★ 専門調査員レポート


中山間地域における肉牛経営の新たな戦略

−愛媛県の事例から−

岡山大学 農学部 助教授 横溝 功


愛媛県の肉牛部門の特徴

 愛媛県の肉牛部門は、愛媛経済連の強力な指導体制の下に展開してきた。愛媛経
済連では、県内に2つの食肉センターを持ち、県内の系統の肥育牛だけではなく、
系統外の肥育牛も集荷している。平成4年度の肥育牛の集荷状況についてみると、
乳用種が約9,100頭であり、和牛が約5,000頭である。このように、愛媛県の肉牛部
門の第1の特徴は、乳用種の比率が高いことである。

 乳用種についてみていくと、集荷頭数9,100頭の初生牛の半数は県内の酪農家か
ら、半数は県外から調達されている。

 和牛についてみていくと、県内の繁殖雌牛の頭数は約2,000頭である。子牛の生
産率を80%と見積もれば、1,600頭の和子牛が毎年生産されることになる。しかし、
2,000頭の繁殖雌牛を維持するためには、繁殖用のもと牛として雌牛を残さなけれ
ばならない。いま、繁殖雌牛の更新頭数を200頭と見積もれば(耐用年数10年)、
肥育もと牛として供することができる頭数は、計算上1,400頭(1,600頭−200頭)
になる。従って、和牛を5,000頭出荷するためには、毎年、3,600頭(5,000頭−1,4
00頭)の肥育もと牛を他県から導入せねばならない。

 以上のことから、愛媛県の肉牛部門の第2の特徴は、乳用種・和牛の両部門にお
いて、肥育もと牛の確保を県外に依存し、かつ肥育に片寄った経営方式であること
が分る。

 以下では、愛媛県の肉牛部門の特徴から逸脱し、地域的に優良な和子牛生産を目
指している事例と、愛媛県の特徴をより一層伸ばし、安定的に利益を上げている肉
牛肥育の法人経営の事例を紹介する。そして、両者から得られる教訓について、筆
者なりにまとめてみることにする。


優良な和子牛生産への道

 愛媛県下で優良な和子牛の生産、ひいてはA4以上の肥育牛の生産を目指してい
るのは、JA大洲である。平成5年2月1日におけるJA大洲管内の繁殖雌牛の頭
数は653頭であり(愛媛県農林水産部畜産課『家畜に関する統計』)、県全体(2,0
00頭)の3割以上を占めている。そして、7〜8年後には繁殖雌牛の頭数が1,000
頭になるように、地域ぐるみで増頭・改良を目指している。

 当地域の和牛の歴史は新しい。JA大洲が本格的に和牛に取り組むようになった
のは、昭和55年からである。その後、急速に伸び、昭和61年に愛媛県では、第1号
の和牛改良組合として全国和牛登録協会によって認定された。

 現在、JA大洲の肉牛農家の内訳は、次のとおりである。和牛の繁殖農家が65戸、
和牛の肥育農家が3戸、和牛の繁殖・肥育一貫経営が5戸、乳用種の肥育農家が2
戸である。その他に、農協の肥育センターがある。65戸の繁殖農家の多くが繁殖雌
牛1〜2頭飼いの零細な農家であるのに対して、繁殖・肥育一貫経営の場合、規模
が大きい。ちなみに、繁殖雌牛飼養頭数規模別に5戸の農家を分類すると、150頭
規模が1戸、40頭規模が2戸、25頭規模が1戸、15頭規模が1戸である。合計する
と270頭にも上り、わずか5戸の農家で当地域の4割もの繁殖雌牛を飼養している
ことになる。従って、これら繁殖・肥育一貫経営が、当地域の和牛の増頭の中核的
な役割を果たしてきたといえる。

 150頭規模の繁殖・肥育一貫経営では、粗飼料を購入飼料に依存しているが、そ
の他の4戸の経営では、飼料作を行っている。すなわち、夏作にはトウモロコシま
たはソルゴーを作り、冬作にはイタリアンとエンバクの混播牧草を作っている。そ
して、FRPサイロを用いてサイレージにしており、繁殖部門のTDN飼料自給率
は70%にも達している。飼料作機械は、共同利用するなど、コストの低減に努めて
いる。

 糞尿処理については、150頭規模の経営では、畜舎に直下型の扇風機を取り付け
る等の工夫を施している。また、当地域に国営の造成地があったり、野菜作が盛ん
なこともあって、この乾燥された排泄物に対する需要が充分にあり、今のところ環
境問題はない。その他の4戸の経営についても、畜舎に直下型の換気扇を取り付け、
床替えの回数の減少・敷料代の軽減につなげ、乾燥して取扱い易くなった排泄物を
自己の飼料畑に還元している。

 このような中核的な経営が育ち、繁殖雌牛が急速に増加した背景に、@JA大洲
が営農指導を中心に強力に支援してきたこと、AJA大洲が国の家畜導入事業に積
極的に取り組んだことが挙げられる。特に、後者の事業は、農家が繁殖もと牛導入
に必要な資金を融通してもらい、5年後に元利一括返済するシステム(金利:5.5
%)になっているが、農家が元利をスムーズに返済できるように、JA大洲では農
家が子牛を1頭販売する毎に50,000円の償還積立をさせたり、5年後の返済時に9
万円の利子補給を行ったりしている。ちなみに、平成5年10月までに、この事業で
630頭もの繁殖もと牛の導入がなされてきたのである。

