調査・報告 専門調査  畜産の情報 2013年3月号

国産モッツァレラチーズ生産への挑戦

東京大学大学院経済研究科 准教授 矢坂 雅充



【要約】

 モッツァレラチーズを生産・販売している株式会社リアライン(岐阜県高山市)は、業務用の輸入モッツァレラチーズとの置き換えに焦点を当てて、新たな国産ナチュラルチーズの市場開拓に挑戦している数少ないチーズメーカーである。国内の小規模な工房で生産されたチーズ、特にフレッシュチーズは、レストランなどの業務用需要と結びつくことで、その市場規模を大きく広げていく可能性を持っている。(株)リアラインがモッツァレラチーズの製造・販売を通じて蓄積してきた経験や成果は、フレッシュタイプの国産ナチュラルチーズ市場の潜在的な発展の可能性を実現していくための方向性を示唆している。


1.はじめに

 日本のチーズ市場は、発酵乳と同様、依然として拡大傾向にある。全国のチーズ消費量は2000年まで急成長して年間25万トンを上回り、その後はやや横ばいで推移し、2008年には景気後退の影響で一時的に減少したが、再び消費量は上向いている。2011年度には28万4000トンと30万トンの大台に近づいた。国内の生乳生産の低迷、脱脂粉乳・バターの需給逼迫のもとで、チーズ向けの原料乳確保が難しくなれば、それだけ輸入チーズが増加すると見込まれる。

 国産ナチュラルチーズの生産量も少しずつ増加しているが、「チーズ需給表(農林水産省生産局牛乳乳製品課)」によれば、2011年度の生産量は4万5000トン、プロセスチーズ原料用を除く直接消費用の国産ナチュラルチーズは2万1000トンに過ぎない。これは直接消費用チーズ消費量16万830トンの12.9パーセントである。しかも多くは大手乳業メーカーの工場で製造されているカマンベールチーズやクリームチーズなどである。酪農経営のファームチーズを含め、小規模施設で製造される手作りチーズ(以下、工房チーズと呼ぶ)は、マスメディアで紹介されたり、イベントなどでも関心を呼んでいるが、チーズ市場でのシェアは極めて小さい。

 また、直接消費用の国産ナチュラルチーズは8割ほどが家庭用で、冷凍食品や菓子・パンなどへの加工用、宅配ピザやレストランなどで使用される業務用はそれぞれ1割程度である〔社団法人中央酪農会議「平成20年度国産ナチュラルチーズ嗜好実態調査報告書」(2011)〕。同じ直接消費用でも、輸入ナチュラルチーズの3分の2ほどが加工用・業務用で消費されているのとは対照的である。価格の安さあるいは本場チーズの品質の高さから、加工用・業務用は輸入ナチュラルチーズの比率が高くなっている。

 加工・業務用などの輸入ナチュラルチーズに代替できるような国産ナチュラルチーズは製造できないのであろうか。

 国産モッツァレラチーズを見てみると、国内での消費はおよそ20パーセントに過ぎず、イタリアンレストランの多くは、空輸された輸入モッツァレラチーズを使用している。なぜなら、機械化・自動化により量産された国産モッツァレラチーズはミルキー感が少なく、カプレーゼ(モッツァレラチーズをスライスしてトマトを添えたサラダ料理)のように、モッツァレラチーズ本来のおいしさを味わってもらおうとするレストランのニーズに合わないからである。国内でも直接消費用モッツァレラチーズを製造しているチーズ工房がいくつかあるが、一部を業務用に販売しているものの、基本的には家庭用チーズとして販売されている。

 (株)リアラインは、業務用輸入モッツァレラチーズとの置き換えに焦点を当てて、新たな国産ナチュラルチーズの市場開拓に挑戦している数少ないチーズメーカーである。国内の工房チーズ、特にフレッシュチーズは、レストランなどの業務用需要と結びつくことで、新たな国産ナチュラルチーズ市場を形成する可能性を持っている。(株)リアラインがモッツァレラチーズの製造・販売を通じて蓄積してきた経験や成果は、フレッシュタイプの国産ナチュラルチーズ市場が拓かれていく可能性を示唆していると言えよう。

