特別レポート

米国の新農業法を取り巻く状況について

ワシントン駐在員事務所 郷 達也、唐澤 哲也

1 はじめに

 「農業に対し政府が支援することは多くの意味で極めて重要である。しかし、現行の農業法や他の政策手段を通じて行われている支援措置は、真の意味で衡平で、予見可能で、国際貿易上の非難を受けないものだろうか。」ジョハンズ農務長官は、農業法の本格議論を2007年年明けに控え、各地でこのフレーズを繰り返している。

 米国の農業政策はおおむね5年ごとに行われる農業法の改正により大枠が定められる。2002年5月に制定された現行農業法は、主要作物における不足払いの実質的な復活をはじめとする手厚い政策に守られ、しかも災害支援による追加的支払いも行われてきたことから、農業関係者からの評価は非常に高い。

 一方、長引くイラク戦争により国防関係の財政負担が増大した結果、巨額の財政赤字の縮減がブッシュ政権にとっての重要課題になっている。また、WTOドーハ開発アジェンダ(いわゆる「ドーハラウンド」)交渉が暗礁に乗り上げる中、同紛争処理機関により米国の綿花政策の大半がWTO協定違反と認定されるなど、米国の農業政策に対する内外からの圧力も高まっており、新農業法をめぐる情勢は必ずしも明るいものとは言えない。

 現行農業法の失効を2007年9月に控え、USDAは、年明け1月下旬から2月頃までには次期農業法に関する政府案を提出する見込みである。これに対し、生産者団体は現行農業法に対する評価と次期農業法に関する意見を議会の公聴会などで表明するとともに、経済学者を通じて政策効果の分析レポートを公表するなど、その動きを活発化させている。

 今回は、早ければ2007年夏にも制定される米国の新農業法を取り巻く状況について報告する。


2 2002年農業法の概要

 (1)価格・所得政策

 2002年農業法は、WTOの設立を受けて農業協定の順守を強く意識した96年農業法が、供給過剰に伴う価格の低下に対して有効に機能せず、なし崩し的に農家に対する緊急支援という名目での追加的財政支出を行わざるを得なかったという状況の下で成立した。

 このため、2002年農業法における主要作物(プログラム作物)の価格・所得政策は、96年農業法で規定されていた価格支持融資制度および直接固定支払い制度に、緊急支援措置の代わりに新設された価格変動型対応支払い制度が加わった手厚い形となっている。

 価格支持融資制度は、作付作物を担保とする融資を通じて政府がその最低価格を保証する制度である。生産者は作付作物を担保にして商品金融公社(CCC)から融資を受け、収穫後にこれに金利を加えて返済するが、作物価格の状況に応じ、現金による返済の代わりに担保作物の引き渡しによる返済を選択できる点が特徴である。作付作物の担保価値は作物ごとに農業法に定められており、ローンレート(融資単価)と呼ばれる。需給が緩和して作物価格がローンレートを下回った場合、生産者はローンレートで作物をCCCに販売したのと同様の効果を得ることから、実質的に生産者に対する政府の最低価格保証の性格をもっている。また、政府から融資を受けなかった生産者に対しては、生産者の申請に基づき市場価格とローンレートの差額が支払われるローン不足払い制度があり、これにより価格の低下に対応することが可能となっている。

 直接固定支払い制度は、96年農業法において主要作物に対する不足払い(目標価格と市場価格(またはローンレート)の差額補てん)を廃止したことに伴い導入された。過去の作付作物と作付面積に応じて生産者に一定金額の補助金が支払われる制度であり、農地に対する直接支払いの性格を持っている。直接固定支払いの導入に伴い主要作物の生産調整は廃止されたが、野菜や果実の不作付けが補助金の受給要件となっていることから、当該年度における国内の品目別作付面積のバランスには一定の影響がある。

 価格変動対応型支払い制度は、政府が定める目標価格と市場実勢価格との差額の一定割合相当額が生産者に支払われる制度であり、96年農業法で廃止した主要作物に対する不足払いが実質的に復活したものといえる。旧不足払いの際とは異なり現在は直接固定支払いも行われているため、支払単価は目標価格から市場価格(またはローンレート)と直接固定支払い単価を減じた水準とされている。価格変動型対応支払い制度の詳細は本誌2002年8月号の特別レポートに詳しいが、生産調整が行われない中で不足払いが行われるため、制度設立当初から作物の過剰供給と価格低下が懸念されており、実際に主要穀物の生産が増大して補助金が支出されてきた。

 なお、これらの価格・所得政策には1生産者当たりの支払い上限額が設定されており、例えば直接固定支払いについては4万ドルが上限とされている。

 (2)環境保全政策

 米国における環境保護政策は、環境保護庁(EPA)が所管する大気汚染防止法や水質汚濁防止法に基づき各州政府が規制を課す一方で、USDAが農業法に基づき事業者による環境保全への取り組みに助成措置を講ずる仕組みになっている。

 環境保全政策(Conservation)は、85年農業法により導入されて以来、農業法の改正のたびに拡充が図られており、2005年度における事業支出額は47億ドル(2001年度は17億ドル)に拡大している。このため、農業経営における重要性も高まっており、多くの農業団体は予算の確保と実際の運用に大きな関心を持っている。

 環境保全政策の根幹となっているのは、85年農業法で設立された土壌保全留保計画(CRP)である。これは、農業者が政府と一定期間の休耕にする契約を結び、これに対して一定の補助金を得るものであり、土壌流出の防止、野生動物の生息地の確保を目的とするとともに、過剰作付けによる主要作物の価格低下の抑制効果も有している。2005年度においては、3,500万エーカーがこの事業の対象となっており、事業支出額は18億ドル(全体の約4割)である。また、同じく85年農業法で設立された湿地保全事業(WRP)は、湿地における利用権の買上げ事業であり、170万エーカーの湿地に対して1.6億ドル(全体の約5%)の支出が行われている。

