特集  畜産の情報 2014年10月号

EUにおける牛肉消費の一側面
−パリにおける小売価格調査を中心に−

大分大学 経済学部 准教授 大呂 興平


【要約】

 EUの牛肉消費の特徴を、パリの小売店頭における価格調査を中心に分析した結果、以下の諸点が明らかになった。

 (1) 取扱店舗はごく限られるが、豪州産wagyuが突出した高価格を形成している。
 (2) wagyuを除けば、牛肉の商品間の価格差は日本よりはるかに小さい。
 (3) この価格差は主に品種に起因しており、希少性の高い品種が評価されている。
 (4) 公的ラベルが価格に与えている影響は、全般に小さい。

 ごく一部の高級店で突出した高価格で販売される豪州産wagyuは、既存の牛肉市場の枠外にあり、むしろフォアグラと同様の超高級食材としての性格が強い。こうした商品は、消費すること自体がステータスになるため、極めて高価格でも固定的・安定的な消費があり、その売り上げ増大には、高価格の維持が不可欠であるという特徴を持つ。

 日本の和牛の輸出に際しても、「本物」としてのステータスを感じさせる上質なブランド発信と、高価格を維持しうる慎重な販売が何よりも問われている。

1 はじめに

 2014年6月、日本からEUへの和牛輸出が開始された。EUは加盟国28カ国、人口5億人の市場であり、GDPでは米国と肩を並べる巨大な経済圏である。また、EUは牛肉食の長い歴史と文化を持ち、牛肉消費量も米国、ブラジルに次いで大きい。日本の和牛輸出に関する示唆を得るためにも、EUにおける牛肉消費の実態を把握しておく必要性は大きい。

 もっとも、近年のEUの牛肉消費については、日本では必ずしも十分には紹介されていない。日本とEUの牛肉貿易は、BSE発生のために2000年代初頭より、EUから日本への輸入も、日本からEUへの輸出も停止されていたし、それ以前の貿易量も微々たるものであったため、EUの牛肉消費もあまり注目されてこなかったのである。

 筆者は2014年2月、日本のEUへの和牛輸出開始に先立ち、公益社団法人中央畜産会(以下「中央畜産会」という。)の調査団の一員として、EUにおける牛肉の販売状況を現地調査する機会に恵まれた。また、同年2〜3月には、中央畜産会によってパリおよびロンドンで牛肉価格調査が実施され、筆者はその調査結果を得ることができた(注1)。筆者の現地滞在期間は1週間程度であり、また、牛肉価格調査のサンプル数も十分ではないため、正確な分析に足る情報が得られているとは言いがたい。しかし、EUの牛肉消費に関する報告は限られており、和牛輸出が開始されて間もない現段階では速報性が何よりも重要であるので、粗雑ながらも調査結果を報告しておきたい。

 以下、本稿では2節において、EUにおける牛肉消費の全体像を俯瞰する。そのうえで、3節では、パリにおける調査結果を中心に、牛肉の小売市場の特徴を整理する。4節では、本稿の知見を整理しつつ、EUへの日本の和牛輸出に関しても若干の考察を行いたい。なお、本稿中の為替レートは、1ユーロ=140円(執筆当時平均レート)を使用した。

(注1)調査の結果は、中央畜産会(2014)に事業実施報告書として収録されている。

2 EUにおける牛肉消費のマクロ的把握

 一口にEUと言っても、食肉消費には加盟28カ国の間でかなりの違いがある。図1はEU加盟国の1人当たりの年間食肉消費量を、牛肉消費量が多い順に並べたものである。域内の牛肉消費量には、ポーランドの2.4キログラムからルクセンブルグの29.7キログラムまで、10倍以上の差がある。東欧の旧社会主義圏の国々はほとんどが10キログラム未満であるのに対して、西欧諸国では全般に牛肉消費量が多く、とりわけ、フランス、イタリアに加えて、デンマークやスウェーデン、アイルランドなど欧州北部の国々では20キログラムを超える。こうした地域差は、1つには東欧諸国と西欧諸国との所得格差が関係しているが、食文化の影響も大きいと考えられる。フランスとドイツでは1人当たりGDPはほぼ同水準であるが、牛肉消費量ではフランスが25.4キログラムであるのに対してドイツでは13.4キログラムと、2倍近い差がある。