 本稿では、こうした国産ナチュラルチーズの可能性に挑戦しているモッツァレラチーズのメーカー、(株)リアラインの活動を報告する。

写真1 カプレーゼ

2.(株)リアライン設立の経緯−国産モッツァレラチーズ工房の誕生

 2009年1月に(株)リアラインを設立したのは、かつて東京で映像制作会社を起業し、テレビ番組や映画の編集などを手がけていた伊東聖晃氏である。ものづくりへの興味や育児環境の良さを考えて故郷の高山市に戻り、再度の起業を検討していた。そんな時に、友人であるイタリアンレストランのオーナーから、品質の良い国産モッツァレラチーズがなかなか手に入らないので、飛騨の牛乳でチーズを作ってみたらどうかと勧められた。輸入チーズは価格変動が大きく、ダイオキシン混入によってチーズ輸入が中止になるといったトラブルが起こり、安定供給や信頼性に不安があると言うのだ。そこで友人にもチーズを求めるシェフの立場で協力してもらい、イタリア産の代替品となり得るモッツァレラチーズづくりに取り組むこととなった。
写真2 工房の外観
写真3 工房の内部
 チーズづくりの経験がまったくない伊東氏は、独学でモッツァレラチーズの作り方を学びながら試作を繰り返した。試作と失敗の繰り返しの過程で、国産モッツァレラチーズに付加価値をつけるだけでなく、製造コストを可能な限り削減することを強く意識するようになった。酪農経営がチーズ工房を建設する場合には補助金が交付されることもあるが、(株)リアラインは非農業からの参入企業であるため、公的な補助が得られなかったこともあり、数々の工夫がなされた。

 一つは、設備コストの経費削減である。財団法人蔵王酪農センターで開催されたナチュラルチーズ製造技術研修会に参加して、モッツァレラチーズの製法とともにチーズ製造設備の知識を得た。チーズバットの製造を直接鉄工所に依頼することで、チーズ専用設備・機器の販売価額の10分の1程度に抑えることができた。さらに独自の簡略殺菌システムを考案した。これは、バルククーラーやパスチャライザーを設置せずに、チーズバットを風呂釜のような循環ボイラーで温めて、生乳殺菌用の容器として利用する低投資システムである。
写真4 チーズバット
写真5 殺菌・温度管理システム
 もう一つは、チーズ工房の営業許可であるが、最初のチーズ工房は居抜きで借りた喫茶店であった。防水や手洗いなど営業許可に必要な設備基準の共通点が多い施設を再利用することにより、申請手続きのための労力が省かれ、チーズ工房に改造するための費用も低く抑えることができた。そして何よりもモッツァレラチーズの試作にいち早く専念できるようになったのである。

 こうしてチーズづくりの初期投資額を抑え、細やかさと正確さが必要な手作業の熟練度を高めながら、オリジナルのモッツァレラチーズづくりのための作業手順が徐々に定式化されていった。チーズバットでの殺菌温度、カード(酵素の働きで牛乳が固まったもの)を加温する際の熱湯の量や温度、カードの練り込み時間や回数など、作業工程のデータを逐一取りながら、製造手順の改善が図られた。

 モッツァレラチーズは熟成の必要がないので、1日で最終製品ができあがるため、試作品に対するプロのユーザーの評価をすぐに改善策に反映することができる。その際、イタリアンレストランのオーナーである友人からの協力が得られたことは言うまでもない。

