という。)(19.0%)、オタゴ・サウスランド(以下「オタゴ地域」という。)(16.9%)と続く。

 このうち、最も急速に生産が拡大しているのは、南島のカンタベリーおよびオタゴ地域である。NZ全体の2005/06年度から2010/11年度までの増産分263万キロリットルのうち、両地域の増産分は211万キロリットルと約8割を占める。両地域の2010/11年度の生乳生産量を2005/06年度と比較すると、それぞれ53.8%増、48.5%増となった。一方、生産量の最も大きいワイカト地域は、同6.0%増と全国平均の同17.9%増を大幅に下回る水準となっている。経産牛頭数および酪農用地面積についても南島での増加が目立つ(表1参照)。
図5 2010/11年度における地域別生乳生産シェア
資料:DairyNZ、LIC
表1 地域別酪農主要生産指標の推移
資料:DairyNZ, Nimmo-Bell

3.生産量拡大の要因

(1)収益性の格差による他部門から酪農への転換
  〜酪農経営が肉牛・羊経営を大幅に上回る〜

 酪農経営と肉牛・羊経営の1戸当たりの利潤(税引前)を最近10年間で比較してみると、図6に示すとおり、おおむね酪農経営が肉牛・羊経営を上回っている。特に2007/08年度の酪農経営の利潤は、前年の7万NZドル(485万円)から38万4000NZドル(2660万円)へと5倍以上に急増している。翌年度は、リーマンショックの影響で乳製品の国際価格が低落したため、マイナスに転落したものの、その後2年間は再び高水準で推移している。

 また、1ヘクタール当たりで見ると、1戸当たりの場合よりも利潤の差は大きい。酪農経営の大規模化が進んでいる南島ではさらに顕著である。カンタベリー地域の1ヘクタール当たり利潤(過去5年平均)は、肉牛・羊経営の138NZドル(9600円)に対して、酪農経営は1,730NZドル(11万9800円)とその差は10倍以上である。オタゴ地域においても、肉牛・羊経営230NZドル(1万6000円)に対し酪農1,566NZドル(10万8500円)と7倍近い差がある。

図6 酪農家および肉牛・羊農家1戸当たりの収益性(利潤)の推移
資料:Ministry of Primary Industry(MPI、旧Ministry of Agriculture and Forestry)
表2 地域別経営別1ヘクタール当たり収益性(利潤)の推移
資料:MPI
 このような収益性の差を背景に、肉牛・羊経営から酪農経営への転換が進んでいる。草地面積の推移を見ると、2005/06年度から2010/11年度の間には羊・肉牛・山羊・鹿向けの草地は62万7000ヘクタール減少(利用中止も含む。)したのに対して、酪農向けは23万9000ヘクタール増加している。このような酪農向けへの草地面積の拡大が、生乳増産に結びついている。
表3 草地面積の推移
資料:Beef & Lamb NZ

(2)牧草以外の飼料の利用

(1)補助飼料
〜PKE使用量が増加〜

 放牧中心の飼養体系に基本的には変わりないが、全国的に補助飼料(supplementary feed)の給与量が増加している。これは、冒頭で述べたように、多少のコストをかけたとしても生乳生産量を拡大した方が経営全体の収益が改善されるという経営環境に対応したものである。

 補助飼料の代表例として挙げられるのが、パーム油生産の副産物であるPKE(Palm Kernel Expeller)である。これはパーム油生産時に生じるしぼりかすを粉末状にしたもので、繊維質を豊富に含む。日本標準飼料成分表2009年版(中央畜産会)によれば、乾物中のTDN(可消化養分総量)は79.4%と高エネルギーである。主にインドネシアおよびマレーシアから輸入されている。PKEの輸入量は急増しており、2011年の輸入量は前年比41.8%増の141万4000トンを記録した。これは5年前の約6倍、10年前の約34倍の水準である。NZでは急速に普及しており、全酪農家の約3/4が利用しているとする関係者の見解があった。給与量の目安としては、1頭に1日当たり4〜5キログラムというのが一般的である。

  PKEの輸入価格(CIF)は、2010年を除いて上昇傾向にはあるものの、2011年でトン当たり228NZドル(約1万6000円)と、トウモロコシなどと比較すると比較的安価である。最近はNZドルが米ドルに対して高値で推移していることもあって輸入需要は高い。