 さらに、同じ牛肉でも、国によって好まれる品種や部位、加工方法などが大きく異なる。ここではそうした嗜好に立ち入る余裕はないが、一例を挙げれば、欧州の北部や中部では赤身の濃い肉食が好まれるのに対して、南欧では薄い赤色の肉が好まれているし、フランスやイタリアでは子牛肉が料理に多用されるなど、各国には特定の品種や飼養方法に対する固有の需要がある(注2)

 このようにEU域内の牛肉消費は多様であるが、表1のように、消費量の面では、フランス、イタリア、英国、ドイツ、スペインの消費量上位5カ国が、EU全体のおよそ7割を占めている。さらに、これにオランダ、スウェーデン、ギリシャ、ポルトガル、ベルギーを加えた上位10カ国の消費量は、EU全体の9割弱に達する。これらはすべて1995年以前よりEUに加盟していた国であり、2000年代以降のEUの東欧諸国への拡大は実のところ、EU全体の牛肉消費量には大きなインパクトを与えていない。量的な面から言えば、EUの牛肉消費はこれら上位国、特に5位以上の国々に注目して把握することが重要といえる。

(注2)EU域内では、こうした牛肉の品質をめぐっても貿易が行われている。例えば、フランスは、赤色が不足する雄の若齢肥育牛肉はイタリアへ大量輸出し、他方、オランダやドイツからは子牛肉を大量輸入している。
表1 EU主要国における牛肉消費量(2011年)
資料:FAOSTATより筆者作成。
  注:牛肉には子牛を含む。
図1 EU各国における畜種別1人当たり年間食肉消費量(2011年)
資料:FAOSTATより筆者作成。
注1:牛肉の1人当たり年間消費量が多い順に並べた。
  2:牛肉消費量の上位5カ国には色をつけた。
 この上位5カ国およびEU全体の牛肉消費量の推移を見たのが、図2である。もともと消費量が少なく2000年代までおおむね増加基調で推移したスペイン、もともと消費量が多かったが停滞を続けているフランス、1990年以降の落ち込みが著しいドイツなど、国により傾向はかなり異なる。しかし、1990年代を境に、それまで微増ないし横ばいで推移してきた牛肉消費量が、横ばいないし減少に転じたこと、また、2000年代後半より消費量の減少が見られる点は、各国でほぼ共通する動きといえる。1990年代の消費量の減少は、英国、さらに他のEU諸国におけるBSE発生によって、牛肉の安全性に対する疑念が高まったためである。1991年に21.7キログラムあったEUの年間消費量は、2001年には16.2キログラムまで落ち込んだ。その後も消費者の健康志向や景気後退の影響を受けて、現在でも牛肉消費量は16キログラム前後に停滞している。近年の牛肉消費の停滞は、健康志向の高まりや牛肉消費の多い世代の高齢化などを反映しており、今後も同様の傾向が続くとする見方は強い。
図2 EU主要国における1人当たり年間牛肉消費量の推移
資料:FAOSTATより筆者作成。
 以上の基本的動向を踏まえたうえで、次節では、既存の報告も参考にしつつ、パリおよびロンドンの店頭での観察と価格調査に基づいて牛肉の販売状況を整理していきたい。上述のようにEUの牛肉消費は多様であるが、フランスおよび英国はEUの中でも消費量が特に大きい。また、パリは食文化における発信力が強い都市であり、ロンドンはEU経済の中心地である。これらはEUへの和牛輸出を考えるうえで特に重要な都市といえる。

3 パリおよびロンドンにおける牛肉販売状況

(1)販売の概況

 筆者は2014年2月に、パリおよびロンドンにおいて、デパートや高級食肉専門店を中心に牛肉の販売店を観察した。まずは写真を参考にしながら、現地の牛肉販売の概況を日本との比較で説明しておこう。
 まず、店頭で売られている牛肉は、脂肪分の少ない赤身肉がほとんどである。写真1や写真5のように、スーパーやデパートではトレーに入った赤身肉がぎっしり並んでいる。また、食肉店はもとよりスーパーやデパートにも量り売りのコーナーがあるが、日本で見かける霜降りを強調するディスプレイではなく(写真4)、むしろ肉色の濃さを強調するものが多い(写真3)。

