◇ 投 稿

−北海道酪農の−

  放牧の見直しと推進

 

  酪農肉牛塾    高 野  信 雄

  (元農林水産省草地試験場長)


  日本の酪農は、牛乳・乳製品の需要の伸びを反映して、過去一貫して成長を続けて
きましたが、需給調整の厳しい取り組みが求められる一方で、内外価格差の縮小など、
一層の合理化が求められる現状にあります。
  さらに、環境問題の面からも酪農本来の放牧を見直すことが必要となっていますが、
その利用は逆に低下しており、その見直しについて酪農牛塾の高野氏からご投稿いた
だきました。
 はじめに
  
 北海道の酪農家は恵まれた草地基盤を背景に、ここ10年間に多様化を著しく推進
し、また牧草地面積も拡大してきた。その結果、労力の不足が顕在化し、拡大した草
地面積は今迄の牧草収穫機械体系では敵期に収穫が困難となっている。さらに、多頭
化した酪農家は、糞尿処理にも難渋しているのが現状である。
 一方、北海道の酪農と言えば、緑の広大な草地にのんびりと放牧される風景が都会
の消費者のイメージである。しかし、昭和62年に乳脂肪率の取引基準が3.2%から3.5
%に引き上げられるに及び、北海道から次第に放牧の姿が消える状況が見られたので
ある。
 ここでは、労働力不足の場合の放牧の見直しを考えてみたい。放牧の実施によって
経営上の利点は、(1)サイレージの必要貯蔵量を減少させ、(2)糞尿の貯溜量も
減少し、(3)低コストで省力的に牛乳生産が可能となるなどが挙げられるのである。
見方を変えれば、放牧される乳牛は自走式マニアスプレッダでもある。もう一度放牧
を見直す時期にきている。
1 北海道の自給飼料利用の動向
  北海道畜産会の最近の経営分析事例から、酪農主体の根室・釧路・網走・十勝の61
戸についてその動向をまとめてみた。
1-1 自給飼料の調整内容 
 表-1に示したのが、牧草サイレージを作る酪農家は全戸の100%、トウモロコシサ
イレージは38%、放牧利用する酪農家は56%である。根室では24戸中67%、釧路では
17戸中82%、網走・十勝では20戸中僅か4戸で20%の放牧利用となっている。
 表-1 北海道の主要地域における自給飼料利用方法 
地域 牧草サイレージ トウモロコシサーレージ 放牧 乾草
戸数 戸数 戸数 戸数
根室24戸 24 100 1 4 16 67 18 75
釧路17戸 17 100 5 29 14 82 17 100
網走・十勝20戸 20 100 17 85 4 20 20 100
計 61戸 61 100 23 38 34 56 55 90
     (出典)ディリーマン臨時増刊号(1944年10月)須藤純一より一部抜粋した。
1-2 牧草地の利用仕向け割合 
  牧草地について利用仕向け割合をみると図-1のごとくであり、その主体は牧草サイレージ
が54±6%、ついで乾草が26±3%、放牧が20±3%と示されている。
 

2 酪農家の労働時間

2-1 搾乳牛1頭当たりの飼養管理時間 
 
  北海道における搾乳牛50頭以上の場合の年間1頭当たりの飼養管理時間を表-2
に示した。
  これによると、年間の1頭当たりの飼養管理労働時間は93.9時間であり、搾乳と給
餌作業が全体の75.2%を占めるのである。したがって、搾乳牛50頭の場合には年間の
労力は4,695時間になる。2人の労力の場合には、1人当たりにすると主人が約2,700
時間で主婦が約2,000時間前後になる。
  この他に、搾乳牛50頭の場合には45haの牧草・飼科畑を有するので、これらの栽
培・収穫作業に主人は550時間前後の労力を必要とする。
表-2 搾乳牛1頭当たりの年間飼養管理労働時間
区分 時間

割合 %

搾乳作業 48.9 52.1
給餌作業 21.7 23.1
糞尿作業 9.4 10.0
飼育作業(注) 13.9 14.8
合計 93.9  
*搾乳牛50頭以上

