★ 専門調査員レポート


林畜複合・混牧林方式で地域活性化

−釧路地方の事例から−

社団法人 全国農業構造改善協会 総務部長 増井 和夫


なぜ混牧林に期待するか

 大家畜が持つ固有の機能は、粗飼料資源を活用して、食料生産をすることであり、
視角を変えれば、食料生産に適さない土地の有効利用ができることである。

 畜産にとって、草地を含む農用地の絶対的不足の時代は、単位面積収量が優先さ
れ、多収穫栽培、収穫、貯蔵、給与をすべて人間が行う方法が合理的であった。耕
作放棄、低利用農地が100万ha以上、労賃水準が世界最高になった今日では、家畜
自身が持っている能力を最大に発揮させ、そのことにより、労働生産性を高めつつ、
大幅なコストダウンを追求する方法として、放牧が注目される。面積当たりの飼養
頭数は、低下するが、適度な放牧は、広大な土地を保全管理し、荒廃を防止する方
法としても優れている。

 次に林業をみると、史上最低となっている金利、その中の定期預金金利をも下廻
るような投資効率で、間伐材は搬出費でマイナス、投資回収は60〜70年先といった
苦しさの中にある。植林は進まず、せっかくの造林地でも、下草刈り、枝打ちや除
間伐が満足に行われない所が増えている。せっかくの造林地も雑木林地化し、自然
災害を受けやすくなっている傾向がある。

 「混牧林」は、放牧の場を、牧草地だけでなく、林地にも広げることにより、家
畜にとつても快適な空間を与え、放牧可能期間の延長を図ることができる。その間、
下草刈りという育林の基本的作業を家畜が代行し、林業収益サイクルと異なり、確
実な年収をもあげ得るものである。

 ガット協議での合意により、畜産、林業ともにより厳しい経営環境となるが、適
地が限られるとはいえ、混牧林は林畜複合による相乗効果で、低コスト競争を克服
し、地域を活性化させるひとつの具体策として期待されるのである。


北海道における混牧林経営の実態

 北海道庁の林業振興課では、平成5年4月1日付けで、混牧林施業の実態調査報
告書をまとめている。道内の林業指導事務所を通じ、混牧林を持つと思われる畜産
農家林家にアンケート調査を行ったもので、調査もれもかなりあることを前提に、
把握された96戸分についてまとめたものである。

 それによると、96戸中89戸までが、十勝、釧路支庁内の道東地方だが、積雪が少
なく、飼料となるミヤコザサが林内に多いためと見られる。混牧林に利用されてい
る面積は4,300ha余で、家畜は4,000頭弱、肉用種が大半で、牛では5〜11月、馬は
通年放牧しているものが多い。

 対象林地の所有形態では、約50%が自己山林、27%が借地、残りは併用となって
いるが、1ha当たりの賃借料金は500円が一般的で、1日当たりの飼料代の評価は2
50〜500円が一般的だから借地しても林内放牧を行う方が良いと考えられている。
畜産放牧全体の評価では、約30%が特に良い、約60%が良いと評価しており、悪い
としたのは2%だけであった。

 ただ、林業の面からみると、間伐が進むようになったかの設問に対し、なったと
するものが約33%で大半は森林施業に対する関心が薄いとみている。ただ、下草刈
りについての設問がない。これは下草の繁茂が、本州ほどひどくなく、林床管理が
比較的しやすいためと思われるが、北海道以外では、牛による下草刈りは、混牧林
の重要な効能である。

 道林業振興課では、この調査を混牧林施業調査と呼んでいるが、林業施業の一環
としてとらえている。すなわち、林業経営が不活発な地帯での施業活性化に混牧林
が位置づけられ、それにより山村環境保全、荒廃農地への植林、土砂流亡防止など
の効果も期待している。それは、標高、傾斜度などの状況に適応した、土地利用区
分の中でも重視される。

 北海道は、都府県より平地林、丘陵的地形の林地も多く、面積も広い。このこと
は混牧林活用に向いている。しかし、逆に見ると西南暖地等は面積こそ少ないが林
地の下草は多く、下草刈り効果や林内飼料資源への依存度も高い水準が期待できる。