3.国産モッツァレラチーズへの新規参入

 2010年2月にモッツァレラチーズの販売が開始された。ブランド名を「Tridente」(トリデンテ)とし、商品包装やロゴなども輸入モッツァレラチーズを思わせるデザインにしたことで、プロ仕様のモッツァレラチーズであることがうかがえる。取り組み始めてからわずか1年で、チーズ職人として新規参入を果たしたことになる。品質のばらつきがなく、クリーミーなモッツァレラチーズを安定的に提供することで着実に販路を拡大し、2012年4月には3倍の生産能力を持つ新工房に移転した。

 以下、新工房でのモッツァレラチーズづくりを紹介する。

 まずモッツァレラチーズの製造工程をおおまかに辿ってみよう。詳しくは(株)リアラインのHPで公表されている「モッツァレラチーズ製造実践ガイド」を参照されたい(注1)

(1)搬入された生乳をチーズバットで低温殺菌(63〜65℃で30分間)する。
(2)スターター(乳酸菌)を入れて発酵させ、レンネットを加えて凝固させてカードをつくる。
(3)カードを引き上げて短冊切りにし、冷水に浸して熱を取り発酵をとめる。
(4)カードをサイコロ状に切って熱湯で温める。
(5)カードを引き上げて練り込み、丸くちぎって成型し、冷水で冷やす。
(6)包装袋にチーズとホエイなどの保存液を入れてシールをする。
(7)器具の洗浄・設備の清掃、片付けを行う。
写真6 生乳をチーズバットで低温殺菌後、乳酸菌を入れ攪拌
写真7 固まったカードをカットする
写真8 カードからホエイが排出
写真9 カードを練りこむ(左が練り始め、右が練る作業が終了したもの)
写真10 成型し冷水で冷やす
 チーズ工房に11時半に生乳が搬入され、カードづくりが始まる。18時半頃にカードをチーズバットから引き上げてからが忙しくなる。モッツァレラチーズ400個を仕上げて片付けが終わるころには日付が変わり、夜中の1時頃になっている。生乳の搬入から約13〜14時間の作業を、伊東氏と社員1名、パート従業員5名でつないで製品ができあがる。

 (株)リアラインのモッツァレラチーズづくりの特徴を、以上の工程をふまえて整理してみよう。

(1)原料乳調達

 原料乳取引は東海酪農業協同組合連合会(以下、東海酪連)との契約で、1カ月におよそ4,000リットルの生乳を購入している。東海酪連はチーズ向け乳価は設定していないので、飲用向け乳価で取引している。配乳の調整は飛騨酪農農業協同組合(以下、飛騨酪農協)が行い、高山市の酪農経営で集乳したタンクローリーでチーズ工房に直送する。当初は飛騨酪農協との殺菌乳(飲用牛乳)取引を要請されたが、小規模乳業メーカーとして位置づけられ、指定団体との取引となった。

(2)チーズ製造

 クリスマスを控えた12月の需要期を除けば、週に2回、毎回400個(125グラム/玉)ほどのモッツァレラチーズと若干のリコッタチーズを製造する。カードの量と練り方、カード本体の到達温度がモッツァレラチーズの品質に大きな影響を与える。カードの温度が十分に高くならないとミルキー感が出ないが、高過ぎると固くなってしまう。経験則を積み重ねて精緻なマニュアルを作り、1回の仕込みに用いるカードの量を小さくして安定した品質を維持することとした。また、チーズをちぎって丸める作業は特に熟練を要すると言う。機械では熱を加えてからの時間が長くなり、ミルキー感が薄れてしまう。手際良い手作業がモッツァレラチーズの品質を左右する。

 さらに、輸入モッツァレラチーズとの置き換えを意識して、次のような工夫も凝らしている。

 まず、チーズの玉の大きさである。1玉100グラムだと、カプレーゼにしたときにロスが多くなる。そこで、イタリア産のモッツァレラチーズと同じ規格の1玉125グラムにしている。1玉(125グラム)のモッツァレラチーズを作るために約1リットルの生乳が必要になるので、チーズの受注量にあわせて処理量を調整する必要があるが、あえて使い勝手や価格などを輸入チーズと比較し易くすることで、工房チーズへの置き換えをアピールしている。

