我が国乳業への提言 
                       −乳業経営者研修会

鞄倹H 加工原料第二本部 本部長代理 中西 秀樹


 事業団は「厳しさを増す経営環境と企業の対応」というテーマで昨年10月21日、22日に乳業経営者研修会を開催しましたが、その中で鞄倹H加工原料第二本部の中西部長代理に「海外の乳業事情」という講演をいただきました。

 今後、我が国の酪農、乳業を論ずる上からも、主要国の乳製品事情を抜きには語ることができず、常に動きを把握しておく必要があります。同氏の講演は最近の海外情勢をコンパクトにまとめられており、我が国乳業への提言をいただいておりますので、同氏の了解を得てその要約を紹介いたします。
1. まず、世界の乳製品市場を数字で把握しますと、

(1) 生乳生産量

 大まかに言って、世界の生乳生産量は4億5千万トン、うちECが1億1千万ト
ン25%弱のシェア、日本は8百5十万トンでランクから言うと世界第10位となりま
す(表1)。

表1 主要国の生乳生産量              (1,000MT)
   1988 1989 1990 1991 1992
デンマーク 4,739 4,747 4,742 4,640 4,606
西ドイツ 23,974 24,240 23,672 23,254 22,733
東ドイツ 7,954 8,193 7,635 5,809 5,372
フランス 26,606 26,115 26,535 25,781 25,400
イタリー 12,220 12,070 12,350 11,850 11,860
オランダ 11,406 11,321 11,285 11,047 10,907
英国 15,135 14,913 15,224 14,768 14,640
ECその他 9,198 9,145 9,845 11,475 11,878
EC-12合計 111,232 110,744 111,288 108,624 107,396
スウェーデン 3,433 3,497 3,508 3,200 3,200
スイス 3,776 3,892 3,843 3,917 3,868
チェコスロバキア 6,957 7,094 6,924 5,821 5,180
CIS-12 101,150 101,900 101,979 95,395 82,200
ポーランド 15,450 16,220 15,860 14,626 13,184
オーストラリア 6,314 6,479 6,451 6,593 6,934
ニュージーランド 7,778 7,457 7,725 8,106 8,484
カナダ 8,229 7,980 8,035 7,860 7,500
米国 65,839 65,425 67,274 67,370 68,966
日本 7,608 8,059 8,190 8,260 8,580
インド 22,000 24,000 27,500 27,000 28,500
その他 106,443 107,844 108,859 106,881 110,686
世界合計 466,209 470,591 477,436 463,653 454,678
資料:ZMP(以下同じ)
注:ECその他はEC−12合計から掲載国の数値を単純に差し引いた。
  また、その他は、世界合計からEC−12合計及び掲載国の数値を
  差し引いたものである。以下同じ。

(2) 生産者乳価

 この比較は為替の取り方等々、データとしては正確性に欠ける面があり、一応の
目安ということで、参考にして下さい。乳製品輸出国と比べて、日本の乳価がかな
り高い水準にあるということが理解できると思います(表2)。 

表2 主要国の生産者乳価              (円/s)
   1988 1989 1990 1991 1992
デンマーク 54.8 57.9 59.0 57.6 57.2
西ドイツ 53.9 57.8 52.9 51.0 51.6
フランス 44.3 46.7 46.4 45.3 46.5
イタリー 58.6 64.0 65.9 65.7 66.3
オランダ 51.8 55.5 49.9 57.4 58.1
英国 39.5 41.9 43.1 44.0 47.5
フィンランド 72.7 80.2 80.2 82.2 81.2
スウェーデン 72.3 75.2 69.9 67.6 70.8
スイス 96.6 96.8 99.7 100.0 99.8
ポーランド       5.5 9.1 16.0
オーストラリア 22.2 24.6 26.2 24.8 27.1
ニュージーランド 13.0 18.3 20.7 12.3 17.3
カナダ 50.0 49.9 50.3 50.9 52.0
米国 34.2 37.8 38.3 34.1 36.5
日本 90.0 90.6 89.1 89.5 89.5
(3) バター生産量と輸出量

 世界的な規模で、生産量・貿易量共に暫減の傾向にあることが、よく理解できま
す。大消費国であるロシア及び旧東欧諸国の経済回復が今後の生産量・貿易量に大
きな影響を与えます(表3、4)。

