★ 農林水産省から


平成6年度 「農業白書」 の概要
― 畜産をめぐる状況を中心として ―

 (農林水産大臣官房調査課 伏 見 啓 二) 


 
  「平成6年度農業の動向に関する年次報告」  (農業白書) は、 7年4月18日閣
議決定のうえ、 国会に提出、 公表された。 
 
  本年度の農業白書は、 これまでにない困難に直面した5〜6年度の農業、 農村
及び食品産業の動向と課題を幅広く検討するとともに、 食料需給構造 (需要面に
おける食料消費、 供給面における農業、 食品産業) の中長期的な変化と今後の我
が国農業の課題を重点的に検討している。 これらの検討を通じ、 21世紀における
農業、 農村及び食品産業の自立と持続的発展に向けた抜本的な諸施策がその緒に
つき、 新たな変革の時代を迎えたことを明らかにした。 
 
全体の構成は次のとおりである。 なお、 本年度は第U章が特集となっている。 
  
第T章 「平成5〜6年度の農業経済」
   
第U章 「我が国の食料需給構造の変化と農業」
 
第V章 「内外の農産物需給の動向」
 
第W章 「農業構造の変貌と新たな展開」 

第X章 「活力ある農村社会の実現に向けた取組」 

 以下、 白書の概要について、 畜産に関する部分を紹介するとともに、 むすびの
要点を紹介する。 
 

1 国際化時代の畜産物需給と畜産経営

(1) 変化する畜産物消費と需給の動向
  
  食料消費全体が飽和状態にあるなかで、 これまで増加を続けてきた畜産物消費
の動向にいくつかの変化がみられる。 

 食肉について1人1年当たりの消費量をみると、 ゆるやかな増加傾向にあった
豚肉、 鶏肉が昭和63年度以降横ばいに転じ10〜11kg台で推移する一方、 牛肉は、 
着実に消費量を拡大し、 食肉消費全体に占める割合は55年度の17%から平成5年
度には25%に高まっている。 また、 近年、 食生活の外部化・サービス化の進展に
伴い、 家計で消費される割合はすべての食肉で一貫して減少しており、 最も高い
牛肉でも46%にとどまっている。 

 鶏卵の消費量は引き続き増加傾向が続いている。 一方、 近年、 順調に推移して
きた牛乳・乳製品は4年度以降、 景気の低迷、 天候不順等により伸び悩んだが、 
6年度には猛暑の影響から再び増加している。 

 60年度以降の自給率の変化についても、 畜産物の種類によって大きく異なって
いる。 特に牛肉が注目され、 輸入が国内生産の増加テンポを大きく上回った結果
、 自給率は60年度の72%から、 5年度には44%へと低下している。 豚肉、 鶏肉で
も60年度以降、 国内生産の減少傾向等から自給率を低下させている。 一方、 鶏卵
、 牛乳・乳製品をみると、 消費の伸びにあわせ国内生産が拡大しており、 長期的
にも自給率の低下はほとんどみられない (表1)。 

 さらに、 地域別の生鮮肉の消費動向にも変化がうかがわれる。 元年以降の家計
での購入量は、 牛肉ではこれまで消費量が少なかった関東で増加する一方、 消費
量水準が高い近畿ではほぼ横ばいにとどまっている (図1)。 豚肉については消
費量の多い関東の減少に対し、 消費量の少ない近畿の横ばいという対照的な動き
になっている。 

 1人当たりの消費量では牛肉は鶏肉を大きく下回っている。 しかし、 財団法人
日本食肉消費総合センター 「季節別食肉消費動向調査」  (5年12月調査) による
と、 1週間の購入世帯割合については、 牛肉は鶏肉を上回っており、 家計に身近
な食肉として定着してきていることがうかがわれる。 

 このような畜産物消費の変化は、 生産、 加工、 流通面にも大きな影響を与えて
いる。 



(2) 肉用牛経営の動向

 牛肉の輸入自由化 (平成3年4月) の影響は、 消費面だけでなく、 価格面や生
産面にも広く及んでいる。 

 卸売価格 (枝肉価格) への影響は、 規格の低いものほど早期に現れている。 輸
入牛肉と品質が近い乳用肥育おす牛は自由化前の2年度から下落が始まり、 徐々
に和牛の価格にも影響が及んだ。 4年度には景気後退の影響もあり最高級の去勢
和牛のA−5クラスの価格も下落した。 
 
