★ 中央畜産技術研修会講義


豚肉の生産加工、流通、小売について

神明畜産株式会社 代表取締役社長 高橋昭義


はじめに

 当社は、昭和30年に20頭の庭先養豚から始め、昭和34年に多頭飼育経営に踏み切
り、昭和40代前半には2,000頭飼育規模に達していました。

 そして個人経営から脱皮をして近代経営に移行するべく、昭和42年5月に「神明
畜産株式会社」を設立しましたが、株式会社組織であったために一般農家と区別さ
れ、公的農業資金の借り入れができず、当初は大変苦労をしました。

 また、飼育のノウハウも無いために失敗もあり、赤字をだすようなこともありま
したが、このことがその後の畜産業の在り方を見直す良い機会になったと思います。

 そして昭和48年には養豚の他に肉牛飼育にも着手し、昭和53年流通部門へ進出を
成しとげ、生産から販売まで一貫した総合畜産経営へと前進しました。現在では、
豚・牛の年間出荷頭数がグループ全体で、豚は約300,000頭、牛で約30,000頭を数
えるに至っております。

 牛肉の輸入自由化を受けた日本の畜産をめぐる状況の中で、現在何を行うべきか
について日頃感じたことを以下に述べることにします。


国際競争力をつける

 現在、我が国においては、飼料価格等がメーカーサイドなどによって決められて
いるのが実態で、また、販売価格も生産者の生産原価に関係なく相場が決められて
おり、為替のリスクや原産地相場の高騰による飼料価格の値上げも全て生産者が負
担を強いられるため、利益をあげるのが難しい状況となっています。農家自らが価
格を決められないということです。

 そのような状況で、なんとか利益をあげようとして努力した結果が、有利な販売
をめざした独自ブランド豚肉の開発であり、コスト削減をめざした近代施設による
省力化です。

 この独自ブランド商品については、メーカー産や農協産の一般飼料のほかに、大
麦や海草などを混合した独自の配合飼料を使用し、また飼育技術や肉質改善の研究
を重ねることによって、那須高原特選豚やロイヤルポークなどのブランドをつくり
あげました。これらの商品に対しては、特選ラベルを付けるため、検査員をおいて
厳しく管理をしておりますので、品質には絶対の自信があります。大手スーパーや
ハムメーカーからの引き合いが多く、比較的有利な販売が可能となっています。

 以上の様な高品質の肉豚生産体系の確立のため、病気対策上SPF豚(特定病原
菌不在豚)の自家繁殖をし、GP(原種豚)からコマーシャル豚まで一貫して生産
を増やし、全体におけるSPF豚の比率を80%以上に高める努力をしています。

 また、我社では、牧場ごとに地元の獣医や飼料メーカーの研究員と3者によるプ
ロジェクトチームを作り研究を行っています。経営の合理化ですが、他にあるノウ
ハウも大いに活用させてもらい、協力し合おうということです。

 次に、自動給飼装置、自動給水機等の近代設備によって省力化を図り、現在では
「1人当り1,500頭管理体制」を可能にしています。また、糞尿自動処理装置の導
入によって環境問題にも対応しており、今のところ新しく作った豚舎については、
地域からの苦情もなく順調にきています。

 この様な技術革新と徹底した合理化・効率化を図ることによって、輸入産品に負
けない国際競争力をつけようとしています。


コスト面の改善と規模の拡大

 とにかく、日本の畜産は海外産の豚肉、牛肉に勝たなければならないということ
です。

 肉質、味、安全性では海外産に大きく差をつけていますが、あとはコスト面の改
善が必要です。生産原価に応じた価格での豚や牛の販売が難しい現状では、生産者
の努力が報われているとは決して言えません。

 この状況を打開するためには、前に述べた独自ブランド商品の開発や、近代化に
よる省力化といった生産部門の改善だけでなく、加工技術・施設の改善及び流通・
販売部門にわたるまでの改革が必要です。このために、食肉の処理・加工施設を有
しているほか、直営小売り店舗・レストランを持ち、生産から販売にわたるトータ
ルな面での改善に力を入れてきました。

