◇ 投 稿

大家畜・養豚経営活性化資金と経営改善指導の方向     

― 93年牛乳の消費動向調査の教えるもの ―

社団法人 中 央 畜 産 会 

技術主幹     鶴 見 須賀男


  牛肉の輸入自由化後の畜産経営の体質強化を図るために、 昨年度、 大家畜・養豚
経営活性化資金が創設されましたので、 経営改善指導の方向と併せて、 直接担当さ
れている社団法人中央畜産会鶴見技術主幹にご投稿いただきました。
はじめに
  近年の畜産経営は、 平成3年度の牛肉輸入自由化、 平成5年12月のウルグアイラ
ウンドの農業合意など農業の国際化が一層進展する状況下で、 経営の体質強化がよ
り強く求められる時代を迎えている。 
 
  経営の体質強化を図るためには、 個々の経営実態に応じて様々の方策が考えられ
るが、 負債額の多い畜産経営においては固定化負債 (約束の返済期日が到来しても
返済困難な負債) の解消対策が大きなウエイトを占めることとなる。 
 
  筆者は、 これら固定化負債を抱えている畜産経営に対する長期・低利の畜産特別
資金の融通に関わる指導業務に、 前職の北海道農協中央会時代 (昭和56年〜平成元
年)、 現職 (平成元年〜現在)を通して10数年間、 専任で携わってきた経験をもとに
、 標題のテーマについて所感を述べる。 
 
  自からの経験から言えることは、 負債問題は、 経営、 技術問題であると同時に極
めて人間的な問題であると考えている。 
 
畜産経営と負債問題
  畜産経営は、 土地、 畜舎、 施設機械等の固定資本投資に加え、 経営の維持拡大の
ための飼料費、 素畜費等に多額の運転資金を必要とするところにその特性がある。 
このため畜産経営者には、 家畜飼養管理技術に加え、 経営・財務管理技術の習熟な
ど高い経営者能力が必要とされるのである。 
 
  第2次大戦後、 欧米型の食生活の普及に伴い、 我が国の畜産生産基盤は急激に拡
大されてきたが、 このなかにあって自己資金の蓄積が不充分なまま、 技術的にも未
熟な状態で借入金に依存して急激な規模拡大を行ってきた経営もあり、 負債問題、 
特に固定化負債が経営存続の阻害要因として大きな課題となってきたのである。 過
去の経過をふり返ってみると、 これら負債問題は第1次 (昭和49年)、 第2次 (昭
和54年) オイルショックなど大きな経済変動が生じた時点に顕著に現われた。 
 
  筆者が北海道勤務時代、 この畜産負債問題に専任体制で取り組んだのも、 第2次
オイルショック後、 昭和56年の酪農負債対策からであり、 同年、 国の 「酪農経営負
債整理資金」 の融通が開始されたのである。 
 
  以降60年代から平成年代始めまで、 畜産経営をめぐる環境は比較的安定的に推移
したが、 既述の牛肉輸入自由化の影響等の他、 バブル崩壊後の経済不況や気象変動
による畜産物需要の変動など、 ここ1〜2年の畜産経営をめぐる厳しい情勢は、 過
去のオイルショック時代を上回り、 負債問題もまた新たな視点に立った取り組みが
必要と考えている。 
 
  オイルショック時代と異なる視点について付言すれば、 昭和50年代は経営の外的
要因となる畜産物価格水準が国内的要因の範囲内で比較的安定的に推移し、 経営の
内的要因の改善指導 (支出全般の無駄抑制等) に努めることで一定の改善成果を上
げることができたのである。 
 
  しかし、 現在、 経営の外的要因はそのほとんどが国際的要因をもとに動き、 その
要因の多くは価格低下問題に結びつき、 価格の低下は所得の減少、 即、 償還財源の
減少となって、 負債の多額な経営の返済は、 益々厳しい環境に置かれ始めている。 
勿論、 生産コストに占める輸入資材価格も値下りし、 また、 素畜価格も畜産物販売
価格に連動して値下りしているものの、 コストダウンの割合は収入部門の減少割合
を下回っており、 これらをカバーするためには、 より一層の経営・生活改善努力が
求められるのである。 

畜産特別資金の融通経過
  以上述べてきたように、 畜産経営における負債問題は、 大きな経済変動が生じる
ごとに問題となり、 これらに対処するため、 長期・低利の畜産特別資金が融通され
てきたのである (耕種農業経営における負債問題は、 冷災害など気象異常によって
もたらされる場合が多く、 畜産経営の負債問題発生と異なっている場合が多い)。 
 