表3 主要国のバター生産量             (1,000MT)
   1988 1989 1990 1991 1992
デンマーク 93.8 92.8 93.3 70.5 62.3
西ドイツ 391.8 398.4 393.1 412.9 391.1
東ドイツ 305.2 312.3 255.0 139.4 82.6
フランス 426.1 432.9 445.2 407.8 391.0
イタリー 101.7 99.3 98.1 98.3 100.7
オランダ 169.9 180.2 178.0 163.3 148.5
英国 139.5 129.0 139.8 114.9 96.9
ECその他 218.1 250.6 270.8 248.5 226.9
EC-12合計 1,846.1 1,895.5 1,873.3 1,655.6 1,500.0
フィンランド 56.9 61.7 62.2 59.4 56.2
スウェーデン 34.6 43.1 49.2 37.9 36.9
スイス 35.7 38.5 37.3 39.8 38.6
チェコスロバキア 148.3 156.7 158.7 132.8 118.0
CIS-12 1,567.0 1,568.0 1,593.0 1,371.0 1,300.0
ポーランド 266.9 289.7 271.4 190.7 153.9
オーストラリア 94.2 95.9 104.2 102.6 106.7
ニュージーランド 266.7 226.2 257.8 277.9 286.6
カナダ 104.3 97.4 99.4 96.9 85.4
米国 547.7 587.6 590.7 606.1 609.8
日本 70.6 78.4 76.2 75.9 94.9
その他 326.2 330.2 310.4 266.7 240.2
世界合計 5,365.2 5,468.9 5,483.8 4,913.3 4,627.2
表4 主要国のバター輸出量             (1,000MT)
   1988 1989 1990 1991 1992
EC-12合計 612.9 373.1 199.2 343.3 207.8
フィンランド 19.2 20.3 35.9 22.7 16.4
スウェーデン 7.7 17.5 32.2 21.0 16.7
チェコスロバキア 14.0 12.0 29.5 53.3 39.0
CIS-12 12.9 14.4 11.5 0.0 0.0
ポーランド 0.0 2.6 24.0 5.4 0.0
オーストラリア 47.6 47.0 46.4 50.6 52.0
ニュージーランド 218.3 210.7 217.3 181.6 206.6
カナダ 0.2 2.4 4.1 12.4 9.8
米国 8.9 38.0 70.4 32.0 96.4
その他 9.1 15.3 20.0 18.8 10.1
世界合計 950.8 753.3 690.5 741.1 654.8
(4) 脱脂粉乳生産量と輸出国

 バターと同様に生産量は暫減の傾向にありますが、貿易量は横ばいの状況です。 
 実感としては、バターに引っ張られて脱脂粉乳の生産を拡大出来ず、従って、市
場価格が高い水準で維持されてきた。そのため、貿易量は横ばいで推移したという
のが実態です(表5、6)。

表5 主要国の脱脂粉乳生産量            (1,000MT)
   1988 1989 1990 1991 1992
デンマーク 7.4 13.4 40.7 17.0 13.1
西ドイツ 386.8 434.6 436.7 431.6 332.9
東ドイツ 113.1 116.3 125.5 90.6 58.1
フランス 437.4 443.2 523.4 413.4 357.4
オランダ 81.8 78.8 64.2 49.3 46.5
英国 136.3 132.9 164.3 133.3 99.7
ECその他 210.2 270.5 336.7 300.4 213.9
EC-9合計 1,373.0 1,489.7 1,691.5 1,435.6 1,121.6
フィンランド 28.3 26.2 22.3 19.8 15.0
スウェーデン 35.9 48.0 51.0 31.5 29.8
スイス 23.6 26.0 26.5 28.4 25.1
チェコスロバキア 117.5 129.1 134.0 65.3 -
CIS-12 643.0 690.0 730.0 710.0 -
ポーランド 158.4 174.4 173.4 147.3 150.0
オーストラリア 120.0 119.1 135.0 146.6 148.6
ニュージーランド 171.1 154.2 183.9 147.4 136.0
カナダ 109.7 95.1 92.9 78.0 56.0
米国 444.4 396.8 398.8 398.0 396.0
日本 164.0 183.5 178.9 181.3 206.7
その他 60.7 55.5 62.7 51.0 47.8
世界合計 3,449.6 3,587.6 3,880.9 3,440.2 2,332.6
表6 主要国の脱脂粉乳輸出量            (1,000MT)
   1988 1989 1990 1991 1992
EC-12合計 619.0 409.4 330.2 252.8 387.0
フィンランド 2.5 1.9 2.8 6.5 5.1
スイス 0.8 0.2 6.3 10.1 6.7
チェコスロバキア 65.0 45.0 79.0 121.0 -
ポーランド 47.2 60.5 76.3 46.5 90.8
オーストラリア 64.7 77.4 97.1 125.7 121.2
ニュージーランド 163.2 133.7 153.3 148.7 134.7
カナダ 59.0 36.6 42.5 36.3 29.6
米国 218.4 117.1 7.7 43.5 74.6
その他 9.5 12.3 13.9 16.8 14.6
世界合計 1,249.3 894.1 809.1 807.9 864.3
(5) チーズ生産量と輸出量

