★ 専門調査員レポート


国際化時代を迎えた和牛子取り産地の動向

−鳥取県日野郡の農家実態調査から −

鳥取大学農学部 助教授  小 林   一


 
再編を迫られる和牛子取り産地


  中国地方は、 古くから黒毛和牛の子取り産地として有名で、 現在でも全国向け
に肉用及び繁殖用素牛を多数供給しています。 ところが近年は、 九州や東北の各
県における和子牛の生産頭数が増大して、 全国的な生産基地としての地位は、 南
九州の鹿児島県、 宮崎県あるいは東北の岩手県が占めるようになってきました。 
そのため、 繁殖用母牛の素牛供給基地である島根県を除けば、 中国地方の和牛子
取り産地としての市場地位は全体的に低下し、 取引価格において全国平均より下
位にランクされるケースが増加しています。 そして、 鳥取県も同様の特徴を示し
ています。 
 
  鳥取県は、 因伯牛の名称をもち、 骨太でがっしりして飼養しやすく、 増体の良
い黒毛和種の素牛を供給する産地として位置づけられてきました。 しかし、 肉質
重視の時代に代わってきてからは、 子牛の市場評価が下がってきたため、 鳥取県
では伝統的な血統を維持しながらも、 但馬系など県外の血統を導入して肉質を重
視した個体改良に努めるようになっています。 こうした努力にも関わらず、 これ
までのところ市場評価を回復させるまでには至っていません。 今年に入ってから
の県内市場の和子牛取引価格をみても、 雌と去勢の平均で全国平均を下回る25万
円の水準に停滞したままの状態が続いています。 肉質重視による良質の和子牛生
産に努めると同時に、 肥育部門の拡充を図り、 和牛肉の産地として構造転換を押
し進めることが、 鳥取県の課題となっています。 
 
  牛肉の輸入自由化による輸入量の増加と、 景気回復の立ち後れによる国産牛肉
に対する消費の伸び悩み等によって、 和牛肉の卸売価格は低迷状態が続き、 それ
に引きずられる形で和子牛の価格低迷が続いています。 このような厳しい環境条
件のなかで、 黒毛和牛の伝統的な子取り産地では、 いまどのような問題を抱え、 
これからの生産方向をどのように考えようとしているのか、 その実態を把握する
ために鳥取県の代表的な和牛子取り産地である日野郡管内において農家調査を実
施しました。 小稿では、 実態調査によって得られたいくつかの特徴的な事柄につ
いて紹介します。  

  なお、 農家調査においては、 管内の和牛飼養農家の全体的な動きが把握できる
ように、 大規模飼養農家から1、 2頭飼養の小規模農家まで、 幅広い階層を対象
にして26戸を抽出しました。 調査の実施に際しては、 鳥取県日野地方農林振興局
の御協力を頂きました。 担当部局と農家の皆様に紙面を借りて厚くお礼申し上げ
ます。 
営農意欲のある上層農家


  鳥取県日野郡管内では、 農家の兼業深化や農業労働力の高齢化の進行、 さらに
畜産情勢の悪化といった条件変化によって、 1、 2頭の零細飼養農家を中心に農
家戸数の減少が進んできています。 管内では、 1957年のピーク時には4, 154戸の
飼養農家があり、 8, 104頭の肉用牛が飼育されていましたが、 92年には777戸で
3, 552頭が飼育されるまでに縮小してきました。 91年から92年の1年間だけの動
きをみても、 生産環境の悪化に影響されて159戸、 17%の農家が和牛飼養を中止
しています。 このまま推移すると、 産地の維持さえ難しくなる時代がくるのでは
ないかと懸念されるところです。

 鳥取県内の和牛繁殖経営についてみると、 1、 2頭の零細飼養農家が全体の66
%を占めていて、 将来に向けてこれらの階層がどうなるのか、 いま最も心配され
ているところです。 実際に今回の農家調査においても、 繁殖牛1、 2頭の飼養農
家のなかから、 現在のような価格の低迷状態が続くようであれば、 生産活動を停
止するとの回答が示されました。 肉用子牛生産者補給金制度があるとはいっても
、 1頭平均25万円程度の子牛取引価格では、 物材費を賄うのがようやくで、 自家
労賃を費用計上すれば利潤形成などとてもおぼつきません。 農業経営において対
象作目が独立した経営部門として定着するには、 その部門で少なくとも 100万円
程度の売り上げを確保することが目安となりますが、 零細規模の農家ではなかな
かこの条件が満たせません。 現在のような子牛価格の低調な状態が続けば、 零細
規模の和牛繁殖経営は、 さらに減少することが見込まれます。 
 
