★論 壇


日米の肥育牛生産技術と生産費構造−事例調査を中心として比較研究−

九州大学農学部助教授 甲斐 諭


1.はじめに

 本稿は、昨年の夏に、アメリカのカリフォルニア州とコロラド州において商業的
フィードロットと繁殖肥育一貫農家を訪問し、その生産技術と生産費について調査
する機会を畜産振興事業団より与えて頂いて研究結果の一部である。

 調査研究の目的は、我が国の牛肉生産の合理化と低コスト化の可能性追求の参考
に資するため、米国における対日輸出向け肥育牛生産の技術とコストを調査し、我
が国の現状と比較検討することにより、日米の肥育牛生産技術とコストの違いを明
確にし、我が国の牛肉生産の合理化とコストダウンの方策を検討するとであった。

 詳しい調査結果は後日に譲り、ここではその一部を以下に簡潔に報告したい。


2.調査経営の概要

 調査では3つの商業的フィードロットと1戸の繁殖肥育一貫農家を調査研究対象
とした。まず、ここでは、それらの経営の概要を紹介しよう。

(1) 日本からの委託肥育実施牧場〜ホートン・キャトル・カンパニーズ〜の事例

表−1 ホートンフィードロットの概要
1977年にコロラド州北東地域で、5,000頭の肥育から開始
現在、5ヵ所のフィードロット(合計65,000頭肥育可能)を保有
牛肉生産と子牛生産の研究、肉の小売、レストラン経営等を行う企業体
コロラド州グレリー市の17,000頭肥育可能規模牧場において、現在、10,000頭肥育中、うち8,000頭は日本企業からカスタムフィーディング
もと牛はモンタナ州、ユタ州、アイダホ州、テキサス州、コロラド州、カリフォルニア州等から導入、ブラックアンガスはモンタナ州からのもと牛が最良
コーンサイレージ、コーン、小麦、乾草はコロラド州内農家から契約生産により調達
日本向け肥育:750〜800ポンドのもと牛導入、280〜300日の肥育後に、1,600ポンドで出荷
アメリカ国内向け肥育:500〜750ポンドのもと牛導入、120〜150日の肥育後に、1,300ポンドで出荷
事故率1パーセント未満、デイリーゲイン(DG)は150日まで3〜3.5ポンド、それ以降は2.5ポンド程度、飼料要求率は乾物でアメリカ向けが約7ポンド、日本むけが約8〜9ポンド
 日本からの委託肥育を現在実施しているホートン・キャトル・カンパニーズ(略
称:ホートンフィードロット)の概況を表−1に示す。1977年にコロラド州の
北東地域で、5,000頭の肥育から開始した肥育牧場である。現在は、5カ所の
フィードロットで65,000頭の肥育が可能な施設を有している。また、牛肉生
産と子牛生産の研究、肉の小売、レストランの経営などの分野にも関連会社を持つ
企業体である。

 5ケ所のフィードロットのうちコロラド州内の50マイル以内にある3カ所のフ
ィードロットの合計飼養頭数規模は42,000頭であり、他の2カ所のフィード
ロットはリースしている。コロラド州グレリー市近郊にあるフィードロットの飼養
規模は17,000頭であるが、最近、子牛供給が充分でなく、子牛価格が高いの
で、現在は10,000頭が飼養されているだけである。そのうち、8,000頭
は日本企業からのカスタムフィーディング(委託肥育)である。このフィードロッ
トは、現在では、米国内で最大の日本企業からのカスタムフィーデングを行ってい
るフィードロットになっている。

 前述のように、この会社は牛肉生産や子牛生産関係の研究施設を有し、肥育技術
の試験、家畜栄養や健康管理の試験、フィードロットのマネジメントなどの試験研
究を行っているのが特徴である。