  世界的な規模で加工向け用途としてはチーズが最大です。大よそ、全世界の生乳
生産の22%強がチーズまわしと考えてよいと思います。総生産に対して輸出比率が
少ないのもこの商品の特質です(表7、8)。

表7 主要国のチーズ生産量             (1,000MT)
   1988 1989 1990 1991 1992
デンマーク 259.9 276.7 295.0 286.7 291.7
西ドイツ 1,007.7 1,050.2 1,115.1 1,181.6 1,202.1
東ドイツ 256.3 257.4 139.1 65.9 91.3
フランス 1,290.1 1,325.6 1,355.3 1,396.1 1,420.7
イタリー 767.0 755.0 740.0 750.0 770.1
オランダ 565.0 570.6 596.0 613.6 642.0
英国 296.8 281.5 311.6 298.0 306.2
ECその他 323.0 335.4 330.4 339.3 360.1
EC-12合計 4,765.8 4,852.4 4,822.5 4,931.2 5,084.2
フィンランド 86.6 90.5 92.7 83.1 88.3
スウェーデン 122.7 116.9 115.8 114.5 117.3
スイス 127.6 130.4 129.7 136.4 134.5
チェコスロバキア 227.6 219.6 204.6 180.6 -
CIS-12 829.0 834.0 821.0 717.0 550.0
ポーランド 312.2 292.2 335.6 275.6 258.1
オーストラリア 176.3 190.8 175.3 179.4 197.4
ニュージーランド 128.4 127.9 119.7 124.8 139.6
カナダ 252.5 250.3 255.3 262.1 262.2
米国 2,527.4 2,547.1 2,749.3 2,762.7 2,929.1
日本 82.9 83.6 82.2 88.5 92.2
その他 768.1 772.4 791.0 753.1 412.0
世界合計 10,407.1 10,508.1 10,754.7 10,609.0 10,264.9+a
表8 主要国のチーズ輸出量 (1,000MT)
   1988 1989 1990 1991 1992
EC-12合計 404.0 444.8 451.3 483.5 469.3
フィンランド 32.4 26.3 28.9 27.4 24.5
スェーデン 3.5 4.1 4.0 3.7 2.1
スイス 60.3 63.7 62.0 61.8 65.2
チェコスロバキア 9.6 8.0 10.7 15.0 13.0
ポーランド 5.1 0.8 7.2 2.6 5.8
オーストラリア 77.3 62.7 52.4 62.9 68.4
ニュージーランド 109.1 93.6 90.4 103.0 107.2
カナダ 10.1 10.7 8.6 12.1 10.9
米国 24.0 10.1 11.9 12.1 15.2
その他 106.2 109.2 124.6 99.0 90.2
世界合計 841.6 834.0 852.0 883.1 871.8
(6) 乳製品輸出量と市場占有率

 バター、脱脂粉乳、チーズ等を含む全乳製品の国際市場での流通量と地域(国)
別の市場占有率をグラフにまとめたものです。流通量は生乳換算で表現されており、
従って総生産量のうち約6%が輸出、残り94%が内需目的と推定されます。 

 このデータを読む場合に最も重要なポイントは輸出市場におけるECの位置付け
です。生乳生産量では、約25%のシェアですが、輸出市場では50%前後の占有率を
誇っており、EC域内の需給動向が乳製品市場に大きな影響を与えるという定説が
よく理解出来ます。又、ECの輸出余力が増えた時に貿易量そのものも増えており、
この面でもECの位置付けの大きさが計れます(図)。

 次に各地域ごとに現在あるいは、今後の特色を見てみます。

図 地域(国)別乳製品輸出量 1985−1990(1,000MT)