 トレーで売られている牛肉は、ほとんどが数百グラムのかたまりであり、厚さも数センチある(写真1)。日本の店頭にあるような「焼き肉用」、「しゃぶしゃぶ用薄切り」、「切り落とし」といった、小さくカットあるいは薄くスライスされた牛肉(写真2)を見ることはなく、トレーはずっしりと重く感じられる。

 牛肉の単価は日本と比べれば低いが、トレーに入っている牛肉の重量も大きいため、トレーとしての価格は日本よりもむしろ高く感じられる場合も多い。単価は日本の2分の1だがトレーの内容量は2倍、つまり、日本では100グラム当たり600円の牛肉がトレーに200グラム入っている(=1200円)のに対して、パリやロンドンでは同300円で400グラム入っている(=1200円)といった対比でイメージすれば良いように思われる。

 なお、EUでは店頭の価格表示は1キログラム当たりとなっており、日本の100グラム当たりの表示とは異なる。これもEUにおける牛肉の購入重量の大きさを反映しているように思われる。以下では、価格は断りのない限り、100グラム当たり単価で表記する。

(2) 店頭価格に見られる市場の特徴

 ここからは、2014年2〜3月に中央畜産会により実施された店頭価格調査の結果を詳細に検討していきたい。調査ではパリ市内の高級食肉専門店(10店舗。以下( )内は調査店舗数)、高級デパート(2)、スーパー(2)、有機食材専門店(2)、日系食材店(2)において、牛肉の店頭価格が調査された。ロンドンでも同様の調査が実施されたが、同一部位での価格比較が十分にできるだけのサンプルは得られなかったので、今回はパリのデータを中心に報告する。

 図3は、パリ市内の店舗カテゴリーごとに、サーロインおよびリブロースの価格分布を示したものである。また、図3には、参考までに2014年8月に大分市内のスーパー(3)、大型ショッピングセンター内の食肉専門店(SC内食肉店(1))におけるロース系部位の価格分布を調査したものを加えた(注3)。大分市内の事例は地域やサンプルが偏るため厳密な議論には耐えられないが(特に高価格帯の牛肉が少ないと考えられるが)、日本の牛肉の価格分布の傾向を大まかに示すものとして、EUとの比較対象にすることは許されるだろう。図3の日本とEUの価格の目盛りは、1ユーロ=140円という執筆時点の円・ユーロレートに揃えており、並べて比較できるようにしている。ただし、パリのデータは海外産wagyu(ワギュウ)の価格が突出しているために図が不連続になっており、5.5ユーロ(770円)以上は目盛りが揃っていない。以下では、この図を適宜参照しながら、牛肉の販売価格の特徴をいくつか指摘していきたい(注4)

(注3)図3では、日系食材店は議論の単純化のために外した。また、日本の店頭調査でのロース系部位とは、「肩ロース」、「ロース」、「サーロイン」の表記があったものを取り上げた。

(注4)なお、本稿の分析は、家庭消費向けの小売店が中心であり、wagyuの主な消費主体である高級レストランや卸売業者等は対象とはしていない。また、日本からの和牛輸出が本格化した2014年7月以降の状況は反映していない。これらは今後注視していく必要がある。
図3 パリ市内および大分市内の小売店舗における牛肉価格の分布
資料:パリは中央畜産会(2014年2〜3月)、大分市は筆者による調査(2014年8月)
  注:牛の品種の略記については、表2を参照のこと

(1)突出して高価なwagyu

 まず、食肉専門店や高級デパートで最も高い価格を形成している牛肉としてwagyuが注目される。これらのwagyuは日本から輸出されたものではなく、豪州産やチリ産である。本稿では、日本の和牛のことを「和牛」、海外産のwagyuと称される牛肉を
”wagyu”として、区別して用いる。

