★ 専門調査員レポート


都城の肉牛生産とマーケティング戦略

高千穂商科大学商学部助教授 梅沢 昌太郎


後継者育成に腐心する

 JA都城は都城市を中心にする1市5町を管内とする。その事業実績は平成4年
度の販売実績のうち、畜産が77.8%を占めている。平成5年度の販売事業計画を見
ても、各事業部門のウエイトはほとんど変わっておらず、この農協の事業戦略は畜
産事業の上に存在すると言えよう。そして、その畜産事業の柱となるのが肉牛部門
である。そのウエイトは全販売事業の43%になる。まさしく、JA都城の基幹事業
なのである。JAとしてもこの事業の興廃は組織の死命を制するものであり、その
隆盛に全力を注ぐ必要がある。

 肉牛事業の6割近くが繁殖つまり子牛生産となっている。「都城牛」は、肉用牛
の系統管理が優れているので、セリには日本全国から売買人が参加するという。こ
の繁殖農家1戸あたりの飼養頭数は約4.5頭である。しかし、それは平均であって
多くの生産者は1〜2頭飼いの零細飼養である。牛が好きであるという生産者が少
頭数の牛を昔ながらの家族的な雰囲気で飼養することで、JA都城の和牛生産を支
えているのである。

 このような零細な飼養状況は、生産者の高齢化を招き、現在農業者全体の51%が
60才以上の高齢者によるものとなっている。このままで推移するとJA都城の畜産
事業は衰退の方向に向かってしまう。そのことはJAの衰退を意味し、さらにこの
地域の農業が大打撃を受けると言うことでもある。JAの事業方針の文書にも、こ
の問題が再三にわたって取り上げられている。「牛飼い」が好きで事業的な才覚の
ある若い肉牛事業家の出現が、このJAの重要課題となっているのである。


意欲的な和牛青年部

 後継者問題が深刻であるとは言え、この地域の中核となる肉牛生産者は意欲的で
ある。今回は、14支部の中の一つである五十市支部(支所)に出向き、意見を聞い
た。若手の繁殖牛生産者は「五十市和牛青年部」を結成し、「牛づくりは人づくり
から」を合い言葉にして都城牛の振興を図っている。現在、会員は7名(34〜43才)
で、平均飼養頭数は18.4頭である。この地域の平均飼育頭数は肥育を含めて6.1で
あるから、比較的大規模な肉牛生産者が若手に多いことがわかる。この会は牛の削
蹄、毛刈りなど牛の手入れの向上活動や、子牛検査や登録の補助などの、自主的な
活動を行ってきた。その活動は都城牛の品質と市場でのステイタスの向上に貢献し
ている。

 現会長の後田保一さんは43才であるが、銀行員からUターンしてきた。奥さんは
公務員で中学生の長男長女がいる。繁殖素牛30頭、育成牛10頭、子牛24頭を飼養し
ている。63才だがまだまだ元気な母親と二人で農業を経営している。肉牛の他に水
田が自作地40アール、借地60アール、畑が自作地200アール、借地100アール耕作し
ている。畑作ではトウモロコシ、イタリアンライグラスを栽培している。

 後田保一さんは機械センターのオペレーターを活用している。肉質重視型の飼育
を実行しているが、それは系統構成と飼い方の問題に帰結すると言う。10年前に銀
行員からUターンした時10頭だった飼養の規模を20頭にしたが、その規模拡大は借
金で行った。その間、牛の価格暴落などの危機があったが、農協の資金を借りるこ
とによってしのいできた。牛の導入資金を借り、運転資金がある程度回転できるよ
うになって、「やっと目鼻がついてきた状況である」という。しかし、目一杯の投
資であることは否定できず、自由化は「大分こたえた」そうである。「A−4で採
算の取れる価格であれば良い」と後田保一さんはいう。しかし、最近のキロ当たり
1,700円では「だめだ」とのこと。

 販売価格をどう上げるか、その一方でコストをどのようにして下げるかが、この
青年部会の重要課題となるだろう。

 後田俊秋さんはこの会のOBで、前の会長である。奥さんと一緒に農業経営をし
ている。水田自作地160アール、水田借地40アール、畑250アール、畑借地250アー
ルが耕作面積である。和牛の飼養は成牛45頭、育成牛6頭、子牛39頭である。平成
5年度のセリ市への出荷計画は35頭であるが、彼は50頭の出荷は可能であるという。
将来は肥育までの一貫生産にしたいという希望を持っている。

 注目すべきことは、後田俊秋さんの子牛の平均販売価格が44万6,000円と高いこ
とである。青年部会の平均価格が41万4,000円の1人を除いて、35万から37万円の
間にある。俊秋さんの販売価格が飛び抜けていることがわかる。重要なことは、こ
の平均販売価格が多頭飼育のなかから生じていることである。安定して、高度な生
産技術が確立していることと推測される。 