  他方、 少し規模拡大を進めた3、 4頭層以上の農家からは、 いまのところ肉牛
経営を停止するといった悲観的な意見は聞かれていません。 これらの農家階層で
は、 全体的には当面、 現状維持の形で経営運営を行うとの答えが多くなっていま
す。 また、 それ以上に注目してよい点は、 血統改良や飼育管理の徹底を図って肉
質を重視した子牛生産を進めるとか、 あるいは子牛の自家保留によって繁殖肥育
一貫経営に転換を図るといった対応を、 積極的に打ち出そうとしている経営が多
数確認できることです。 こうした側面から、 和牛子取り産地として今後に向けた
光明を見いだすことができそうです。 
 
  管内において黒毛和種の繁殖用雌牛、 飼養規模3、 4頭層における農家数は、 
ほぼ横ばいに推移していますが、 5〜9頭層及び10頭以上層の多頭数飼育農家は
少しずつ増加傾向をたどっています。 飼養頭数についてみると、 飼養規模3、 4
頭層以上の階層が、 全頭数の7割近くを占めるまでになっています。 10頭以上層
の動きをみると、 最近の約10年間のうちに農家戸数は11から16戸へ、 飼養頭数は
167から229頭に増加してきました。 規模拡大の動きとしてはテンポは決して早く
ないものの、 経営における多頭化は確実に進んでいます。 1、 2頭層における飼
養頭数の減少分をこれらの規模拡大農家がカバーすることにより、 地域全体の飼
養頭数の落ち込みを阻止しているのが、 近年の管内における和牛飼養動向の特徴
です。 農家戸数は決して多くありませんが、 5〜9頭層以上の中規模・大規模経
営を中心にした動きが、 これからの肉用牛産地への再編成の鍵を握るといって良
いでしょう。     
   

繁殖肥育一貫経営への動き


  日野郡は、 黒毛和牛の子取りの伝統的な産地ですが、 現在も繁殖用雌牛の飼育
を中心とした和牛繁殖経営が大半です。 これまでは、 まとまった頭数の肥育牛を
飼育する農家はほとんど存在しませんでした。 ところが、 最近は経営内に肥育部
門を導入する農家が現れるようになり、 状況の変化が認められます。 調査農家に
おいても、 繁殖雌牛を30頭以上飼育する大規模階層のなかに、 黒毛和種の肥育に
本格的に取り組むようになった経営が存在します。 これより規模の小さい階層に
おいても、 いまは1、 2頭規模で和牛肥育に着手したばかりであるが、 将来的に
は肥育部門の拡大を図りたい、 あるいはこれから新規に肥育牛の飼養に取り組み
たいとする農家が6戸ほど認められます。 
 
  繁殖経営のなかに肥育部門を導入して経営転換を図ろうとするこうした萌芽が、 
直ちに繁殖肥育一貫経営の育成につながると判断するのは性急かもしれません。 
なぜなら、 黒毛和種における繁殖用雌牛と肥育用雄牛の飼養技術の間には大きな
相違があり、 肥育技術の習得は決して簡単ではないからです。 また、 肥育経営に
乗り出すとなると新たな設備投資に加え、 長い飼育期間を確実に支える資金力が
必要とされるからです。 和牛の繁殖経営から繁殖肥育一貫経営への転換の動きは、 
このような理由から一部の農家では、 あるいは子牛価格が低迷する状況下で生ま
れた、 一過性の経営対応として終わるかもわかりません。 
 
  しかし期待したいのは、 伝統的な産地において現れているこのような経営転換
の萌芽を、 肥育部門を取り込んだ繁殖肥育一貫経営による、 肉用牛産地の構造再
編へと発展させていくことです。 そのためには、 新たに肥育部門を導入して経営
転換を図ろうとしている農家や地域に対して、 肥育技術の習得や設備投資などに
ついて、 積極的な支援策を講じて行くことが大切です。 日野郡管内で顕在化して
いる、 農家レベルでの繁殖肥育一貫生産への移行に向けた動向の今後が注目され
ます。  
経営内一貫と地域内一貫
  
  黒毛和種の肉用牛産地として発展するためには、 繁殖肥育の一貫生産を確立す
ることが課題となります。 その場合、 一貫生産の確立に当たっては、 単一経営内
において繁殖と肥育部門を有機的に結合させた、 経営内一貫生産としてそれを実
現する場合と、 もう一つ、 それぞれ専門化して立地する繁殖経営と肥育経営を地
域内で有機的に結びつけて、 地域内一貫生産として実現する場合の二つが考えら
れます。 
 
  多頭数飼育への基本的な経営対応としては、 経営内一貫生産の方式が望ましい
と判断されますが、 地域や経営条件によっては、 専門分化した和牛の繁殖経営と
肥育経営とを結びつける地域内一貫生産の形態が有効な場合も存在します。 繁殖
用雌牛の少頭数飼養の農家においては、 上記のような技術習得や資金力の条件に
よって、 繁殖経営から一貫経営に転換を進めることは、 そう簡単ではありません。 
そのため、 零細規模の繁殖経営が支配的な和牛子取り産地では、 地域内一貫の方
式で繁殖肥育一貫生産の確立に取り組む場合が少なくありません。 
 