写真.1万頭肥育中のホートンフィードロッド
   :うち8千頭は日本からの委託肥育である。

(2)日本からの委託肥育中止牧場〜ハリスランチビーフカンパニー〜の事例

 ハリスランチビーフカンパニー社(略称:ハリスランチ)は、表−2のように、
フィードロット、もと牛育成牧場、パッキングプラント、肉の小売、レストラン、
ホテルなどを経営する企業体である。飼養可能規模は10万頭であるが、現在は子
牛価格が高いので飼養規模満杯の肥育ができない状態であり、約8万頭を飼養して
いる。

 毎日約800頭の肥育牛を出荷しており、年間の出荷頭数を約24万頭(8万頭
×3回転)である。

 農地を8万5,000エーカー所有しており、そのうち2万エーカーをフィード
ロットと粗飼料生産に利用している。ネバダ州やオレゴン州等にある6万5,00
0エーカーの土地はもと牛の育成放牧地として利用している。

写真.8万頭肥育中のハリスランチ
   :うち15〜20%が1,300人から委託肥育である。

表−2 ハリスランチの概要
フィードロット、もと牛育成、パッキングプラント、肉の小売、レストラン、ホテル等を経営する企業体、西海岸唯一の政府認定輸出検疫フィードロットを所有、ただし、子牛生産は行っていない
飼養可能規模は10万頭、現在は約8万頭を飼養中、毎日、約800頭年間約24万頭の肥育牛を出荷
農地8万5,000エーカーを所有、うち2万エーカーはフィードロットと粗飼料生産に利用、ネバタ州等に所有する6万5,000エーカーの土地は500ポンド以下のもと牛の育成に利用
以前、日本から委託肥育を実施、現在は中止、アメリカ国内の約1,300人のカスタマーからの委託肥育を実施中、委託肥育頭数は全飼養頭数の15〜20%
1頭1日当たり飼料給与量23ポンド、1日当たり増体重約3ポンド、飼料要求率はアメリカ国内向けが7.5ポンド
650〜700ポンドのもと牛をオレゴン州、ワシントン州、ニューメキシコ州等から導入、アメリカ国内向けの肥育期間は120〜130日、出荷体重は1,150ポンド、出荷牛の80%は自社パッキングプラントでと畜解体処理
 それらの放牧地は500ポンド以下の小さいもと牛を導入した場合に放牧し、育
成する土地である。しかし、もと牛の生産は行っていない。その理由は繁殖部門は
母牛購入に大きな資本投下が必要であり、しかも子牛価格が非常に不安定で、その
収益性が低く不安定であるからである。各地に放牧地を所有しているのは、年間の
各時期に季節の異なる各地で放牧や乾草収穫を行うためであり、一か所に集中した
場合の季節的制約を回避するためである。

 ハリスランチは以前に日本からの委託肥育を行い、名古屋市のA社がカスタマー
(委託者)の一人として、枝肉40%、部分肉60%の割合で日本に輸出していた
が、現在は中止している。現在の飼養頭数である約8万頭の15〜20%がアメリ
カ国内の約1,300人のカスタマーからの委託肥育である。1990年までは飼
養頭数の約60%がカスタムフィーデングであったが、91年になって、子牛の供
給が充分でなく、価格も高くなり、しかも肥育牛価格が低落しているので、カスタ
ムフィーデングのメリットがなくなり、現在では自社の肥育牛の割合が高くなって
いる。

写真.和牛とのクロスによるアンガスの日本式肥育試験
   :コロラド大学との共同研究。

 ハリスランチは肥育牛を生体で日本に輸出するときのアメリカ西海岸における唯
一の輸出検疫フィードロットとして政府から認定されている。以前は1,350ポ
ンド程度の生体を日本に空輸していたが、空輸コストの上昇、日本での動物検疫施
設規模の制約、輸入関税の70%への引き上げ等により、空輸は現在中止されてい
る。

 1990年7月からコロラド大学との共同研究を行っており、和牛系統の肥育試
験を実施している。@ブラックアンガスと和牛統計とのクロス、Aブラックアンガ
スとヘレフォードのクロスと和牛系統とのクロス、B日本のあか牛系統のクロスな
どを用いて、18か月肥育と12か月肥育の試験を実施している。デイリーゲイン
は1ポンドであり、1991年12月に出荷される予定である。

