ウルグアイ・ラウンド合意と肉牛経営

― 畜産物消費を中心として ―

流通経済大学経済学部 教授               土 屋 圭 造


食肉輸入法と関税率
 昨年12月決着したガット・ウルグアイ・ラウンドの合意では、 アメリカは日本の
米に相当する大切な牛肉を保護するための食肉輸入法の撤廃に応じた。 アメリカの
肉牛農家がこの撤廃に強力に反対しないのは、 カレント・アクセスを超える分は、 
現行の2%の関税率から、 31. 1%の高率関税が許されたことにより、 アメリカに
とっては、 あまり実害がないためであろう。 
 
 永村武美氏 (農林水産省畜産局参事官) によれば、 2000年における日本の牛肉関
税率は 「日本の提案した42. 5%とアメリカ提案の32%との綱引きで、 38. 5%に決
まった」 という。 この関税率は、 食肉輸入法撤廃を断行するアメリカとの困難な交
渉の成果であると思われる。 
 
 農林水産省の評価では、 「関税率の引き下げは年率約2%であり、 代償として、セ
ーフ・ガード (緊急調整措置) を取り入れたので、 あまり日本の肉牛産業に影響が
ない」 という。 確かに、 乳用種牛肉はともかくとして、 和牛肉についてみれば、 こ
の評価は適切かと思われる。 何故なら、 最近の和子牛価格の低落は輸入自由化の影
響もあるが、 基本的には消費者所得の低迷、 若者の安値志向による和牛肉離れ、 輸
入牛肉の品質改善などのために、 和牛肉需要が伸び悩み、 他面、 生産はこの6年間
で約3割も増大し、 需給のアンバランスから生じたものである。 ビーフ・サイクル
があるので、 価格が低落している和子牛は、 需要が伸びるか、 生産量が減少すれば、 
その価格はやがて上昇するであろう。 しかし、 輸入牛肉が激増し、 和子牛価格が低
落するなかで、 僅かとはいえ関税率の低落は、 肉専用種繁殖経営 (肉牛農家と略称
する。 ) に対して、 先行き不安を与え、 農家の生産意欲は減退し、 本年2月の農家
数は前年に比べて7. 5%も激減している。 

輸入牛肉の急増
  1993年度における牛肉の輸入量は対前年比34%も急増し、 この結果、 牛肉の自給
率は50%以下に低落している。 輸入牛肉の約半分はオーストラリア産であるから、
日本人の消費する牛肉の約4分の1はオーストラリア産ということになる。 
 
 1993年から2000年を見通した日本の牛肉輸入量予測については、 筆者の知る限り、
日本で4、 アメリカ、 オーストラリア、 カナダ各1の研究がある。 これらのうち、 
どれが適正であるかは、 軽々に判断できないが、 いずれも、 大量の牛肉輸入を予測
し、 特にオーストラリア側の予測は、 「日本のオーストラリア産牛肉輸入は同期間
に倍増するだろう」 としている。 
 
 事実、 オーストラリアは、 日本向け牛肉の品種改良や日本の市場調査などにより、
日本市場で販路を拡大している。 94年8月には、 主として日本向け牛肉を生産する
フィードロットでの飼養肥育牛頭数が46万8千頭と推計され、 92年に比較して、 62
%も増大している。 しかも、 これらのフィードロットの大半は、 生産コストの削減
や、 円高などを背景に、 オーストラリアに立地した食肉メーカーや商社、 大手スー
パーなどの日系企業の経営下にあるか、 さもなくば、 それらとの契約牧場である。 
日本の肉牛農家は安閑としてはいられない。  
 
肉牛経営対策
  日本の肉牛農家が輸入牛肉に対処するには、 規模拡大、 高付加価値、 低コスト生産、
安全性の向上、 環境保全の重視などの対策が必要である。 これらについては別の機
会に提言したので、 ここではそれらのうち重要と思われる3点について述べてみよ
う。 
(1)優良子牛の生産対策

  大量の牛肉輸入に対抗するためには、 肉牛農家は、 松阪、 神戸、 飛馬單牛肉など
 のような高級牛肉用の優良素牛を生産するのが、 望ましい。 そのためには @子牛
 の繁殖、 肥育、 そして加工・処理までの一貫した経営が必要となり、 また、 そこま
 でいかなくても繁殖・肥育の一貫経営が必要となる。 なぜなら、 一貫経営では資本
 回転期間が長くなるが、 収益性が高く収益変動も少ないからである。 また、 枝肉処
 理施設を含めた経営では、 生産子牛の肥育後の肉質確認ができ、 和牛改良データと
 して役立つ。 さらに、 子牛価格の低迷時にはその影響を直接受けずに済む効果もあ
 るからである。  A優良子牛の生産のためには、 和牛改良組織や人工授精システム
 の改善整備も必要となる。 また、 基礎雌牛の自家更新をするとともに、 子牛の高付
 加価値生産のためには、 岐阜県高山地域で用いられている、 モモまでサシの入ると
 いわれる 「安福」 のような優秀種雄牛を利用すべきである。 
 
  高山地域の農協連合会のつくっている飛 馬單ミートはわずか数年でこの 「安福」 
 を利用して 「飛 馬單牛」 という銘柄を確立した。このため本年9月高山市場におけ
 る和子牛価格は1頭当たり約56万円で、 年間上場頭数全国一の鹿児島県曽於市場の
 平均価格より21万円も高い全国一の高値を誇っている。 この事例は短期間に他産地
 も急成長する可能性があることを示している。 

(2)飼料作面積の拡大対策

  繁殖経営の規模拡大には、 飼料作面積の拡大は必要不可欠である。 そのためには、 
 @ 肉用牛の通年舎飼い地帯では飼料畑を集積し、 適切な機械利用が必要となる。 
 また、 農地の基盤整備が不可欠となる、 A 夏山冬里地帯の北海道、 東北、 中部、 
 九州では、 公共牧場の改編やサービス機能の重視が必要となる。 現在、 公共牧場の
 放牧率は低い。 2シーズン放牧技術、 大量飼料調整技術などの開発導入を行い、 牧
 養力の向上を計るべきである。 
 
  しかし近年の円高により、 粗飼料輸入は増大し、 他面、 飼料の作付面積、 単収と
 も減少している。 これは、 安い輸入粗餌料による集約的経営が放牧より有利である
 からである。 このため折角の改良草地が放置され、 また、 集約多頭飼養による糞尿
 公害を引き起こしている。 このような事例は都府県はもちろん、 北海道のような大
 規模草地開発地域にも散見される。 何のための草地開発かということになる。

(3)所得対策

  肉牛農家は中山間地帯に立地するものが多く、 環境保全に大きな役割を果たして
 いる。 「肉牛経営は環境保全を目的とする公共事業の一部である」 と考え、 肉牛農
 家への所得支援対策を強化すべきであろう。 

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