  肥育経営の収益性は、 近年、 大きく低下しており、 5年に入っても引き続き1
頭当たりの所得が家族労働費を下回っている。 しかし、 卸売価格の低下傾向に下
げ止まりがみえ始めていることや収益性を圧迫していた導入時の子牛価格 (出荷
時期の15〜20か月前の価格) もピーク時よりも低下していることから収益性は徐
々に回復傾向にある。 
 
  一方、 子牛価格の低下は、 肉用牛生産の基盤となる繁殖経営の収益性を一段と
悪化させている。 肉用子牛の再生産確保を目的とする肉用子牛生産者補給金制度
が発動される肉用子牛 (指定肉用子牛) の種類も徐々に多くなっている。 高級牛
肉となる黒毛和種についても6年度第1四半期にはピーク時を約4割下回る28万
8,100円まで低下し、 初めて同制度が発動されたが、 その後、 回復基調にある。 
 
  なお、 全国の肉用繁殖牛頭数の66%が中山間農業地域で飼養されており、 地域
資源の活用や耕種との連携による安定的な経営が望まれているが、 各地で積極的
な経営事例がみられる。 

(3) 国土条件等により異なる牛肉の生産形態

 円高の進行等に伴って食肉の内外価格差が拡大しつつあるが、 価格差の背景の
一つとして、 消費者のし好、 国土条件等により各国の食肉の生産形態が大きく違
うことにも留意する必要がある。 

 アメリカの牛肉の一般的な生産形態をみると、 肉生産に適した交雑種を粗放的
に育成し、 6〜14か月齢程度で体重が約300kgになった子牛をさらに4〜5か月
程度と我が国と比べきわめて短期間で肥育したのち、 500kg前後で出荷している。 
 
  一方、 我が国の平均的な生産形態をみると、 去勢和牛については、 繁殖農家で
おおむね10か月齢、 300kg程度に育成された子牛が、 さらに19か月間程度肥育さ
れ700kg弱で出荷されている。 また、 乳用肥育おす牛は7か月齢、 250kg程度に
育成された子牛が、 15か月間程度肥育され、 約750kgで出荷されている (図2)。 
 
  このようにアメリカでは赤身中心の肉生産を目的とする短期間肥育が行われて
いるのに対し、 我が国では消費者の高品質な牛肉へのし好に対応して肥育期間が
きわめて長くなっている。 さらに、 繁殖経営の規模が零細なこと等から、 日米間
の肉牛生産費には大きな差がみられる。 


(4) 中小家畜の需給緩和と生産の効率化に向けた取組

 豚肉、 鶏肉等の中小家畜については、 いずれも需給の大幅な緩和等に伴う価格
の低迷が続くなか、 経営の一層の合理化が進められている。 
 
  昭和50年を100とした平成5年の中小家畜の生産者価格指数は、 いずれも60前
後と大幅に低下している。 その間、 中小家畜経営では合理化・効率化に向けた取
組が積極的に行われており、 なかでも、 規模拡大によるスケールメリットの向上
や家畜改良、 飼養管理の改善等の成果が経営の合理化に大きく寄与している。
 
  一方、 小売価格指数の動きについては、 畜種によってばらつきがみられる。 鶏
卵では、 小売価格は生産者価格と比較的近い動きとなっている。 しかし、 豚肉、 
鶏肉の小売価格は、 50年以降横ばいないし上昇しており、 生産者価格のような低
下を示していない。 このような背景として、 豚肉、 鶏肉では、 鶏卵と異なり生体
から最終消費形態である精肉への処理・加工が必要であることから、 小売価格に
は生産者価格だけでなく加工・流通段階のコストが強く反映されることがうかが
われる (図3)。 

 
  引き続き厳しい経営環境に直面している中小家畜経営においては、 今後とも多
様なコスト低減への努力が望まれているが、 その際、 国産畜産物の加工・流通等
の分野における合理化の取組も重要となっている。

(5) 多様な牛乳・乳製品消費と需給の動向

 各国の牛乳・乳製品の消費形態の違いは、 生乳の加工の構造に大きな影響を与
えている。 

 飲用牛乳向け割合の高い我が国では生乳生産や飲用牛乳消費のわずかな変化が
乳製品の需給に大きな影響を与えるという構造を有しており、 生産、 在庫、 輸入
等を適切に組み合わせた総合的な需給調整が重要となっている。 

(6) ