★ 巻頭言


新しい食料・農業・農村政策の方向と今後の畜産政策

農林水産省畜産局 畜産総合対策室


T 新しい食料・農業・農村政策に関する検討

 農業は、国民生活にとって最も基礎的な物資である食料の安定的供給、地域社会
の維持など我が国経済社会の安定的な発展の基盤として基本的かつ多面的な役割を
果たしてきたが、我が国の経済が急速に発展する中で、農業後継者の減少等による
担い手不足の深刻化、面積の耕作放棄地の発生など、農政は大きな転換を遂げなけ
ればならない局面に立ち至っている。

 このため、我が国農業、農村が今後とも経済社会の基盤として一層の発展を図る
観点から、中長期的視点に立って、新しい食料・農業・農村政策に関する政策体系
を再構築することとし、農林水産省内に「新しい食料・農業・農村政策に関する検
討本部」を設置し、平成3年5月以来、基本課題の論点整理と方向付けのための検
討が進められてきた。

 この検討の結果、平成4年6月、同本部から「新しい食料・農業・農村政策の方
向」(以下、「新政策の方向」と記す。)として報告され、その概要は本誌6月号
で紹介したところであるが、本稿では、この新政策の方向を受け、畜産分野におけ
る今後の政策対応の方向について概略紹介することとする。

 なお、畜産局としては、今後この新政策の方向に沿って、施策等を見直し、段階
的かつ着実に新たな政策を実現することとしており、本稿V章で紹介するように、
その一部は平成5年度概算要求として具体化されたものもあるほか、農林水産省全
体で引き続き検討すべき課題もある。


U 政策展開の方向と畜産施策

 新政策の方向は、全体が2部で構成されており、第1部には今後の農政展開に当
たっての理念の整理が、第2部には「政策展開の方向」として今後の具体的な農業
政策のあり方が記述されている。

 以下、この「政策展開の方向」に即して、畜産政策の対応方向についてまとめて
みる。

1 望ましい畜産経営の展望と畜産政策の展開方向

 新政策の方向では、望ましい稲作経営の展望が示されているが、畜産においても
年間労働時間、生涯所得ともに他産業従事者と遜色のない水準を達成し得る経営の
実現を目指すこととし、土地利用型農業の基軸としての酪農及び肉用牛生産につい
て、望ましい畜産経営の展望(指標)を検討する。
  
 このような経営展望の検討と併せて、酪農及び肉用牛生産については、生産性の
向上と経営の体質強化を図ることを基本に、ゆとりある酪農経営の実現、肉用牛資
源の拡大、環境問題への適切な対応が必要となっており、以下の畜産に特別な諸課
題について検討を進める。


(1) 生産性の向上と経営の体質強化

 酪農及び肉用牛生産の生産性の向上と経営の体質強化を図るため、飼料基盤の拡
充整備、生産利用技術の改善等による飼料生産のコストダウンと飼料自給率の向上、
多様な形態での乳肉複合経営の育成、受精卵移植等の新技術及び一産取り肥育等の
新生産方式の開発・普及、家畜の改良・増殖等を推進する。

 また、技術と経営能力に優れ、企業者マインドや国際感覚を持った意欲的な経営
者を育成するため、新規就農者等に対する技術研修の実施や離農跡地を意欲的な経
営が円滑に継承し得るシステムづくり等を推進する必要がある。

(2) ゆとりある酪農経営の実現

 新鮮な生乳の国内での安定供給が求められる酪農については、周年拘束性の緩和
等を図り、ゆとりある酪農経営を実現するため、過剰投資とならないよう十分配慮
しつつ、フリーストール・ミルキングパーラー方式等の生産性を飛躍的に向上し得
る新生産方式の普及・定着化、雇用労働の活用(ヘルパー組織の定着等)、酪農生
産の組織化の推進等に努め、労働時間の短縮等を促進する必要がある。

(3) 肉用牛資源の拡大

 肉用牛経営については、引き続き安定的に増加している牛肉需要に対応し、新鮮
で良質な牛肉の安定供給を確保するとともに地域農業の発展や国土資源の有効利用
等の観点から、意欲的な農業者の安定的な規模拡大によるスケールメリットの追求
を基本に、分娩間隔の短縮、放牧の促進等によるコスト低減を推進する。

(4) 畜産環境問題への適切な対応

 畜産環境問題については、化学肥料の多用を防止し、地力の維持・増進等の観点
から、周辺の生活環境の整備等地域社会との調和にも留意しつつ、家畜のふん尿の
リサイクル利用を積極的に推進し、環境保全に資する畜産を確立する。


2 経営体の育成と農地の効率的な利用

 畜産は、自給飼料生産から家畜の飼養管理、生産物の加工・販売にわたる広範な
技術能力が必要なことに加え、取り扱う資金量も大きく、的確な経営財務管理能力
が必要となっており、経営の質的充実に努めることが重要な課題となっている。ま
た、将来にわたって畜産経営の安定的な発展のためには、新規就農者を含む有能な
若い経営者を育成・確保していくことが最大の課題となっている。

 このため、技術と経営能力に優れ国際感覚に富む「企業者マインドを持った経営
者」の育成を積極的に進めることとし、重点的な畜産経営技術指導の実施、先進的
経営者に対する情報提供体制の整備等が必要である。また、高度化、専門化した畜
産経営に対応するため、指導者の育成、普及指導体制の整備強化を図る必要がある。

 新規就農者の確保については、就農希望者に対する相談活動や研修、離農跡地を
新規就農者へ円滑に継承するためのシステムづくり等の対策を講ずる必要がある。 


3 米の生産調整と管理

 飼料作物は重要な転作作物であり、飼料作物の転作面積は、飼料作物作付面積全
体の12%(都府県では25%)を占め、安定した飼料作物生産基盤として飼料作物転
作の定着化を推進することが重要となっている。
  
 このため、転作田の積極的な活用による飼料作物生産の振興を図ることとし、畜
産を核とし、集落等を範囲とした生産組織体を育成し、地域の耕種経営と畜産経営
の連携の強化等に努める必要がある。


4 農村地域政策

 畜産は、複合経営を含め、地域営農の中核的な担い手としての役割を果たしてお
り、特に畜産物の粗生産額のうち46%が中山間地域において生産されているなど、
中山間地域等生産条件に恵まれない地域における基幹的農業部門として畜産への期
待が高まっている。

 このため、畜産経営が意欲と主体性を持って営農に取り組めるよう耕種部門との
連携を図りつつ、生産単位の拡大等生産性の向上と経営体質の強化を図ることが重
要となっている。また、複合経営の形態で中山間地域に立地する割合が高い繁殖経
営を中心に、地域に特有の畜産資源(馬、めん羊、特用家畜を含む)の活用等地域
の特色を活用した畜産の生産基盤を整備する必要がある。このほか、中山間地域に
賦存する耕作放棄地等を活用した低コストな草地造成、林間放牧等の林野資源の有
効活用等、畜産の積極的な振興のための条件整備を推進することも重要となってい
る。


5 環境保全に資する農業政策

 農業は最も環境と調和した産業であるが、環境に悪影響を及ぼす面も持っており、
適切な農業生産活動を通じて国土・環境保全に資するという観点から、農業の有す
る物質循環機能などを生かし、生産性の向上を図りつつ環境への負荷の軽減に配慮
した持続的な農業(環境保全型農業)の確立・推進を目指す必要がある。

 畜産においても、家畜ふん尿の不適切な処理に起因する悪臭、水質汚濁等のいわ
ゆる畜産環境問題は、畜産農家の孤立化、担い手の減少等の問題を招来させている。
他方、家畜のふん尿は、有機質を豊富に含む貴重な資源であり、土壌還元により耕
種農業における化学肥料の利用を節減し、地力の維持・増進に大きな効果が期待さ
れている。