 これに対し、生産活動を行っている土地において環境保護活動を行うことに対し、助成を行う事業がある。その代表的なものが環境改善奨励事業(EQIP)であり、予算額の60%以上を畜産分野に向ける義務が課されている。2005年度においては4.44億ドル(全体の約1割)が支払われている。また、より環境保全に対する具体的な活動にリンクした形で支払われる保全用地管理事業(CSP)は、追加的に環境保全活動を行う際の掛かり増し経費を助成するもので対象地域が年々拡大しており、2005年度は1,020万エーカーに2.06億ドル(全体の約5%)が支出されている。

 さらに、農業者に対する環境保全関係の情報提供や技術指導を行う、環境保全技術支援事業(CTA)については6.96億ドル(全体の約15%)が支出されている。

 なお、現行農業法では、生産者に対して奨励措置を行うだけでなく、価格・所得政策関連の農業補助金の給付要件として環境保全行動基準を順守することを義務付けている。

 (3)その他の政策

 これ以外の農業政策としては、栄養プログラムや調査研究事業、さらには農村地域のインフラ整備などの事業がある。これらのうち、栄養プログラムについては、CCCによる買い上げ品目を優先的に使用してきた経緯から対象品目を見直すべきとの議論はあるものの、その重要性を否定する意見はほとんどみられない。また、調査研究や農村地域のインフラ整備についても、予算規模や運用面での議論は予想されるものの、その大枠が変更される可能性は小さい。

 一方、今回の農業法で大きな論点になるものと見込まれているのが農業に関連するエネルギー政策である。特に、農産物を原料とするエタノールの市場は原油価格の高騰と輸入原油への依存度を低下させる政府の施策の効果により急速に拡大を続けており、結果的にトウモロコシの需要が急速かつ大幅に増加する状況となっている。

 政府による現在のエタノール支援策は、2005年エネルギー政策法(EPACT)において定められた二つの措置、すなわち、(1)輸送用燃料における再生可能燃料の使用量基準(RFS)設定による、2012年における年間75億ガロン(2,910万キロリットル)の使用の義務づけと、(2)2010年までのエタノール混合燃料の製造業者に対する租税減免措置(0.51ドル/ガロン(16円/リットル:1ドル=117円)を根幹としている。現在、エタノール生産量は工場数の増加と規模の拡大により急速に増加を続けており、年間75億ガロンの目標は2007年中にも達成される可能性が高いとされている。

 なお、エネルギー関連でUSDAが行っている施策の中には、中小事業者がエタノール工場を建設する際に地域振興事業を活用して行われる補助金交付や融資があるが、その施策の中心は調査・研究や技術支援であり、産業への直接支援策は限定的である。


3 米国農業をめぐる最近の状況

 (1)増大する財政赤字

 「農業への支出に必要な予算額が確保されるかどうかは別として、来年の予算状況は厳しい。しかしながら、農業法に関心を示す農業団体の数は日に日に増加しており、限られたパイを奪うために多数の参加者が争う状況となっている。われわれは、米国のすべての農業関係者が成功する上で必要な政策を確保するために、次期農業法について建設的に取り組まなくてはならない。」

 これは2006年9月の上院農業委の公聴会に先立ち、グッドラテ農業委員長(当時。ヴァージニア、共和党)が行った演説の一節である。共和制をとる米国では、行政府の長である大統領がいかに財政面での困難性を訴えても、その懸念が立法府において共有されることは必ずしも一般的とは言えない。そのような中で、農業委員会の委員長が自ら財政状況の厳しさに言及せざるを得ないほど米国の財政状況は厳しく、農業予算にもその影響が及ぶ可能性は否定できない。

図1 米国の財政収支の推移

 2002年農業法の議論の過程においては、1970年代初頭から続いていた単年度財政収支の赤字が約30年ぶりに黒字に転じており、96年農業法の下で農業者に対して行われていた緊急支援措置に代わり、「贅沢な」制度をビルトインした農業法を作ることが可能となった。しかし、今回は長期化するイラク戦争に多大の支出を要しており、財政赤字も毎年3000億ドルに上るなど、5年前とは大きく状況が異なっているのである。

 (2)減速傾向にある農家経済

 USDAによれば、2006年における米国の農業総生産額は2,730億ドルと予測されている。この額は2004年の2,830億ドルおよび2005年の2,750億ドルを若干ではあるが下回っており、特にこれまで順調に成長してきた畜産物の総生産額が前年を65億ドル下回る1,204億ドルとなったことが特徴的である。また、農業者の総経営所得は2004年の854億ドルから、2005年には738億ドル、2006年には544億ドルに減少しており、個別の経営をめぐる状況は数年前に比べて厳しさを増している。

 農業生産額に大きな変動がない中で、農業者所得が減少している最大の原因は生産費が急速かつ大幅に増加していることにある。2006年における米国の農業生産費は2,368億ドルと前年の2,260億ドルから4.8%増加すると見込まれており、この4年間で22.4%上昇したことになる。特に、原油価格の高騰に伴い燃料および石油への支出が対前年比11.9%増加したこと、穀物価格の上昇と家畜飼養頭数の増加により飼料費が10.4%増加したことが大きく影響している。

 また、農産物価格の価格上昇に伴い、政府補助金の受取額が2005年の243億ドルから2006年には182億ドルに減少したことも農業者所得の減少の一因となっている。現行農業法における政府の価格支持政策は、農作物の豊凶や生産費の増減が補助金の支払額に反映されないことから、農家の経営状況が悪化しているにもかかわらず、政府補助金の受け取りは減少している。