(3)日本からの委託肥育期待牧場〜ミラー・デイバーシファイド・コーポレー
  ション〜の事例

 ミラー・デイバーシファイド・コーポレーション(略称:ミラーフィードロット)
は、表−3のように、コロラド州ウェルデ郡にあり、フィードロット、不動産業、
金融業などを経営する企業体である。フィードロットは2か所あり、1つは196
0年に開設したもので、1万5,000頭規模であり、土地面積は140エーカー
である。他の1つも1万5,000頭規模であるが、土地面積は220エーカーで
ある。

 2つのフィードロットの合計飼養可能頭数は3万頭であるが、現在は2万1,0
00頭しか飼養されていない。

 ミラーフィードロットではアメリカ国内からのカスタムフィーデングを受け入れ
ており、日本からのカスタムフィーディングを期待しているが、まだ実現していな
い。国内のカスタマーは子牛生産者、穀物ブローカー、不動産業者、その他の金持
ちなど多様である。

写真.ミラーフィドロット
   :日本からの委託肥育を期待している。

表−3 ミラーフィードロットの概要
コロラド州ウェルデ郡にあり、フィードロット、不動産業、金融業などを経営する企業体
フィードロットを2か所所有、第1のフィードロットの飼養可能規模は15,000頭で、面積は140エーカー、第2のフィードロットの飼養可能規模も15,000頭であるが、面積は220エーカー、両フィードロットの現在の合計飼養頭数は21,000頭
国内のカスタマーは子牛生産者、穀物ブローカー、不動産業者その他の金持ち、特に日本から委託肥育を期待している
27人の従業員を雇用、うち3人は粗飼料生産に専従、小麦、トウモロコシ、コーンサイレージ、アルファルファを給与
もと牛は去勢牛の場合750〜800ポンド、メス牛の場合550〜600ポンド、カンサス州、カリフォルニア州、ワイオミング州等季節により全国各地から導入、アンガス、ヘレフォード、ブラーマン及びそれらのクロスが主体
120〜130日の飼育後に1,250ポンド程度で出荷、1ポンドの増体に50セント程度の生産費が必要
フィードロットの汚水が地下水を汚染している可能性があると心配している、ホコリの拡散防止のために、時により、1日に20,000ガロンの水をフィドロットに散水
(4)ビル・フランク牧場の概要

 ビル・フランク牧場は、表−4に示すように、コロラド州ウェルデ郡にある肉用
牛の繁殖と肥育を行う農家一貫経営であり、農地800エーカー(320ヘクター
ル)を所有し、母牛200頭、種雄牛6頭、更新用若雌牛36頭、若雌肥育牛60
頭を飼養している。農業労働力は経営主と最近結婚し近隣に住むようになった娘婿
の2人である。

表−4 ビル・フランク牧場の概要
コロラド州ウェルデ郡にある肉用牛の繁殖と肥育を行う農家一貫経営
農地800エーカーを所有、うち400エーカーはかんがい畑地、100エーカーはかんがい放牧地、300エーカーは自然放牧地
労働力は経営主と娘婿の2人
母牛200頭、種雄牛6頭、更新用若雌牛36頭、若雌肥育牛60頭を飼養、品種はアンガスとキアニナの交雑種
まず、人工受精を行い、未受胎のとき自然交配、子牛生産率95〜98%、毎年2〜3月に集中的に出産させる季節繁殖、6か月間母子放牧
子牛価格が100ポンド当たり70ドル以上なら去勢牛は子牛のまま出荷、雌子牛のみ肥育、70ドル以下なら去勢牛と雌子牛を肥育、常に更新用雌牛は肥育から除外し、育成
肥育期間は10〜12か月、出荷体重は雌牛が1,075〜1,100ポンド、去勢牛が1,350〜1,400ポンド、飼料要求率は8〜9ポンド、デイリーゲイン2.2ポンド、ハイチョイス率90〜92%
畑のかんがいによりアルファルファは1回刈りが4回刈りに、トウモロコシの収量は倍増、母子2頭の放牧飼養に必要な面積はかんがい放牧地では1エーカー、自然放牧地では乾草を搬入供給して5エーカー
 農地800エーカーのうち400エーカー(160ヘクタール)には灌漑施設が
設置されており、トウモロコシとアルファルファの生産が行われている。また、他
の400エーカーは放牧地として利用されている。