  PKE以外の補助飼料としては、豪州産の糖みつを利用する場合もある。

見た目は砂のようだが、香ばしいにおいがするPKE

図7 PKE輸入量の推移
資料:Statistics NZ

(2)飼料作物栽培の定着
 〜北島ではトウモロコシを栽培〜

 従来の酪農生産は、放牧主体で、飼料作物の生産は極めてまれなものであり、このことがNZ酪農の低コスト生産を支える根幹となっていた。しかしながら、上記の補助飼料と同様に、生産者が経営全体の収益拡大を目指して、トウモロコシなどの飼料作物栽培が拡大している。

 飼料作物生産の態様は、北島と南島で異なる。北島で使用されるのはトウモロコシである。現在、北島では7〜8割の酪農家が、所有農地の5〜10%の面積を使用してトウモロコシ栽培を行っているという。トウモロコシは、ホールクロップサイレージとして使用される。収穫などはコントラクターが請け負うことが一般的である。一方、南島では、小麦や大麦が補助飼料として使用されている。

 なお、飼料作物の栽培や放牧地の牧草生産量の拡大のため、施肥量が増加しており、これもコストアップの要因となっている。

北島で栽培されていたトウモロコシの様子

(3)かんがい整備の進展
  〜地下水利用が普及の契機〜

 NZでは、北島のワイカト地域など、降水量に恵まれた地域を中心に酪農が立地している。しかしながら、最近の乳製品の国際価格の高騰を契機に、かんがい施設に対する投資が増加している。

 特に、降水量が少ないため牧草の生産密度が低く、酪農経営には不向きとされていたカンタベリー地域では、かんがい施設の整備が進み、北島のワイカト地域やタラナキ地域とそん色のない牧草生産が可能となっている。
表4 地域別にみた牧草の単収(2010年)
資料:Fert Research

 地域別のかんがい整備の状況を見ると、カンタベリーのかんがい依存率の高さがわかる。同地域のかんがい面積は、1999年の40万6000ヘクタールから2010年には73万5000ヘクタールへと33万ヘクタール、80.9%増加し、この間の全国の純増面積のうち7割弱がカンタベリー地域によって占められている。また、同地域は牧草生産(酪農、肉用牛・羊等の生産に利用)に仕向けられている割合も8割超と高い。

 カンタベリーでは90年代に井戸を掘って地下水を利用するかんがい技術が確立された。この方法は、河川水を利用する方法に比べ投資額も少なく、各種の権利関係の調整も簡単で個人〜数戸単位での設置も可能なことから、急速に普及しており、今回の調査で移動する際にも車窓からも多数のかんがい施設を確認することができた。

 なお、同じ南島でも、南部のオタゴでは降雨があるため、かんがいの必要性は低く、かんがい整備面積はカンタベリー地域に比べて小さくなっている。

かんがいを行っている牧草地。
酪農用の牧草生産に利用されている。
カンタベリーにて2012年2月撮影

上の写真の牧草地の道路の反対側にあるかんがいを行っていない牧草地。
肉用牛生産に利用されている。
あきらかに牧草の状態が異なる。

表5 地域別かんがい整備面積の推移
資料:Nimmo-Bell 
注1:かんがい面積とは利用許可を得た面積である。
 2:牧草に利用されているかんがい面積は推定値。

カンタベリー平原における地下水かんがい

 カンタベリー平原の背後には豊富な降雪を抱く4000m近い山脈が連なり、夏季の降水量に恵まれないカンタベリー平原に大量の地下水を供給している。この地下水の利用が始まったのは1990年代以降のことで、それ以前は、水脈が地下100m以下と深部にあるため地下水の存在がよく認識されていなかったったこと、そもそもかんがいコストを負担できる作物がなかったことなどから、ほとんど利用されていなかった。

 地下水かんがいの普及に伴い、積極的な規模拡大を目指す酪農家の中には、北島の酪農地帯に比べて土地単価が安いことに着目し、北島の農場を売却して南島に大規模な牧場を取得し、かんがい施設を整備する動きが加速している。

