★ 国内現地の新しい動き


肉牛肥育地帯にみる経営合理化と牛肉輸入自由化への対応
−滋賀県大中の湖農業協同組合−

京都大学農学部講師 新山陽子、大中の湖農業協同組合畜産課長 村林和幸


 本レポートは、平成2年度農村地域調査として畜産振興事業団が調査願った報告
書の要約である。

1.はじめに

 大中の湖農協は、戦後の琵琶湖干拓によって造成された1,300haの農地を管
内におく。昭和41年からの入植により、1戸当り4haの水田の分配を受けて72
戸の農家が営農を開始した。それ以来まだわずか25年の営農の歴史であるが、短
期間に滋賀県内有数の農業地帯として発展した。

 現在、水稲、肉牛、野菜、花きが地区の基幹部門となっている。そのなかで、畜
産部門となっている。そのなかで、畜産部門は、肉牛肥育45戸・肥育牛6,40
0頭、酪農2戸・搾乳牛300頭、養豚2戸・繁殖%豚90頭の規模に達している。
なかでも、肉牛肥育は農産物販売総額(43.4億円)の61.7%をしめている。

 このような肉牛肥育の発展にあたっては、大中の湖農協を中心に先見性をもって
取り組まれた生産・流通の組織化による畜産経営基盤の整備の事業の役割に極めて
大きなものがあった。そして、現在、牛肉輸入自由化に直面し、新たな経営展開の
条件を切り開いて行くために、再びその真価が問われる時期にきている。

2.大中の湖における肉牛肥育の展開と農協事業

(1)肉牛肥育事業の展開
 大中の湖の肉牛肥育は、昭和49年にはすでに乳用種肥育牛を中心に6千頭台の
飼養頭数に達するほどの、急速な発展を遂げた(表−1)。

 それには、入植直後の昭和45年から始まった米生産調製への対応のために、水
稲の代替部門として夏野菜とともに肉牛が選択されたことが大きく影響している。

 当時、肉牛飼養はまだ役肉兼用から脱しきれない1−2頭飼いが主流であり、肉
用肥育でしかも乳用雄子牛の肥育という形態は、スムースには受け入れられない時
期であった。そのような時期に当初共同肥育ではあったものの多頭肥育を推進し、
事業を展開して行くには大きなリスクがあったものと思われる。しかし、この間に
肉牛肥育の定着・拡大をめざして、第2次農業構造改善事業などの補助事業を積極
的に導入し、大規模飼養管理施設の整備が行なわれた。

表−1 家畜飼養頭数の推移(各年2月1日調査)
年度 乳用種肥育 和牛肥育 肥育牛計 和牛繁殖雌 乳  牛
S43   407 407   41  
44 202 601 803   68  
45 172 652 824   75 15
46 807 1,735 2,542   108 43
47 2,215 1,576 3,791   159 80
48 3,185 1,212 4,397   182 148
49 5,735 860 6,595   165 170
50 5,526 846 6,372   166 185
51 4,749 691 5,440   234 180
52 4,590 744 5,334   256 178
53 4,678 847 5,525   272 218
54 4,735 854 5,589   279 224
55 4,828 693 5,521   266 222
56 5,279 756 6,035   264 182
57 5,137 884 6,021   281 171
58 4,624 1,143 5,767   313 135
59 4,758 1,062 5,820   314 174
60 4,879 941 5,820   301 127
61 5,116 869 5,985   282 127
62 5,556 900 6,456   272 165
63 5,756 963 6,719   287 132
H 1 6,067 963 7,030 65 295 122
 
  こうして経営が安定的に推移していた中で、つぎの事業展開の契機となったのは、
昭和48−49年の第1次オイルショックであった。肉牛市況の大暴落による畜産
農家は大きな負債を負うこととなった。幸い、翌50年には逆にオイルショック時
に低価格で購入した肥育素牛が高値で取り引きされ、前年の損失の大半をこの年で
挽回することができたが、このときの教訓として、肉牛肥育事業は素牛、流通飼料、
枝肉価格と市況に左右される要素が大きいので、畜産経営に対するこれらの影響を
取り除き、安定的な経営発展の基盤を確保することの必要性が痛感され、その後の
事業の課題となった。

