特別レポート

EUにおける直接支払い受給のための要件について

ブリュッセル駐在員事務所 和田 剛、山ア 良人

1.はじめに

 EUでは、2003年の共通農業政策(CAP)改革を経て、2005年より生産者に対する直接支払いの制度は、それまでの品目ごとの生産量に応じた直接支払いから、生産とは切り離された生産者を単位とした直接支払いの制度(デカップリング)へとその大部分が移行した。

 直接支払いを受給するためには、クロス・コンプライアンスと呼ばれる生産活動における一定の条件を満たすことが要件となっている。クロス・コンプライアンスとは、ある施策による補助金などを受給する条件として、別の施策によって設けられた要件の達成を求める手法である(コンプライアンスとは「従う」の意である。つまり、関係する他の分野にもまたがって従うということ)。

 デカップリングの変更は、この直接支払いが、それまでの生産を支持するためのものから、クロス・コンプライアンスとして定める農地管理に要する経費や生産物の品質向上に要する掛かり増し経費に対する助成へと、その意味合いを変えている。このことにより、生産者は、環境保全につながる農地管理を行いつつ、そこで生産する生産物については、量ではなく質、つまり、市場動向に応じ、需要に合った農産物を、生産者の創意工夫で生産することが求められている。

 また、この直接支払いがデカップリングへと変更された2005年以降、クロス・コンプライアンスの項目は順次拡大しており、2007年1月1日からは、新たに動物福祉に関する項目が追加されることとなっている。

 今回のレポートでは、EUの生産者がどのような要件を順守して直接支払いを受給しているのか、EUレベルで定める要件の概要や順守のための措置などについて紹介する。


2.直接支払い受給のための要件となるクロス・コンプライアンスとは

 EUのクロス・コンプライアンスの概念は、2003年のCAP改革以前に既に導入されていたが、前述のとおり直接支払いのデカップリングへの変更に併せて、それまでの加盟国レベルでの環境分野に限った自主的な取り組みから、すべての加盟国での対象分野を広げた義務的な取り組みへと強化された。

 クロス・コンプライアンスの具体的な規定については「CAPの直接支払い制度における一般ルールおよび特定の支持制度の制定に関する理事会規則(EC/1782/2003)」および「クロス・コンプライアンスなどの適用の詳細を規定する委員会規則(EC/796/2004)」に規定されている。

 このクロス・コンプライアンスの順守項目は、関係法令の順守と農地の適正管理の2つの大きな柱からなっている。


(1) 関係法令の順守

 農業生産活動において、環境保全、公衆衛生、動植物衛生、動物福祉の分野に関する19(※)の法令で定められた基準を満たして農業生産活動を行う必要がある。

 (※ 本規則の公布(2003年9月)時点での対象法令は18であったが、2004年1月に施行された「羊およびヤギの個体識別および登録システムの確立に関する理事会規則(EC/21/2004)」が後に追加され、対象法令は19となった。)

(2) 農地の適正管理

 直接支払いの受給資格を得るためには、生産の有無にかかわらず、対象農地を農業生産および環境の両面で良好な状態に保つ必要がある。


 なお、わが国でも平成19年度より、土地利用型の農作物を対象とする品目横断的経営安定対策が開始される。この中では、対象となる要件として「国が定める環境規範」の順守や、対象農地の農地としての利用が直接支払いの受給要件として求められている。これらの方向性はEUのクロス・コンプライアンスと同様と考えられる。


3.順守すべき関係法令の事項について

 クロス・コンプライアンスの2本柱の1つである「関係法令の順守」については、その順守すべき法令とそのうちの対象条項が理事会規則EC/1782/2003の別表IIIに規定されている。

 2006年現在、16の関係法令がクロス・コンプライアンスの対象となっているが、これは2005年1月1日から順守すべきものとして対象となっている環境保全および動物の個体登録に関する9つの法令に、2006年1月1日より、公衆・動植物衛生および疾病の届け出に関する7つの法令が新たに加わったものである。そして、2007年1月1日からは動物福祉に関する3つの法令が対象に追加され、生産者は最大で19の法令の順守が直接支払いの受給のために求められることとなる。

 ここで掲げた法令のうち「規則」は、加盟国に直接適用されるものであり、「指令」は、加盟国が「達成すべき結果」を義務付けるもので、加盟国はそのための具体的な方法や手段を定めた法令をそれぞれ制定しなければならないものである。

 なお、19の法令については、直接支払いの受給要件の対象法令となる前から、すでにその法令が施行されて効力を有している。2007年より新たな要件として追加される動物福祉に関する指令についても、すでに各加盟国で具体的な取り組みについて法制化がなされ実践されている。ただし、2006年の時点では直接支払いの受給要件とはなっていないものの、現時点でも当然のことながら、法令を順守する観点から本規則にのっとって家畜を飼養することは必要である。