 こうした海外産のwagyuは、日本国内で「和牛」として表示・販売されているものとは品質的にも遺伝的にも大きく異なる。 wagyuは、過去に日本から持ち出された和牛の遺伝資源を基礎に造成されたものではあるが、販売されている牛肉は、ほとんどがアンガス種やヘレフォード種といった各地の在来種の交雑種である(こうした和牛交雑種は、そもそも日本国内では「和牛」と表示できない)(注5)。肉質も日本の交雑種と同程度であり、そのばらつきも大きい。もっとも、赤身肉に慣れた欧州の人々にとって、たとえ交雑種レベルであってもwagyuの霜降りやその味わいは十分に驚きに値するものであった。wagyuは2000年代後半より豪州産を中心に欧州市場に出回り始め、一部の食通に高く評価されている。

 図3のように、パリの高級デパートや高級食肉専門店においてwagyuは、他の牛肉と比べて突出して高価格を形成している。例えば、高級デパートで販売されているサーロインでは、豪州産wagyuが26ユーロ(3640円)、チリ産wagyuが16ユーロ(2240円)であり、それに次ぐ米国産アンガスの5ユーロ(700円)よりも、それぞれ5.2倍、3.2倍の価格差がついている。また、このwagyu価格は日本の最高級の和牛肉にも匹敵する価格であり、大分市内の調査店舗における最高価格の和牛ロース1380円を大幅に上回っている。

 もっとも、パリやロンドンというEU内で最も経済力が高く先進的な都市にあっても、小売店におけるwagyuの取扱いは高級デパートや一部の高級食肉専門店に限られており、スーパーや有機専門店での取扱いはなかった。高級デパートにはすべての調査店舗でwagyuが陳列されていたが、食肉専門店でwagyuの取扱いがあったのは、パリでも10店舗中3店舗に限られ、ロンドンでは調査した4店舗の中には見られなかった。いずれの取扱店舗でも、wagyuは量り売りで販売されていたが、それらは真空パックに密封された状態で並べられていた(写真7)。きわめて単価が高いwagyuはそれほど量がさばけないため、注文に応じてその都度真空パックを開封しているものと思われる。

 以上をまとめると、wagyuは、ごく少量しか販売されていないが、高級デパートや高級食肉専門店においては希少な超高級食材として、食材に精通する顧客を満足させるために不可欠な品揃えとして、きわめて高い価格で販売されているといえる。
写真7 ロンドンのデパートで売られていた豪州産wagyu(左)
(2014年2月、ロンドン市内。左側の真空パックに
入っているのがwagyuである)
(注5)純血のwagyuは海外にも存在してはいるが、それらは量的にごく限られ、"full-blood wagyu"(フルブラッド)あるいは"pure-bred wagyu"(ピュアブレッド、いずれも純血種という意)と表記されてさらに高い価格がついている。もっとも、こうしたフルブラッドの血統も、厳格な登録制度が完備されている日本のようには信頼できるものではない。豪州の場合には和牛の登録率は8割程度にとどまるとされるし、親子の判別方法にも曖昧さが残る。なお、豪州のwagyu生産については大呂(2013)を参考にされたい。

(2)wagyu以外の価格差

 wagyu価格が突出して高いのとは対照的に、それ以外の牛肉の間では価格差が小さい。図3のように、高級食肉専門店におけるサーロインの価格は、wagyuを除くと2.5〜5.0ユーロ(350〜700円)の価格帯に収まり、2倍の価格差にとどまる。こうした傾向はデパートでも同様であるし、スーパーの場合はさらに価格差が縮まる。また、この傾向はロンドンの店舗でも共通している。グルメで知られるパリの高級デパートで、牛肉の価格差がこの程度にとどまっていることを考えれば、EU域内や他都市ではさらに価格差が小さいものと推察される。

 日本と比較すると、大分のような地方都市のSC内食肉店でも、図3のように、牛肉には362〜1380円と4倍以上の価格の開きがあるし、スーパーに置かれていた牛肉にも198〜1008円の価格差がある。有名銘柄牛を販売する大都市の高級デパートであれば、商品間の価格差はもっと大きいはずである。EUの牛肉の小売市場では、wagyuを除けば、日本と比べてはるかに商品間価格差が小さいと言える。このことは、日本では牛肉が嗜好品・贅沢品(奢侈財しゃしざい)としての性格が強いのに対して、EUでは全般には日常消費と結びついた生活必需品(必需財)としての性格がより強いことを意味している。