図2 総農業所得と直接支払いの推移

 (3)国際協定違反とされた政策

 米国の農作物政策は、国内需要を上回る生産を誘導するとともに、余剰分を輸出に振り向けることを基本としている。特に、南部を主産地とする綿花やコメについては、価格支持融資制度などによる経営安定措置を通じて生産を誘導する一方で、輸出信用保証の供与などにより企業の販売リスクを軽減して安価に輸出市場に放出しており、途上国を中心とする競合輸出国から強い非難を受けてきた。

 このような中、米国の綿花補助制度は、2002年にブラジルによりWTOの紛争解決小委員会(パネル)に訴えられ、2005年3月に協定違反(注)が確定している。具体的には、(1)米国産綿花の購入需用者(輸出業者および国内ユーザー)に国際競争が可能となるよう補助金を交付するステップ2事業(国際価格と米国産綿花の購入価格差を補てんする補助)や、米国産農産物の輸入業者に融資する銀行に対し低利で債務保証を行う輸出信用保証事業は、補助金協定上の禁止補助金に当たると判断されるとともに、(2)政府が農産物の最低価格を保証する価格支持融資制度や新たな不足払いである価格変動対応型支払い制度は、国際市場における綿花価格の低下をもたらしており、補助金協定上の相殺措置対象補助金に当たると認定されている。

 敗訴の確定後、米国はステップ2事業を廃止するなど、禁止補助金とされた制度の廃止や運用の改善を行うとともに、これ以外の制度改正はドーハラウンド交渉の決着後に行うとしていた。しかし、2006年7月に交渉が事実上の停止状態に陥ったことから、現状を不満とするブラジル側の申し立てにより、現在、改正後の措置のWTO協定整合性について順守パネルの審議が行われている。

 米国の農業法の改正作業が進行する中で、近く公表されるであろう順守パネルの結果が現行の価格制度の改正を求める結果となった場合、米国は現行協定に基づく他国の相殺措置の回避という現実的な課題に対応しなければならなくなる。ドーハラウンド決着後における国内支持の削減約束に備えるという立場とは状況が大きく変わってくるのである。


注:

WTO協定上、農業に関する助成措置については、(1)農産品を対象とする「農業に関する協定(『農業協定』)」に基づき、国内助成と輸出補助金の水準を約束水準以下に保つことが義務づけられるとともに、(2)すべてのモノを対象とする「補助金および相殺措置に関する協定、(『補助金協定』)」に基づき、国内産品優遇補助金や輸出補助金の使用が禁止され、かつ、他の加盟国の産品に対し著しい害を及ぼす補助金については関係国による相殺措置の対象とされている。


4 新農業法をめぐる論点と政府の考え

 新農業法の議論に先駆け、ジョハンズ農務長官は2005年3月から同年末にかけて、全米48州の52カ所で農業者との意見交換会を開催した。このうち21カ所には長官が自ら足を運び、次期農業法の改正に向けてUSDAが積極的に関与する姿勢をアピールしている。

 また、2006年3月には、これらの意見を41本の論点にまとめて公表したが、この際、現行農業法の評価を問われた農務長官は、作物補助金の92%がトウモロコシ、大豆、綿花、コメおよび小麦の5品目のみに支払われていること、生産量が増えるほど補助金が増えること、干ばつなどによる生産量の減少に対応する仕組みがないことなどを挙げ、現行の価格政策を改革する意欲をにじませている。

 その後、USDAは2006年5月から9月にかけて、次期農業法に向けた主要な政策課題ごとに、政策オプションの概要をまとめた5本の論点ペーパーを公表した。USDAはこのペーパーについて単に論点をまとめたものであるとしているが、前述の農務長官の発言を支える記述が各所に見られて興味深い。以下にこれらの概要を紹介する。

 (1)農業経営リスクの管理(価格・所得政策)

 農業経営のリスクは経営者により管理されるべきものだが、天候変動に伴うリスクや予測し難い市場の反応などに対処するためには、一定の政府施策が重要である。

 現行農業法におけるリスク管理支援施策は、作物関連事業(具体的には直接固定支払い、価格変動対応型支払い、価格支持融資、環境保全事業および作物保険)が根幹となっており、必要に応じて行われる災害支援や市場損失支援もリスク管理支援措置といえる。これらの事業支出額は、2005年度は200億ドルを超える見通しである。

 補助金支払額を作物ごとに見ると、作物関連事業費の93%が5大作物(トウモロコシ、大豆、小麦、コメおよび綿花。農業総販売額の21%を占める。)に支払われている。農業生産額に占める補助金の割合は、コメが63%、綿花が50%、トウモロコシが23%、小麦が17%、大豆が4%である。

 作物保険には主要作物の生産額の85%が加入しているが、家畜を対象とするパイロット保険事業はほとんど利用されていない。一方、作物保険があるにもかかわらず、1998年以降、議会の承認により総額140億ドルの災害支援対策が行われてきた。なお、環境保全事業には、過剰生産リスクと単収減少リスクの軽減効果がある。

 作物関連事業は農業経営のリスク軽減に大きく貢献しているが、事業ごとに課題もある。価格関連事業(commodity program)は、単収の減少に十分に対応できない点、価格の高騰時に過剰補助となる点など、所得変動への対応に問題がある。作物保険は補助率引上げによる事業費の増大にもかかわらず補償額が十分でないため、災害支援措置が断続的に行われている点が課題である。また、政府支払いが主要作物の作付地域(中西部および南部)に偏っている点や、大規模経営にその多くが支払われている点も問題である。なお、環境保全支払いは経営ごとに比較的平等に支払われている。