 次に、製品のラインナップである。レストランなどで取り扱ってもらうためには、モッツァレラチーズだけではなく、メニューの彩りを増すために他の食材を提供することが有効である。そこで開発されてきたのが、酸性のホエイを利用したリコッタチーズとジャージーミルクのイタリアンジェラートである。
写真11 トリデンテのモッツァレラチーズとリコッタチーズ
 業務用チーズはユーザーの厳しい評価に晒されるが、メニューに組み込まれれば継続的に利用されることになる。メーカーのメニューの提案力が問われるのである。このように高品質モッツァレラチーズの安定的な製造システムの確立だけではなく、新たな商品開発とノウハウの蓄積が求められる。

(3)チーズ販売

 (株)リアラインのモッツァレラチーズは、基本的にレストランなどの業務用需要をターゲットとしている。販売対象を一般消費者に置き、土産品市場で事業展開を図っている他のチーズ工房とは対照的である。その後、イタリアンレストランのオーナーである友人からの紹介やダイレクトメールの発送、ホームぺージ掲載、物産展などでのセールスで取引先を増やしてきた。当初はレストランへの販売(通信販売を含む)が80%を占めていたが、徐々にその割合を下げ、それに代わってデパートや高級食品スーパーマーケット(卸売業者経由を含む)への販売比率が30〜40%に上ってきている。業務用と異なって需要の季節的な変動が少ない小売販売の拡大は、受注量の平準化にも寄与しつつある。

 販売価格は販売チャネルや取引数量によって異なるが、1玉(125グラム)600〜700円で、この価格は他の国産モッツァレラチーズよりやや高く、イタリア産モッツァレラチーズの市場価格の中間的な価格帯にある。市場での競合商品は業務用の輸入モッツァレラチーズであり、低価格を訴求するのではなく、国産のプロ仕様チーズであることを意識した価格設定にしている。

4.国産モッツァレラチーズの訴求ポイント

 (株)リアラインがイタリア産の輸入チーズに匹敵するあるいは優位に立っていると考えられるモッツァレラチーズの訴求ポイントを整理しておこう。それは工房チーズに期待されている魅力に通じている。

(1)プロ仕様チーズの追求

 ナチュラルチーズの消費は増えつつあるが、まだ日本の食文化に根ざした食材と言うにはほど遠く、消費者にとってモッツァレラチーズ、リコッタチーズなどのフレッシュチーズはなじみが薄い。何が「ほんもの」の味・風味なのか、消費者にはわかりづらい。それは土産品・特産品として販売されている国産ナチュラルチーズにとって両刃の剣である。つまり、もの珍しさで購入しても、リピーターになることは少ないと考えられる。(株)リアラインはモッツァレラチーズのヘビーユーザーであるイタリアンレストランのシェフなどに評価されるプロ仕様のチーズをめざしている。飛騨高山という産地ブランドにはこだわらず、業務用モッツァレラチーズというカテゴリーにおいて、おいしさや品質が評価されることを目標としてきた。プロに高く評価されるようになれば、一般消費者の中にもリピーターとなる顧客が現れる可能性が高くなるからだ。

(2)国産チーズの安心・信頼性と安定供給

 輸入モッツァレラチーズへの不満として、よく以下の点が指摘される。(1)一部の輸入チーズに使用されている防腐剤への不安や味の劣化、(2)空輸によって短縮されたとはいえ、発注から納品までのリードタイムが4〜5日以上かかる不便さや鮮度の劣化、(3)製造国のチーズ市場価格や為替レートの変化による輸入価格の変動である。これらへの不満は、輸入品には必ずつきまとう問題である。国産モッツァレラチーズには防腐剤は使用せず、きめ細かな受注・発送対応でリードタイムも短縮される。(株)リアラインは月・木曜日に製造したチーズを火・金曜日に発送するので、発注から2〜3日で発注者に届けることができる。つまり、フレッシュチーズは国産、さらに言えば地場のものが新鮮であり、作りたての新鮮なチーズの出荷が可能になると言える。

