牛枝肉卸売価格の変化と景気変動(平成不況)の関係について

九州大学農学部助手 堀田 和彦


 牛肉の枝肉卸売価格と景気変動を表わす指標との間にどのような関係があるか、九州大学農学部助手堀田和彦氏から投稿いただきましたので、ご紹介します。
はじめに

 牛肉の枝肉卸売価格は和牛、乳牛を問わず1990年以降低下を続け現在もなお低価
格の状態である。価格の低下は乳用肥育牛、乳雌牛等の低級牛肉で顕著であるが、
和牛去勢のA−4、B−3あたりの規格でもかなり低下しており、牛肉生産農家に大
きな打撃を与えている。この価格の低下は91年4月からの牛肉輸入自由化とちょう
ど時を同じにしており自由化の影響であると報じるものもいるし、また近年のいわ
ゆる平成不況の影響であるというものもいる。また、牛肉経済にはもともとビーフ
サイクルと呼ばれる周期変動があり、牛肉供給の増加による価格の低下も考えられ
る。これまで輸入牛肉や国産牛肉供給の影響による牛枝肉卸売価格の変化を分析し
たものはいくつか存在するが景気変動(平成不況)が牛枝肉卸売価格に及ぼす影響
を分析したものは見あたらない。それはおそらく景気変動という国全体のマクロ的
な経済動向と牛肉価格といった1品目の関係を考察することが非常に難しいためで
あろう。 

 しかし、牛肉価格の低迷の要因を明らかにしておくことは非常に重要であり、そ
こで本稿では近年の牛枝肉卸売価格と景気変動(平成不況)がどのような関係にあ
るのか分析を試みてみたい。本稿ではまずはじめに景気変動を表す指標について説
明し、次にこの指標と近年の牛枝肉卸売価格の変化を比較検討する。そして最後に
牛枝肉卸売価格の変動要因を回帰分析によって明らかにする予定である。


景気変動を表す指標

 牛枝肉卸売価格と景気変動の関係を分析するには景気変動を表す指標を特定化し
なければならない。景気変動を表す経済指標は多くのものが考えられるがここでは
それらの経済指標を総合化して開発された、経済企画庁で毎年公表している景気動
向指数について説明することにする。景気動向指数にはディフュージョン・インデ
ックス(D・I )とコンポジット・インデックス(C・I )が存在し、それぞれ景気
の動きを目に見える形でとらえようとして開発されたものである。D・I は景気に
敏感な経済指標を選定し、その変化方向を合成した景気指標である。D・I には景
気に先行して動く先行指数、景気に一致して動く一致指数、景気に遅れて動く遅行
指数の3つがあり、この3つの指数の作成のために現在採用されている系列は表ー
1の※をつけたものである。具体的には各採用系列の当月の数字を3ヶ月前と比べ
て増加していればプラス、減少していればマイナスとしプラスの系列数の総系列に
対する割合で計算している。したがって D・I の指数が50%を上回っているという
ことは全体の系列の中で増加している系列が過半数であるということから景気は拡
張(上昇)局面であると判断され、逆の場合は後退(下降)局面と判断される。よ
ってこの指数は50%線を上から下へ通過するときに景気の山を表し逆に下から上に
通過するときに景気の谷を表すことになる。

 一方、C・I は景気の変化方向ではなく景気変動の相対的な大きさやテンポ(量
感)を表す指標である。C・I にも先行指数、一致指数、遅行指数の3つがあり D
・I 同様表−1に現在採用されている経済指標を示している。C・I は各採用系列
の前月比での変化率を過去の絶対値平均が1となるように標準化した上で1つの指
数に合成したものである。したがって C・I の変化率は時系列として過去との比較
の上に景気の相対的な大きさを見る指標である。図−1には D・I と C・I の1975
年から1992年までの動きを示している。D・I は50%線を基準に前後する指数であ
るがここではC・Iとの比較のために指数に50をたした動きを示している。図をみる
と D・I が100%とクロスするところと C・I の山または谷が一致していることが
わかる。また C・I の動きを見ると87年に景気の谷を迎えその後バブルといわれた
好景気が90年の後半まで続き、その後いわゆる平成不況といわれる景気低迷が続い
ている状況であることがわかる。