 さらに、価格支持融資や作物保険は価格の低下という市場シグナルを全く生産者に伝えないため、作付面積を拡大させる方向にしか働かない。酪農や砂糖については、支持価格が高水準に維持される限り消費者負担は解消しない。また、作物関連事業の実施により農地価格が上昇した結果、新規参入が困難となるだけでなく、非農業者による農地投資の増加と固定資産税の上昇も招いている。

 新農業法における経営リスク管理支援施策のありかたについては、(1)現行の事業の構造を維持しつつ、WTO協定との整合性を向上させ、生産や農業構造への悪影響を軽減した上で、対象をより支援の必要な者に限定する、(2)価格支持融資と価格変動対応型支払いを廃止し、生産者に対して所得の増減に基づいて支払いを行う事業に転換する、(3)価格支持融資、直接固定支払いおよび価格変動対応型支払いを段階的に廃止し、その財源を作物保険の対象拡大、農家預金口座への積立補助、環境保全事業や地域振興事業の拡充などに充てる−という3つの選択肢を基本に議論していくこととなろう。

図3 政府直接支払額の内訳

 (2)環境保全と自然環境

 米国の本土面積の70%は民間の農地または森林であり、生態系の保持や水源かん養などの機能を発揮している。一方、農業活動に伴い、大気汚染、水質汚濁、土壌浸食、野生動物の減少などの影響も考えられることから、USDAは環境保全を通じて農業者とともに自然環境への悪影響を軽減する努力を行ってきた。

 環境保全を推進するための政府の施策としては、制度による環境規制のほか、教育および技術支援、奨励金の交付(CRPやEQIPなど)などが行われている。

 環境保全に関する主要事業の2005年度支出額は47億ドルであり、2002年農業法の下で大幅に増額されている。このうち、CRPによる保全用地の休耕に対し18億ドル、EQIPやCSPによる環境保護に配慮した生産活動に対し6.5億ドル、CTA(用地保全技術支援事業)に6.96億ドルが支出されている。これらの補助金の2/3はCRPの主要対象地域である平原地域と西部コーンベルト地域に支払われている。受給農業者の割合は全体の15%であり、受給者の平均受給額は5,330ドル(2004年実績)であるが、耕種と畜産との間に受給額の差は見られない。また、現金農業収入が1万ドル未満の中小経営が受給経営数の63%を占めており、これらの経営に全給付額の45%が支払われている。

 環境保全事業は総じて環境便益に大きく貢献しており、例えば土壌流出についてはCRPやEQIPの効果で20年前に比べてほぼ半減し、湿地についてはWRPとCRPの効果で97年以降は増加傾向にあり、家畜についてはEQIPを通じて施設ごとに総合的栄養分管理が行われるようになっている。

 今後の事業の課題としては、河川の富栄養化問題、メキシコ湾の低酸素化問題、水利用権の問題、土壌劣化の問題、外来生物の侵入問題、温室ガス問題、再生可能エネルギーに対する社会的関心の高まりなどがあり、これに対応していくことが大切になる。

 (3)地域振興政策

 米国の農村地域は国土面積の75%を占めており、5千万人(全人口の2割弱)が居住しているが、農家人口の割合は10%以下に低下している。現在の農業経営者の68%は兼業経営であり、家計収入の89%は農外収入である。また、若者の農村離れが顕著であり、農村地域の主要産業は農業ではなく製造業になっている。

 地域振興事業は地域経済の発展と地域における生活の質の向上を図ることを目的としており、1980年地域振興政策法をその根拠法令としている。この事業により、住宅や地域の公共施設の供給、上下水の確保、代替エネルギーなどの起業に対する支援、ブロードバンドの利用機会の提供、電線の敷設および配電の確保、天然資源の開発などが行われており、事業の性格に応じて、基金への出資、直接的金融支援、債務保証、経済的・技術的支援などの手法を使い分けている。また、これらの事業による直接支援のほか、調査、教育および経済の担当部局はそれぞれの活動を通じて地域振興に寄与しており、環境保全事業や価格・所得政策も地域振興を支えている。

 農務長官の行った地域フォーラムにおいて、地域振興政策への支持は非常に高く、効果のある施策との評価がなされている。地域振興事業は持続可能な農林業、例えば州政府による環境上重要な森林の保全や、地域集落による野生動物への悪影響の軽減措置を支援している。また、事業に問題点があった場合には改善措置をとることとしている。この事業が農村地域の振興に役立っていることは疑いの余地がなく、新農業法の議論においては、事業の効率性と衡平性を向上させるためにどのような事業の改善が可能かという点が重要な問題となる。

 新農業法に向けては、地域振興事業のありかたについて、(1)現行の事業の構造と手法を維持しつつ、緊急性、地域振興効果、自己継続性・市場性、社会政策的価値などの評価に基づき事業の対象を見直す、(2)農村の地域資本による新たな起業を推進するための支援措置(州政府などの利害関係者との調整や、金融機関に対する債務保証など)に政策資源を集約化する、(3)地域に権限を委譲し、地域ブロックや州政府に対して連邦政府が出資金の交付や融資を行うことにより、地域の開発戦略の活用を推進する−という3つの選択肢について議論していくこととなる。

 (4)農業とエネルギー

 米国農業はエネルギーの主要消費者であり、2006年には生産費の約15%に相当する300億ドルがエネルギー関連(肥料を含む)で支出されている。また、農業は再生可能燃料の供給源としても重要である。

 連邦政府や州政府が再生可能エネルギーの市場拡大を支援してきたことに加え、原油価格の高騰とガソリンの添加剤MTBEの使用規制もあり、エタノールおよびバイオディーゼルの生産は急速に拡大しており、新たな生産施設への民間投資も増加している。長期的に見て、米国のエネルギー需要は2030年までに現在より30%増加する(特に、輸送部門は40%増)と予測されており、エネルギー供給の面からもバイオ燃料の重要度は高まっている。