 こうしたEUの牛肉小売市場にあって、 wagyuは例外的に奢侈財としての性格が極めて強い商品、さらに言えば、顕示的消費財とでも言うべき商品となっている。顕示的消費財とは、「価格が高いこと」自体に価値があり、そうした高額商品を消費したり飲食したりすることがステータスと見なされて消費される商品のことである(注6)。例えば、フェラーリやカルティエといった超高級ブランド品や、ヴィンテージワインやフォアグラなどの高級食材は、「他人からセレブだと思われたい」といった顕示的欲求を満たすために消費される面がある。こうした商品は、価格が高ければ高いほど消費者の満足度が高まり、価格が極めて高くても一定の固定的消費が確実にある。大都市の高級デパートやごく一部の高級食肉店のみに陳列され、既存の牛肉の価格体系からすると常軌を逸した高価格で販売されているwagyuは、こうした顕示的消費財にほかならない。wagyuは一面においては、牛肉の1カテゴリーというより、フォアグラと同様の珍味的な性格を持つものと理解されるべきである。

(注6)wagyuの顕示的消費財としての消費については、大呂(2014)を参考にされたい。

(3)比較的高価な輸入牛肉

 図3では、wagyuは別格としても、それ以外の輸入牛肉も全般にはフランス産牛肉より高価格であることが読み取れる。例えば、サーロインであれば、高級デパートでは米国産アンガスが4.99ユーロ(699円)とwagyuに次ぐ高価格を実現しているし、リブロースでも高級食肉専門店では米国産アンガスが4.5〜5.2ユーロ(630〜728円)という高価格帯で販売されている。このほかスイス産のシメンタールやアルゼンチン産の牛肉なども高価格を実現している。

 これは、安価な輸入牛肉に対して高価な国産牛肉が品質面で競争している日本の市場構造とは全く異なる。図3のように日本では、外国産牛肉が最も低価格で販売され、国産牛肉がそれよりも高い価格で販売されている。ところがEUではその真逆であり、フランス国内産の牛肉と比べて高い価格で海外産牛肉が販売されているし、これは英国でも同様である。

 こうしたEUにおける牛肉の小売の市場構造について正確に論じるだけのデータはないが、1つの要因としては、EUでは国産牛肉が、輸入牛肉に対してもある程度の価格競争力を持っている点が考えられる。例えば、パリのスーパーでは国産牛のサーロインが2.1ユーロ(294円)で販売されていたが、日本のホルスタイン種がサーロインでこの価格を実現するのは容易ではない。EUの牛肉小売市場では、輸入牛肉がその関税も含めると国産牛肉と価格面で競争するのは難しく、海外産牛肉はむしろ品質面での差別化を図っているのではないかと推察される。

(4)品種による差別化

 では、フランスにおける国産牛肉の価格差は何に起因しているのか。店頭の価格調査では、牛肉に表示されている品種名や各種ラベル表記を併せて調査した。図3では、品種が表示されて販売されている牛肉については、品種名を略記により示した。略記については、フランスの牛の品種構成を示した表2を参照してほしい。
表2 フランスにおける牛の品種構成
資料:横田・矢野(2013)をもとに筆者作成。
 図3からは、品種名が表示されている牛肉のほうが、高い価格が形成されていることがうかがえる。例えば、サーロインの場合、高級食肉専門店では、「オーブラック」および「リムジン」の表示がある牛肉がともに100グラム当たり5ユーロ(700円)と、wagyuに次ぐ高い価格を形成しているし、高級デパートでも同様に「ブロンド・アキテーヌ」が、wagyu、米国産アンガスに次いで高い価格で販売されている。ところが、低価格帯になると品種に関する表記が少なくなる。高級食肉専門店では、100グラム当たり3.5ユーロ(490円)未満の牛肉では、品種に対する表記がほとんどないし、スーパーではそもそも品種表記がある牛肉自体がわずかである。