4.増産による影響

(1)生乳生産コストの増加
  〜2007/08年度を契機に ‘ハイコストハイリターン’へ〜

 前述してきたような生乳増産によって、酪農経営にどのような変化が生じたのか。特徴的な変化としてまず挙げられるのが、高コスト化である。

  主要な生産地域であるワイカト、カンタベリー、オタゴの3地域における2006/07年度と2010/11年度の乳固形分(Milksolid、以下、図表中では「MS」という。)1キログラム当たりのコスト(家族労働費含む)を比較すると、 それぞれ37.4%、20.9%、32.8%と大幅に増加している。生産コストの構成要素別に比較してみると、いずれの地域も補助飼料の利用などにより飼料代が大きく増加していることがわかる(図8参照)。

 このような補助飼料や肥料への投資が可能となった要因は、乳価の上昇である。

 2007/08年度の乳価は、乳製品の国際価格の上昇を受けて、乳固形分1キログラム当たり7.67NZドルと、前年度の4.46NZドルから7割超の大幅な値上げとなった。酪農経営の収益性が空前の高水準となったのは図6のとおりである。翌2008/09年度はリーマンショックなどに伴う乳製品価格の下落によって、乳価が大幅に下落してしまったものの、その後再び好転し、増加した生産コストを大幅に上回る水準で推移している。その結果、2009/10年度以降の酪農経営の収益は記録的な高水準となっている。

 乳価の上昇によって、「補助飼料や肥料などを利用して生産量を増加させ、乳価上昇の恩恵を最大限受ける」といういわば「ハイコストハイリターン」型の経営スタイルが定着することとなった。
図8 2006/07年度と2010/11年度の生乳生産コストの比較
資料:各種資料から機構作成
 注:その他には家族労働費を含む

〜乳価下落時にはキャッシュフロー悪化の可能性も〜

 これまでのところ、乳価が堅調であるため特に表面化していないが、前述したような高コスト化およびかんがい施設等への投資などによる負債の増加により、経営の安定性を懸念する声がある。特に、何らかの要因によって乳製品の国際価格≒乳価が低下した場合、酪農家のキャッシュフローが悪化する可能性もある。
図9 地域別の生乳生産コストと乳価の推移
資料:DairyNZ
 注:乳価は全国平均値

 ただし今回聞き取りを行った2012年2月時点では、NZの関係者のほとんどが、今後も乳価は堅調に推移すると見通していた。これは、中国や中東、東南アジアを中心に今後も乳製品需要は堅調に推移し、乳製品の国際価格が低下することはないとの予測に基づくものである。NZ第一次産業省(旧農林業省)も乳価について、2014年度まで上昇基調で推移するとし、2014/15年度の乳価は、10/11年度比9.5%高の乳固形分1キログラム当たり8.64NZドルと予測している。

 しかしながら、2012年になって以降、NZの主力輸出乳製品である粉乳の国際価格は軟化している。5月15日に開催されたGlobal Dairy Trade(注:フォンテラが2008年に開始した乳製品の電子オークション。脱脂粉乳や全粉乳などの国際価格の指標の一つとなっている。)では、全粉乳が前年比34.1%安のトン当たり2,546USドル(20万9000円)、脱脂粉乳が同32.7%安の2,573USドル(21万1000円)と下落している。これはNZなど主要供給国の増産による需給の緩和などを反映したものとみられ、今後の価格動向が注目される。

 過去を振り返ると、リーマンショック等の影響を受け、2008/09年度は、乳価が前年度から大幅に反落(乳固形分1キログラム当たり7.67NZドルから5.14NZドルへ)したため、酪農経営一戸当たりの利潤が6,300NZドル(42万9000円)の赤字に転落している。 特に、新規参入や規模拡大のため多額の投資を行った経営の中には、キャッシュフローがタイトなものが多いと考えられ、乳価の低下により、経営の安定性に影響が及ぶことが懸念される。

図10 Global Dairy Tradeによる脱脂粉乳および全粉乳価格の推移
資料:Global Dairy Trade

 関係者の一部には、「乳価が下がった場合には、補助飼料や肥料などの使用量を減らすことでコストを抑えて対応できる」という楽観的な見解もある。しかしながら、これまで増頭を可能にしてきた補助飼料や肥料などの使用量が減れば、現在の飼養規模の維持は難しく、経産牛の処分といった調整コストが発生する可能性が高い。