 USDAの地域振興部局では、2005年までの5年間にエタノールの生産設備の建設など650件のエネルギー事業に対して総額3.56億ドルの出資を行っている。また、自然資源保全局では、不耕起栽培農法や嫌気性発酵によるエネルギー生産を行う生産者に対して技術的・財政的支援を実施している。さらに、2000年12月から2006年6月までの間、農業サービス局はCCCを通じたバイオエネルギー事業により、増産したエタノールとバイオディーゼルについて生産者に5.37億ドルの支払いを行ってきた(廃止済)。2006年度においては、これらのエネルギー関連事業に対し2.72億ドルを支出する見込みである。

 再生可能エネルギーの供給に対する政府の支援措置が拡大してきたのは、その重要性が市場価格による評価を超えたところにあるためである。再生可能エネルギーには、有毒物質や温室ガスの放出量削減といった環境面での利点、輸入原油への依存度を引き下げというエネルギー安全保障面での利点、産油国におけるエネルギー資源の国家管理に対するけん制という対外政策面での利点がある。

 再生可能エネルギーの生産拡大とエネルギーの効率的な利用を進めるためには、連邦政府による直接市場介入による方法と、調査・実証事業などを通じた間接支援による方法が考えられるが、緊縮財政下における支出の水準と事業の効果、原料農産物の需給に与える影響、収益性のよい状況での公的部門の役割、WTO協定との関係などを念頭において検討する必要がある。

 なお、政府による直接介入措置としては、RFSの引き上げ、租税減免措置の5年間(2015年まで)延長、生産施設投資の特別償却の許可、CRPの契約農地におけるバイオマス原料の生産許可、CCCを通じたバイオエネルギー事業の一部延長などが考えられる。また、間接的な支援措置としては、セルロースエタノール調査事業の拡大、採算性の乏しい研究開発事業費の課税免除、連邦政府の基礎研究と産業部門の実証研究との連携推進、農村地域における新たな電力開発と電力供給のニーズへの対応などが考えられる。

 (5)将来の成長

 消費者需要の変化や国際化の進展に伴い、農業においても、栽培作物、生産規模、販売方法、兼業経営の増大などの変化が生じている。米国には多様な農業者が存在しているが、小規模農業者にとっては、農外収入が特に重要になってきている。また、生産農地の約50%が借地であり、土地をはじめとする農業資産の有効活用が重要になってきている。

 (1)国際市場の役割と重要性

 世界の人口は途上国を中心に増加を続けており、米国農業にとって国際貿易の役割はさらに重要となってくる。農産物の貿易状況を見ると、2007年度における輸出額は前年を40億ドル上回る720億ドルに達すると見込まれるが、輸入も増加傾向にあり、96年をピークに米国の農産物貿易黒字幅は縮小を続けている。また、WTOや北米自由貿易協定(NAFTA)などの貿易協定の結果、主要な輸出先はEUや日本からNAFTA加盟国や中国に変化してきている。

 米国の農産物輸出政策は、市場開発、輸出補助、商業輸出融資、国際支援、食料援助の5つに大別され、自由貿易の下での競争力強化を目指してきた。新農業法においては、生産への影響が最小限である非貿易わい曲的な政策への転換、輸出信用供与や食料援助における市場原理の導入、衛生植物検疫(SPS)措置などの技術的障壁に対応した貿易支援体制の見直しなどが重要となる。

 (2)競争力と効率の強化(研究開発のあり方)

 農業の競争力向上のためには生産性の改善が必要となる。研究への投資は、収量の増加と品質の向上により生産者と消費者の双方に利益をもたらす。

 連邦政府は科学研究において主要な役割を果たしており、州政府や大学との協力により、家畜疾病の清浄化、資源の保全、環境保護などの研究を行っている。一方、種苗や肥料の改良や機械の開発など、販売に直結する調査は民間が行っている。連邦政府の研究支出は99年の14億ドルを底に増加してきており、2004年には17億ドルの支出を行っている。

 今後、優先していくべき研究部門としては、食品の安全性と動植物衛生の確保(病害虫や家畜疾病)、バイオエネルギーおよびバイオ製品の開発、ゲノム解読と遺伝子情報の解析、環境への負荷の解析とその低減、公衆の栄養の改善などが挙げられる。

 (3)農畜産物の安全性確保

 病害虫や疾病の侵入による被害を防止するためには、危険因子を特定し、発生時対策を備えておくことが必要である。2006年度は食中毒の発生対策に12億ドル、病害虫や疾病の侵入・発生対策に15億ドルが予算化されている。また、輸出市場における米国産農産物の競争力を維持するため、国際機関や外国政府と協力して安全性に対する信頼を確保するための適切な措置をとる必要がある。

 新農業法に向けては、現行の事業と組織を改善するとともに、米国農業が直面する新たな課題により効率的に対応することが重要である。具体的には、適切な科学に基づく官民一体となった取り組みと補助金の有効活用、国際機関と外国政府の能力の向上(正しい措置の勧奨)、調査と教育への投資による関係者の理解の推進と発生時対策の確立、正確な情報の提供による消費者の信頼の確保が課題となる。

 (4)次世代の農業者への継承(新規就農対策)

 次世代の農業生産を確保するためには、農業者人口の高齢化、新規参入の困難性、農業技術の複雑化、労働力確保などが課題となる。2002年には、65歳以上の農業者が全就農者の25%を占め、全農地の33%を保有している。また、新規就農者の農地および家屋の平均取得価格は2年連続で20%以上値上がりし、71万ドル(2005年)に達している。さらに、野菜などでは生産費に占める雇用労働費の割合が20%を超えており、しかも雇用労働者の53%が労働許可証を持っていない。