 その第1は、市況の乱高下の影響を受けない肥育素牛の確保であり、北海道に素
牛供給基地牧場が設置されることとなった。さらに第2に転作用に活用した自給飼
料生産の拡大、第3に経営安定対策として、長期平均払い事業、肉牛価格安定基金
等の確率、第4に安定的に枝肉販売体制の確立がすすめられた。また、引続き分散
する畜産施設の団地化が進められている。

 さらに、この急発展期には、管内の飼養頭数の急激な増加に従来の糞尿処理体制
が追いつかず、畜産公害問題が発生し、これへの対策も必要とされた。

 大中の湖地区は、間近に琵琶湖をひかえ、糞尿処理状態がただちに水質汚濁に結
びつく環境下にある。このため、昭和51年以降は、家畜飼養管理施設整備と並行
して糞尿処理施設の設置を義務づけ、共同処理施設の整備、牛糞醗酵堆肥の供給を
進めた。さらに、肉牛部会と農協との申し合わせにより、5,750頭を上限とす
る飼養頭数制限をもうけ、環境整備に重点をおいた指導をおこなってきている。

(2)経営規模と飼養管理

 肉牛肥育経営は飼養規模からみて、100頭規模の200頭規模以上に大別され
る。100頭規模は水稲との複合経営が主体となっている。200頭規模以上では、
乳用種肥育が主体の場合は比較的水稲との複合経営が多いが、近年は飼料作付の拡
大、気密サイロの整備等を行ない次第に専業化する方向にある。200頭以上規模
で和牛肥育のウエイトが高い経営では、飼料作物の作付比率が高く、労働配分、飼
養管理の徹底などのために専業経営が多い(表−2)。

 飼養は、通常50uに8−10頭の肥育牛の追い込み方式であるが、近年肉質重
視の肥育と固体管理の徹底のため、仕上げ期には子牛房に3−4頭の追込みにする
形態が増加している。

 飼料は、自家配合を主体とし、肥育ステージに応じて穀物の量を増加する方式で
ある。粗飼料は稲藁中心であり、ほぼ管内の水田(600ha)でまかなわれるが、
天候不順年等には輸入藁が多用される傾向にある。転作田に作付された飼料作物は
肥育前期を中心に有効に利用され、サイレージによる通年平衡給与が普及してきて
いる。

 黒毛和種の肥育については、現在近江牛ブランドの復興をめざして系統をあげて
の振興対策が講じられている。経済性を重視し、マニュアルにもとづいた飼養管理
の徹底が課題となっている。
 
表−2 農家の営農類型
類型 水稲、
野菜
水稲、
肉牛
肉牛
専業
水稲、
酪農
酪農
専業
水稲、
養豚
水稲、
花き
水稲
その他
戸数 131 31 14 4 2 2 16 8 208
比率 63.0% 14.9% 6.7% 1.9% 1.0% 1.0% 7.7% 3.8% 100.0%
 
畜産農家の営農類型
1.肉牛100頭規模+稲作2.5ha+その他転作1.2ha 19
2.肉牛200頭規模+稲作2ha+飼料作物
3.肉牛200頭以上規模専業(飼料作物転作) 14
4.肉牛100頭規模+哺育育成50頭規模一貫+水稲2ha
5.酪農+水稲
6.酪農専業+飼料作物3.5ha以上
7.養豚一貫経営+水稲
  53戸
(3)肥育素牛調達と北海道牧場

 飼養規模が年々拡大されて行くなかで肥育素牛の確保は切実な問題であった。低
コストで、健全な素牛を、安定的に確保する道として、昭和48年に北海道芽室郡
に乳用種肥育素牛供給基地(大成牧場)が建設された。

 当時はまだ大規模な肥育素牛育成牧場はみられない時期であったため、多くの試
行錯誤を必要としたが、現在では育成成績も向上し年間をとおして安定的に肥育素
牛の供給を行なっている。牧場は本場と2つの支援牧場(元農協職員の牧場から構
成され、年間4,000頭の乳用種肥育素牛供給能力を有している。

 さらに、昭和58年には北海道広尾郡に第2の素牛供給基地「朝日牧場」を建設
し、黒毛和種肥育素牛の生産に着手した。平成元年には新たな試みとして、朝日牧
場内に交雑種のほ育育成施設を増設した。将来的には黒毛和種肥育素牛300頭、
F1肥育素牛1,000頭の生産を目標にしている。

