◆巻頭言


「技術、経営の分化、そして総合化」

社団法人 畜産技術協会附属動物遺伝研究所長

 国際家畜研究所 理事  

                         小宮山 鐵朗


 今年のわが国の畜産を振り返ってみると、価格、後継者、環境等の従来から抱
えている問題に加え、海外からの畜産物の輸入増加と、内外とも非常に厳しい状
況にあり、さらに猛暑の追い打ちもあって、誠に多難の年であったといえよう。
 
  このような情勢の下で、今後わが国の畜産を維持発展させるために何をなすべ
きかについて、長く畜産試験研究に携わっていた者の考えを述べてみたい。
  
ウルグアイ・ラウンド農業合意と関連対策
  今年、ガット・ウルグアイ・ラウンド農業合意の署名が終わり、いよいよ農業
総自由化の時代を迎えることとなった。
 
  農・畜産物の輸入自由化が、わが国の農業・農村に与える打撃は極めて大きく、
政府もその対策として、ウルグアイ・ラウンド農業合意関連対策大綱を決定した。
 
  対策大網の基本的な考え方は、本合意の影響を緩和させるとともに、農業が将
来にわたって、わが国の基幹産業として受け継がれていくために、魅力ある産業
としての確立、国内供給力の確立、良質・安全・新鮮な食材の安定供給、活用に
満ちた農村社会への建設を基本方針とするものである。
 
  畜産においては、生産技術等に応じた適正規模への拡大・集約、経営管理能力
の向上、自給飼料基盤の整備、省力化技術の導入、耕種部門と一体となったリサ
イクル型畜産の確立等の推進による、生産性が一層高く国際競争に対応し得る力
強い畜産経営の実現を目標としている。
 
力強い畜産経営を
 対策大網にもあるような、国際化に対応し得る足腰の強い畜産経営は、収益が
多く、後継者もあり、環境面での問題もない経営でなければならない。
 
  本年、農林水産祭で天皇杯を受賞された北海道網走市の農事組合法人卯原内酪
農生産組合は、多くの点で今後の参考となる経営である。
 
  組合における泌乳成績が高く、収益が多いのは言うまでもないが、この経営の
特徴は、酪農と畑作の複合にあり、収益も両者相半ばする。
 
  危険分散の意味のみでなく、酪農から月々安定した収入を得、それを構成組合
員、職員の給与に当て、畑作からの収益はボーナスの財源とする。この複合経営
により労働力の年間を通じての配分が可能となり、さらには家畜糞尿の問題もな
くなる。ことに家畜糞尿は自場で生産される麦桿を敷料として堆肥を生産するが、
周辺農家からも糞尿を引き受け、また生産した堆肥の周辺農家への供給も行って
いる。
 
  さらにもう一つの特徴は、農業後継者は必ずしも農家の子供でなくてもよいと
いう考えを持ち実行していることである。都会育ちでも農業に意欲のある者を、
まず従業員として採用し、一定の雇用期間の後に組合とその者の相方が納得した
上で構成員に迎え入れる。
 
  生産組合の組合長の言によれば、複合こそ農業の基本である。
 
  この生産組合を模範として、いくかの組織が出来ているが、同一経営内で複合
経営を成立させることは容易ではない。地域的な広がりを持って組織化を進めて
いく必要があるのではないかと考える。
 
  従来は、他の作目と同様に、畜産も自らの効率を追い求めてきた。勿論、今後
も効率の追及は必要であるが、今起こっている家畜糞尿問題は、多分に自らの効
率のみを追求してきたことに起因するのではないだろうか。
 
  これからの国際化に対応して行くためには、家畜、飼料、機械、流通、経営管
理及び他の作目等に明るくなければならないが、それはその分野を得てとする者
達がそれぞれ力を合わせた方がより有効であろう。
技術の総合化
  対策大網の中に、研究勢力を結集し、生産現場に直結した新技術の開発
が必要とある。
 
  海外からの畜産物と競争するためには、一層の生産コストの低減技術、高品質
・安全な畜産物生産技術が強く望まれる。

 家畜生産技術に限ってみても、今迄に人工授精、胚移植、飼養標準等々生産に
大きく貢献してきた技術や情報が、試験研究から提供されて来たことは言うまで
もない。

 試験研究の基となる学問が深化すると、応々それが細分化に繋り、従って成果
として出された技術や情報が、生産現場に役立たない事があるという批判の声を
時々耳にする。
 
  前述のように、生産現場は家畜、飼料、経営、さらには他作目等と密接に結び
ついているものである以上、限られた範囲の情報や技術だけでは不充分であるこ
とも当然だろう。
 
  今後、研究側が革新技術を出して行くための深化は必要であるが、同時に生産
者、消費者、他分野の研究者との交流を重ねることで、技術のシステム化、総合
化を図る必要がある。また、技術だけでなく、農家経営でも、行政の面でも、分
化、専門化するだけでなく、同時に総合化を図っていく必要があると考える。 
 

元のページに戻る