(3)手作りのおいしさ

 手作りの食品がおいしいとは一概には言えないかもしれないが、機械設備による大量生産になると味に個性がなくなる傾向にある。均質さが追求されるプロセスチーズとは対照的に、工房チーズに期待されているのは味や風味の豊かさである。

 また、量販店などで一般に販売されているモッツァレラチーズは機械で製造されており、固めに練り込んで成型しやすくするとともに、賞味期限を2〜3週間は確保し、日持ちをよくすることが求められている。店頭に置かれる日数を長くして、価格も安価に抑える必要があるからである。

 (株)リアラインげは、手作りにこだわることで、微妙な風味やミルキー感といったおいしさを引き出すことができる。それは工房チーズならではの特権であると言えるだろう。

(4)コスト削減

 小規模生産だからといって、販売価格が格段に高くては売れない。設備投資を控えて、職人の細やかな観察や作業でカバーし、製造コストを抑えている。伊東氏が開発したチーズ製造設備設計には、少しでも投資額を引き下げようとする工夫が盛り込まれている。先にみたパスチャライザーやバルククーラーを必要としない簡略殺菌システムがその典型例である。汎用性のある市販品や自家設計による外注製造で設備投資を大幅に抑えている。

 また、製造システムの「内製化」によって一貫したものづくりの流れを作ることで、設備や労力、情報のロスがなくなり、製造コストの圧縮が可能になることが示唆されている。

 以上のように、国産モッツァレラチーズの訴求ポイントは、小規模なチーズ工房そしてフレッシュチーズの優位性でもあることが理解されよう。

5.事業の多角的展開

 国産モッツァレラチーズ・メーカーとしての事業が軌道に乗りつつある中で、同時に事業の多角的な展開も進んでいる。

 まず第1に、チーズ製造設備のコンサルティングである。伊東氏が設備投資を抑えた温水循環システムによるチーズバットでの低温殺菌設備の設計を開発したことはすでに述べた。この製造システムに関心を寄せた「渋谷チーズスタンド」というチーズ工房併設型のカフェのオープンにあたり、チーズ工房の製造設備についてコンサルティングの依頼を受けた。作業室のスペースや設備投資額を大幅に抑えることができるチーズ工房づくりが新たなサイドビジネスになろうとしている。すでに公開している「モッツァレラチーズ製造実践ガイド」にチーズバットの設計図を掲載しているが、工房の条件に合わせた設備設計へのニーズに応えていく。コンサルティングによってチーズ工房が各地に設立され、国産フレッシュチーズに触れる消費者が増えていくことが、その潜在的な需要を喚起していく契機となると言えよう。

 第2に、イタリアンジェラートの共同開発である。飛騨市にある山之村牧場株式会社のアイスクリーム製造設備を活用して、「Tridente」ブランドのイタリアンジェラートを製造するとともに、山之村牧場(株)の乳製品ラインナップを増やして、乳製品加工事業の立て直しを支援している(注2)。牧場ではジャージー牛を飼養しており、その生乳から牛乳、ヨーグルト、プリンを製造しているが、さらにジェラートを加えることによって、乳製品の販売を伸ばそうというわけである。
写真12 山之村牧場(株)のミルク工房
 イベントには(株)リアラインと山之村牧場(株)が共同でブースを出し、山之村牧場(株)の食肉加工品や牛乳・ヨーグルトに加えて、モッツァレラチーズやイタリアンジェラートを出品して、相互の顧客を紹介して販路の拡大を図る。山之村牧場(株)のレストランではモッツァレラチーズを食材として利用したメニューを入れたり、直売店でモッツァレラチーズを販売するといった相互支援も行っている。こうした相互支援が牧場の製造設備と乳資源の有効活用を図るイタリアンジェラートの共同開発につながった。今後、牧場の製造設備や生乳を活用した冷凍ピザやサワーミルクなどの新商品の共同開発も期待されている。