表1 クロス・コンプライアンスにおける順守すべき関係法令一覧









4.農地の適正管理について

 (1)加盟国が定める農地の適正管理のための基準

 理事会規則EC/1782/2003第5条では、農地の適正管理(Good Agricultural and Environ-ment Condition)について、「加盟国は、今後生産に供しない農地を含むすべての農地が農業生産および環境の両面で良好な状態に保たれるようにしなければならない。」と、農地の荒廃を防止するための規定を設けている。

 このために、加盟国においては、さまざまな土壌や気象条件、土地利用の形態などに留意の上、国または地域レベルでの農地の適正管理のための具体的な「最低基準」を設定することとなっている。この最低基準の設定について、留意すべき事項としては、土壌の保全に主眼をおいた4つの項目が理事会規則EC/1782/2003別表IVにおいて規定されている。

表2:農地の適正管理のための具体的な「最低基準」設定すべき事項
(理事会規則EC/1782/2003別表IV)

 <メモ> GAP? EurepGAP?

 直接支払いの受給要件であるクロス・コンプライアンスの1つの柱である「農地の適正管理(Good Agricultural and Environ-ment Condition)」は、直接支払いの受給のために生産者に義務的に課す、農業生産活動の最低条件である。一方で、これと似た言葉に「GAP」という単語がある。

 「GAP(Good Agricultural Practice)」とは、一般には「農作物の生産において、農産物の食品安全性や品質確保、環境負荷低減を目的に、適切な生産方法を示す手引きとその手引きを実践する取組(農林水産省用語集より)」との意味で使用される。なお、「GAP」という単語は、EUの法令においては「農業由来の窒素による水質汚染防止に関する理事会指令(91/676/EEC)」で使用されている。本指令は、前述のクロス・コンプライアンスにおける順守すべき法令の一つとなっているが、窒素による地下水の汚染を防止するために、義務として課す最低基準を超える部分について任意で取り組む「適切な生産方法」が「GAP」となっている。

 また、最近では「EurepGAP」という言葉もよく耳にする。こちらはEUの消費者が求める「食品安全」などに関して、食品小売業者が各社ごとに生産者に要求した取引基準を、食品事業者などの団体であるEurep(欧州小売業協会)によって、環境保全、労働安全、労働福祉、家畜福祉などの考え方も取り込んで、統一化・共通化された「民間の自主規格」である。そして、Eurepに加盟する食品小売業者との取引においては、その認証取得が必須要件とされている。したがって、この認証を受ける最大のメリットは、主にEU向けに出荷(輸出)を希望する場合に、EUの小売業者や食品企業への販売の「許可証」となり得るということで、このことは、逆に認証がなければ、生産者はEUへの出荷(輸出)が難しくなることを意味する。

 なお、この規格の基準および手順(プロトコール)は、当初、EUの輸入シェアの高い果実および野菜にのみ設定されていたが、順次拡大され、2003年9月には畜産物(畜産全般、乳用牛、肉用牛、羊、家きん)のプロトコールが公表され、認証が開始されている。

 (2)永年草地の維持

 理事会規則EC/1782/2003第5条第2項では、生産者が実施する農地の適正管理のための4つの項目に関する基準の設定に加え、加盟国に対して、「2003年時点(2004年の新規加盟10カ国は、加盟日の2004年5月1日時点)の永年草地のレベルを維持し続けること」を責務として規定している。これは、永年草地が「環境にプラスの効果を与えるものであり、これが大規模に農地へと転換されることを防止し、維持するための適切な対策を講じる必要がある。」とのEUの基本的な考え方によるものである。そして、委員会規則EC/796/2004第3条により、具体的には「各加盟国は、2003年時点の永年草地の農用地に占める割合の減少率が、10%を超えないようにしなければならない」と規定している。なお、ここでいう永年草地とは、牧草の生育や飼料利用に供する自生または整備したもので、5年以上穀物生産のローテーションに含まないものを指す。ただし、この永年草地に適切な植林を行った場合には、草地の減少とはカウントされない。

 したがって、この永年草地の維持は、基本的には加盟国が負う責務であり、個々の生産者にとっての直接支払い受給のためのクロス・コンプライアンスとは異なる。ただし、国レベルまたは地域レベルにおいて永年草地の減少率が著しい場合にのみ、生産者が順守すべきクロス・コンプライアンスである「農地の適正管理」を図る観点から、加盟国は、許可なく永年草地から転換した農地については、直接支払い支給の対象から除外することや、直接支払いの受給者に対し、転換した農地を再び永年草地に戻すよう要求できるなどの対策を講じることとしている。