2. EC

 昨年のIDF REPORTの中にMR.SCHELHAASによる「2000年の乳業界」というたいへん
大胆な近未来予測の報告がありました。

 このうち、ECに関わりのある部分を抜すいしてみますと、

1)ECにおいては、農業人口は現在の20−50%程度、農耕地は現在の1/3程度で
 足り、むしろ関心は環境問題に移ってゆく。

2)酪農家は専業で平均80−100頭を飼育、1頭平均8,000−10,000KGSの搾乳が可 
 能となる。規模の大きな酪農家はますます増大し、酪農家の戸数は2000年までに 
 半減する。

3)ECでは、10大メーカーで総乳量の50−70%を扱うようになり、この結果、メ 
 ーカーは流通・小売業と競争し得る体質となろう。新製品開発、新ブランドの創 
 出、製造経費の削減のために多額の投資が行われる。その一方では、高級品、ロ 
 ーカル色のあるもの、ニッチ商品は存在意義を見出し増加する。

4)ガットの影響により、現在の世界的な生産者乳価の水準であるUSD 15−60/
 100KGはUSD 20−35/100KGに収束してゆき、ECの乳価もこの枠内に納まる。E
 Cの乳量割当制度は、2000年迄継続され、酪農家は環境と共存を更に問われるこ 
 とになる。

 以上、いくつかの作業は既に始まっており、ECの乳業が現在の延長線上で21世
紀も存在することはあり得ないという前提で、予測が行われております。 

 ガット・ウルグァイラウンドの問題はECの酪農・乳業にも大きな影響を与えま
す。ECと米国の二国間交渉の結果は、一応マクシャリーによるNEW CAPの範囲で
合意されました。酪農・乳業の問題に関しては外圧がある、ないに関わらず、内な
る要求からECは改革を断行せざるを得ない状況に追い込まれており、マクシャリ
ーの新共通農業政策(NEW CAP)がガット・ウルグァイラウンドを考慮したとは言
え、EC自身の手による新農業政策であったのです。

 基本内容は、生産制限と農家に対する直接所得補償となっており、今後のECの
酪農・乳業の方向付けに決定的な影響を与えると考えられます。SCHELHAASの予測
と重複しますが、我々の考えるECの酪農・乳業の方向は以下の通りとなります。

(1) QUOTA SYSTEMは今世紀中継続される。 

(2) その結果、統一市場重視型の供給体制に変わってゆく。

   言い換えれば、市場内の需要を前提とした生産体制への移行。

(3) 乳業メーカーは、企業の存続のために合併・吸収を含めた合理化・大型化を
  進行する。

(4) ガット・ウルグァイラウンドの成立は、ミニマムアクセスがEC市場にも適
  用される。


3. オセアニア

 ニュージーランド、オーストラリアは言うまでもなく日本市場向けの乳原料供給
基地として最も重要な役割を果たしており、今後も位置付けは変わらないと考えら
れます。

 今後我国の乳原料輸入が諸般の事情によりますます増えてゆくと仮定した場合、
このオセアニアの原料供給基地としての重要性はますます高まってゆくと考えられ、
その場合我々の関心事は次の二点に絞られます。即ち、

1)オセアニアの供給の限界

2)オセアニアの生産者乳価の推移

となります。このことを我国の事情からだけ観るのではなく、視点を変えて、オセ
アニアの側から輸出市場見た場合、最重要市場は

 チ ー ズ…………………日本 
 脱脂粉乳+バター………アジア経済圏

ということになり、必ずしも我々の見方と一致している訳ではありません。 

 酪農・乳業をめぐる世界的なすう勢がガット・ウルグァイラウンド体制のもとで
進行してゆくと仮定した場合、オセアニアはどの様に変わってゆくのだろうか。言
う迄もなく、ガット・ウルグァイラウンド体制は、両国にとってたいへん有利な貿
易の仕組みで、それ故オセアニアは農産物自由貿易の熱心な推進者なのです。

 つまり、関税化という言葉で表現される貿易自由化は、ミニマムアクセスの実行
を伴うからで、EC市場も例外ではありません。6年間の最終年次に総需要の5%
を輸入しなければならないとすれば、EC統合市場は正に新しい巨大な輸入市場と
なり得ます。

 ドンケル提案は、このミニマムアクセスを義務という位置付けにはしておりませ
んが、現実にECが乳原料の輸入を増さなければならないとすれば、輸入先として
オセアニアの位置付けは極めて大きなものになるだろうと予想出来ます。

