★事業団レポート


鶏卵生産にみる一つの方向      

 
企画情報部


1 生き残りをかけた鶏卵生産者

 鶏卵は、昔から価格が変わらない物価の優等生といわれ、また、自給率は畜産
物の中で唯一90%以上を維持している。しかし、その背景には、コストを1銭で
も下げようとする、生産者の生き残りを賭けた激しい競争がある。
 
  最近の鶏卵の需給動向をみると、平成3年度以降、1人1日当たりの消費量の
伸びは鈍化し、ほぼ横這いで推移している。このため、生産量の増減により鶏卵
単価は大きく変動することとなるが、特に平成4年以降の卵価は低迷しており、
生産者は生産コストにあった収益を期待通りに上げられないのが現状となってい
る。
 
  激しい競争の中で、生産構造は、卵価にあったコストを設計できる比較的規模
の大きい生産者と、付加価値を高め、消費者のニーズにあった鶏卵生産を行い、
直販等独自の販売ルートを持つ生産者の、二つの形態に分かれて発展しつつある
ようだ。
 
  今回、独自の手法による生産を行い、消費者の希望に合った健康によい卵を供
給している東京郊外の養鶏場を訪ねる機会があったので、紹介する。

2 小林養鶏農園
 小林養鶏農園は、東京都町田市郊外相模原駅から歩いて15分程度の丘陵にあ
る。辺りは雑木林に囲まれた市の市街化調整区域の中にあり、宅地からやや離れ
た自然の残る傾斜地の約1.7haで、育すう及びひなを含め1万1千羽を飼養して
いる。
 
 小林養鶏農園の創設者小林幹夫氏は研究医であったが、西洋医学だけでは無く、
東洋医学にも関心を持ち、健康のためには食の面からのサポートが必要と、品川
で2羽の採鶏卵を飼ったのが養鶏を始めたきっかけである。その後、昭和35年に
現在の地に50坪ほど土地を購入し、現在に至るまで少しずつ生産規模を拡大して
きた。
 
 創設者幹夫氏の長男小林達幸氏に伺ったところ、移転当初は、赤字続きで苦労
も多かったようだが、地元町田市の「消費者の会」に認められてからは購入の希
望が増え、現在は宅配等で北海道から九州まで購入層は広がっている。

 ちなみに沖縄からも問い合わせがあるが、鮮度保持の面から、販売は現在のと
ころ控えている。
健康に良い卵はまず飼料から
 同園が他の養鶏場と比べて異なる点は飼料に天然の資材のみを活用し、抗生剤、
ビタミン、アミノ酸といった薬品や、栄養剤を飼料原料として使用していないこ
とであろう。
 
  飼料の配合は、創設者が設計したものであるが、なるべく、鶏が自然に放たれ
た状態で摂取している飼料に近づける工夫をこらし、毎日必要な分のみ自家配合
し、二種混合飼料(トウモロコシ・魚粉、原産国を指定)に、緑餌と菌体飼料を
多く配合している(表1)。
 
  緑餌は、アルファルファを給与する他、季節に応じて、自生するオオバコ、ハ
コベ、ヨモギ、ドクダミ、ササ等の野草を給与している。菌体飼料は、糖に乳酸
菌、酵母菌を加えて自然発酵させたものと、山コウジと呼ばれる発酵腐葉土を給
与している。これらの飼料は採鶏の腸内細菌の活性化を高め(菌の増殖ではない。
)、消化吸収を促進し、鶏自体の耐菌性を強める作用があるとのことである。
 
  このほか、唐辛子の粉末を給与しており、発汗作用により、採鶏卵の健康維持
に役立てている。また、給水にもこだわり地下 110mの地層から水を汲み上げて
使用している。
表1 小林養鶏農園の飼料原料(事例)

・二種混合飼料  ・発酵飼料
・緑餌(アルファルファ、野草等)
・唐辛子    ・ガーリック
・グリッド(小石)   ・骨粉
・カキガラ   ・魚粉  ・大豆粕
その他ミネラル等

注:季節に応じ設計を変えている。
 この飼料が、採卵鶏の健康増進に役立つことの実例として、昨夏の猛暑におけ
る生産性が挙げられる。ほぼ全国的に猛暑の影響を受け、食下量が減少し鶏肉の
生産性が著しく低下したことは記憶に新しいが、同園ではこの期間においても産
卵率や、卵重への影響をあまり受けることはなく、例年並みの生産量を維持でき
たということだ。
 
  また、DHA入りの卵も特別に一部生産を始めており、研究機関で調べたとこ
ろ、DHAの給与量に対する卵への移行割合に良い成績を上げているという。
 
  健康な鶏から生まれた卵は人間の体にも良い。それまで、アレルギーで卵が食
べられない子供が、同園の卵を食べられるようになった例もある。


なるべく自然に近い状態で卵を生産
  採卵鶏はレグホーン系が6割で、残りはロードアイランドレッド等であり、ピ
ンク卵と、赤玉卵を生産している。ひなは種鶏業者から導入し、え付け後は育す
う舎で120日齢まで飼養した後、採卵鶏舎に移している。通常、採卵開始は15
0日齢程度であるが、環境に慣れるまで1ヶ月以上の適応期間をおいている。
 