 もっとも、和牛という単一品種を頂点として価格に明確な序列がある日本とは異なり(図3)、フランスでは多種多様な品種が存在し、それらが価格面でも入り乱れている。表2のようにフランスには多くの品種が存在しているが、小売店でラベル表示されていたのは、「リムジン」、「ブロンド・アキテーヌ」、「サレール」、「オーブラック」であった。これらの品種には、肉質だけでなく、品種としての希少性に対して付加価値が付いているものと考えられる。「リムジン」は全頭数中14%を占めるが、それ以外はすべて10%未満であり、とりわけ「サレール」や「オーブラック」は2%台である。これらは特定の地方で飼養されている希少な地方品種であり、日本でいえば日本短角種や褐毛和種といったものを想定すれば良いだろう。

 これらのフランスの牛の品種は原産地の地名に起源を持ち、「オーブラック」ならオーブラック地方、「サレール」ならサレール村、「アキテーヌ」ならアキテーヌ地方を中心に飼われている。店頭ではこうした地域性も強調するかたちで、各ブランド品種が紹介されており(写真8)、この点でフランスの牛肉ブランドは、日本の「佐賀牛」、「宮崎牛」、「神戸ビーフ」といった、地名を冠した銘柄牛と一見すると似ている。しかし、フランスの牛肉ブランドは、品種に固有性があるという点で、品種は同一であり生産地だけで銘柄化がなされている日本の牛肉ブランドのあり方とは根本的に異なる。
写真8 高級デパートにおける銘柄牛の展示
(2014年7月、パリ市内。左がブロンド・アキテーヌ、
右がリムジンの熟成中の枝肉である。
それぞれに品種の特徴について説明が書かれている。)
 この点は、EUへの和牛プロモーションにおいても十分に認識されるべきである。筆者も現地で、日本の各銘柄牛の違いについて説明を求められ、それが品種の違いではないことを理解してもらうのに難渋したし、品種が同一ならなぜ銘柄化されているのかという問いにも直面した。日本の和牛輸出においては、品種や品質に実質的な差がわずかな各銘柄を個々に売り込むのではなく、「日本の本物の和牛」としてオールジャパンで市場に浸透させていくことが重要であるように思われる。

(5)公的ラベルと差別化

 EU、なかでもフランスでは、農産物に対する公的なラベル制度が早くから確立され、消費者にも広く認知されている。牛肉におけるラベル使用についても、その調査結果を簡単に紹介したい。

 ここではラベル制度の詳細については省略するが(注7)、フランスには公的機関が認証しているラベルとして、(1)「シャンパーニュ」、「カマンベール」など、原産地名を含む農産物を保護対象とするAOC(とそれに準じるAOPおよびIGP)、(2)農産物が一般的な商品より高品質であることを保証するラベルルージュ、(3)有機のラベルがある(図4)。

 (1)のAOCは、そもそも牛肉では取得が限られている。上述のように牛の品種名は原産地に由来してはいるが、子牛取引やと畜などで他地域への移動もあるため、一般に牛肉はAOC取得が困難であるという。今回の調査では、高級牛肉の卸売業者でAOCのシャロレー牛を目にしたが、小売店の店頭で見ることはなかった。

 (2)のラベルルージュは、サーロインおよびリブロースの部位で、4商品が該当した。サンプルが少ないので安易な断定はできないが、これらの牛肉が通常の牛肉よりも明瞭に価格が高くなっているわけではない(図3)。品質ラベルよりも上述の品種のほうが、消費者には訴求力を持っているように思われる。

 (3)の有機は、有機専門店では全ての商品が、また、スーパーでも1商品が該当した(図3)。このスーパーの場合、有機サーロインが3.4ユーロ(476円)であったのに対して、一般の同一部位の牛肉が3.1ユーロ(434円)で販売されており、有機認証がある商品は1割程度割高となっていた。また、大まかな比較しかできないが、スーパーと有機専門店では、品種名が表示されていない牛肉にも明瞭な価格差がある。フランスでも有機牛肉の流通はまだ限られてはいるが、日本と比べるとずっと広がりがあり、市民権を得ているといえよう。

