調査・報告  畜産の情報 2013年3月号

豊後牛にもっとセールスポイントを
〜おいしさを「みえる化」するために〜

調査情報部 柴ア 由佳


【要約】

 大分県は歴史的に草地資源を活用した肉牛の繁殖経営が盛んである。同県では肉牛生産基盤の安定に資するため、県内で生まれ、肥育した豊後牛の増産を図るとともに、近年、おいしい牛肉を提供する観点から肉に含まれるオレイン酸に着目したブランド化を推進している。これらの取り組みについて報告する。

1.はじめに

 日本全国で販売されている牛肉のブランド(産地銘柄)数は281にのぼり、うち半数以上の155ブランドは黒毛和種であるという注1。全国各地で数多くのブランドがつくられ、より一層の差別化が求められる中、平成24年9月、大分県は鳥取県、長野県と共同でオレイン酸に着目した特色ある牛肉をアピールするイベントを開き、メディアの注目を集めた。この3県は、肉のおいしさに関係があるオレイン酸をブランド牛認定の基準に設けたことに特徴がある。

 従来、大分県は県内生まれ、県内育ちで肉質等級3等級以上の黒毛和種の牛肉を「The・おおいた豊後牛」として販売していた。豊後牛に更なる付加価値をつけるため着目したのがオレイン酸であり、これまでのブランドをさらに輝かせるブランド「豊味いの証」が誕生した。本稿では、大分県の新たなブランド確立に向けた取組みの背景・経緯を述べるとともに、その課題解決に向けた取組みを報告する。

注1:農林水産省『肉用牛(牛肉)をめぐる情勢』 2009年5月

2.「豊味いの証」誕生の背景・経緯

大分県の肉用牛生産概況

 大分県では豊富な草地資源を背景に、歴史的に県の中部に位置する久住飯田高原で繁殖経営を中心とした肉用牛生産が行われてきた。図1に示すとおり、飼養頭数は、肉用肥育牛1万4500頭、繁殖雌牛1万9200頭となっており、繁殖牛に対して、肥育牛の割合が低い注2。豊後牛の生産を強化するため、大分県は近年肥育牛の増頭を進めてきた。

注2:農林水産統計、平成24年2月1日現在
図1 肉用肥育牛と繁殖雌牛の飼養頭数割合の県別比較
資料:農林水産統計:畜産統計(平成24年2月1日現在)

豊後牛にセールスポイントを作りたい

 大分県は、豊後牛の認知度を高めるべく、平成19年12月、「The・おおいた豊後牛」というブランドを誕生させた。ブランドの定義は「大分県内で生まれ、肥育された黒毛和牛で肉質等級3等級以上の牛肉」とされた。

 ただ、新たなブランドの確立に取組む中で、「さらにもう1つ、豊後牛にセールスポイントを作れないか。」そう考えたきっかけがあった。

 きっかけの1つは、他県産和牛との明確な違いを作り出したいということである。「3等級以上」では、豊後牛の良さが消費者にわかりにくく、産地間競争が激化する中、市場での差別化につながりにくかった。また、豊後牛に付加価値をつけて販売することは、肥育牛の増頭を進めるうえでも有効であった。更に、大分県は歴史的に繁殖経営が中心であり、県内の和牛生産活性化ひいては肥育技術向上のために、新たなブランドは必要であったのだ。

 そこで、注目したのが「オレイン酸」だった。県が抱える課題を解決するため、オレイン酸に注目した豊後牛のさらなるブランド化に取組むことになった。

おいしさを「みえる化」する

 ブランド化にあたっては、消費者視点に立つことを重視した。「消費者のニーズは何か」である。それは、牛肉のおいしさが簡単に分かること。オレイン酸は、牛肉に含まれる不飽和脂肪酸という脂肪の成分で、血中コレステロールを低下させる働きがある。また、オレイン酸が多く含まれていると、牛肉は風味と口当たりが良いとされる注3。健康志向の高まりを背景に、消費者のニーズにマッチさせるため、オレイン酸に着目したブランド作りの検討が始まった。

 この検討は、豊後牛の消費拡大や流通促進を目的とした県内関係団体が設立した、豊後牛流通促進対策協議会が担った。同協議会が県内で開催した試食会では、消費者が感じる味の違いはオレイン酸含有量の差と一致することが判り、オレイン酸に着目したブランド作りに自信を深めた。こうして生まれたのが「豊味(うま)いの証(あかし)」であり、これまでのブランド「The・おおいた豊後牛」に「オレイン酸55%以上」という基準を新たに加え、平成23年2月9日より新たなブランド牛肉として販売が始まった。