 採卵鶏舎は、4,000羽規模が1棟、1,500羽規模が1棟、1,000羽規模が2棟で
あり、すべて、解放式の鶏舎である。側面をシートで覆い、気温や気象状況に合
わせシートを開閉し鶏舎内の温度を調整している。また、通気性を考え鶏舎の列
の間を少なくとも1間(1.8m)程度は離している。4,000羽規模の鶏舎に比べて
、1,000羽規模の鶏舎は、事故率や産卵成績が良い。これは、鶏にかかるストレ
スが1,000羽規模の方が少ないといえる。

 また、消費者からの要望により、一部飼いで有精卵を生産している。かつては、
すべて平飼いであったが、衛生面を考慮し有精卵以外はケージ飼養にしている。
 
 このほか、伝染病を予防するため、最低限必要と思われる3種混合(ニューカ
ッスル、鶏伝染病気管支炎、鶏伝染性コリザ)の生及び不活化のワクチンの接種
を実施している。
強制換羽は一切行わない

 採鶏卵の交換はピーク時の産卵率を100%として、50%を下回る採卵鶏は淘汰
している。
 
 生産は、照明時間等を調整し、販売量に合わせていつも生産量が一定になるよ
う心がけている。強制換羽(給餌・給水の中止又は制限や、明時間の調整により
人為的に換羽を一斉に行うことを強制換羽という。強制換羽によって、経済寿命
の延長や、規格卵の生産調整等の効果もあるが、市場の品質評価は悪く、衛生的
にも危険性が増大する。)は実施していない。
 
 既に、鶏卵農家にとって、最近の経営不振からひな導入のコストを低減するた
めの技術として全国的に普及し、多くの生産者は少なくとも1回の強制換羽を実
施していると思われるが、同園では鶏にストレスをかけない自然な状態で、健康
で安全な卵を生産するため、また、コスト計算をすると、換羽中の稼動羽数の減
少による収益の低下がひなの導入費を上回るため、強制換羽を行っていない。
コンポスト事業にも力を入れる
 都市、近郊の生産者で養鶏が経営主体である場合、鶏ふんを土地に還元できず、
土地利用型の生産者に引き取ってもらう必要があるが、同園では、コンポストの
ための設備の導入により園芸用の肥料を作り販売している。飼料による鶏の体質
改善が図られているためか、あまり臭いを感じなかった。

 また、付近が市街化調整区域に指定されたことは同園にとって恵まれた環境と
なっている。今後、隣接地に住宅が造成されることなく、都市近郊の生産者が抱
える環境問題等もクリアーできるものと思われる。


きめ細かくニーズに対応

出荷量のうちピンク卵が全体の約8割を占め、2割が赤玉卵となっている。
 洗卵はほとんど必要としないが、やや汚れた卵は簡単に水洗いを行い、事務所
で計量した後、チェーンストアー向け等は、主にピンク卵をパックに積めて配送
している。

 これらの作業はすべて手作業で行っている。
 個人客への小売りと卸売り業者への出荷は、バラ玉でダンボール箱に手で積め
て配送している。

 遠隔地の個人客に対しては宅急便を利用しているが、近くに住む個人客は、同
園に直接取りにくる。
 
 個人客の需要はピンク玉よりもわずかに価格が高くはなるが、赤玉卵が中心と
なっている。
 達幸さんの話では、今後は個人客の割合を増やしていきたいとのことである
(表2)。
表2 最近の販売形態
出荷先 割合 適用
チェーンストアー 約66% パック積、ピンク卵中心
宅配等小売 約10% バラ箱積、赤玉卵中心
生協等消費組合 約10% パック積
自然食品店 約8% パック積
卸売業者 約6% バラ箱積
このほか、わずかではあるが液卵も出荷している。
3 健康に良い卵の生産が一番の目標
 同園の卵の卸売り価格は、1kg当たり470円程度(3月25日現在)であった。
全農の東京M規格の175円(3月25日現在)と比べると、2倍半程度となる。
 
 この価格は一見高いように思われるが、以前、同園で自家配合飼料の経費を調
べたところ、配合飼料メーカーで生産された飼料を使用する場合の約2〜3倍もか
かるとのことであり、一般的な鶏卵生産者において、全算入生産費の50%を超
えるとみられる飼料費(平成5年度、10,000〜19,999羽の規模で56%)や、強
制換羽を実施しないことによるひなの導入コスト、また、卵を収穫し、配送する
まで手作業で行っていることからすれば、妥当な価格であろう。

 達幸さんは、「ここでは健康に良い卵を生産することが一番の目標であり、そ
れに応じた価格で販売しても、同園の目標に共感を持つ消費者は買ってくれる。
しかしながら、生産資材費が上昇する中でこの価格を維持するのは経営上困難で
ある。しかし、これ以上価格を上げれば、一般に流通している卵との価格差は大
きくなり過ぎ、消費者の負担を考えると値を上げられない」という。
 
 また、「最近は大手の養鶏場、食品会社、また飼料会社がDHA入りや、特定
の栄養価を高めた卵の生産に着手しておりこの動向が気にかかる」とも話してく
れた。
 
 既に、一部量販店で特売用に特殊卵が安い価格で販売されているようだ。しか
しながら、時代に流されない独自のスタイルを持つ小林農園の卵作りと、健康な
卵を生産することに力を注ぐ小林さんの姿は、自信にあふれていた。
(情報課 白土 郁哉)
 

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