(注)この中には公的な集会・研修などの時間を含む。
(出典)農林水産省統計情報部「畜産物生産費調査」(1994)
 この結果、主人は年間3,250時間の労力となり、かなり、きつい状況である。主婦
の場合には牛舎作業が約2,000時間だが、育児と家事を加えると年間 4,000時間に及
ぶのとの調査がある。
2-2 経産牛65頭と牧草地50haのNさんの例 
 Nさんは標茶町で経産牛65頭(総頭数130頭)を奥さんと二人で飼養し、牧草地50
haを個人で作業している。昭和59年には経産牛42頭、出荷乳量は309.5トンで
あった。
 平成2年には経産牛65.1頭、出荷乳量509.7トン、経産牛1頭乳量7,889kg、農家
所得2,489万円、所得率55.1%、さらに乳飼比は27.0%、売上高負債率59.3%、労
働力1人当たり1,224万円の所得となった。また、生乳1kgの生産費は44.8円と輝か
しい成果であった。「問題点」牧草収穫のシーズンとなると個人作業であるため早
朝からの作業となり、トラクタに乗りながらニギリ飯を食べることも多い。
  当然、主婦の牛舎作業の負担も多くなるのである。二人の労力で労働時間の減少
と多頭化の在り方を、どう解決するかが経営のキーポイントと話している。 
 

3 放牧は省力・低コスト生産

3-1 放牧は経済的である。 
 図−2に1989年に草地試験場の調査した結果を示した。放牧によるTDN(可
消化養分総量)1kg当たりの採食草は13.6円と最も安価であることが示されている。
  これに対し、牧草サイレージは26.0円で放牧の1.91倍であり、乾草では44.6円と
なり放牧の3.28倍となっている。
 この時の、乳牛配合飼料のTDN1kg価格は64.3円と放牧い比較すると4.73倍とな
るのである。
3-2 放牧でサイレージ・糞尿量は減少する 
 乳牛の放牧時間にもよるが、1日3時間放牧で年間のサイレージ必要量は約20%減
少させることができる。さらに、糞尿の貯溜量も約20%減少させることができる。労
働時間が過重な現状では、乳牛の持つ自走式ハーベスタの効用と、さらに自走式マニ
アスプレッタの機能を十分に活用すべきである。
3-3 放牧で省力管理 
  浜頓別の池田牧場は季節繁殖で昼夜放牧を実施しているが、経産牛1頭当たりの飼
養時間は95.0時間で、全道平均102.3時間に比較すると93%の時間である。
 さらに、季節繁殖を実施し、1月〜2月には搾乳する頭数は僅かとなり、この間放
牧の先進地のニュージーランドに勉強に行っている。
3-4 採食草は嗜好性・飼料価値が高い 
 放牧された乳牛は放牧地の牧草を好食する。表−3に示すように、採食草はサイレ
ージとか乾草に比較して乾物中の飼料価値が高いのである。
表−3 放牧草、放牧サイレージと乾草の飼料価値
区分 
放牧草@
 牧草Aサイレージ
 乾草A
 範囲
平均 
乾物% 13〜18 15
DCP% 14〜20 17 8.4±1.5 6.1±1.1
TDN% 66〜74 70 61.4±3.0 54.6±3.6
 @高野(1967) A和泉(1978)
 

4 放牧地の草生・放牧時間と採食量

  放牧時の採食量は種々な要因で影響を受けるが、短草で密度の高い草生が好適であ
る。表−4には放牧地の草地状況と乳牛の1時間当たりの採食量について示した。採
食量とか草地の蹄傷量などを考慮すれば、牧草の効率的利用の面から、10a当たり
の草量は500-700kg、イネ科牧草の草丈20-25cm、マメ科牧草の草丈が15-20cmの
時に採食量が多い。
 1時間の放牧での採食量が生草量で15-17kg、乾物量で2.5±0.2kg、DCP(可消化
粗蛋白質)量で0.41±0.10kg、TDN量で1.8±0.1kgを採食する。
 また、放牧時間を3時間、4時間および5時間の群について試験が行われたが、採
食生草量は各々47.0kg、45.3kgおよび47.4kgと差が示されなかった。
 また、各放牧時間の採食活動は3時間群で採食時間94%、4時間群では89%、5時
間群では84%と次第に減少し、逆に休息時間は6%、11%および17%と増大する
ことが示されている。
 さらに、放牧1時間内の採食量比は3時間群が52.3%、4時間群は48.4%、5時間
群では45.9%と次第に減少することが示された。結果として1日当たりの放牧時間は
3時間が適当と判断された。 
 表−4 草生状況と乳牛の1時間当たり採食量
草丈 cm 生産量