 放牧地の400エーカーのうち100エーカー(40ヘクタール)にも灌漑施設
が設置されているので、時により放牧地にしたり、採草地にしている。他の300
エーカー(120ヘクタール)には灌漑施設が設置されていないので自然放牧地と
してしか利用されていない。自然放牧地では風車により少量ずつ地下水を汲み上げ
ており、放牧牛の飲料水を辛うじて確保している。

 灌漑水はポンプによって汲み上げられた地下水であるので、地下水枯渇の心配か
ら、これ以上の地下水の汲み上げを州政府が許可していない。従って、自然放牧地
を灌漑草地に転換することができず、自然放牧地の牧養力の向上ができない状態に
ある。

 円を描きながらゆっくり回転し散水しているスプリンクラーのアームの長さは約
4分の1マイル(約400メートル)であり、132エーカー(約53ヘクタール)
に灌漑している。散水の程度により、回転スピードが調整できるようになっている。
地下水は65フィート(約20メートル)の地下ら汲み上げられており、1分間に
1,000ガロンの水が供給されている。

写真.5月中旬から10月末までの母子放牧
   :母牛200頭、農地320ha、労働人2人の繁殖肥育一貫農家

 当地域では灌漑施設がなければアルファルファは1回刈りしかできないが、この
灌漑施設の設置により4回刈りが可能になり、また、トウモロコシの収穫量も倍増
している。一般に、当地域の原野は灌漑水がなければ牧養力が非常に低い自然放牧
地にすぎない。

 自然放牧地では牧養力が低いので、常に乾草を搬入供給して、栄養補給を行って
いる。自然放牧地では300エーカー(約120ヘクタール)の土地で60頭の母
牛とその子牛が乾草の供給を受けて飼養されているが、灌水放牧地では乾草の供給
を行わず、65エーカー(約26ヘクタール)に65頭の母牛とその子牛放牧され
ている。1頭の母牛と1頭の子牛の飼養に必要な放牧地面積は、自然放牧地の場合
が5エーカー(約2ヘクタール)であり、灌水放牧地では1エーカー(約40アー
ル)であるので、その格差は5倍である。しかも、前述のように、自然放牧地では
乾草の搬入供給が必要である。

 灌水放牧地では5月15日ら放牧を始め、雪が降り始める10月末日まで放牧が
実施されている。

 飼養している肉牛の品種はアンガスとイタリア原産のキアニナとの交雑種である。
種雄牛の体重は2,400ポンド(約1.1トン)である。

 フランク氏自身が飼養している種雄牛から採取した精液を用いて、まず人工授精
を行い、未受胎の場合は自然交配を行っている。子牛生産率95〜98%と非常に
高い。毎年、2〜3月に子牛が生産されえるように季節繁殖を行っており、6か月
間は母牛と一緒に放牧し、授乳させている。

 離乳時点で子牛価格を検討し、去勢子牛をそのままで販売するか自ら肥育するか
を判断している。もし、子牛価格の相場が100ポンド当たり70ドル以上の時は
去勢牛を出荷販売する。しかし、雌子牛は更新用を除いて、自ら肥育している。7
0ドル以下の時は去勢牛と更新用を除いて雌牛も自ら肥育している。本年は700
〜800ポンドの去勢牛が100ポンド当たり84ドルで販売できたので、去勢牛
を販売し、更新用を除いて雌子牛だけを肥育している。雌子牛だけは子牛価格に関
係なく肥育している。その理由は自ら生産している粗飼料の有効利用を図るためで
あり、自らの就業機会を確保するためである。