 要は、畜産側から林地を活用する側面で、林地での放牧を育林の面も加味して林
畜複合の相乗効果を得る、地域条件に適合した混牧林のあり方こそ追求されるべき
ものと言えよう。


現地にみる混牧林経営

(1)鶴居村支雪裡地区

 鶴居村は釧路市北方にあり、阿寒町にも隣接している。同村支雪裡地区には混牧
林経営を行う農家林家による山つくり振興会がある。昭和60年に農畜林一体経営を
めざして結成されたものである。この地区、あるいは北海道に限らないが、戦後開
拓過程で天然林が開拓あるいは人工林化されたが、食料が豊かになり、米や牛乳等
の生産調整が始まると林地保全が後退し、雑木林化する。こうした現象が土地利用
の長期的全体構想がないまま、虫くい的に進んでいる状況にある。

 山つくり振興会は、急傾斜地は自然保護林として侵食防止に、傾斜地は木材生産
専用の造林地、緩傾斜地は混牧林に、平たん地は人工草地にと、土地利用区分の上
に立ち、混牧林を積極的に活用する目的で、村当局や指導機関の支援を得て結成さ
れたものである。

 釧路中部地区林業指導事務所の大原孝司専門指導員によると、鶴居村は、全道か
らみても林業振興に極めて熱心な村だが、その担い手は農家、つまりこの地区は畜
産農家であり山つくり振興会7戸のうち5戸は酪農家、2戸が肉用牛農家である。

 大原氏らの調査によると、同村全体では前記7戸を含め、13戸で812haを混牧林
として利用しており、利用家畜は黒毛和種37頭のほか、乳牛と馬がそれぞれ約130
頭となっている。

1)混牧林から最高の牛乳

 山つくり振興会の会長でもある千葉正喜さんは、酪農の現場は息子夫婦まかせで、
奥さんによると時間さえあれば山に行っているのが近年の日課だそうだ。

 千葉家は44頭の搾乳牛を、50haの草地を中心に飼養しているが、11haの人工林、
39haの自然林を持ち、このうち27haを混牧林としている経営だ。

 酪農プラス林業、両者を結ぶ混牧林の存在、それは単に生産面での合理性にとど
まらない。釧路中部地区農業改良普及所の三浦政捷主任は「山もち酪農の安定度は
高い。それは経営移譲がスムーズにできるからだ」という。

 かつて千葉氏の林地を使い、農業改良普及所と林業指導事務所が下草の飼料とし
ての供給力や、簡易な草地改良の試験もしたが、酪農の場合、飼料源としての混牧
材に大きな期待はできないのが実情だ。

 しかし、5月から10月にかけ、放牧主体で飼われる乳牛にとって、林内にも行け
ることは暑さよけなど快適であり、ふん尿処理負担が減り、林地は下草刈りを簡略
化できる。牛と一緒に人間が林に入れば、枝打ち、間伐も自然に手がけ、育林にも
力が入る。混牧林は、牛ばかりか、人間にも適度な仕事の場として、快適なのであ
る。千葉さんは、「うちの牛乳は日本一おいしいんですよ」と言う。それは人と牛
の両方に、心身のゆとりがあることを示している。

2)超省力で優秀和子牛生産

 山つくり振興会の初代会長で、村の林業紹介パンフレットにも地域の見本となる
山づくりの例として紹介されているのが平田正繁さんだ。

 平田さんは採草地50haのほか、人工林167haを含む205haの林地で、黒毛和種成牛
63頭、育成牛42頭の経営(平成4年)だったが、訪問時の平成5年12月には、成牛
50頭、育成牛は出荷後で残っているのが20頭という状況だった。千葉さんと同じ60
代も後半に入って、少し頭数を減らしたという。肉用牛経営は昭和45年頃からで、
酪農に加えて、生後7〜8ヶ月の乳雄を購入し山に放しては増体させ、肥育仕上げ
向けの素牛として売る方法が始まりである。その後、黒毛和種の繁殖も手がけ、肉
牛専門になったのがその10年後ぐらいからだ。