牛枝肉卸売価格と景気動向指数の関係

 これら2つの景気動向指数の中で本稿では景気変動の相対的な大きさを表すコン
ポジット・インデックス(C・I)の一致指数を用いて牛枝肉卸売価格と景気変動の
関係を見ていくことにしよう。

 図−2から図−5までは牛枝肉卸売価格(和牛去勢 B−3、和牛雌 B−3、乳用
肥育牛 B−3、乳雌牛平均)とコンポジット・インデックス(C・I)の関係を表し
たものである。また、図−6には参考のために和子牛雄価格とコンポジット・イン
デックスの関係も図にしている。価格、コンポジット・インデックスとも枝肉の規
格が変更された1988年4月を100とする指数に変換している。図をみると和牛去勢、
和牛雌等の高級牛肉の枝肉卸売価格とコンポジット・インデックスは非常によく似
た動きをしていることがわかる。逆に乳雌牛の枝肉卸売価格は90年ごろから急落し
景気動向指数とは異なる動きを示している。乳用肥育牛は乳雌牛と和牛のちょうど
中間的な動きを示し、途中で景気動向指数からかい離する動きを示すがそのかい離
の幅は乳雌牛ほどは大きくない。また和子牛価格も和牛同様景気動向指数と非常に
近い動きをしている。 

 これらの図を見るかぎり近年の枝肉卸売価格の変化と景気変動が非常に密接に関
係しているように見える。そしてその関係は高級な牛肉ほど強く、低級な牛肉には
さほど影響していないように見える。もともと和牛肉のような高級牛肉は高級料亭
での消費や家庭内でも、すきやきやしゃぶしゃぶとして消費され、景気の影響を最
も強く受ける可能性が強い。一方、乳雌牛、乳用肥育牛の方は和牛同様景気の影響
を受けるだろうが、それ以上に競合性の高い輸入牛肉の影響を受けて低迷している
ように思われる。


牛枝肉卸売価格の変動要因の解明

 前節では牛枝肉卸売価格と景気動向指数との関係を図にして検討を加えたわけだ
が、牛枝肉卸売価格の低迷の要因は景気変動だけでなく他にもいくつか考えられる。
ここでは回帰分析を用いて牛枝肉卸売価格の低迷の要因を明らかにしていきたい。 

 前述したように、牛枝肉卸売価格の低迷の要因には主に景気変動、輸入自由化に
ともなう輸入牛肉の急増、国産牛肉供給の増加等が考えられる。牛肉の価格決定式
は厳密には牛肉に関する需要関数と供給関数を推計し、それらの式から導出する必
要があるが、ここでは簡単に牛肉価格の近年の変動に最も影響があると思われる要
因を説明変数※1として回帰分析を試みることにする。

表−2 牛肉枝肉卸売価格の変動要因分析結果
   BMQ BFQ NMQ NFQ IQC CI R2
BMP -1.03*
(6.21)
 
 
 
 
 
 
0.05
(1.11)
1.08*
(10.9)
0.88
 
BFP  
 
-0.98*
(5.94)
 
 
 
 
0.08
(0.20)
0.50*
(3.59)
0.86
 
NMP  
 
 
 
-0.50*
(2.74)
 
 
-0.26*
(14.7)
0.82*
(5.42)
0.86
 
NFP  
 
 
 
 
 
-2.33*
(5.07)
-1.26*
(14.0)
0.38
(0.95)
0.86
 
注)データはすべて月別データ、EPA方法により、季節調整済み、
 価格のデータは消費者物価指数ですべてデフレート済み、データは
 すべて対数変換済み、( )はt値、R2決定係数、BMP=和牛去
 勢枝肉卸売(B3)価格、BFP=和牛雌枝肉卸売(B3)価格、NMP=
 乳牛雄枝肉卸売(B3)価格、NFP=乳牛雌枝肉卸売(平均)価格、
 BMQ=和牛去勢枝肉供給量、BFQ=和牛雌枝肉供給量、NMQ=
 乳牛雄枝肉供給量、NFQ=乳牛雌枝肉供給量、IQP=輸入牛肉
 量(生鮮及び冷蔵)、CI=コンポジット・インデックスの一致指数、*は
 1%水準で有意であることを表す。(データの出所)食肉流通統
 計、経企庁物価動向指数