5.クロス・コンプライアンスの順守のための措置

 (1)生産者に対する助言体制(アドバイザリーシステム)の構築

 理事会規則EC/1782/2003第13条では、関係機関などが生産者に対し、クロス・コンプライアンスで順守が求められるさまざまな事項を理解・実践できるように助言を行う体制を構築することを加盟国に課している。

 この体制は、2007年1月1日までに構築することが義務付けられている。個々の生産者についてはこの体制への参加は任意となっているが、加盟国は年間の直接支払いの受取額が1万5千ユーロ(約231万円:1ユーロ=154円)を超える生産者を優先して体制のサービスの対象とすることとなっている。

 なお、加盟国レベルにおける助言のための体制整備の内容はさまざまであるが、直接支払いの支払機関によるウェブページの開設、手引書の作成・配布、電話相談窓口の設置などが一般的となっている。

 生産者向けの手引き書(アイルランドの例)

 アイルランド農業食料省は、クロス・コンプライアンスで順守が求められるさまざまな事項を理解・実践できるように手引き書を作成し、ウェブページ上などで公表している。

 順守対象となる各法令については、簡潔にその概要、現地調査の際の調査の主眼、チェックリストなどが簡潔に取りまとめられている。

 例えば、伝達性海綿状脳症(TSE)の防疫、管理、撲滅に関する規則、いわゆる「TSE規則」について、次のような内容となっている。

対象法令:TSEの防疫、管理、撲滅に関する規則

対象者:家畜を飼養するすべての生産者

生産者が順守すべき事項:

 ・生産者は、ほ乳動物由来の動物性たんぱく質を、反すう動物に飼料として給餌してはならない。

 ・生産者は、犬・猫への給餌向けの場合を除き、家畜への給餌を目的としたほ乳動物由来の動物性たんぱく質の輸出および保管をしてはならない。

 ・生産者は、TSEを疑う事例を発見した場合は、速やかに関係機関に通報しなければならない。

 ・生産者は、主管当局による家畜の移動制限措置などの指示に従わなければならない。

現地調査の際の調査主眼点:

 ・決められた飼料の利用・管理方法に違反がないか。

 ・TSE(牛海綿状脳症(BSE)やスクレイピー)を疑う事例を発見した際に、速やかに通報したか。

 ・主管当局による家畜の移動制限措置などの指示に従っていたか。

 飼料に関するチェックリスト:

 ・ペットフードを、家畜用飼料に混入する恐れがないか、または家畜が食べることができる場所に保管していないか。

 ・反すう動物向け飼料として、魚粉や魚粉を含む飼料を給餌していないか。

 ・肉骨粉などの動物性たんぱく質を含む飼料を保管・使用していないか。

 (2)クロス・コンプライアンスの順守状況の確認検査

 生産者のクロス・コンプライアンスの順守に関する管理責任は、各加盟国の管理主管当局が負うこととなっている。

 そして、このクロス・コンプライアンスの順守状況を把握するため、理事会規則EC/1782/2003第25条には、この管理主管当局によるクロス・コンプライアンスの順守状況の確認のための現地調査を実施することが規定されている。

 管理主管当局による検査対象の選定については、委員会規則EC/796/2004第44条により、直接支払いを受給する生産者の最低1%が検査の対象となるよう義務付けている。そして、同規則第45条では、調査対象の選定について、個々の経営ごとに、経営分類、地域性などのリスクを考慮して行うこととなっている。ただし、実際の現地調査に当たっては、前述のとおり、クロス・コンプライアンスの順守事項が環境や動物衛生など多岐にわたることから、関係機関の協力を得ながら行うことが可能となっている。なお、検査対象生産者に対する検査は、対象となった年に複数回実施される。

 現地調査により、クロス・コンプライアンスの順守違反の潜在性とさらなる調査が必要な事案が特定され、調査によりクロス・コンプライアンスが順守されていない事例が散見される地区については、以降の調査において対象が増加することとなる。

 例えば、イギリスの例では、管理主管当局はイギリス環境・食糧・農村地域省(DEFRA)の行政機関の1つであるRPA(Rural Payment Agency)であり、後述の直接支払いのペナルティーの算定もRPAが実施している。

 (3)クロス・コンプライアンスが順守されていない場合のペナルティー

 直接支払いのペナルティーの算定についての責任は、直接支払いを担当する歳出機関が負うこととなっている。歳出機関は、管理主管当局および関係機関による現地調査により、クロス・コンプライアンスが順守されていないと判断される場合には、以下の事項に留意の上、そのペナルティーを算定することとなっている。