 このため、ふん尿の適切な処理とその有効・適切な土壌還元を基本に、環境保全
に資する畜産の確立のため、悪臭防止技術の開発・普及、家畜ふん尿のリサイクル
利用、家畜ふん尿還元農用地の整備等環境保全型農業の推進に努める必要がる。

 さらに、今後とも適切な農林業生産活動を通じて国土・環境保全機能が適切に維
持増進されるためには、その費用負担の明確化を図るためにも、国土・環境保全機
能の計量的評価手法を確立する必要があり、畜産においても、草地・飼料基盤の持
つ国土・環境保全機能が明確化されることが期待されている。


6 食品産業・消費者政策

 国民の豊かな食生活を実現し、農業生産の振興を図るためには、食品産業の健全
な育成を図ることがますます重要となっている。とりわけ畜産物の多くは、生産農
家から消費者に届くまでの流通段階における処理・加工が不可欠であり、また、加
工によって極めて多彩な商品が生産されている。

 このため、消費者ニーズに的確に対応し、安定した需要の伸びを確保していくこ
とを基本に、生産段階での生産性の向上とあいまって、加工・流通段階における一
層の合理化、効率化を図るとともに、新製品の開発力の強化等が重要な課題となっ
ている。


7 研究開発等

 農業を技術集約型産業とし、若者が希望と夢をもって取り組めるようにするため
には、研究開発の一層の促進が必要となっている。畜産分野においても、国際化の
進展等に対応し、生産性の向上と経営体質の強化を図るためには、受精卵移植技術
を活用した雌雄産み分け等の新技術の研究開発、遺伝子組換え技術等を用いた家畜
の育種改良及び飼料作物の品種改良の推進、個別牛体識別によるコンピューターを
用いた家畜の飼養管理等総合的牛群管理システムの開発、搾乳ロボット等省力的飼
養管理システムの開発、と畜・解体・部分肉処理の自動化システムの研究開発、家
畜ふん尿処理及びリサイクル利用の研究開発等を積極的に進めることが必要となっ
ている。


V 新政策の方向を踏まえた新しい畜産政策

 畜産局としては、新政策の方向に沿って施策を見直し、段階的かつ着実に新たな
政策を実現していくこととしており、平成5年度予算概算要求の中には、前述の政
策展開の方向を踏まえ、以下の新規事業を盛り込んでいるところである。

1 新搾乳システム定着化事業(314百万円)

 生産性の向上を図りつつ、酪農経営の労働時間を短縮しうる新搾乳システムの普
  及・定着化を推進するため、新搾乳システム技術の収集・分析、技術の改善、標
  準化等を行う。

2 ゆとり創出酪農集団育成対策事業(219百万円)

 生産性の向上を図りつつ、酪農経営にゆとりを創出するため、共同作業や分業等
  の集団的取組みを積極的に支援するとともに、哺育育成、飼料生産、ふん尿処理
  等の共同利用施設等の整備を行う。

3 肉用牛生産効率化事業(1,781百万円)

 地域資源の有効活用と地域農業の有機的連携を基本とする合理的な肉用牛生産に
  取り組む生産組織を育成するため、都道府県段階・市町村段階の推進体制を整備
  するとともに、中核的な繁殖、肥育施設等を整備する。

4 自給飼料生産拡大対策事業(516百万円)

 自給飼料生産基盤の拡大を図るため、粗飼料生産組織体を育成し、この下で集団
  的飼料作物生産、稲わら等の利用調整、飼料生産利用機械施設の整備等を総合的
  に推進する。

5 環境保全型畜産確立対策事業(2,223百万円)

 畜産環境問題の解決を図るとともに家畜ふん尿の堆きゅう肥化による化学肥料の
  代替を推進するため、畜産環境保全に関する方針の作成、需給調整機能の強化、
  処理保管利用施設の整備等を総合的に推進する。


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