 なお、県内でと畜される豊後牛全てがオレイン酸の計測対象となっており、計測の結果基準を満たす枝牛には証明書が発行される他、店頭販売時には「豊味いの証」のブランドマークが貼られる。「豊味いの証」は「The・おおいた豊後牛」の基準も満たすため、両方のブランドマークが貼られることになる。このように、消費者からみても牛肉のおいしさがブランドマークで分かるだけでなく、生産者にとっても出荷した豊後牛がブランドで流通したのかどうかがみえるようになっている。

注3:大分県『新時代おおいたNo.73』

「豊味いの証」のブランドマーク
「The・おおいた豊後牛」のブランドマーク
資料:大分県農林水産研究指導センター

3.見えてきた課題

 「豊味いの証」販売開始から2年、課題がみえてきた。販売量の確保と消費者へのPRである。

 現在、「豊味いの証」として認定される豊後牛は、「The・おおいた豊後牛」の2割弱と非常に低い。このため、消費者へ「豊味いの証」を積極的にPRしたいが、店頭に並ぶものがないという可能性がありえる。そして、PR効果が薄れ、「豊味いの証」の消費拡大にもつながらない。

 その一例が、昨年鳥取県、長野県と共同で開催したオレイン酸ブランド牛のPRイベントである。県農林水産部畜産振興課によると、イベントの反響は大きく、「豊味いの証」を求める消費者が一時的に増えたものの、その効果は長続きしなかった。この原因は、生産量の不足により店頭で見かけなかったため、消費者の認知が購買につながらなかったからとみている。

 「豊味いの証」として販売できる量を増やすためには、生産者の生産意欲を高める必要がある。このためには、価格面で差別化されなければならない。現在、オレイン酸含有率55%以上を目指した飼養技術を取り入れた生産者はほとんどいない。今後、「豊味いの証」が市場で浸透し、オレイン酸含有率55%以上にするための飼養をする生産者が出てくれば、その価値を価格に転嫁させることが必要となる。

4.課題解決に向けた取組み

「豊味いの証」を試す機会を

 「豊味いの証」の流通量とのバランスを考えながら、消費者に認知してもらうための工夫が行われている。

 大分市内にある「地産ミートショップおおいた」は、大分県の豊かな自然に育まれた「大分の味」を広く消費者に提供することで、大分県産ブランドの更なる確立と、大分県の畜産振興に寄与することを目的としたアンテナショップとして平成21年に開店した。経営にあたるのは(株)大分県畜産公社である。ここでは、可能な限り「豊味いの証」を月1頭のペースで購入し、販売している。今後は、認知度を高めるため、例えば牛ヒレ肉を200グラム購入したお客に対し、「豊味いの証」とオレイン酸55%未満の「The・おおいた豊後牛」をそれぞれ100グラムずつ入れ、両者を食べ比べてもらいたいと考えている。
「地産ミートショップおおいた」での店頭販売の様子
 また、銘柄牛を中心に国産黒毛和牛、豚肉、鶏肉を販売する「肉処きしもと」は、実際に試食し、「これはいける」と判断した佐藤店長により、平成24年10月以降「豊味いの証」の店頭販売も強化している。佐藤店長によると、もともと「The・おおいた豊後牛」は消費者に認知されていたため、「豊味いの証」との違いを認知されにくい。「どちらも同じお肉でしょ」といった声も聞かれるという。その一方で、一旦おいしさを知った消費者からは、「「豊味いの証」を日本一として販売しないのか」との素朴な感想もしばしばとのこと。佐藤店長は、おいしさの評価が「さし」だけでは計れなくなってきていると評価する。両店舗ともリピーター客が多いため、消費者が「豊味いの証」を口にする機会を着実に増やしていくことで、需要を増やせると期待している。
「肉処きしもと」による「豊味いの証」のPR風景

飼料米&ライスオイルで「豊味いの証」を増やせるか

 飼料用米を給与すると牛肉中のオレイン酸含有量が上昇するという試験結果が報告されている。県農林水産研究指導センター畜産研究部は平成24年11月より、濃厚飼料給与総量の65%を飼料用米に置き換えて給与する試験を開始した。県内では飼料用米の作付面積が拡大しており、飼料用米を用いた「豊味いの証」の増産に期待を寄せている。実現できれば、地域資源を活用し、県内の農業の活性化にも貢献できる。さらに、飼料用米を用いることで、飼料費削減効果も期待でき、この試験で飼料用米の効果を実証したいという強い思いがある。

 また、大分県独自の取組みとしてライスオイルにも注目した。ライスオイルは、簡単にいえば米胚芽油にシリカなどを加えて、乾燥させた粉末である。

 「ライスオイルを給与すると牛肉中のオレイン酸量が増加する。」この期待を実証するため、試験に取組んでいる事例を紹介する。

 (株)大分県畜産公社が経営する町田バーネット牧場では、現在ライスオイルを肥育後期の牛に3カ月給与して、通常肥育の牛と比べオレイン酸含有量の変化を調べる試験を行っている。この試験は、県の指導で平成24年12月24日より開始された。