 (1) 順守違反の繰り返し

  検査対象の生産者における、同一の事項での順守違反を複数回にわたって確認した場合。

 (2) 順守違反の拡大の可能性

  検査対象の生産者における順守違反の影響が、その調査対象だけにとどまらず、近隣の生産者へ波及する可能性。

 (3) 順守違反が及ぼす影響の重大性

  クロス・コンプライアンスの順守事項の目的に照らし合わせた、順守違反が及ぼす影響の重大性。

 (4) 順守違反の常態性

  適切な是正措置を講じた場合の、その影響の続く期間の長さやその影響がなくなる可能性。

 管理主管当局は、歳出機関がペナルティーによる直接支払いの減額率を算定できるよう調査レポートをとりまとめの上、提出する。

 歳出機関は、この調査結果に基づき、順守違反が過失によるものか意図的なものか、その程度を判断の上、直接支払いの減額を決定することになる。

 (1) 順守違反が過失による場合

  この場合の減額率は、直接支払いの受給総額の3%。ただし、現地調査レポートに基づき、減額率は1〜5%の間で変更することが可能となっている。また、複数の項目で違反が確認されれば減額率は増加するが、最大5%となっている。

 (2) 違反確認後の追跡調査で再び順守違反が確認された場合

  この場合の減額率は、直接支払いの受給総額の最大15%で、現地調査にレポートに基づき確定する。なお、減額率が15%に達した生産者の場合、その後の検査で同様の項目において確認される違反は「意図的」と見なされることとなる。

 (3) 順守違反が意図的な場合

  この場合の減額率は、直接支払いの受給総額の20%。ただし、調査レポートに基づき、減額率は15〜100%の間で設定することが可能となっている。

表3 順守違反が「過失」の場合の直接支払い受給額の減額率(イギリス)


表4 順守違反が「意図的」な場合の直接支払い受給額の減額率(イギリス)

 なお、ペナルティーにより減額された直接支払いは、加盟国においてその25%が保留され、残りはEUへと戻される。加盟国は、この保留した財源をCAPに関する予算であれば自由に使用できることとなっている。


6.2004年5月の加盟国におけるクロス・コンプライアンス

 2004年5月に新たにEUに加盟した10カ国のうち、マルタとスロベニアを除く8カ国におけるデカップリングの仕組みは、単純にEU加盟時の農地面積に、各国が定める面積当たりの単価を乗じて直接支払いの額を算定する単一農地面積支払制度(Single Area Payment Scheme:SAPS)を採用している。これは、そのほかの加盟国で採用する、基準年(2000年−2002年)の農地面積と直接支払い受給実績を算定要素とする単一支払制度(Single Payment Scheme:SPS)とは異なる。

 このSAPSを採用する8カ国においてのクロス・コンプライアンスの順守事項は、「農地の適正管理」のみである。また、これに加盟国への責務として「永年草地の維持」が加わっている。

 つまり、SPSを採用する他の加盟国でのクロス・コンプライアンスである「法令順守」は直接支払いの受給の要件とはなっていないが、当然のことながら、生産活動を行う上で関係する法令の順守は必要である。


7.おわりに

 すべての行動において、関係する法令を順守・履行することは当然のことである。この当然のことを、あらためて直接支払いの受給の要件としている。この点は、EUとしてぜひとも継続・強化が必要な政策分野ということであろう。

 そのキーワードとなる「環境保全」、「食の安全確保」、「動物福祉」は、CAP予算を支える納税者全般にも関係する事項である。つまり、このクロス・コンプライアンスとは、生産者が直接支払いを受給するために、社会全体の関心事項について、農業生産活動がその維持・増進に取り組んでいるということをより明確にアピールするために必要なことだということではないだろうか。

 EUでは、2008年に「ヘルスチェック(Health Check)」と呼ばれる現行のCAPの検証作業や、2009年までにCAP予算を含む農業関係予算の見直しが予定されている。この中での検証や見直しの方向は、EU農業の体質強化を図るためのものであることはもちろんであるが、一方で納税者を意識したものとならざるを得ないだろう。この場合、どのような形になるにせよ、クロス・コンプライアンスのような生産者へ課す生産要件は、より強化されたものとなるのではないだろうか。この点を踏まえ、今後のEUの議論に注目していきたい。

 (参考資料)

 ・理事会規則EC/1782/2003、委員会規則EC/796/2004 ほか

 ・農林水産省「経営所得安定対策のポイント(Ver.9)」

 ・農林水産省HP 専門用語解説

 ・ALIC 月報「野菜情報」2005年12月号「食品安全GAPの推進について」

 ・DEFRA, RPA「The Single Payment Scheme(Cross Compliance hand-book for England)2006年版」

 ・アイルランド農業食料省「Single Payment Scheme(Guide to Cross Compliance Requirements to be implemented in 2006 and 2007)2006年8月版」

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