 豚肉を販売する場合でも、ただ肉を販売するのではなく、それぞれの部位に応じ
た加工をすることによって付加価値が生まれます。牛肉についても、それほど需要
のない老廃牛を買い、それを加工処理すれば利益を引き出すこともできます。豚肉
ですでに確立したシステムを、牛肉にも応用し、消費者、販売先のニーズに応じた
安い国産牛肉を販売できるような一貫販路システムを確立すべく努力をしています。

 農家に対しての生産技術の指導だけでなく、流通・販売関係まで全体を踏まえた
生産指導も行政当局にはぜひお願いいたしたいと思います。生産原価を下げること
も大切ですが、作った物を高く売ることも考えなければなりません。

 また、コスト面の改善とともに、農業を採算のとれる規模に拡大していかねばな
りません。いくら品質の良い豚・牛を飼育していても、その規模が小さければ利益
も少なく魅力はありません。

 世間には、農家の経営規模が大きくなることに対して、違和感を抱く人もいます
が、ある程度はコストに見合う、また労働に対して採算のあう農業をめざさなけれ
ばならないと思います。

 我々が生産から加工そして販売へと進出してきたのも、少しでもコストを削減し
て利益の得られる「やっていける農業」をめざしたからです。


若い世代の後継ぎと農家数の確保

 これからの農業をめぐって大切なことは、農業ももっと利益を追求して、若い世
代の後継ぎを、きちっとつくらねばならないということです。

 日本では、大学などで畜産について専門的な勉強をした人は、行政や大手のメー
カーに従事しているため、現場で豚・牛を飼育することはあまりありません。

 昔、経済状態が日本より20年遅れている台湾が、畜産においては10年も進歩して
いるといわれていましたが、その理由は、農家の現場で働いている人がほとんど大
学で勉強をしてきた優秀な人であり、いろいろな研究を怠らなかったためです。

 とにかく、20代、30代の優秀な若い世代の人々にとってこれからの畜産を魅力の
あるもの、明るいものにしていかねばなりません。他の産業と比較しても、条件の
良くない農業は、後継ぎとなるべき若者にとって、現状ではやりがいがあるとは言
えません。少なくとも、対外的に一般企業に負けないだけの待遇が得られる農業で
なければならないと思います。

 農業をめぐる様々な論争のなかで、生産者が努力をしても、その努力が報われな
いという議論はあまり聞きませんが、これからはもっと生産者のサイドに立った見
方が必要であります。

 もう一つは、少なくとも、今ある農家の軒数が減るのを抑えなければならないと
いうことです。よく誤解されるのは、小さな農家がなくなるのはしょうがない。残
った農家の規模を大きくすれば良いという意見を聞きます。これは逆で、小さくて
も存在価値のある農家を減らしてしまい、大規模農家が数軒といった状態にしてし
まうと、農業を応援してくれる人がいなくなってしまいます。

 やはり、日本の農業を守るためには、そのすそ野である一軒々々の農家を大切に
していく必要があるのです。


仲間を確保する預託制度

 このような発想から我社で始めたのが、豚や牛の預託制度であり、現在全国で約
70カ所で展開しています。

 そもそも豚で始めた制度ですが、最近では病気の問題がありますのでなかなか難
しい面もあるのですが、牛では全国的にやっています。すなわち、畜舎を所有して
いる農家の場合、敷料と労役と管理を農家が提供し、素牛と飼料を当方が供給する
タイプでは1日1頭当たり160円支払っており、120頭から130頭飼育する農家でも
月額が60万円にはなるようにしています。この制度で所得を保証していますので、
昨今の牛肉の大暴落にもかかわらず、一軒の農家も落伍することはありませんでし
た。

 この様に一軒でも農家が減らないように預託制度のほか、飼料の共同購入等側面
からの支援もしていきたいと思います。
  

さいごに

 いままで色々と述べてきましたが、生産者の努力が利益に結びつきにくい我が国
において、畜産農家は決して恵まれている環境にあるとは言えず、厳しい努力が必
要であることが、良くお分かりいただけたことと思います。

 この様な状況のなかで、日本の畜産を守るために、また次世代を担う若者にとっ
て魅力のある農業にしていくためにも、今、我々が頑張っていかなければならない
のです。


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