レベルの高い肥育牛生産者

 肥育に目を転ずると、馬渡芳文さんの320頭飼育という規模が注目される。本人
と両親、そして雇用1人で肥育を行っている。馬渡さんによると、2人で400頭の
肥育は可能であるという。あと40から50頭を増やし、2人の雇用を増やすという。

 大規模経営化の道を歩んでいるのである。しかし、「経営者の眼の届く範囲での
経営が重要である」という考えから、「餌は自分でやる」という。そのことによっ
て、牛や畜舎の状況がわかるのである。規模拡大しながらも、生産者として自分の
目が届く範囲での経営をしているのである。

 「牛は飼い方次第で高くなる」と彼は話す。それは餌の作り方と与え方そして肥
育の環境整備であるという。素牛の組み合わせと餌の組み合わせが大事で、最後は
餌に牛を合わせるのだと強調する。餌によって増体率が変わるのである。カロリー
が高いほど変わり方が顕著である。餌はメニューを自分で作り、飼料工場に委託混
合している。

 A−5の比率は30%である。A−5が「一番金を取りやすい。大物狙いをしなけ
ればダメ」と、馬渡さんは力説する。「みんなが儲かったら、どんどん入ってきて
しまう。難しいほうが儲かる」という、彼の発言に、事業家的農業者の姿が明確に
なってくる。

 薬師和敏さんは現在130頭の牛を肥育している。父が繁殖牛を5〜6頭から飼っ
ていたが、8年前から肥育を始めた。現在でも両親は10頭を繁殖している。今、畜
舎を増築しており、あと2か月(訪問時)すると完成して、120頭が増頭される。
薬師さんは夫婦2人で200から250頭の飼育は可能であるという。増築によって、そ
の規模にしようとしているのである。

 薬師さんは一貫生産にしようと考えている。しかし、3年近く資金が寝ることに
なるので、資金繰りが大変であり、繁殖20頭程度の小規模な生産から始めたいとい
う。

 この一貫生産については、馬渡さんは否定的であった。ノウハウが全然違うとい
うのである。一方、後田保一さんと俊秋さんは一貫生産に意欲的である。人により
事業方針によって意見が異なる。しかし、一貫生産に魅力を感じている生産者が、
繁殖・肥育の両方に多いということは言えるだろう。 

 薬師さんと同じ様に、段階別に肥育牛を増やしていこうとする生産者に段定實さ
んがいる。現在160頭規模であるが、あと80頭を増額するという。1か月8から10
頭ぐらいに分けて規模拡大していきたいという。子息が後継者に決まっていて、沖
縄からも研修生を受け入れている。専業的な畜産農家を目指すケースとして注目さ
れる。


個人でマーケティングを実行している生産者

 薬師義正さんの事業経営には注目する必要があると思う。一貫生産を行い、肥育
牛600頭を飼育している。奥さん、子息、そして従業員1名の4人による経営であ
る。繁殖は2年前から行い、子息の担当となっている。現在、成牛50頭、子牛30頭
の規模となっている。子牛は市場に出さず全部肥育するという。隆美号という系統
の牛を主体にしている。「よい牛ではないが、安いもの」ということを評価してい
る。もっとも、一貫生産では「血統の良いものをやっていく」と語っているので、
血統の管理を今後は積極的に進めることになろう。

 飼料は自家配合であり、水田を1ヘクタール所有している。稲作の役割は良い藁
を得ることが主体である。良い藁と悪い藁とでは牛の食い方が全然違うという。国
産の、それも新しい藁の方がよく食べるのである。

 薬師義正さんも、これからは5等級の牛を生産しなければ、生産者は生き残れな
いという。そのためにはどのようにしてコストを低く生産できるか、また、販売価
格をどう上げていくかが、重要な経営課題となるだろう。一貫生産への移行もその
目的の実現にあるといえる。

 注目すべきことは、薬師さんが精肉の直売所を設けていることである。自分の牛
を宮崎くみあい食肉に委託して、枝肉に処理してもらい、内臓、皮までを引き取っ
ている。店長を含めて、従業員3人で販売している。冷凍庫と冷蔵庫も持ち、月2
頭程度の販売規模である。客数はあまり多くないが客単価が高く、1人5,000円く
らいの客単価であるという。営業担当がもう1人いて、食肉店にセット品を卸売り
している。小売りと卸売りの両方の事業を行っているのである。平成5年4月のオ
ープンなのでまだ赤字経営であるが、生産段階だけではなく販売までを含めた一貫
システムを個人生産者が確立していることは、今後の畜産経営の一つの方向として
注目する必要がある。