 飼料は穀物、粗飼料とも自家産飼料であり、乾草やサイレージ、トウモロコシ、
アルファルファを生産し、供給している。肥育する場合は育成期間も含めて10〜
12か月間の長期肥育を行っているが、肥育の最後の4か月間はトウモロコシだけ
で肥育している。

 肥育収量後の生体重は雌牛で1,075〜1,100ポンド、去勢牛で1,35
0〜1,400ポンドとなっている。長期肥育であるために、飼料要求率は8〜9
ポンドであり、デイリーゲインは2.2ポンドである。パッカーに肥育牛を販売し
ているが、長期肥育であるために、ハイチョイスが90〜92%であるなどパッカ
ーから高い評価を受けている。


3.肥育技術比較

 上記の4フィードロットのうち繁殖肥育一貫農家を除き、3つの商業的フィード
ロットの対日輸出向け肥育技術を表−5に要約して表示している。単位は後述の日
本との比較のためにポンドをkgに、ドルを円に換算している。ちなみに、1ドル
は134円にて換算した。

 もと牛の導入時体重は360〜440kg程度であり、対日輸出向けは国内向け
よりやや大きくなる傾向がある。もと牛1kg当たり単価は233円程度である。
死亡率は0.5%で非常に低い。肥育期間は127口から283口までであり、も
と牛の導入体重と逆相関関係にある。

 1頭あたり増体重は208〜340kgで、肥育期間と正の相関関係にあり、ま
た、もと牛の導入体重を逆相関関係にある。1日当たり増体重は、1,200〜1,
640gである。1トン当たり飼料費は1.17〜2.06万円である。肥育牛出
荷体重は612〜700kg程度である。

表−5 対日輸出向け3肥育場の肥育技術
   ホートン ハリス ミラー 3肥育場平均
もと牛導入時体重(kg) 362.9 362.9 436.8 387.5
もと牛1kg当たり単価(円) 254.1 201.6 243.7 233.1
死亡率(%) 1.0 0.5 0.0 0.5
肥育期間(日) 283.0 200.0 127.0 203.3
1頭当たり増体重(kg) 340.2 249.5 208.2 266.0
1日当たり増体重(g) 1,202.0 1,247.5 1,639.4 1,363.0
1トン当たり飼料費(円) 11,725.0 20,636.0 12,718.0 15,026.3
肥育牛出荷体重(kg) 703.1 612.4 645.0 653.5
注:1ドルを134円に換算した。

 上記の3フィードロットの技術平均値と日本の乳用おす、黒毛和種との比較検討
をしてみよう。表−6の日本の数値は農林水産省の『平成元年畜産物生産費調査報
告』による数値である。肉質が大きく異なり、比較年度に若干の食い違いがあり、
また、米国の数値が3フィードロットからの平均値であるのに、日本の数値は多数
の調査事例の平均値であるなど直接的な比較には問題が多いことに留意して分析を
進める。

 まず、乳用おすと米国の比較に注目する。もと牛の導入時体重は乳用おすの方が
小さく70.5%である。乳用おすの方がもと牛の1kg当たり単価は3.7倍高
く、肥育期間は2.1倍長く、1頭当たり増体重は1.7倍重い。しかし、乳用お
すの方が1日当たり増体重は78.3%と小さい。また、乳用おすの方が1トン当
たり飼料費は2.6倍高く、高く、肥育牛出荷体重は1.1倍重い。

 次に、黒毛和種と米国の比較を行う。もと牛の導入時体重は黒毛和種の方が小さ
く74.8%である。黒毛和種の方がもと牛の1kg当たり単価は6.1倍高く、
肥育期間は2.9倍長く、1頭当たり増体重は1.2倍重い。しかし、黒毛和種の
方が1日当たり増体重は47.7%と小さい。また、黒毛和種の方が1トン当たり
飼料費は2.6倍高く、肥育牛出荷体重はほぼ同じである。