 これまで、何回か肉牛市況の乱高下を体験したが、「今回は全くひどい」と言い
ながらも、市場平均よりかなり高く売れる子牛づくりには自信がありそう。種牛が
但馬系であるためか、子牛の購買者も兵庫方面が多く、まき牛、自然分娩のあと、
山育ちの牛が肥育素牛として優れていることは、固定客がついていることからもわ
かる。

 訪問した時は、根雪ではないが北斜面などに雪がある状況で、夜は零下5度には
なるというが、平田さんの混牧林は子つきの親牛を含め、昼夜放牧が続けられてい
た。毛づや、栄養状態も良く、成牛だけなら2月まで放牧したこともあり、零下20
度でも平気だという。飼料は、冬でも新鮮なミヤコザサだが、牛に採食され、再生
したものは、全くの手つかずのものよりやわらかい。

 放牧は早いもので4月10日頃から、子牛は5月20日頃から若葉の出を待って放牧
する。持ち山250haほどに60頭程度の密度であれば、過放牧の心配は全くない。

 牧区を11に分け、1週間から10日ごとに牧区を変えるが、忙しいときは2牧区に
長期間おくなど、林地の広さがゆとりある管理につながっている。さらに、隣接の
国有林等、植林後5〜6年過ぎた所へは、牛が入ることを歓迎してくれるそうで、
延12qにもなる牧柵管理は、脱柵にそう神経を使うこともない。植林地に牛が入る
ことは下草刈りのほかネズミ防止にもなるが、シカはバラ線3段張りでも防げず、
森林被害が増えている。

 平田さんが1年間に使う濃厚飼料は、以前の牛が多い時で50万円、近年は30万円
程度で主に越冬中の子牛用と、放牧牛を人間に馴らすための呼び集めた時に与える
程度ですむ。塩は牧区ごとに置いてあり、飲水は林内のわき水、小河川を利用して
おり、複雑な地形をむしろ牛が住む場所として、快適さを与えており、放牧中でも
1日増体800gの牛も多い。成牛50頭規模を1人の労働でやれるのもこうした混牧林
利用の成果といえる。

(2)釧路町達古武地区

 釧路市の東側に隣接する釧路町は、古くは木炭と馬の産地であったが、戦後、軍
馬に代わって乳牛が導入され、木炭需要も下火になった。経済の高度成長が始まり、
多頭化に迫られたが、平地が少なく、飼料畑が不足して、増頭は困難であった。既
存の農用地だけで、畜産経営をしても、多い人でせいぜい10頭どまりが限界である。
そこで、木炭原料生産に使われず雑木林として放置されていた里山に目がつけられ
た。

 ただし、釧路町達古武地区の畜産農家の目のつけ所はほかと違い、林業と畜産の
両方、つまり混牧林に飼料基盤の拡大を求めたのである。丘陵地とはいえ、急傾斜
も多く、土木工事をするような草地造成には適さない背景もあったが、牛と同時に
森を育てようとしたのである。

1)畜産家が林業経営部門の大臣賞に

 平成4年、その名も「達古武愛林会」は全国林業経営推奨行事で農林水産大臣賞
を受賞した。この30年間に、すばらしいカラマツ人工林を育てたのが評価されたた
めだが、11名の会員すべてが乳牛(後に肉牛)を飼養しており、その飼料確保と両
立させることで、121haの造林を為し遂げたのである。

 現JA釧路町組合長の西村 蔵さんによると、昭和30年代には直径30pほどのカラ
マツは1本千円、1ha切れば当時のお金で100万円になった。そして「私達の先代
が、そう手間をかけて育てたわけでないが2〜3反分も売れば家を建てられるお金
になり、カラマツ造林はいい金蔓だった」という。

 しかし、個人で少々の植林をしても、野ネズミの害で満足に育たず、当時の殺鼠
剤はネズミを食べるキツネなどまで殺した。植林地を一気に広げると被害を分散、
軽減できるのではないかと考えたが、植林地に牛を放牧すると、ネズミが姿を消し
た。望外の成果だがその理由は土中のネズミの巣を牛がつぶしてしまうからと考え
られている。