  調査農家においては、 既存の繁殖経営部門に肥育部門を付加することにより、 
経営内一貫生産をめざす傾向が強く現れています。 ただし管内では、 このように
個別の枠内だけで繁殖肥育一貫生産が志向されているのかといえば、 必ずしもそ
うではありません。 調査対象町村の一つである日南町では、 10年前から地域内一
貫生産の方式が追求されてきました。 
 
  日南町では、 1984年に町役場が公社営畜産基地建設事業によって 「日南町畜産
センター」 を建設し、 管理運営を現在の鳥取西部農協日南町支所に委託する形で、 
肉用牛の地域内一貫生産への取り組みに着手しました。 センター設置のねらいは、 
低価格時における町内生産の和子牛の買い支え、 町内における肥育技術の体系化、 
繁殖母牛の後代検定、 特殊土壌である真ま砂さ土つち (茶色で腐植分のない砂分
の多い土で、 排水性がよい。) における牧草栽培試験、 大型飼育農家への牧草供給
におかれています。 同センターでは、 150頭の収容能力をもつ畜舎施設と17. 5ha
の草地を利用して、 町内の畜産農家に対する支援活動を行ってきました。 
 
  そしてこれらの活動を通じて、 黒毛和牛の肥育技術を確立するという目標に対
して一応の目標を達成することができ、 これからは農協リース方式の生産団地を
造成し、 肥育部門を導入した繁殖肥育の地域内一貫生産の育成をめざす段階に、 
ようやく進んできました。 実態調査からも明らかなように、 黒毛和牛の繁殖や肥
育に関する飼育技術には、 農家間に大きな格差が存在します。 こうした、 技術の
農家間格差の存在は、 繁殖肥育の地域内一貫生産を構築する上で障害となるため、 
飼養技術の高位平準化をめざして、 センターをはじめとする関係機関の営農指導
の役割に一層の期待が寄せられています。 
 林野資源の放牧利用
 
 中山間地に位置する日野郡には広大な林野があります。 肉用牛経営にとって、 低
コスト生産の推進と経営規模拡大が重点課題となっている折、 これらの地域資源を
放牧地として再利用するための、 新しい技術開発の可能性を探ることは有意義です。
  
  戦前、 管内では畜産のために49ヶ所、 3, 282haの牧野が放牧利用されており、 62
年時点でも27ヶ所、 2, 702haの放牧地が利用されていました ( 『日野郡の和牛史』
日野地方農林振興協議会、 1990年)。 それが、 現在では6ヶ所、 約250haにまで大幅
に減少しています。 
 
  林野の放牧利用がこれほどまでに減少してきたのは、 牛馬の飼養農家及び飼養頭
数が大幅に減少してきたことが最大の理由です。 しかしその他にも、 和牛について
役畜から肉用への利用転換が進み、 集約的な飼養管理技術の採用が必要となってき
たことから、 従来の粗放管理による伝統的な放牧技術や、 牧野近代化に伴う費用負
担増などが、 放牧方式の維持にとって支障となってきたことが影響してきました。 
肉質重視の時代要請に答えながら、 省力・低コスト化、 規模拡大を推進するための
基本技術として放牧利用技術を再構築し、 飼養技術の体系のなかに組み込んでいく
ことが、 中山間地における和牛飼養の課題の一つとなっています。 
 
  調査農家の実態をみると、 現在でも8戸が放牧利用を行っています。 これらの農
家は、 総じて飼養規模の大きな階層に分布しているのが特徴的です。 放牧先は、 町
営放牧場や地区の牧野組合のほか、 自宅周辺に適地を有している農家では自家放牧
地によっています。 放牧形態としては、 いずれの農家でも黒毛和種の繁殖用雌牛の
成牛と育成牛を、 5月から10月までの期間中放し飼いにする方式をとっています。 
このうち1戸だけは林間放牧を採用していますが、 あとはすべて改良草地を利用し
て放牧を行っています。 
 
  放牧方式を採用している農家では、 メリットとして、 @繁殖用雌牛の足腰が強く
なり健康状態が良くなる、  A繁殖成績が向上して多産が可能となる、  B飼養管
理の労力軽減となり省力化に結びつく、  C飼養管理の費用節減に役立つといった
効果を指摘しています。 逆に、 デメリットとして指摘されているのは、 D牧草の質
が悪い、 Eち密な飼養管理を行いにくい、 F健康障害をきたしたりやせる牛が発生
する、 G草地改良のための費用負担が大きいなどの点です。 放牧地が自宅周辺にあ
って、 細かな管理作業を施しやすい条件を備えた農家では、 放牧技術の採用につい
ていずれも積極的な評価を与えています。 これに対し、 放牧方式のデメリットを強
く指摘するのは、 以前に公共牧野に預託放牧して良好な成績を得ていない農家や、 
舎飼方式による集約的な飼養管理に重点をおく農家に多くなっています。 
 