 現在、新規就農者への支援策として、就農資金の融資、連邦や州による資金援助、助言機関の設置、環境保全事業における優遇措置などが行われている。なお、農業労働者に対して労働局がH2Aビザを発給する制度は、要件が厳しくあまり活用されていない。

 新農業法に向けて、将来の農業生産を確保するために考えられる対策としては、資金の融資上限額の引き上げなどによる農場移譲の支援、教育や技術指導などによる健全経営確立のための支援、各種補助事業の補助要件の緩和などによる優遇措置などが考えられる。


5 主要団体の立場

 農業法の改正の際の議論は、米国の農業団体にとって自らの会員の考えをまとめて主張することができる重要な機会であり、議会の証言やロビー活動などにより、行政府および立法府に対してさまざまな働きかけが行われている。今回の農業法の議論では、農業関係予算の縮減という側面から主要作物を対象とした価格・所得政策に対する議論が注目されており、また、民主党主導の議会の下で、環境関係政策についても大きな論点になってくるものと考えられる。一方、畜産物関係を見ると、伝統的に農業法による政府支援が比較的少ない肉用家畜・食肉関係団体や、財政支出よりも制度による効果が大きい酪農関係団体も、それぞれの立場から意見を公表している。これらの意見の中には、必ずしも農業法の直接の議論になじまないものも含まれているが、米国社会全体に対する畜産関係団体の意見を公表したものとして非常に興味深い。

 本章では、2006年11月に行われた中間選挙に先立ち、9月に下院農業委員会が開催した公聴会において各農業団体が述べた意見を中心に、次期農業法に向けた農業団体および畜産団体の考えを紹介する。なお、中間選挙の結果、上下院ともに民主党が共和党を逆転し、2007年議会では農業委員会の議長が交代しており、再度、同様の公聴会が開かれる可能性もある。

 (1)総合農業団体 

 米国ファーム・ビューロー連合会(AFBF)は米国最大の総合農業者団体であり、大規模経営も含めた幅広い農業者を会員としている。次期農業法に臨んでのAFBFの立場は、「2002年農業法の枠組みを維持し、修正はわずかにとどめるべき」というものである。現行農業法は、主要作物政策、環境保全、栄養改善、輸出促進などのバランスがよくとれており、消費者に対する高品質な農作物の供給責任も果たしてきており、しかも地域振興にも役立つなど過去最高のものであると評価している。

 特に、主要作物に対する価格・所得政策の枠組みはセーフティーネットの確保のために重要であるとして、その維持を強く求めている。AFBFはこの制度が現行のWTO協定に照らして問題となる可能性があることは認めながらも、実際にはプログラム作物の価格は高騰傾向にあり、国際市場の価格低下を招いていないとして、大幅な国内制度の改革により交渉のカードを事前に切ってしまうことに強い警戒感を示している。

 全国農業者連盟(NFU:ファーマーズ・ユニオン)は米国全体に25万人の会員を抱える総合農業団体であり、会員には小規模の家族経営が多い。NFUもAFBFと同様に、2002年農業法は96年農業法の問題点がよく改善されており、現段階でその見直しを行うのは米国の地域社会にとって得策でないとし、11月の中間選挙前の段階で現行農業法の枠組みを2年間延長するよう主張している。

 NFUは財政赤字を理由にした農業予算の削減について、連邦政府の予算額に占める農業予算の割合はわずかである(約200億ドル/2.5兆ドル)と反論している。また、農業法の抜本的見直しはWTO交渉における米国の一方的武装解除を意味するとして強い懸念を表明している。さらに、2年間延長を主張する理由として、近年の生産費増大による農家経済の悪化を挙げ、新たな政策に対応する財政的な余裕はないとしている。

 なお、NFUは、農業政策上の論点として、(1)市場価格の浮揚政策の実施、(2)恒久的な天災対策の確立、(3)再生可能エネルギーの振興、(4)環境保全政策の拡充、(5)貿易交渉での譲歩の拒否、(6)正当な競争の確保(原産地表示の義務化、パッカーの家畜飼養禁止、反トラスト法の厳格適用など)、(7)農業・農業予算の確保を挙げている。

 (2)プログラム作物団体 

 全国トウモロコシ生産者協会(NCGA)は、現行の価格支持融資制度と価格変動型対応型支払い制度を廃止し、その代わりに、過去の収入実績の一定割合(基礎収入額)を保証するとともに、基礎収入額を超える部分(追加的収入)の収入減少額の一定割合を補てんする新たな仕組みを提案している。また、現行の直接固定支払い制度は維持し、価格支持の要素を取り除いた(担保作物による現物返済を廃止した)上で融資制度そのものはは維持することを主張している。NCGAは、基礎収入額を保証して追加的収入の減少に備える施策は、収入保険制度としてWTO・農業協定上「緑」の政策になるとしている。

 また、環境保全事業、調査研究、エネルギーおよび貿易の重要性にも触れた上で、食料、飼料そして燃料の生産を促進する政府支出は、納税者にとって、外国市場で信頼できる食料や燃料を調達するために大枚をはたくより効率的なものであると信じるとしている。

 米国大豆協会(ASA)は、現行のプログラム作物に関する制度の基本的枠組み、特に価格支持融資制度の継続を強く支持するとした上で、国内外の需要増大にもかかわらず作付面積が減少していることを理由に油糧種子に対する政府支持の水準を引き上げるよう求めている。その一方で、作物間の不均衡が是正されないのならば、作物収入の一定割合を政府が保証する仕組みも検討可能であり、仮に保証割合がWTO協定上「緑」となるための上限である70%であっても、具体的な提案があれば検討可能であるとしている。