 表−2は牛枝肉卸売価格の変動要因の計測結果である。被説明変数※1には和牛
去勢枝肉卸売価格(B−3)、和牛雌枝肉卸売価格(B−3)、乳用肥育牛枝肉卸売
価格(B−3)、乳雌牛枝肉卸売価格(平均)を用いている。説明変数には各牛肉
の枝肉供給量、景気変動を表すコンポジット・インデックスの一致指数、輸入自由
化の影響を表す冷蔵の輸入牛肉量を用いている。表をみるとどの枝肉卸売価格も枝
肉供給量がマイナスで有意な結果を示しており国産牛肉の供給増加が近年の牛肉価
格低迷に寄与していることがわかる。景気変動を表すコンポジット・インデックス
は和牛去勢、和牛雌、乳用肥育牛でそれぞれプラスで有意な結果を示している。パ
ラメーター※1は和牛去勢が最も大きな値を示し高級牛肉ほど景気変動の影響が強
い結果となっている。一方輸入牛肉量は乳雌牛、乳用肥育牛でマイナスで有意とな
っており、近年の輸入牛肉の急増が価格低迷に寄与していることを示している。

 以上の結果から判断する限り和牛去勢、和牛雌等の高級牛肉は輸入牛肉の影響で
はなく景気変動の影響により近年価格が低下しており、逆に乳雌牛等の低級牛肉は
輸入牛肉の影響により価格が低下していることがわかる。また乳用肥育牛は両方の
影響から価格が低下しているようである。ここでは結果は示さないが乳用肥育牛の
なかでも規格の高い牛肉は和牛に近い結果を示しており逆に規格の低い牛肉に関し
ては乳雌牛に近い結果となっている。


結 語

 本稿の分析を通じて、牛枝肉卸売価格の近年の低迷に景気変動は大きな影響を及
ぼしておりその傾向はより高級な牛肉ほど顕著であることが明らかになった。輸入
牛肉の影響が和牛にはあまり強くあらわれなかった点は、牛肉の自由化によってす
べての国産牛肉の生産が大きな打撃を受けているわけではないと解釈すれば良い結
果とも判断されよう。しかし牛肉生産にとっても平成不況がいつまで継続するのか
予断を許さない状況である。また回帰分析の結果では国産の牛肉供給の増加が価格
の低下に寄与していた。牛肉生産者が蜘蛛の巣理論※2にもとづいて行動している
と仮定すれば国内の牛肉供給はバブルの時代の高価格にもとづく供給増加局面から
その後の低価格にもとづく供給低下局面にはいり価格低迷を抑制するとも考えられ
る。いずれにせよこれら牛肉価格の変動に影響を及ぼすファクターについて詳細な
分析が必要なのは言うまでもなく、それらは今後の重要な課題としたい。


(注)

※1 回帰分析:原因となる変数X(説明変数)と結果となる変数Y(被説明変数)
  との間の定量的な関係を分析することを回帰分析という。その場合、説明変数
  と被説明変数の間の関係の深さを表す係数をパラメーター(b)といい回帰分
  析の結果はたとえばY=a+bXのような形になる。

※2 蜘蛛の巣理論:生産者が将来の価格ではなく現在の価格に反応して生産の決
  定をおこない、いったん生産がはじまるとその最終生産物が市場に集荷される
  まで育成、肥育のための生産期間を経過しないと集荷されないことを蜘蛛の巣
  理論という。そのため、もし生産者が蜘蛛の巣理論にそって行動していれば、
  価格が上昇してから生産の拡大を決定してもその最終生産物が市場に集荷され
  供給が増加するまでに数十ヶ月かかることになる。


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