2)町有林に分収造林

 達古武愛林会が設立されたのが昭和38年である。初代会長西村春吉さんは、現在
乳雄肥育を含め、約500頭の肉用牛を飼養しているが、春吉さんは森林組合長でも
ある。当時の森林組合参事が、日高地方で捨て置かれているような里山に植林し、
家畜に下草刈りをさせてうまくいっていると伝聞したことが、達古武混牧林の発端
である。

 造林と放牧地の確保という一石二鳥の混牧林に勢い込んだものの、町議会からの
反発があったのは今では語り草だ。「町財産でもある植林地に、牛の放牧などして
木に被害が出たら困る、放牧はダメ」という町議に、春吉さんは分収契約で町は2
割、残り8割は11人の会員が費用を持ち、それに命をかけている人だと反論し、納
得させた。

 そうした経過があればこそ、“わずかの人数でも予定通りの植林を”と、個々の
農作業より混牧林づくりを優先させたことも多々あった。

 前述のように、ネズミの害は牛が防いでくれたし、間伐や雑木の処理など、牛達
がほとんど下草刈りをしてくれているので一般造林地よりはるかに容易であった。
そして、植林後数年の禁牧のあとの放牧直後は所により樹木の被害皆無とはいかな
かったが、40年生に近い今では、全体的にみても、一般造林地それもかなりの人手
をかけた所に劣ることがない、まさに大臣賞にふさわしい生育ぶりだ。

 混牧林は、分収林のうち121haの造林地を軸に、自己山林等を含めて、296haほど
で、会員が飼養する家畜のうち、放牧されているのは黒毛和種の成牛250頭、子牛
120頭である。これだけの牛が、5月から12月初旬まで、約200日間そこで調達され
る飼料で飼われ、しかも大幅省力になっている効果は大きい。飼養規模は混牧林に
より倍増できたのである。30年を経て、まき牛のいる群は牧区を隣接させないとか、
牧柵はカーブ状態に張り、急角度に張らないなど、技術も蓄積された。

3)会社所有林も下草刈りの牛を歓迎

 分収林や自己山林に隣接した、大手製紙会社所有林がある。愛林会が管理する延
6qの牧柵を越えての牛の入山は、歓迎されている。

 愛林会が、林内放牧を始めた頃は、まだ植林地の下草刈りの労賃収入に期待して
いる人もおり、会社所有林の下草刈りが放牧で不要になることへの抗議もあったが、
それも昔話になった。放牧地の提供に対する、対価をとらないのはおかしいとの税
務当局の指導で、若干の入牧料を払う例もあるが、幼齢期さえ注意すれば、林業収
益の低下で、育林経費を支出しにくい現在、放牧は益々歓迎されよう。

4)混牧林の効用試算

 林業指導事務所は、従来の林業指導に加え増加する野獣対策、国民全般への森林
保全啓もう等々、多忙である。大原専門指導員は混牧林を「畜産」からのみでなく、
「林業」からも正当に評価、マニュアル化などしたいと念願しているものの研究機
関でなく、現況調査の範囲を出にくいと悩む。

 そこで、少し古いが、現在の森林総合研究所北海道支所、当時の林業試験場の北
海道支場で、15年間にわたって行われた混牧林研究の成果を紹介しよう。

 すなわち、トドマツ造林地50haで、植栽当初の樹齢2年から、15年間にわたり林
内放牧に供した林地で、樹木は87%現存し、育林上の問題は全くなく、年輪幅3o
と順調に生育した。牛は116頭の放牧で、事故は1頭のみ、平均530gの1日増体を
得ている。用いた牛は乳雄の寄せ集めであり、放牧適性の高い肉用牛で、放牧育ち
の牛なら更に良い成績を得られたであろうが、年に140日間、牛を森に預けること
の効果は大きい。(1989年林試験報告から引用)

 混牧林に関する技術的ノウハウも、愛林会や前述の山つくり振興会で現実経営規
模によって蓄積されてきており、研究、普及、指導機関の協力で体系化、マニュア
ル化されることにより、活用できる地域は更に広がるだろう。

 終わりにこの調査にあたって、文中に御氏名が出た皆様のほか、鶴居村、釧路町
の関係者に感謝申し上げます。


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