 例えは悪いのですが、ここ数年間のオセアニアの酪農・乳業事情はバブル時代の
雰囲気に似ております。国の経済全体は最悪なのに、酪農・乳業だけが順調に拡大
しており先行きも良いことづくめで、それ丈に、我々の側から観ると将来の不安が
つきまとうのです。オセアニアばかりが何時までもそんなに良い時代が続くはずが
ない、その反動が必ず来るのではないか。そうなると問題は元に戻って

1)オセアニアの供給の限界

2)オセアニアの生産者乳価の推移(何時まで、ダントツの安い乳価を維持出来るか)

に関心を持たざるを得ないと考えるのです。特に、単純な乳原料の供給基地として
オセアニアを考えた場合、バターは良いとして脱脂粉乳は潤沢な供給が可能なのだ
ろうか。価格競争力があると言ってもかなりの部分が為替によるもの故、両国の経
済が回復した場合、果たして期待通りの価格差を維持出来るのだろうか、等々です。
 
 従って、日本側も流動的に資源供給国としてのオセアニアを見つめてゆく必要が
あるのだと考えます。


4. 米国とカナダ

 現在の世界貿易の中で、米国のシェアはオーストラリアとほぼ同じで、生乳生産
量から比較してそれ程大きな影響力を持っているとは言えません。しかし、農産物
の自由貿易に関して、オセアニアと共に最も熱心であり、且つ国際世論をリードし
ているのは言うまでもなく米国です。

 もし将来の乳製品の需給バランスが崩れた場合、ECに代わって何処が供給の肩
代りをするのだろうかという質問に対して、最も可能性の高い候補はまちがいなく
米国です。早い話が生乳換算で100万トン単位の需給バランスが逆転していった場
合に、最も容易に供給側から対応可能なのは、米国だけと予想されるからです。オ
セアニアが二ケ国合せて約1,500万トンの生乳生産であるのに対して、米国は7,000
万トンの乳量がある訳で、圧倒的に分母が大きいだけ、増産が容易と考えられるか
らです。

 一方では、将来米国が乳製品の国際市場に本格的に参入するための障害と考えら
れるいくつかの問題もあります。

1)当然、国際市場価格が現在よりも相当高くなるという前提が必要です。

2)現在の生乳生産量は、内需を前提にして成り立っている訳で、将来的にもこの 
 巨大な消費市場が輸出のネックとなるはずです。

3)又、米国乳業は製造品目という点でチーズに偏重しすぎているため、脱脂粉乳、 
 バターの様な原材料の供給力の問題が予想されます。

 カナダは脱脂粉乳、チーズ等の輸出国ですが、米加自由貿易協定の結果、米国の
規模に飲み込まれつつあるような印象を受けます。乳製品に関しては自由貿易協定
の対象外となっておりますが、乳製品を原料の一部として使用した製品は当然対象
品目となる訳で、1990年以降生乳生産量が暫減している要因の一つは、この辺にあ
るのだろうと考えています。

 従って、今後のカナダの乳製品市場は、米国との関連で考えてゆかざるを得ない
だろうと予測しています。


5. アジア(日本を除く)

 アジアの乳業に関しては、残念ながら正確な統計の入手が困難で、我々なりの体
験を通じた感覚的な情報となります。

 生乳生産は以外と広範囲にわたって行われており、韓国、台湾はもとより、タイ、
マレーシア、インドネシア、中国大陸等であり、主たる用途は飲用向けに限定され
ております。各国共需要は着実に伸びているのですが、増産態勢がなかなか思うよ
うに進まないというのが実情の様です。従って、この地域は、乳製品の消費市場と
して重要な位置付けとなっており、事実、オセアニアはアジアを最重要市場と見な
しております。消費の実態は、当然各国共一様という訳ではなく、比較的先進国に
近づきつつある国々、それに続く消費形態が進行している国々、これから乳製品消
費が始まる国々、そしてチーズの消費では飛び抜けている特異な存在のフィリッピ
ンと言った具合に、実に様々な段階があるのです。アジア市場の何よりも大きな魅
力は、順調に経済が発展しつつある国が多いこと、巨大な人口、そして年々着実に
伸びている乳製品需要といった点だと思います。

 製造業としての乳業メーカーにも、既に内需だけを対象とするのではなく、製品
の輸出を行う国際企業が出現しつつあります。ネッスルやユニリーバ、クラフト、
フォーモスト等インターナショナルビッグは勿論のこと、民族資本若しくは準民族
資本といった乳業会社も国境を超えた事業展開を始めつつあるのです。代表的な会
社としては、台湾の味全と統一、香港のデアリーファーム、シンガポールのアジア
・デアリー、インドネシアのインドミルク等々、中でも味全と統一は中国大陸に自
らの育児用粉乳製造工場を既に持っております。彼らの共通した認識は、「将来、
アジア経済圏は一つの市場となる。そして、その市場を単位とするナショナル・ブ
ランドが出現する」というもので、当然ネッスルやユニリーバ、日本の乳業メーカ
ーはそのナショナル・ブランドの有力候補ですが、彼ら自身も候補たり得たいと考
えている訳です。