マーケティングに熱心なJA都城

 JA都城もマーケティングに熱心である。ここの肥育牛は、生体でも大阪、名古
屋、神戸に出荷されるが、枝肉での販売を基本としている。セリの当日には担当者
が飛行機で現地におもむき、立ち会う。サシ値をするが、安くなると本人落しとす
る。JA都城で販売するときは「都城牛」のシールをつけるが、系統出荷では「宮
崎牛」となっている。

 和牛生産地では、自己の産地のブランドを高めるためのマーケティングの努力を
いろいろと行っている。仙台牛の産地であるJA南方のレポートでも、この努力を
考察した。

 JA都城はA社を通じて、年間400頭規模での都城牛のブランド浸透戦略を行っ
ている。兵庫県を主体とするB社の神戸地区3店舗を、都城牛の全面的販売促進の
基地として活用している。店全体に都城牛のポスターを張り、チラシを配布する。
そのことによって、その地区の消費者に都城牛のブランドを強く印象づけ、記憶し
てもらう戦略である。

 神戸の小売店でのJA都城の試みは、新しいマーケティング戦略として評価すべ
き要素を持っている。現在の食肉流通では、2〜3の特定牛肉産地のブランドしか
消費者は認知していない。食肉、とくに牛肉は小売店に対する信頼感(ストア・ロ
アリテイ)で購入されているのである。そのような消費者のイメージを基本的に変
えるには、消費者がブランドを明確に認知することが必要である。もちろん品質が
良いと言うことが一番の条件になるが、それだけに留まらないこのようなマーケテ
ィング戦略が重要になる。

 また、JA都城はフード・サービス事業を直営して、都城牛が地元で食べられる
ようにしている。レストラン・マックと名づけられたそのサービス施設では、洋食
と和食そして中華食を含めた幅広いニーズに応じた都城牛の料理を食べることがで
きる。現在パート・アルバイトをふくめて52人が従事している。ここでは、ポンズ
やタレの種類などに配慮して、客層の好みに合うような味づくりをしている。ステ
ーキも1,500円から10,000円までの幅で、いろいろな客層の要求に応じたものが出
せるようにしている。

 外食ビジネスは簡単なようで、大変に難しい事業である。サービスは基本的に生
産の発想とは異なるのである。JA都城もサービスのレベルを維持するための努力
をいろいろ行っている。研修旅行やコンテストそして各地を食べ歩くなどの試みが
それである。

 昭和60年にオープンしたこのレストランは、平成3年度2億4,000万円の売り上
げを記録している。営業外収益が貢献して最終的には黒字になっているが、営業利
益の段階では約200万円の赤字である。しかし、販売促進と地元の雇用効果をみれ
ば、この程度の赤字はあまり問題にならないであろう。


JA都城の和牛戦略の展開

 JA都城は和牛とともにある。その事業形態は今後もそれほど変わらないであろ
う。牛肉の消費量は今後も上昇基調にあると考えられる。しかし、自由化による外
国産の牛肉の攻勢は熾烈であることは周知のことである。この攻勢に立ち向かうた
めには、多くの生産者が語っているようにA−5の比率を上げることが重要になる。
高級化による製品差別化戦略である。

 しかし、この戦略には限界があることも事実である。大部分の消費者(大衆?)
は、そのような「高級な牛肉」は無縁のものとみている。消費者は健康志向であり、
そのことは「赤肉志向」を意味することも認識される必要があるだろう。

 現在の食肉流通では、生産者のマーケティングの努力、つまり品質を上げてブラ
ンド化するという戦略は、生産者に還元されるところが少ないというのは否定でき
ないことであろう。そうならないためには、生産者が小売り・消費の段階まで、そ
の力を及ぼすことが必要になる。トータルのマーケティング・システムの構築が必
要であると言うことである。そのことは、現在の食肉流通を否定するものではない。
商流としての存在は認めるが、トータルのマーケティング・システムとしては不十
分であると言うことである。JA都城は、流通に関与することを熱心に行ってきた。
それは小売り・消費の段階にまで及ぶ。日刊スポーツ新聞への都城牛肉キャンペー
ンなども、消費者への直接的なアピールの試みの一つである。

 生産では一貫生産が問題になっている。多くの生産者がこのシステムに魅力を感
じ、実際に実行している人も多い。しかし、生産者全体のコンセンサスにはなって
いない感じを受けた。

 そして、そのような生産段階から出発して、マーケティングの側面でも消費まで
の一貫したシステムを確立することが重要な課題となるだろう。それは個人の創造
的な活動も取り込むことが重要である。JA都城のマーケティング戦略は、そのよ
うな幅広い発展の可能性を秘めているといえるだろう。


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