 また、環境保全、栄養、調査研究、エネルギーおよび貿易支援施策についても2002年農業法を支持するとしている。なお、農業者は短期的な政策の変化は農業者にとって逆効果であるとして、ASAは2002年農業法の短期間の単純延長は支持しないという立場である。

 全国小麦生産者協会(NAWG)は、2002年農業法には揺るぎない良さがあると評価する一方で、こと小麦に関しては現在のローンレートや目標価格が他の作物(特にコメおよび綿花)に比べて割安に設定されており、不作になった場合は収量が減少する一方で価格が上昇するため、生産者の支援になっていないとの問題意識を持っている。このため、燃料費や肥料費などのコスト上昇を踏まえて、現行の直接固定支払い単価の引き上げ(0.52ドルから1.19ドルへ)と、価格変動対応型支払いにおける目標価格の引き上げ(3.92ドルから5.29ドルへ)を主張している。

 また、環境保全事業については、生産者により負担の少ない形にした上で現行の事業を継続するよう求めるとともに、農産物由来の再生可能エネルギーの推進については、セルロースを原料とするエタノールの研究と開発事業により多くの奨励措置を行うことを支持している。なお、NAWGは、WTO協定を順守することも重要だが、農業政策は実行可能性をよく考えたものとすべきであるとしている。

 (3)全米肉牛生産者・牛肉協会(NCBA)

 NCBAは米国の肉用牛繁殖農家および肥育業者を会員とする団体である。肉牛産業への直接の政府補助はほとんど行われていないが、飼料穀物の有力な供給先であることから、米国の農業制度による影響を受ける立場にある。NCBAは、他の作物団体とは異なり、政府の介入を最小にし、財政支出を減らし、自己選択の余地を広げ、外国との競争に立ち向かうことを考えていると公言しており、補助金の受給を念頭に政府規制を受け入れてきた他作物団体とは一線を画している。また、価格に周期的な変動があるのは当然であり、政府が価格を設定したり供給量の調整をしたりする必要はなく、市場における販売環境を改善すること以外、業界として政府に望むものは何もないとしている。

 (1)現行農業法における基本論点について

 USDAの環境保全事業に関しては、EQIPの助成金における一戸当たり上限の廃止、CRP用地における管理放牧の許可などを求めるとともに、都市化や自然災害により農地や放牧地が減少していることに懸念を示している。同時に、農業の生産活動に伴い発生する粉じんや家畜の放出ガスを環境規制の対象とすることについて強く反発している。

 エネルギー振興については、効率的なふん尿エネルギー利用法の確立などの技術開発を期待する一方、エタノール生産の振興については飼料価格の高騰を招くことがないよう注視すべきとしている。

 貿易関係では、外国市場の開放に役立ってきた輸出促進事業(市場アクセス事業(MAP)および外国市場開発事業(FMD))の継続を支持するとともに、不公正な外国政府規制の撤廃や、市場開放の推進を支持するとしている。

 なお、主要作物に対する価格・所得政策については、現段階で明確な立場を表明していない。これは、飼料穀物の安定供給を確保する上で現行制度は一定の役割を果たしているが、これがなくても飼料穀物の作付面積は減少しないと考えているためである。

 (2)畜産関係に特有の論点について

 家畜の個体識別については、民間がシステムを管理し、必要に応じて連邦政府や州政府の獣医師に情報提供を行う方法を支持しており、政府による義務化は適当でないとしている。また、原産地表示の義務化はコストがかかる反面利益に乏しく、かつ、貿易上の非関税障壁となり得るとして反対の立場である。州政府により衛生検査が行われた食肉の州境を越えた販売については、小規模な家族経営のと畜場を支援する観点から賛成している。また、パッカー・ストックヤード法の厳格適用を期待する一方、自由な経済活動を保証する観点からパッカーによる牧場保有禁止には反対している。

 なお、環境保護団体や動物愛護団体などの活動家による畜産業への敵対行動を強く懸念するとして、馬のと畜禁止法案に対して明確に反対の立場を表明するとともに、都市近郊において州法を根拠にした農地の強制収用が行われることへの連邦議会の監視強化、放牧地などに関する相続税の撤廃やキャピタルゲイン税の低率優遇の継続などを求めている。

 (4)全国豚肉生産者協議会(NPPC)

 NPPCは全米44州の肉豚生産者を会員とする組織である。NPPCによれば、2005年の肉豚販売額は150億ドル、関連産業も含めた国内総生産は345億ドルに上っており、14年連続で輸出記録を更新するなど、生産・輸出ともに拡大を続けている。

 次期農業法の制定に当たり、NPPCは、世界的に見た米国の豚肉産業の競争力の維持、国内における業界の競争力の強化、法制度や政府規制を最小限に保つことによる業界の競争力の保持を重視しているとしている。

 (1)現行農業法における基本論点について

 再生可能エネルギーへの取り組みについては、米国のエネルギー安全保障の観点から支持するが、同時に食料安全保障という課題にも応える適切なバランスが必要であるとしている。特に、肉豚にはエタノール生産の副産物である蒸留かす(DDGs)を給与しにくい(環境や肉質に与える影響が大きい)ため、他の家畜よりもトウモロコシ需給ひっ迫の影響は深刻であり、トウウモロコシ以外のエタノール原料を開発するための調査と技術開発が重要になるとしている。

 経営リスクの管理については、プログラム作物については言及せず、重大な家畜疾病の発生などにより輸出障壁が生じた場合の経営への悪影響を最小にするため、家畜に対するパイロット保険事業の改善について研究しているとしている。

 環境保全事業については、現行のCRPの継続を支持するが、契約農地が保全契約を解除して耕地面積が拡大することを期待するとしている。また、EQIPによる補助に占める養豚事業者のシェアが低いことを問題視し、環境改善に関する具体的な取り組みにリンクした支払い方法に改善することを提案している。