(2)乳製品工場の新設
〜カンタベリーで新工場を建設〜

 フォンテラはカンタベリー地域のダーフィールド(クライストチャーチの西方約50km)に、最新鋭の粉乳製造施設を建設中である。2012年8月に稼働予定であり、最大処理能力は、1日当たり2,200キロリットルとなっている。さらにフォンテラは、カンタベリー地域での予想を超えた生乳増産を受け、2012年3月、この工場に対して3億NZドル(204億円)を追加投資して、1日当たり最大処理能力を6,600キロリットルに拡大する計画を発表した。ちなみにこの規模は、ワイカト地域のテラパ工場(1日当たり最大処理量8,000キロリットル)に次ぐ、国内第5位の大規模工場となる。

 生産した生乳のほとんどを粉乳やバターとして輸出するNZ酪農にとって乳製品工場の整備は生産量の拡大と表裏一体である。乳製品の国際価格の低落によって生産量が低下すれば、乳製品工場の稼働率が低下してしまい、その償却費負担によりNZ産乳製品の価格競争力をそぐ要因となりかねないことに注意が必要である。

世界有数の乳業会社「フォンテラ」

 フォンテラは、NZで生産される生乳の88%(2010/11年度、Nimmo-bell社推計)を処理する乳業メーカーであり、世界の140か国に販路をもつ世界有数の乳製品輸出・販売会社である。2001年に乳製品の輸出独占組織であったNZデイリーボードと多数の乳業工場が合併して設立された。NZの酪農家が最大の株主となっているが、独占禁止の観点からいくつかの制約が課されている。

 なお、環太平洋経済連携協定(TPP)交渉において、フォンテラは実質的には輸出独占企業であり、公正な競争を阻害するものであるとする意見も出されている。

(3)環境問題   〜家畜密度の上昇による環境汚染が 懸念〜

 前述したように、PKEなどの補助飼料の給与とともに自給飼料(飼料作物)生産の拡大によって酪農経営の集約化が進展し、草地1ヘクタール当たりの経産牛飼養頭数(家畜密度)は過去10年間に着実に増加している(図11参照)。特にカンタベリー地域の家畜密度は、全国平均値よりも大幅に高く(2010/11年度の全国平均ヘクタール当たり2.76頭に対して同3.20頭)、このためにヘクタール当たり生乳生産量も高水準となっている。

 しかしながら、同時にふん尿の処理や肥料使用による地下水の汚染など、環境面での問題も指摘されている。オタゴ地域の南方(サウスランド)では、規制が他地域よりも厳しくなっている。例を挙げると、サウスランドでは600頭を超える酪農家は、排水の処理に際して地域の管理機関の許可を得る必要がある(2010/11年度におけるサウスランド地域の平均飼養頭数は555頭)。このほか、サウスランド地域では、新規に酪農向けに農地を転用する際に、環境的・経済的に持続可能なものかどうか、地域の管理機関による審査を受けることを義務づける規則の導入が検討されている。環境に配慮した規制は、NZ酪農の拡大に対しての制約要因の一つと考えられる。

図11 地域別家畜密度の推移
資料:DairyNZ, Nimmo-bell

(4)地価の上昇   〜10年間で約3倍に〜

 酪農経営では高収益が期待できることから、酪農用農地の地価(全国平均)は、2008年に過去最高の1ヘクタール当たり3万5100NZドル(239万円)を記録するなど、大幅に上昇した。最近は落ち着きをみせているものの、2010年も2万9500NZドル(201万円)となり、過去の水準からすれば依然として高い水準にある。

 なお、これは調査先における聞き取りによると、カンタベリー地域における一般的なかんがい未整備の農地価格同2万2000〜2万4000NZドル(150〜163万円)なのに対し、かんがい整備されている農地は、同4万2000〜4万4000NZドル(286〜300万円)(2012年2月現在)と、おおむね2倍程度になるとのことである。NZの土地価格は純粋にそこから得られる農業収益の期待値によって評価されるため、かんがい施設の整備によって、得られる収益が2倍程度に増加すると市場が評価していると捉えることができる。

  これらのことは、酪農家の資産価値の上昇として積極的に評価され得る反面、新規就農や規模拡大時の投資負担の増大という負の側面を併せ持つことに注意する必要がある。
図12 酪農用農地の地価の推移
資料:LIC