 現在必要頭数の約7割が、これらの北海道の牧場から供給されている素牛調達状
況を表−3に、大成牧場の素牛供給実績を図−1にしめした。

図−1 大成牧場素牛供給実績

表−3 肥育素牛調達状況
  乳用種去勢 乳用種雌 和牛去勢 F1
調達先別調達量 北海道大成牧場
   4000頭/年
当用買い
    500頭/年
自家哺育育成
    700頭/年





当用買い
100〜150頭/年
自家哺育育成
100〜150頭/年
九州地方
400〜500頭/年
兵庫県
    100頭前後
朝日牧場
    100頭前後
自家産
     50頭前後
北海道朝日牧場
    500頭/年
自家哺育育成
     50頭/年



調達方法 月次計画に基づく
     計画生産
経済連・ホク連
   
農協斡旋(初生)
個人導入(初生)

−−

−−

同左

市場購入

市場購入

朝日牧場生産
管内繁殖生産
月次計画に基づく
     計画生産


農協斡旋(初生)
個人導入(初生)
(4)肉牛の販売体制

 肥育事業を開始して以来滋賀県経済連肥育素牛預託事業の運用により規模拡大を
行なっていたため、肥育牛はほとんどが経済連委託販売による枝肉出荷である。出
荷先は図−2のとおりである。

図−2 肥育牛販売状況

 管内で生産される肥育牛の85%が乳用種去勢牛であり、年間約5,300頭が
経済連食肉加工場を経由して県内量販店等に販売されている。

 格付け成績は、B−3、C−3の発生率が64%と全国平均の44%を上回って
いるものの、目標とする70%に達するには、今後も肉質向上をめざしながら合理
的な生産体制を確立する必要がある。また、肥育素牛の高騰が続いたことから、販
売額と肉質の向上をめざして肥育期間を延長する傾向がめだち、枝肉重量が増大し
ている。このため歩留まり等級でCの発生率が増加する傾向もみられ、今後はそれ
への対応が課題となろう。

 他方、和牛はほとんどが県内の地方卸売市場で枝肉販売されている。現在は他府
県への販売余力はない状態であるが、和牛肥育規模の拡大も計画されており、近江
牛産地の再興策が講じられていることからも、将来的には検討が必要となってこよ
う。

3.牛肉輸入自由化への対応と新たな課題

(1)新たな情勢に対応する長期営農構想の策定

 以上のように大中の湖では経営基盤の整備によって大規模肥育経営の安定的な発
展をはかってきたが、昭和61年に牛肉輸入枠の拡大が決定されたことにより、輸
入牛肉との競合・競争を念頭においた経営方向の見直しを余儀なくされることにな
った。このため、大中の湖農協では昭和63年に長期営農構想を策定し、畜産農家
に対して新たな情勢に対応する肉牛事業と肉牛経営の展開方向を提示した。

 長期営農構想で提起された現状分析と改善方向は次のようである。

1)マクロレベルでの現状と問題

 @国際化(牛肉輸入自由化)の進展、A国内の肥育素牛需給の逼迫、B国内の産
地間競争の激化、C輸入牛肉との価格競争(乳用種牛肉)

2)地域・経営レベルでの現状と問題

 @損益構造の問題(急激な経営規模の拡大のため肥育牛1頭当たり固定費が大。
今後牛肉輸入自由化の影響により枝肉単価・1頭当たり販売額の低下が予想され、
1頭当たり所得の減少が懸念される)A自己資本率の低さ(適正な内部留保がなさ
れていない)B経営間の販売成績の格差(飼養管理技術体系の未確定)C枝肉販売、
素牛調達における国内他産地との競合D地域内での畜産部門と耕種部門との連携

3)改善方向

@ 損益構造の改善と部門所得の向上
 牛肉輸入自由化の影響による肉牛1頭当たり期待収益の減少に対する対応策とし
て、経営費の節減、肥育牛飼養規模の拡大による部門所得の向上。飼養規模の拡大
は個別経営の状況に見合った投資により計画的に進める。現在100頭規模の経営
は当面第1段階として150頭規模への拡大をめざし、第2段階として200頭ま
での拡大を進める。