 以上要約すると日本の方がもと牛1kg当たり単価が4〜6倍高く、肥育期間が
2〜3倍長く、1トン当たり飼料費が2〜3倍高い。一方、1費当たり増体重は5
0〜80%であると言えよう。

表−6 日本と3肥育場との肥育技術比較
   日本 米国3肥
育場平均C
日米比較
1A/C(%)
日米比較
2B/C(%)
乳用おすA 黒毛和種B
もと牛導入時
体重(kg)
273.1 289.9 387.5 70.5 74.8
もと牛1kg
当たり単価(円)
860.2 1,419.0 233.1 369.0 608.8
死亡率(%) 0.5
肥育期間(日) 423.0 588.0 203.3 208.1 289.2
1頭当たり
増体重(kg)
451.4 318.9 266.0 169.7 119.9
1日当たり
増体重(g)
1,067.1 649.5 1,363.0 78.3 47.7
1トン当たり
飼料費(円)
38,506.0 38,509.0 15,026.3 256.3 256.3
肥育牛出荷
体重(kg)
724.5 671.8 653.5 110.9 102.8
注 :1ドルを134円に換算した。
資料:日本の資料は農林水産省『平成元年畜産物生産費調査報告』1990年より
   作成。


4.肥育牛生産費比較

 表−7に、アメリカの対日輸出向け肥育牛の生産費を示す。ホートンについては
計画書と事業書の2ケースについて表示している。アメリカの生産費項目と日本の
それとは厳密には対応していないが、大きな費用では対応しているので、比較分析
は可能である。ただし、アメリカでは金利をもと牛とその他に分けているが、合計
して日本流に資本利子とした。また、金利込み生産費を第2次生産費とした。さら
に、第2次生産費から大きな費目であるもと牛費、飼料費、資本利子を除いた数値
をアメリカ流に管理費とした。この管理費のなかには日米間で直接的に対応させに
くい多くの費目を含んでいるが、少額のため、一括して、管理費とした。

 1頭当たりのもと牛費は9.1万円、飼料費は5.3万円で、この2費目で第2
次生産費の92%に達している。1頭当たり販売額が14.9万円であるので、利
潤はマイナス8千円となっている。フィードロットにとって、このマイナスの利潤
は自己牛の場合は直接的に経営の赤字になるが、カスタムフィーデングの場合すな
ち委託牛の場合は、カスタマーの負担となり、フィードロットは委託料を受け取る
ので、被害はない。しかし、カスタムフィーデングが減少するという間接的な悪影
響を受けるであろう。

 以上のアメリカの生産費と日本のそれとを表−8で比較してみよう。まず、乳用
おすと米国の比較に注目する。乳用おすの方が1頭当たりもと牛費は2.7倍高く、
11頭当たり飼料費は3.2倍高く、管理費は12.3倍高く、1頭当たり資本利
子は1.6倍高い。結局、乳用おすの方が1頭当たり第2次生産費は3.1倍高く、
100kg当たり第2次生産費は2.8倍高く、1日当たり第2次生産は1.5倍
高い。

 次に黒毛和種と米国の比較を行う。黒毛和種の方が1頭当たりもと牛費は4.6
倍高く、1頭当たり飼料費は3.7倍高く、管理費は20.7倍高く、1頭当たり
資本利子は3.1倍高い。結局、黒毛和種の方が1頭当たり第2次生産費は4.7
倍高く、100kg当たり第2次生産費も4.7倍高く、1日当たり第2次生産費
は1.7倍高い。