5.今後の増産余地について

(1)北島   〜増産余地は限定的〜

 北島の増産余地について関係者の見方は、「すでに開発済みであり、酪農に新たに利用できるような農地は少ない。また、ワイカトなどでは家畜密度も高いため、これ以上の集約化により、環境問題の発生が懸念される。」といったものが大勢を占めている。このため、北島における増産は、補助飼料給与量の増加や遺伝的改良などによる一頭当たり乳量の増加が中心となり、ゆるやかな増産に留まるとみられる。

(2)南島 〜かんがい整備はさらに進む見込み〜

 南島の増産余地を考える上で、注目すべきはやはりカンタベリー地域という意見で関係者は一致している。これは、オタゴ地域は、カンタベリー地域よりも降雨に恵まれているものの、(1)低温のためカンタベリー地域よりも牧草の生産性に劣ること、(2)土壌水分が高く、むしろ排水が課題となっていることなどから、投資対象としてはカンタベリー地域よりも魅力的でないためである。

 カンタベリー地域での増産の鍵を握るのは、かんがいによる酪農用地拡大の可能性にある。河川水を利用したかんがい面積については、今後10年間に27万ヘクタールを整備する計画がある。計画が実行されるかどうかは、酪農経営の収益性、すなわち乳製品の国際価格によるところが大きいが、全て実行された場合、酪農用地面積は、最大で14万8000ヘクタール増加すると予測される。乳量に換算すると、約157万キロリットルと試算でき(2010/11年度のヘクタール当たり生乳生産量を用いて算出)、これは2010/11年度の生乳生産量の1割程度に相当する。

 政府も環境問題の発生には配慮しつつも、大規模な河川水を利用したかんがい整備を支援しており、「かんがい促進基金(Irrigation Acceleration Fund)」を設置して、2012〜2017年の5年間で3500万NZドル(24億円)の予算を措置している。この支援の背景には、酪農産業の拡大によって南島における地域社会の活性化を図る狙いがあるという。

 さらに、今後ともカンタベリー地域におけるかんがいの中心を担うことが予想される地下水を利用したかんがい面積については、定量的な予測は困難ながら、地理的に見たかんがい可能地域の広がりやこれまでの進展を考慮すると、今後もかなりの程度の拡大余地があるものと見込まれる。

おわりに

 NZの生乳生産は、生産コストの増嵩などの懸念材料もあるが、今後も増加傾向で推移するという見方が一般的である。NZ第一次産業省は、2014/15年度の生乳生産量を2010/11年度比11.3%増と予測し、OECD-FAOも2023年度まで毎年2.3%の増産を達成すると予測している。

 NZでは国内市場の制約から、増産される生乳のほとんどが輸出に振り向けられる構造にある。NZ国内関係者の中には「世界の乳製品需要の伸びは、NZの生産量の伸びを上回る。そのため、NZの輸出量が増加しても輸出シェアは低下する」と解説する者もあるが、輸出量の絶対値が増加することで、NZの国際市場における存在感が増すことがあっても低下するとは考えにくい。

  NZの総輸出額に占める乳製品の割合は、約1/4となっており(2011年)、NZの最も重要な輸出産品である。乳製品の輸出額の拡大は、NZ経済にとって歓迎すべき事象ではあるが、日本をはじめとする輸入国にとっては、安定的な調達や価格交渉のためにNZの生産動向を注視する必要性が高まることとなる。

 生乳生産に最も影響を与えるのは、酪農経営の収益性、すなわち乳価の水準であり、足元では軟化傾向を見せている乳製品の国際価格が、NZの生乳生産量にどのような影響を及ぼすのか注目したい。

ホルスタインとジャージーの交雑種「Kiwi Cross」

 NZでは、従来のホルスタイン種に代わって、ジャージーとホルスタインの交雑種が増加している。2010/11年度における乳用牛の品種別飼養頭数を見ると、ホルスタイン種が40.0%と最も多かったが、ホルスタインとジャージーの交雑種がわずかに少ない38.9%であった。

 この交雑種の特徴は、ホルスタイン種の高泌乳量と、ジャージー種の乳脂肪率の高さの両立が図られることにある。また、体格が小ぶりとなることから基礎代謝量の減少による飼料効率の改善や体重が軽いため草地の圧密化防止効果も評価されている。この交雑種は別名、NZの愛称を使って「Kiwi Cross」とも呼ばれる。今回訪問したワイカト地域の酪農家では、Kiwi Crossが年間9000リットルの生乳を生産した実績もあるとのことであった。
Kiwi Cross


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