  畜産特別資金の嚆矢となったのは、 昭和48〜49年の 「第1〜3次畜産経営特別資
金」 であり、 以来平成5年に措置された大家畜経営並びに養豚経営活性化資金に至
る迄延べ21資金が措置されている。 これら畜産特別資金の融通内容も、 時の変化と
ともに充実し、 昭和50年代前半迄は経済変動の影響に対する緊急避難的な対策とし
て措置され、 また、 これを受け止める資金借受者側も同様の受け止め方であったが、 
昭和56年に措置された 「酪農経営負債整理資金」 から、 資金融通の目的が負債整理
対策として明らかに位置づけられ、 資金借受者の自助努力は勿論のこと、 資金融通
と併せた経営、 生活改善の指導の徹底が図られることになったのである。 
 
  この 「酪農経営負債整理資金」 は、 以降措置された畜産特別資金のモデルとなっ
たもので、 平成5年度に措置された 「大家畜・養豚経営活性化資金」 の参考となる
ことから、 その特徴を要約して紹介する。 

@ 負債整理を表に掲げ資金償還期間も15年 (特認20年) という当時としては極め
  て異例の長期資金であり、 かつ貸付金利も特認は3. 5%と、 一般資金の金利水
  準が10%を超えるなかでは極めて低いこと

A 同一借受者に5年間連続融資できること

B 毎年度の経営実績を点検して、 次年度の融資を行うというローリング方式を初
  めて採用したこと

C 経営改善のために必要な額は、 限度を設けることなく借換えができたこと

D 資金借受者は、 経営部門のみの改善にとどまらず、 生活部門の節減を含めた農
  家経済総合改善に努めるとともに、 不必要な新規投資を抑制すること

E 資金融通機関の農協等は、 貸付金利の引下げ努力等の他、 営農勘定取引きの改
  善 (経営と生活の区分) など事業面全般の自助努力と、 指導体制の充実強化を
  図ること

F 融通機関、 生産者団体、 指導団体、 行政機関等関係者一体となった指導を行う
  こと。 

 等々である。


大家畜・養豚経営活性化資金の融通
 「大家畜・養豚経営活性化資金」 は、 前述のとおり、 牛肉輸入自由化の影響によ
る収益性の悪化により新たに固定化負債の発生が懸念されたこと等から、 これら対
策の一環として、 平成5年度に新たに措置された畜産特別資金である。 両資金は平
成6年度に、 5年12月に妥結したガットウルグアイラウンドの農業合意に基づく国
内対策の一環として、 資金融通期間の延長 (当初大家畜は5年間、 養豚は3年間で
あったものが両資金ともに8年間)、 融資枠の拡大 (当初大家畜は1, 000億円、 養
豚は80億円であったものが、 1, 500億円と300億円) が行われている。 
 
 従来の畜産特別資金に比べて両資金の特徴は、 後継者対策資金 (資金名は、 後継
者経営継承円滑化資金) が新たに措置されていることである。 この資金は、 農業の
国際化が進んでいるなかで、 畜産経営に意欲的に取り組もうとしている後継者がい
ても、 親の代に生じた多額な負債をそのままの状態 (高い金利、 短い償還年限) で
引き継いでは、 如何に努力しても返済していけない経営が見受けられることから、 
この引き継ぎ負債の内、 償還困難な部分を、 新規に就農するものが新たに長期・低
利の制度資金を借受けて就農する条件と同様にするため措置されたものである。 
 
 以下、 大家畜・養豚経営活性化資金の概要を紹介する。 

@ 資金の種類
 この資金は、 毎年次の約定償還金の内償還困難なものを借換える 「経営活性化資
金」 と、 親から経営を継承して後継者が経営に従事する場合に、 必要な範囲で既借
入金を一括借換える 「後継者経営継承円滑化資金」 の2資金で構成されている。 

A 貸付対象者

ア 経営活性化資金
 
 両資金に共通することであるが、 
(ア)既借入金の償還が困難となっている者
(イ)畜産経営を長期に継続し、 経営の体質強化に取り組む者
(ウ)現に約定償還金の一部が返済可能であること
(エ)一定の年令要件 (60才未満) を満たす (60才以上であれば後継者がいる) こと
(オ)酪農、 養豚では計画生産に協力していること
(カ) 飼養頭数がおおむね表−1の頭数以上であること

イ 後継者経営継承円滑化資金
 
  農業を営む個人 (1戸法人含む) で、 現に畜産経営に従事しているおおむね40才
以下の後継者で、 資金貸付年度または近い将来に当該経営の主宰者となることが明
らかであると市町村長が認め、 かつ飼養頭数がおおむね表−1の頭数以上であるこ
と