 第3は、酪農協との事業連携である。地元の飛騨酪農協の牛乳宅配事業の歴史は古く、宅配牛乳事業を広域的に展開しており、近年は北陸や関東、関西でも宅配事業の拡大を図っている。宅配事業では商品の品揃えが重視され、商品バスケットの中にチーズを組み込むことが内部でも検討され、試作品も製造された。最終的に工場内で乳酸菌混入の恐れがあるため取りやめになったが、高山市の生乳で作られた(株)リアラインのモッツァレラチーズを宅配ルートにのせて販売することになった。毎週定期的に作りたてのフレッシュチーズを消費者に宅配する仕組みが、どのように消費者に受け止められ発展していくかが注目される。

 以上のように、(株)リアラインは国産モッツァレラチーズを求めていたレストランなどの事業者と出会い、チーズ生産を着実に拡大すると同時に地域の乳ビジネスとの関わりを深めつつある。

6.課題と展望

 最後に、(株)リアラインがさらに挑戦しようとしている事業構想を検討し、国産フレッシュチーズ市場の展開方向について考えてみたい。

(1)飲食業への新規参入

 伊東氏にはチーズがメインのファストフード的なレストラン・チェーンで飲食業に新規参入するという事業構想がある。ピザ以外にもパニーニ、カルツォーネ(揚げピザ)、スープ、ジェラートなどをメニューに加え、手軽においしいチーズを食べてもらえるレストランといったところだろうか。レストランのピザの原価の中でもっとも多くを占めるのがチーズであり、そのチーズの価格・品質を熟知している(株)リアラインには、こうしたレストランを運営していく優位性があると考えられる。

 チーズの付加価値を確実に表現し、チーズづくりの思いを直接消費者に伝えられるところまで事業範囲を延ばしていくという目標は魅力的である。チーズ工房のチーズバット殺菌のように、レストランでも削ぎ落とせる部分を省略すれば、チーズを主役にした料理を安価に提供できるはずである。また、フレッシュ・モッツァレラチーズ本来のおいしさを知れば、消費者が日常的に買い求めるモッツァレラチーズへの嗜好も変わり、フレッシュチーズを提供するチーズ工房の出番は多くなっていくに違いない。

 モッツァレラチーズのフードチェーンのどの範囲までを事業範囲とするのか、いわばどこまで内製化・事業統合を図るかという判断は、それほど簡単ではない。流通業者や消費者の認知度が低い国産モッツァレラチーズの場合、そのおいしさを伝えてくれるパートナーとの関係を広げるだけでなく、自ら事業を広げていく必要性も感じられる。それは、国産フレッシュチーズのフードチェーンがまだ脆弱であることの現れでもある。

(2)手作りモッツァレラチーズの維持

 手作りチーズのおいしさを追求することは、国産モッツァレラチーズのもっとも基本的なこだわりでもある。イタリアのモッツァレラチーズ工場でも、湯気が立ちこめる中、多くの従業員が手作業でカードを練り込みちぎっている光景を見たことがある。手間と時間がかかる手作りチーズへの需要が増えていくと、生産能力に限りがある小規模のチーズ工房では需要への柔軟な対応が難しくなっていく。しかし機械化・自動化によって量産すれば、同じ品質のチーズを提供できなくなる可能性が高まる。

 そこで、フレッシュ・モッツァレラチーズを製造するチーズ工房のネットワークの活用というアイデアが生まれる。共通の仕様でフレッシュチーズを製造するチーズ工房をつなぐことができれば、相互のOEM生産によって製造品目の多様化や製品の融通が可能になり、広範な需要に応えていくことが可能になる。