 貿易については、MAPおよびFMDによる基金への拠出を支持するとともに、2007年6月末に失効する大統領の貿易促進権限の延長を支持している。

 調査・研究関係では、NPPCは家畜のゲノム解析、ワクチン開発、エタノール副産物の利用価値向上などの研究に期待するとともに、USDAの組織として国立食料農業研究所の設立を求めている(注)


注:

米国の農業技術研究は伝統的に国から土地の無償提供を受けて設立された大学(Land Grant University。多くの州立大学がこれにあたる。)によって担われており、農業に関する国立技術研究機関は存在しない。ちなみに、陸・海・空軍の士官学校を除いて国立大学も存在しない。

 (2)畜産関係に特有の論点について

 家畜の個体識別については、家畜疾病のまん延防止と早期清浄化により国内外への販売機会を確保するため、業界全体を対象に全国家畜個体識別制度(NAIS)を義務化するよう求めている。また、2002年農業法で義務化が決まっていた原産国表示については、財政調整法との関係を整理して直ちに実行に移すべきとしている。一方、事前契約取引の禁止など、肉豚の販売方法を規制することには反対の立場である。

 なお、家畜福祉については、養豚業界が自主的に「優良豚肉確保手法」と「優良輸送確保手法」を定めてその実現に努めており、これ以上の規制強化は不要としている。

 (5)全国生乳生産者連盟(NMPF)

 NMPFは国内の酪農家を会員とする団体であり、時に乳業メーカー団体とも協力して行動する。NMPFの会員は東海岸や五大湖周辺の伝統的小規模酪農家から西海岸やフロリダの大規模酪農家に至るまで幅広いため、多くの農業者団体が次期農業法に対する意見を表明した公聴会には参加せず、これまで団体としての意見も公表していない。

 このため、参考までに、9月16日にカリフォルニアデイリー社(カリフォルニアにおける米国最大の酪農協で、傘下に680戸の酪農家を抱え、年間160億ポンド(=730万トン)の生乳を出荷する。)が下院の小委員会で述べた意見の概要を紹介する。なお、カリフォルニアは加工原料乳の生産が主体であるため、飲用乳の生産を主体とする伝統的酪農地域とは意見が異なることに留意が必要である。

 (1)現行農業法における基本論点について

 貿易政策については、ドーハラウンド交渉における輸出補助金の完全撤廃と、衡平を欠く市場アクセスおよび国内支持の改善を強く支持するとともに、輸入国の衛生検疫措置や食品表示などによる非関税障壁の改善を主張している。また、次期農業法における乳製品輸出促進事業(DEIP)の再承認と、MAPやFMDへの追加出資を求めている。さらに、輸入乳製品にもチェックオフの支払いを課すこと、乳たんぱく濃縮物(MPCs)の輸入増に対応して国境措置または国内補助を措置するよう求めている。

 環境保全事業については高く評価しており、特にEQIPについては基金の追加造成または受益者負担比率の低減を、CSPについては対象地域の拡大を求めている。

 調査・研究については、環境問題に関する調査を優先事項に含め、EQIPをはじめとする環境保全事業の予算の有効活用にその成果を活用するとともに、生産者が科学的根拠に基づいて適切な生産活動を行うことを可能とするよう求めている。

 (2)畜産関係に特有の論点について

 CCCによる約0.90ドル/ポンドでの脱脂粉乳の買上げを通じた9.90ドル/100ポンドの生乳価格支持は、再生産を確保する水準としては不十分だが、セーフティネットとして産業振興に寄与しており、費用対効果も高いことから次期農業法でも継続すべきとしている。なお、農務長官によるバター・粉乳の価格バランス変更権限の強化には反対の立場を明確にしている。

 一方、生乳収入損失契約事業(MILC)については、支払対象生乳量に上限があり、小規模農家だけが恩恵を受けることが問題であるとし、仮に、この事業が乳製品の価格支持施策の代わりに延長されるというのなら、この事業そのものに反対するとしている。

 なお、カリフォルニアでは州独自の制度を運用しているため、連邦ミルクマーケティングオーダー(FMMO)制度の改善や変更についての意見はないとした上で、FMMO制度の構造を変える場合には必要に応じて州制度の変更を検討するとしている。


6 おわりに

 96年農業法は、ガット・ウルグアイラウンドの終結に伴いWTOが発足したことを受け、米国が農業協定の順守を念頭に置きながら作ったものである。しかし、「FAIR−Act」の名の下に市場原理を大幅に取り入れたこの農業法は、価格の大幅な低下に対する脆弱さを露呈し、事実上失敗に終わっている。米国の農業関係者からは、生産者が90年代後半に経験した悪夢から解放されるにはまだまだ時間が足りないという声も聞かれ、「評判のよい」2002年農業法を大幅に改正することは極めて困難に思える。

 一方、WTOの発足から10年が過ぎ、ブラジルをはじめとする有力途上国が影響力を増す中で、米国農業の置かれた状況は厳しさを増している。政策誘導により国内の過剰供給を促し、安価な輸出を可能としてきた米国の農業政策は、綿花パネルの結果によってはドーハラウンドの決着を待たずに許されなくなる可能性すらある。

 そのような中、エネルギー安全保障を背景としたエタノールの国内需要の増大は、米国政府にとって、貿易相手国に与える影響を軽減しつつ国内関係者の要求を満足させる可能性をもったジョーカーである。しかし、世界の農産物貿易をリードしてきた米国が、エタノール産業のさらなる振興というジョーカーを切った場合、米国の飼料穀物に大きく依存している内外の畜産業界に影響が及ぶことは避けられない。

 米国の新農業法が世界の農畜産業に与える影響は、筆者が想像しているより大きいのかもしれない。

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