kg/10a

1時間当たり採食生草量 kg
イネ科草 マメ科草
15以下 10以下 200〜300 6〜7
15〜20 10〜15 300〜500 12〜14
20〜25 15〜20 500〜700 15〜17
25〜30 20〜25 700〜900 16〜18
30〜40 23〜28 900〜1,200 17〜20
40〜50 25〜30 1,000〜1,300 17〜19
釧路農試 鳶野(1969)
 
5 放牧カレンダー 
 牧草地の月別の生産量は草種、地域、施肥管理などによって大きな差がある。これ
らの生産リズムを知ることによって、効率的な放牧利用が可能になるのである。
 5-1 放牧地の生産力と月別・日別の生草生産量 
 表−5には年間の10a当たり生草生産量別の草地における月別・日別の生産量を
示した。
  これは札幌における調査結果である。例えば、年間10a当たり5トンの生草生産
量の牧草放牧地では5月中の10a当たり生産量は990kg、1日当たり33kgであ
る。
  6月中には1,380kgで1日当たり46kgと最大の生産量である。しかし、9月の生
産量は780kgで1日当たりにすると26kgにとどまる。
 例えば6月15日まで利用しない時の草量は5月中990kg+(46kg×15日)
=9  90kg+690kg=1,680kgと計算される。また、6月20日に放牧を終
了し、残草量を200kg/10aの時の7月5日における期待草量は10a当たり
200kg+(46kg×10日)+(38kg×5日)=200kg+460kg+190kg
=850kgと試算される。
 さらに、年間3.5トンの生産量を有する草地の5月30日の10a当たりの期待草量
は15kg×30日=450kgと推定される。 
表−5 草地生産量別の月別・日別の生草生産量
牧草生産量

トン/10a

生草生産量10a当たり 5月 6月 7月 8月 9月 10月
1.5 210 360 300 240 150 30
7 12 10 8 5 1
3.5 450 900 750 600 450 150
15 30 25 20 15 5
5.3 990 1380 1140 840 780 150
33 46 38 28 26 5
7.2 1290 2040 1530 1290 810 450
43 68 51 43 27 15
札幌市羊ヶ丘における 高野(1970)
5-2 APSの準備 
 年間7.2トンの生産量の草地が、8月25日に休牧を開始したり、または採草を行
った場合の10月1日(APS(Autumn Saved Pasture)=晩秋用草地として)の期
待草量は1,070kg/10aと試算される。これらも、表−5から計算によって求められる
のである。
APSは放牧期間の延長を図るための放牧地として利用される。
 
6 具体的な放牧方法  
放牧方法は労力とか草地の生産力に応じて大別すると表−6のように区分される。
表ー6 具体的な放牧方法
@永続放牧法(1牧区制)
   労力が不足している場合で、牧草地の生産力が低い場合に行われる放牧方法。

A輪換放牧法(3牧区から8牧区制)
   牧草地の生産力が10a当たり3トンから8トンの場合に行われる放牧方法で
   ある。予め一定数の牧区は採草することも必要である。

Bストリップ放牧法(スーパー放牧法)
   一般には数牧区に区分するが、放牧地の利用効率を向上させるために、更に電
   牧などを利用し、半日分とか1日分に区分して集約的に放牧する方法である

 