B貸付条件等

ア 貸付期間は、 平成5年度から平成12年度までの8年間で両資金とも同様である。 

イ 両資金の貸付条件は表−2のとおりである。 
 
 なお、 貸付条件の内、 貸付利率はその年度の金利情勢によって変化するが、 都道
府県、 市町村、 融資機関等各段階の自助努力によって可能な限り引き下げが図られ
ている他、 両資金全般にわたっての取り組みは、 先にふれた 「酪農経営負債整理資
金」 の体制に準じて行われているところである。
 
畜産特別資金と畜産経営
 負債問題は、 畜産経営 (あらゆる経営に共通) が営まれている限り必ず発生する
と考えて良い問題である。 重要なことは、 現在発生している負債問題から逃避する
ことなくこれに対処し、 同時にその経験をもとにして同じ問題発生を少なくする取
り組みを行うかである。 以下、 筆者の経験から、 現在考えている主要な事項につい
て述べる。 
(1)  負債問題 (負債対策) に対する認識  負債問題と言えば資金対策が話題とな
   るが、 負債対策とはどの様な対策と考えるかである。 負債対策とは、 「負債を返
   済する財源を如何にして確保するか」 という対策が基本であって、 資金対策は常
   にその補完対策であるという認識を持つことである。 この認識が不充分のまま資
   金対策に終始している間は、 資金対策効果は充分に発揮できないということであ
   る。 
     従って筆者らは、 負債対策という表現は用いず 「農家経済再建対策」 として、 
   経営・生活を総合的に改善することによって 「償還財源」 を確保すれば、 必然的
   にそれが負債対策になるという考え方で推進してきたのである。 この内容で成果
   を上げてきた事例を概念図で示すと次のとおりである。        
     この概念図にあるとおり、 これを実践していく過程で最も大切で、 また最も難
   しい指導は 「意識改革」 である。 経営者の意識改革と併せて指導に携わる者の意
   識改革が同時に行われなければならないのである。   
     
     この取り組みを行う上で、 近年新たな課題と考えていることは、 畜産物価格の
   低下傾向を背景とする償還財源の減少問題である。 償還財源と負債との関連を筆
   者なりに関連式にして示すと次のとおりとなる。 
     
      総負債残高 
    ―――――――――――  = 償還年数 
      年当たりの償還財源 
       
 
この関連式でもわかるように、 負債償還に必要となる年数は、 
@ 償還財源が多きときには短縮化      
A 償還財源が少ないときには長期化  
 することとなる。 換言すれば、 負債 (特に固定化負債) 対策は、 環境の良い時 
(米作で言えば豊作年、 畜産で言えば価格が好調な年) に取り組むべき対策で、環
境の悪い時(米作で言えば不作年、 畜産で言えば価格が低下傾向の年) には対策効
果が現われるためには、 多くの努力と息の長い取り組みが求められる。   
 対策が長期化する場合に必要となるのは、 これに耐え得る強い精神力であり、 
この強さ如何が経営存続の要件ともなるのである。 
(2)生活問題に対する認識  
 家族労働を中心とする経営の場合、 経営と生活は混然一体となっており、 生活
改善指導は経営指導と同等か、 またはそれ以上にウエイトの高い指導事項となる。 
しかしこの指導は、 人情的、 人権面など人生の機微にふれる問題に数多く直面し、 
的確な対応ができないで挫折するケースが多いのである。 例えて言えば、 現在の
高学歴化時代の所得は少ないが子供だけは大学へ行かせたいという経営に対する
指導の方法である。 教育費が生活費に占める割合が高くなるなかで、 所得の範囲
内に生活費をとどめることの基本を守りながら、 所得を増やし、 親の願望を実現
させながら経営の存続を図るためには、 指導に携わる者自らの人生哲学が求めら
れることになるのである。  
(3)信用供与体制の整備  
 畜産経営への資金融通の方法は、 その実態からみて、       

@ 通常の金融部門からの証書貸付の形態による方法      
A 購買部門における飼料代等の購買未収金(勘定)という形態による方法      
B 畜産部門における素畜代等の畜産未収金(勘定)、 預託家畜いう形態による方
    法 
 
 等々、 耕種農業に較べ多岐にわたっている。 このため、 経営全体の負債残高を
把握するのが難しく、 これが畜産経営の固定化負債発生の一つの要因ともなって
いる。 
 この改善を図るためには、 資金融通機関 (農協等) 内部の連携を強化するとと
もに、下記の図にある資金融通ルートの一本化が必須要件となり、 統括部門が営
農指導にあたることが望まれる。  
(4)その他諸対策  
 紙面が限られているため詳細に述べることはできないが、 負債問題の解消のた
めには、 畜産経営の特徴である多額な資本投資のリスク回避のための各種リース
制度の充実、拡充 (生涯リース農場制度など)、 西ドイツのマイスター制度方式に
よる後継者教育の充実など様々な対策が考えられる。 
 

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