A 資本蓄積の拡大と自己資本率の向上
 長期的な資本管理計画を農協各部所、組合員が一体となって樹立する。特に長期
平均払い事業の強化により自己資本蓄積を進める。

B 飼養技術水準の向上
 肉牛部会を中心に共通認識をもってこれにあたる。当面、各品種別飼養管理マニ
ュアルの再編成を急ぎ、技術指標の作成・普及をはかる。

C 国内他産地との競合の回避・緩和
 農協・部会による情報収集をとおして、新技術の提供、情勢報告につとめ、機敏
な対応をはかれるようにする。素牛調達において北海道基地牧場をより有効に活用
する。なかでも交雑種素牛の生産振興をおこなう。販売面では、量販が主体となる
ことから、安定出荷・規格統一と品質向上につとめ、卸売市場出荷に偏らない販売
体制を確立する。

D 地域農業としての畜産の位置づけの強化
 地域複合化を基本とした営農類型の策定を行い、家畜堆廐肥の利用促進、稲藁と
の交換を通じて耕種部門へ貢献し、健全な地域農業の展開をめざす。


(2)取り組みの進展と新たな課題

 まず、第1に1戸当たり飼養頭数規模の段階的な拡大がめざされているが、これ
は大中の湖農協管内の肉牛総飼養頭数制限と抵触する。このため、新たに5,70
0頭の処理能力をもつ糞尿処理施設が整備された。これによって上限の見直しが実
現し、平成7年を目標に肉牛総飼養頭数を9,600頭まで拡大することとなった。

 つぎに、自己資本の蓄積については、長期平均払い事業を利用して、一般飼養費、
家計費を含む講座管理方式によって経営と家計の会計的分離が可能なシステムを設
け、経営に内部留保金が蓄積できる仕組みがつくれらた。しかし、その結果は、経
営損益の主要費目である素牛代、飼料代、肥育牛販売額の相場変動が大きく、単年
度収支を安定させること自体が困難であり、内部留保金のコンスタントな蓄積もむ
ずかしいことが改めて認識されることとなった。そのため、単年度収支の均衡もさ
ることながら、適性な資金繰りの考え方も確立することが新たな課題とされている。

 経営間の収益性格差、特にその基本的な原因となっている技術格差の改善に関し
ては、飼養管理技術マニュアルの見直しがなされている。同時に、枝肉格付け明細
書のデータを利用して農家毎の飼養管理技術上の問題点が把握され、改善策の検討
が行われて、既に成果もあがっている。

 大規模経営の経営管理においては、経営内部のコントロール可能な要素と、経営
内部ではコントロール不可能な経営外部要因によって決定される要素とを識別して
取り扱い、経営内部でコントロール可能な要素に即して経営管理指標を確定し、管
理のチェックし評価を明確にすること、結果をチェックし評価できるようにするこ
とが必要である。その点で、枝肉単価は相場で変動をするためこれを経営コントロ
ールすることはできないが、各付け明細書で評定の対象となる枝肉の品質指標は、
経営が飼養技術の改善によって向上させることのできるものであり、重要な管理指
標になるといえる。この指標の利用は、同時に、販売管理面からみて、量販体制下
で製品の斉一性を確保するための品質管理指標としても重要な意義をもつ。

 さらに、肥育素牛の安定供給については、北海道基地牧場の有効が基本にすえら
れているが、今後生産の拡大がめざされている黒毛和種については肥育素牛を管内
でも供給できるように、肥育経営に30頭規模の繁殖部門を導入・定着することが
すすめられている。これはよって、黒毛和種の肥育素牛の3分の1が自給できる見
通しである。北海道基地牧場では、とくに黒毛和種とF1の肥育素牛の供給の拡大
が課題となっている。


4.おわりに

 大中の湖では、昭和41年からの入植ののち、米生産調製、オイルショックによ
る景気変動と、次々に大きな波をかぶりながら、短期間のうちに産地形成をかぶり
ながら、短期間のうちに産地形成を余儀なくされたにもかかわらず、今日まで難関
を見事にくぐり抜け、肉牛肥育の一大産地を築いている。この背景には、肉牛農家
の大きな努力とともに、本文でみたような、大中の湖農協の思い切った先行投資を
含め、きわめて先見性のある肉牛事業の展開と、それによって形成された生産・流
通の組織化よる産地体制づくりと経営基盤の整備があったのである。

 現在ふたたびかつてなく大きな難関に直面しているが、長期営農構想に基づいた
対応がすでに始まっている。そのなかで、今後さらに一層の経営と産地体制の革新
の道がさぐられるものと思われる。

◎校正ミスの訂正とお詫び
 前号(6月号)の巻頭言の文中、成長ホルモンは肥育ホルモンの間違いです。以
上訂正し、お詫び申し上げます。


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