6-1 1牧区放牧法 
 現在でも、省力的な放牧法として生産力の低い永年草地とか、1番草とか2番草
採草後の放牧などに利用される。
6-2 輪換放牧法 
 一般に行われる放牧法で牧数は3から10牧区位の輪換法が多い。表-7には放牧
頭数と牧草地生産量に応じた1牧区面積についての概要を示した。成牛50頭放牧の
場合に、牧草収量3.0-4.0トン/10aでは1牧区3.0haの場合の牧区数は4で1牧
区5-7日の滞牧日数で年間4-5回の利用が標準的である。
 表-7 放牧頭数と牧草生産量に応じた1牧区面積(ha)
成牛放牧

頭数

牧草地生産力 トン/10a
3.0〜4.0 4.0〜6.0
30 2.0 1.0
50 3.0 1.5
70 4.0 2.0

高野(1994)

 表-8 放牧草の生産量に応じた牧区数と滞牧日数(成牛50頭程度)
放牧地生産量 トン/10a
牧区数
1牧区当り滞牧日数
年間輪換利用回数
2.0-3.0 3 10 3
3.0-4.0 4 5-7 4-5
4.0-6.0 6 3-5 6-8
高野(1994) 
6-3 ストリップ(スーパー)放牧法である。
 放牧地の牧草を有効利用する放牧法である。図-3にストリップ放牧法を示した。
固定柵に対し、可動柵か電気牧柵で必要面積を制限して効率利用を図る。最近の電
気牧柵は強力であり、固定柵部分も電牧を使用する例がある。
 また、表-9には放牧地草量・必要草量に見合った可動柵の移動幅の例を示したも
のである。例えば、放牧地生草量1,000kg/10aで放牧強度60%では可食草量600
kgである。1日45kg採食する乳牛が20頭の場合は900kgとなる。この場合の固
定柵の幅が100m(イとロ)とすると、移動柵AとBの必要幅は15mと算出さ
れる。
表-9 放牧地草量・必要草量に見合った可動柵の移動巾
生産量

(kg/10a)

60%の放牧強度の利用草量

 

1日当たり採食量900kgの時の必要面積 可動柵の移動巾(m)
固定柵巾 50 100 150 200
1,400 840kg 10.7a 21.4 10.7 7.1 5.4
1,200 720 12.5 25 12.5 8.3 6.3
1,000 600 15 30 15 10 7.5
800 480 18.7 37.4 18.7 12.4 9.3
600 360 25 50 25 16.7 12.5
注)1日当たり900kgの採食草量は1日1頭45kg採食では20頭、1日1頭当
たり30kgでは30頭の乳牛放牧頭数である。朝夕2回移動の時は1/2ずつとなる。
(出典) 図-3に同じ
 
7 放牧時の補助飼料と注意点
7−1 3時間放牧の場合と補助飼料 
前述したように、1日3時間の放牧では生草量45kg、乾物量では7.5kg、DCP
で1.2kg、TDNでは5.4kg前後を採食する。したがって、乳量別乳牛には表-10
に示す補助飼料を朝・夕1/2づつ給与することが必要である。
 補助サイレージは乾物含量30%、ロールサイレージは乾物含量50%として
試算した。単一のサイレージで給与するときには1日1頭当たり乾物量は11.0kg
を給与する。また配合飼料は低CP(粗蛋白質)(10-14%)のものでTDN
70%程度のものでよい。
7−2 放牧時の注意
1)放牧開始 開始日には1日60分間の放牧から徐々に延長し7日位で3時間放
       牧に慣らすことが必要である。

2)給水 高泌乳牛には牧区ごとに給水場を準備する。また、タンク車にウォータ
     ーカップを取り付けた給水方法もある。

3)乾乳牛と育成牛 搾乳牛と別群で放牧する。
 

むすび  

 以上、北海道酪農における自給飼料利用の動向、酪農家の労働時間、放牧の利点
、放牧と採食量、放牧カレンダー、具体的放牧法と放牧の補助飼料などについて概
要を述べた。
 放牧の利点を見直し、北海道における放牧の推進と図ることを提言した。本稿が
放牧利用に少しでも役にたてば幸甚である。
 

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