表−7 対日輸出無か3肥育場の肥育牛生産費
    ホートン
(計画書)
ホートン
(事業書)
ハリス ミラー 3肥育場
平均
1頭当たりもと牛費 93,125 93,125 73,528 106,408 91,547
1頭当たり飼料費 57,465 55,745 72,020 26,346 52,894
1頭当たり管理費 1,353 8,722 7,370 2,198 4,911
1頭当たり資本利子 9,501 9,719 6,204 4,199 7,406
1頭当たり第2次生産費 161,444 167,311 159,122 139,151 156,757
1頭当たり販売額 161,446 167,311 144,720 121,538 148,754
1頭当たり利潤 2 0 -14,402 -17,613 -8,003
100kg当たり第2次生産費 22,962 23,797 25,985 21,574 23,580
100kg当たり販売額 22,963 23,797 23,632 18,847 22,310
100kg当たり利潤 1 0 -2,353 -2,727 -1,270
1日当たり飼料費 203.1 197.0 360.1 207.4 241.9
1日当たり第2次生産費 570.5 591.2 795.6 1,095.7 763.3
注:日本の肥育牛生産費費目に対応させるために金利は資本利子とみなし、また金
  利込み生産費を第2次生産費とみなした。1ドルを134円に換算した。

表−8 日本と3肥育場との肥育牛生産費比較
    日  本 米国3肥
育場平均C
日米比較
1A/C
日米比較
2B/C
乳用おすA 黒毛和種B
1頭当たりもと牛費 243,217 421,599 91,547 265.7 460.5
1頭当たり飼料費 169,848 196,899 52,894 321.1 372.3
1頭当たり管理費(注) 60,234 101,410 4,911 1,226.6 2,065.1
1頭当たり資本利子 11,889 23,024 7,406 160.5 310.9
1頭当たり
第2次生産費
485,188 742,932 156,757 309.5 473.9
1頭当たり販売額 531,412 839,084 148,754 357.2 564.1
1頭当たり利潤 46,224 96,152 -8,003
100kg当たり
第2次生産費
66,966 110,588 23,580 284.0 469.0
100kg当たり販売額 73,349 124,901 22,310 328.8 559.8
100kg当たり利潤 6,383 14,313 -1,270
1日当たり飼料費 401.5 334.9 241.9 166.0 138.4
1日当たり
第2次生産費
1,147.0 1,263.5 763.3 150.3 165.5
注 :日本管理費は第2次生産費からもと牛費、飼料費、資本利子を減じた概念と
   した。 1ドルを134円に換算した。
資料:日本の資料は農林水産省『平成元年畜産物生産費調査報告』1990年より
   作成。


5.肥育牛生産費格差の規定要因

 以上を要因すると日本の方が1頭当たり第2次生産費で3.1〜4.7倍高く、
100kg当たり第2次生産費で2.8〜4.7倍高く、1日当たり第2次生産費
では1.5〜1.7倍高いと言えよう。

 飼養頭数規模では日米間に決定的な格差が存在している。米国での本調査対象は
1万頭〜8万頭であり、日本のデータは黒毛和種が15頭弱、乳用おすが50頭弱
であった。にも拘わらず、1日当たり第2次生産費では各差は以外に小さく1.5
倍前後である。

 1頭当たり第2次生産費の格差には主に肥育期間の格差が大きく関係している。
その点を確認しておこう。1頭当たり第2次生産費(C)は、1日当たり第2次生
産費(D)と肥育期間(T)との積として表現されえるので、次式が成立する。た
だし、日本をJ、米国をAとする。

    JC/AC=(JD/AD)×(JT/AT)

 ここで、日本に乳用おすと米国の数値を上式に代入すると次式が成立する。

    3.1≒1.5×2.1
 
 また、日本の黒毛和種と米国の数値を代入すると次式が成立する。

    4.7≒1.6×2.9

 極論すれば、日米間の生産費には3〜4.5倍の格差があるが、それは1日当た
り生産費格差の1.5倍と肥育期間の2〜3倍の格差に起因していると結論できる。

 各費目について若干の検討を加えよう。1頭当たりもと牛費の格差は大きく、日
本にとって、これの削減が最も大きな課題といえよう。1頭当たり管理費は大きな
費目ではないが、日米間には大きな倍率ん格差が存在している。その内容をみると
飼養管理労働費や建物償却費である。労働費は飼養頭数規模の格差と肥育期間の格
差に起因するものであり、建物償却費は牛舎を必要とする日本と屋外で飼養する米
国との気候の違いに起因するものであるといえよう。