 ただ、問題なのは、当地域が和牛飼養の歴史が浅いこともあって、和子牛の価格
が必ずしも良くない点である。そこで、JA大洲では、「優良種牛導入・保留事業」
を導入するとともに、管内の繁殖雌牛の系統記録を整理して、良い肥育もと牛を提
供できる繁殖雌牛の系統を明らかにしている。勿論、当地域の風土に合った系統で
なければならず、連産性・発情の強弱にも留意がなされている。そして、JA大洲
では144頭の指定基礎母牛を選抜し、その基礎母牛から生まれた雌牛のみを後継牛
としている。また、国の家畜導入事業を利用して、他県より優秀な(特定の系統の)
繁殖もと牛を計画的に導入し、繁殖雌牛のレベルアップを図っている。7〜8年後
には、当地域の繁殖雌牛が総て望ましい系統のものに置き替わるように計画してい
るのである。

 以上のように、JA大洲では、長期的な戦略で地域全体の肉牛部門の潜在能力を
高めようとしているのである。非常に魅力あふれる戦略であり、数年後の肉牛部門
の展開が楽しみである。


スケールメリットの追求

 ここでは、城川町にある関平畜産の事例を紹介することにする。関平畜産は愛媛
県下でもっとも大規模な乳用種の一貫経営である。有限会社の経営形態で、昭和52
年に事業を開始しており、わが国肉牛部門の法人経営の先駆けとなる存在でもある。

 まず、当農場の経営史についてみていくことにする。前述のように、昭和52年に
事業を開始するが、実際に乳雄の肥育もと牛が導入されたのは、昭和53年からであ
る。当初の経営方式は乳雄肥育であり、常時飼養頭数規模は200頭であった。昭和
57年に、肥育舎・堆肥舎を増設する。さらに、平成元年に、哺育・育成部門を導入
し、この時点で経営方式が一貫経営に変わる。平成元年に育成舎を、平成3年に哺
育舎を新設する。現在の常時総飼養頭数は670頭にも上る。

 次に、当農場の組織であるが、専従者は男性3人である。年齢構成は、60代が1
人、50代が1人、30代が1人である。このうち、代表取締役は50代の男性である。
専従者の3人の仕事は、肥育部門の担当と、経営全体の財務管理である。

 その他、パートとして女性1人(年間220〜230日雇用)と男性1人が雇用されて
いる。パートの女性の役割は哺育・育成部門の担当であり、パートの男性の役割は
初生牛の買い付けである。後者の経歴は元家畜商であり、その能力が生かされてい
るのである。

 このように、専従者・パートの仕事が専門化されており、各人がそれぞれの部署
で仕事に習熟することができ、その役割の遂行を通じて、大きな成果がもたらされ
るところに、法人経営のメリットがあるといえる。例えば、乳用種の一貫経営の損
益に関して、日常の飼養管理が重要なことであるが、導入される初生牛の善し悪し
も大きな影響を及ぼす。当農場の場合、初生牛の買い付けに関しては専門家を抱え
ており、買い付けを他人に依存せざるを得ない個人経営に対して、この点で、決定
的に優位な立場にある。

 飼養管理に関しても、飼料の給与に、廃車されたコンクリートミキサー車を利用
する等、様々な工夫を凝らし、日常の単純作業時間を節約して、飼養牛の観察時間
をできるだけ多くする努力をしている。

 また、当農場では、愛媛経済連のメインフレームによる経営分析を利用しており、
毎月の速報値の検討を、経済連及びJA城川の職員の協力を得て行っている。特に、
技術分析では、肥育成績と飼料給与方法の因果関係が明確に把握でき、迅速な飼料
給与改善が可能になっている。

 さらに、生産資材の調達においても、例えば輸入乾草の場合、コンテナで購入し
ており、個別経営に比較して安い単価で調達することができている。

 以上のようなスケールメリットを享受して、当農場は、非常に安定的な経営を維
持している。利益をできるだけ留保し、負債の償還や、預託牛から自己牛の切り替
えのために振り向けられてきたのである。この経営行動が、今日の当農場の非常に
健全な財務状態につながっている。ここに、代表取締役の堅実な経営哲学が反映さ
れ、当農場の成功の秘訣があるといえるのである。

 関平畜産は、さらなる規模拡大を目指して、組織面及び資金面での準備を着々と
進めている。


肉牛経営展開の新たな戦略

 牛肉自由化後、厳しい生産物の価格条件がわが国の肉牛部門を急襲している。し
かし、このような外的条件に対抗するような肉牛経営の新たな芽が全国的に育って
きている。本稿では、愛媛県下の地域営農と法人経営の優秀な事例を紹介した。前
者が和牛で、後者が乳用種で展開を図るというように、全く対照的な事例であった。
両者に共通していえることは、第1に良い肥育もと牛確保に多くの力を注いでいる
こと、第2に繁殖・肥育一貫あるいは初生牛からの一貫というように、自己の経営
内でより多くの付加価値を享受できる経営方式を採用していることが挙げられる。

 以上の2項目は、今後の肉牛経営の展開を考えた場合、非常に重要な戦略である。
筆者は、さらに法人経営の事例から、畜産部門における分業のメリット、すなわち、
組織の運営によっては、スケールメリットが充分に働くことを再確認した。今後、
本稿の事例のような法人経営が各地に現れることが期待される。法人経営の成功の
キーは、人の和と、経営者の短期的・長期的な意思決定に大きく依存している。意
思決定に必要な経営内外の情報を整理するようなシステム作りも、今後の重要な経
営戦略である。


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