 試験は、1頭当たり1日200グラムのライスオイルを、他の飼料と十分に混ぜて給与する。肥育場を管理する江藤場長によると、3カ月間の給与の場合、ライスオイル給与に係る総コストは1頭当たり7200円になるため、決して安い金額ではない。ただ、ライスオイルは飼料の嗜好性を高めるというメリットもある。ライスオイルの活用で「豊味いの証」の増産をと、関係者の期待は大きい。

「豊味いの証」の生産技術を確立したい

 量の確保の課題に向けて着目しているのは飼料だけではない。大分県では、牛肉中のオレイン酸含有率を取り入れた産肉能力育種価評価手法の検討に全国で初めて取組んでいる。育種価とは、親牛から子牛に伝わる遺伝的能力を数値化したものである。牛の飼養環境など外的要因を除き、遺伝的能力だけを評価する。取組むのは豊後牛の生産技術確立を目指す県畜産研究部である。これまでは枝肉重量や脂肪交雑(BMS)など6つの形質を対象に評価していたが、平成24年度からオレイン酸含有率を7番目の形質とする評価手法の開発を行っている。さらに、歴史的に繁殖が盛んな大分県は、血統情報を50万件近く保有していることが強みである。このデータ蓄積量を活かしてオレイン酸含有率の高い牛をつくっていきたいと意欲をみせる。
1頭1日当たり200グラム
給与されるライスオイル
 ライスオイルを給与されている、
 3月にと畜予定の豊後牛

5.「豊味いの証」への希望

 ブランド確立への道のりはまだまだ険しいものの、「豊味いの証」の認知が広まる大きな希望がある。それは消費者のし好の変化であり、「豊味いの証」をおいしいと買ってくれるリピーターの存在である。消費者の牛肉の好みが多様化しており、赤身を好む人もいれば、牛肉そのものの食感を求める動きもあるという。また、価格との兼ね合いもあり、中には5等級ではなく3等級や4等級のお肉を好む消費者もいるとのことである。このように消費者のし好が多様化している中で、市場での一層の差別化が必要となっていた。差別化のためには、消費者視点での特色ある牛肉作りを重視した豊後牛のブランド化が必要であった。そして生まれた「豊味いの証」の強みは「おいしさがオレイン酸の含有率でみえる化していること」である。消費者に分かりやすいおいしさの基準を設けることで、他の牛肉との違いを明確にさせた。ただ、まだ課題を残す。消費者への継続した認知及び販売量の確保である。解決するためには、消費者が牛肉を購入する際の選択肢として安定的に提供し、継続した認知とならなければいけない。さらにそのためには、前述の生産技術を確立させ、生産者が「オレイン酸含有率55%以上の牛肉」を生産目標とし、達成できたことが「みえる」ことで生産意欲を高め、販売量を確保しなければならない。

 県内の小売店での試食販売等で「豊味いの証」への手ごたえがつかめているだけに、今後の期待は大きい。今後、課題が解決できれば、肥育牛の増頭につながり、これまで盛んであった繁殖経営と合わせて県内の和牛生産活性化に寄与することにつながっていく。

 さらに、県内での作付面積が拡大している飼料用米の活用が進めば、輸入トウモロコシに代替でき、国産飼料用原料として期待できる。大分県の飼料用米を活用した先進的なブランド化への取組みは、豚や鶏でも有用な事例となるであろう。

6.「豊味いの証」の更なる流通を目指して

 今後、「豊味いの証」の更なる流通量確保を目指して、まずは定時定量出荷で需要に応じられるようにならなければいけないという意識をもつ大分県。現在は県内への供給のみ行っているが、県外への出荷も視野に入れている。主要な出荷先である大阪府や福岡県などは、豊後牛に対する一定の認知があるため、フェアなどの販売促進を行いたいと考えている。

 また、県内での観光業とのタイアップや、試食販売など食見の機会を増やすことにも意気込みをみせる。「おんせん県」を自負する大分県だけに、旅館等へ安定的に供給することができれば、県外の消費者にも「豊味いの証」を知ってもらうことができる。「「豊味いの証」はカットしたときの脂の質が違う」と話す県内の小売現場の高い評価は、継続的な試食販売等を通して消費者に味を知ってもらえるという確信につながっている。

 量を確保し、積極的なPRを展開し、生産者の生産意欲を高めるだけの価格設定へと転嫁するにはまだ時間が必要であろう。しかしながら、おいしさが見える化された県の新しいブランド「豊味いの証」確立に向けた各現場での役割に応じた地道な取り組みを通じて、少しずつ認知度が高まっている状況であり、「豊味いの証」がもつ可能性の広さを感じた。

 最後に、取材に当たり協力して下さった関係者の皆様に御礼申し上げます。

 


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