6.むすび

 最後に、我が国の肉牛生産の合理化と低コスト化にとって米国のフィードロット
の何が参考になるのか検討し、コストダウンの方策について考察してみよう。

 日米双方の経営を比較した場合、日本に比較して米国のコストダウン要因は@も
と牛費、A気候、B飼養頭数規模、C飼養管理技術、D経営管理能力などであると
思われる。

 もと牛は山岳地帯で放牧により大規模生産される場合と畑作の繁殖肥育一貫経営
の放牧によって生産される場合があるが、いずれも放牧が採用されていることであ
る。また、フィードロットではアンガスやヘレフォードのみならずそれらの交雑種、
あるいは肉質は悪いが暑さに強いブラーマンやメキシコ牛などが導入され、事故率
を小さくし、肥育効率を引き上げている。

 気候も大きな要因である。1年のうち300日が晴天であると言われているが、
そのために牛舎や飼料倉庫が不要で、そのために建物の償却費が不要になっている。

 飼養頭数規模が大きいので、1頭当たりの労働費や機械費、施設費が削減されて
いる。ホートンフィードロットでは1万頭を12人で管理しているが、1人当たり
に換算すれば833頭になる。また、ハリスランチでは8万頭を45人で管理し、
1人当たり管理頭数は1,778頭である。また、8万頭に対して4台の自動車で
給餌している。一台当たり2万頭に給餌している。

 飼養管理技術も優れている。1〜8万頭を飼養しながら死亡率は1%未満である。
これはワクチンや抗生物質などが注射されているからであるが、牧夫は飼養管理専
門であり、病牛の発見に優れている。また、体重別性別管理、ホルモン剤の投与も
行われている。栄養計算は専門の栄養士が行い、発育ステージに即して飼料給与が
なされている。さらに、スチーム加工など消化率の向上対策もなされている。

 経営管理能力には特筆すべきものがある。飼料などに対するヘッジング、損失を
転嫁するためのカスタムフィーディング、肉の小売、レストランやホテルの経営、
不動産経営など複合企業体にして危険を回避するなどリスク管理がなされている。
トウモロコシの価格が高くなれば、大麦に切り変えるなどの素早い対応、牧夫には
メキシカンなどを採用するなどの労務管理、肥育牛の相対販売のための情報購入、
肥育牛のコンピュータ管理など大規模なフィードロットを管理していく組織力、情
報力、管理能力は非常にすぐれているといえよう。

 しかし、米国のフィードロットにもコストアップ要因はある。@灌漑施設投資、
A環境保全、B金利などの制度問題である。

 雨の降らない気候であるが、暑さを解消し、埃の拡散を防止するために灌水施設
の設置が必要である。また、牧草の栽培にも円を描きながら灌水するピポットイリ
ゲーション施設の設置などが必要である。1万5千頭のフィードロットでは時によ
り1日当たり2万ガロンの灌水が必要である。

 環境保全も重要課題であり、大規模であるが故に、糞尿による地下水汚染問題が
深刻化する危険性を孕んでいる。また、子牛生産は多くの場合国有地への放牧でな
されているが、そこでの過放牧を回避するために放牧料を引き上げる運動が展開さ
れており、今後、子牛生産頭数は減少し、コストは上昇するものと思われる。

 米国では農業投資の金利水準が10%程度と高く、コストアップ要因になってい
る。また、農業投資に対する税制上の優遇措置が軽減され、投資家のカスタムフィ
ーデングのメリットが少なくなっている。これが子牛生産頭数を減少させている1
つの要因になっているのである。

 以上、米国のフィードロットのコストダウン要因とコストアップ要因について検
討したが、気候条件を除いて、多くの要因が参考になると思われる。我が国の肥育
牛生産の合理化、低コスト化が期待される。

≪追記≫

 筆者らの米国調査に関して農林水産省、畜産振興事業団から格別の御高配を賜わ
った。多くの御世話になった方々に、衷心より御礼申し上げます。


元のページに戻る