 フレッシュチーズは広域流通によって大都市の高級レストランや高級食品スーパーマーケットに提供し得るようになったが、かつては鮮度などの制約で比較的狭い地域の中で生産され消費されるものであった。チーズ工房のネットワークが確立されれば、今後、フレッシュチーズが定着していく支えにもなっていくだろう。

(3)工房チーズ普及への課題

 現在、チーズ工房の多くは北海道にあるが、モッツァレラチーズをはじめとするフレッシュチーズは、鮮度が重要であり、あまり日持ちもしないため、首都圏などの消費地に近い都府県での製造には優位性がある。しかし、事業を展開していくためには、商品開発だけでなく、消費者の認知度を上げ、販売先、販売ルートを確保することが必要になる。フレッシュチーズの潜在的な需要を掘り起こしていくためには、新規参入を含めてフレッシュチーズを製造する事業者が増え、消費者がもっと気軽に購入できる機会を作ることも大事である。

 モッツァレラチーズをはじめとして都府県のチーズ工房の多くは、飲用向け乳価といった高い乳価で原料となる生乳を購入している。チーズ向け乳価を設定しているのは北海道と一部の府県の指定団体であるが、それ以外の指定団体も積極的にチーズ向け乳価を設定してはどうだろうか。ナチュラルチーズは生乳を凝縮したものであり、その価格は生乳価格の水準によって大きく影響を受ける。チーズ向け乳価の設定は、フレッシュチーズの製造に取り組む事業者を酪農生産者団体が支援している、というメッセージを送ることになるだろう。日本にどのようなチーズ市場を育てていくのか、それはミルクチェーンの各事業者が関与していくべき重要な課題である。

 チーズメーカーという新しい乳ビジネスには、ユーザーが満足するチーズを提供するという役割が求められているだけではない。大きく飛躍する力を失いつつある酪農が新たな可能性を見出していくきっかけを、モッツァレラチーズが与えてくれるのかもしれない。地域の酪農生産が大幅に縮小してしまうと、必要量に応じた配乳の保証はなくなり、チーズメーカーの経営へのダメージも大きくなる。チーズメーカーだけでなく、ミルクチェーンの活力を維持することが、ユーザーや消費者のニーズに対応していく力の源泉になる。そのオーガナイザーとしての役割の一端を(株)リアラインも担いつつある。

 (株)リアラインの国産モッツァレラチーズ生産への挑戦は、日本のチーズ振興のあり方に一石を投じている。

謝辞

 本稿執筆に当たって(株)リアラインの伊東聖晃氏には大変お世話になった。また山之村牧場(株)、飛騨酪農農業協同組合、(株)BuonaVitaの協力を得ることができた。深く感謝申し上げたい。



(1)このマニュアルガイドは、「平成22年度国産ナチュラルチーズ高付加価値化対策事業(国産ナチュラルチーズ開発促進)」の助成を受けて作成されたものである。「ガイド」では、モッツァレラチーズの製造ラインを立ち上げようとしている中・小規模のチーズメーカーを対象として、低コストの設備や製造の際の細かな注意点やコツが説明されている。すでに30件以上の事業者がダウンロードしており、新たなチーズ工房の開設にも利用されている。

(2)山之村牧場(株)は、2004年に畜産物生産基地を兼ねた第三セクターのテーマパークとして設立されたが、景気悪化の影響などで採算割れが続いたことから、現在は、飛騨市の指定管理者となって地元の有志が経営再建を図っている。

参照文献

中日新聞「あしたを担う」2012年7月22日
岐阜新聞「南風」2011年1月22日
中央酪農会議「平成20年度国産ナチュラルチーズ嗜好実態調査報告書」2011年
農林水産省「チーズ需給表」
(株)リアライン「モッツァレラチーズ製造実践ガイド」2011年

 
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