 肉質重視の良質牛の生産を行うために、 血統を重視し飼養管理の徹底を図ること
が叫ばれるようになってきました。 そのため、 放牧に対しても和牛の生育ステージ
に応じた、 緻密な飼養管理技術を確立することが要求されるようになってきていま
す。 実際に放牧方式を採用する農家では、 こうした必要性から従来の粗放的な放牧
技術を見直して、 種付けから出産、 子育てに至る繁殖雌牛並びに和子牛の生育ステ
ージに応じて、 放牧時間や飼料給与の技術内容を再構築する動きが広がっています。 
別表のNo.7の農家は、 そうした経営対応を積極的に講じてきた優良事例です (詳し
くは 『畜産の情報』 No.54 (1994年3月号) の拙稿を参照)。 
 
  調査農家においては、 今後多頭化を進めようとする農家を中心に、 放牧方式を肉
用牛飼養技術の体系のなかに組み込みたいという意向がみられます。 こうした要望
に具体的に答えて行くためには、 公共牧野の機能強化のための整備推進や、 個別の
放牧施設整備に対する政策的支援が要求されます。 中山間地域における肉用牛の生
産振興に向けて、 近代的な科学技術を適用し、 地域資源を活用した放牧方式を再生
させるための本格的な取り組みが待たれます。 
 
 肉用牛経営の与件変革
 
  先般、 9月6日に日野郡日南町を主会場にして地域農林経済学会中国支部大会が
開催されました。 そこでは、 「国際化時代における肉用牛産地の生き残り戦略をさぐ
る」 のテーマで、 現地見学会とシンポジウムがもたれました。 シンポジウムでは、 
中国地方および鳥取県の肉用牛生産の実態に関する報告を受けて、 討論部分でこれ
からの振興策と関連して、 繁殖肥育一貫経営のあり方、 放牧方式採用の可能性、 肉
用牛経営安定のための与件変革の各側面から課題提起がありました。 
 
  このうち肉用牛経営安定のための与件変革の課題に即してみると、 90年センサス
によればわが国の肉用牛は、 飼養戸数と飼養頭数において全体の約9割が条件不利
な中山間地域で飼養されています。 そして、 その多くは1、 2頭の零細飼養農家に
よって占められており、 しかもこうした零細経営はいま、 牛肉輸入自由化に伴う市
場環境の変化のもとで存亡の危機に瀕しています。 このような市場変化による影響
は、 多頭化を進めてきた大規模層に対しても厳しい経営対応を迫っています。 
 
  傾斜地を多く抱え立地条件の不利な中山間地域において、 安定した肉用牛の経営
基盤を作り出すためには、 不利な立地条件を補完する価格政策と構造政策が不可欠
です。 また、 EUで採用されているような、 条件不利地域の農家に対する直接的な所
得政策の実施についても、 これからは真剣な検討が加えられる必要があります。 今
回の農家実態調査を通じて、 和子牛の価格安定を望む声が強く出され、 併せて現在
の肉用子牛生産者補給金制度の継続を要望する意見が多く聞かれました。 そして、
畜舎施設や農業用機械、 飼料作用の農地集積、 草地改良等に対する補助事業の充実
に対して、 多くの要望が出されました。 これらの要望に的確に答えて行くためにい
ま一番望まれるのは、 肉用牛生産振興のための方向付け、 とりわけ、 それを包括し
た国政レベルでの中山間地域農業に対する明確な振興ビジョンの提示であるといっ
て良いでしょう。 

  200頭の経営規模である。 奥さんと父が経営に参加している。 今年は肥育牛100頭
を出荷する予定である。 A4以上の比率は60%程度であるという。 ETとF1とが混じ
っているが、 F1の種 (精液) の銘柄チェックはしていないという。 
 
  子牛生産から肥育までの一貫生産であると、 1頭450万から50万円で採算が取れ
る。 和牛肥育専業と比較すると、 有利な経営が出来るということであろう。 
 
 和牛では繁殖から肥育までの一貫生産が注目されているが、 和牛による繁殖では、
「親が遊んでしまい効率が悪い」 という。 「ETで和牛の子牛が取れて、 母牛からミル
クが取れる」、 乳肉複合経営のメリットを彼は強調していた。 
 
 和牛生産者にとっては脅威であろうが、 乳肉複合経営の新しい時代が来ているこ
とは間違いなさそうである。 
 
 

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