(注7)フランスの農産物のラベル制度については、独立行政法人日本貿易振興機構(2011)に詳細な報告がある。
図4 フランスにおける農産物の公的認証ラベル

4 おわりに −和牛輸出に関連して−

 ここでは、本稿で整理されたEUの牛肉市場の特徴を踏まえたうえで、日本のEUへの和牛輸出に関して若干の示唆を得ておきたい。

 EUでは海外産のwagyu、とりわけ豪州産wagyuが極めて高価格で取引されている。しかし、もともとEU市場において、牛肉は生活必需品(必需財)としての性格が強い。牛の品種によって差別化はなされてはいるものの、商品間の価格差は小さいし、特定の商品が突出して高く販売されるようなこともなかった。また、EUでは脂肪の少ない赤身肉が消費の中心であり、健康志向や牛肉の安全性への疑念から、牛肉消費自体も伸び悩んできた。そうした中、豪州産wagyuは、既存の牛肉の価格体系や消費嗜好からは一線を画し、極めて高価でそれを消費すること自体がステータスと見なされるような、顕示的消費財としての独自の市場評価を確立している。

 こうしたEUにおけるwagyuの市場評価は、主に豪州のwagyu企業がつくりあげたものである。しかし、豪州産wagyuが「神戸」との関わりや「酒やビールを与えている」など、日本的なイメージを利用しながら巧みに市場を拡大してきたこともあり、パリやロンドンでは、「本物」の日本の和牛が輸出され始めることへの期待感も高まっている。日本の和牛は、「本物」として適切に販売できれば、顕示的消費財として豪州産wagyuよりもはるかに高い価格でEU市場に受容される可能性が十分にある。

 ここで注意すべきは、顕示的消費財では、安易に販売量の増大を追求するよりも、高価格を形成・維持することのほうが売り上げの最大化につながるという点である。顕示的消費財は、価格が高いほど消費者の満足度が高まるため、価格が極めて高くても一定の固定的消費が確実に見込めるという特徴を持つ。従って、顕示的消費財では、価格下落につながるかたちでは販売量を安易に増やさず、高価格を維持できる範囲で販売量を慎重に増やしていくことが、売り上げの最大化にとって極めて重要である。そこで問われるのは、販売量と販売価格の慎重な調整であり、また、超高級品としてステータスを感じるにふさわしい、上質かつ統一的なブランド発信である。

 豪州産wagyuは、特定の輸出企業による寡占状態にあり、また輸出企業がEU側の輸入代理店も絞り込んでいたために、こうした価格や量の調整、統一的なブランド発信が可能となっていた(注8)。ところが、日本の和牛輸出の場合、複数の輸出業者が新規市場をめぐってしのぎを削っており、顕示的消費財としての販売に不可欠な、全体としての販売量の調整や統一的なブランド発信が十分になされない危険性がある。

 日本市場ではデフレ経済下で顕示的消費が後退し、食品業界は、実質的価値があるものをいかに安価で提供するのかというコスト競争に慣れている。また、日本の各産地は、その産地間競争において独自の銘柄を売り込むことに力を注いできた。しかし、こうした日本国内の競争をEUの和牛輸出に持ち込めば、海外産wagyuとの差別化が図れないばかりか、今まで形成されてきた「和牛」ブランドすら損ねかねない。EUへの牛肉輸出においては、その希少価値を実現・維持するための秩序ある輸出や、「本物」の和牛としてのブランド発信といった、オールジャパンとしての取り組みが厳しく問われている。

(注8)豪州産wagyuの販売および流通状況は、中央畜産会(2014)を参考にされたい。

(付記)

 本稿は、中央畜産会により実施された英国・フランスにおける現地調査および価格調査をもとにしています。現地調査の機会を与えて頂いた中央畜産会、現地でご協力頂いたジェトロ現地事務所の方々、調査中さまざまなご助言を下さった九州大学の福田晋先生に、この場を借りて御礼申し上げます。


(参考文献)

[1]大呂興平(2013) 豪州のwagyu産業.畜産の研究 67(8):787−795.

[2]大呂興平(2014) EU市場への和牛輸出を考える視点−顕示的消費財としての「幻想価格」の追求.畜産コンサルタント50(5):49−51.

[3]中央畜産会(2014) 『EUにおける牛肉流通の現状と今後の展開』.

[4]日本貿易振興機構(2011) 『フランスにおける農林水産物等に関する知的財産保護の取り組み』.

[5]横田徹・矢野麻未子(2013) 日本・EUの牛肉輸出入解禁を踏まえたフランスの状況.畜産の情報 286:72−84.

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