 この様に、アジア市場は、実にダイナミックに発展しつつあり、既に見てきたE
C、オセアニア、米国と言った市場とは別な観点で、海外の乳業事情の重要なテー
マの一つになりつつあると考えます。供給と需要という対極的な関係にありますが、
我国から海外を考える時に、乳業でもアジア市場を抜きに考える訳にはいかない時
代になったのだと認識しています。 


6. 日 本 

 私どもは、仕事柄、海外の情報なり資料に接する時、常に日本市場との関わりで
物を考えてゆく習性があり、具体的に言えば原料供給先としての可能性という視点
に立っております。それは現在の我国の乳原料の供給構図が国産を主としながらも、
輸入原料を補完として成り立っているからだと思います。従って、国産と輸入とは
相互補助関係にあったと言えるのですが、昨今の我国をとりまく環境はこの関係が
質的に変わってゆくのではないかと思わせる兆候があります。つまり、補完関係で
はなくて競合という関係です。

 我国の牛乳・乳製品の総需要が全部とは言わないまでも、特にチーズやヨーグル
ト等を中心にまだ伸びる余地があると予測するなら、良質な乳原料の安定供給をど
の様に組立てて行くか。勿論この問題は国産を主体に考えてゆくべきなのでしょう
が、今よりも輸入の比率が高まるだろうと考える方が一般的だとすれば、既に観て
きた様に乳原料資源は有限だと考えざるを得ないのです。例えば、今世紀中に我国
の牛乳・乳製品の総需要を生乳換算でマキシマムどの程度の量になるかという仮説
を立ててみて、その際の国産・輸入の供給の比率を想定してみれば良いと思います。
現在の総需要を生乳換算で約1,200万トンと推定すると、供給は国産860万トン、輸
入340万トンということになります。これが今世紀中ですから、1,500万トン程度ま
で行くと仮定するなら、その時点で国産と輸入の比率はどうなるだろうかという仮
説です。常識的に輸入の部分の増え方が圧倒的に大きいと予想されますが、問題は
その部分を何処から輸入するのかということです。

 商品によって輸入先の対象は変わりますが、単純にニュージーランド、オースト
ラリアという訳にはいかないのではないかというのが私共の持論です。ガット・ウ
ルグァイラウンド体制は、日本の農業にだけ打撃を与えるのではなく、ECを含め
た世界の農業に大きな影響を与えるのであって、憂慮すべき結果は世界的規模で農
産物生産の減少をまねくであろうということです。そうでなければ、農業保護の削
除は絵に描いたモチの様なもので、辻褄が合わないのです。

 さらに最悪のケースは、国産と輸入が競合という関係になった場合です。我々は
既に牛肉や果汁で競合の結果がどの様な影響を国産に与えるか充分学んできており
ます。このケースはまちがいなく国産乳原料の縮小という結果を招きます。この場
合さらなる輸入の増大を一体誰が保証出来るのかということです。1,500万トンの
総需要のうち、国産は600万トンしかない世界、つまりフレッシュ物だけしか国産
が残らない極端な場面を想定すると、この問題の深刻さがよく理解していただける
と思います。

 今日では、牛乳・乳製品は日本国民にとって基礎食料の一つ、必要欠くべからざ
る食品という位置付けです。この本質は輸入制度とか世界貿易の新しい約束事とか、
そう言ったこととは無関係な問題であって、国民が必要とする量を必ず確保しなけ
れはならないということなのです。

 従って、市場環境がどの様に変わってゆくとしても、牛乳・乳製品の本質的なテ
ーマは供給ということなのであって、これは永遠に変わらないというのが私どもの
結論なのです。加えて言えば、牛乳・乳製品の中の多くの製品が、消費地で製造を
行うという宿命的な制約を受けます。少数の例外を除いて、乳原料の輸出は余剰が
対象となっているのはそのためです。

 結局、日本で消費される牛乳・乳製品の原料は国産牛乳が主でなければならない 
のです。問題は、輸入とどの様に折合いをつけてゆくかだと思います。


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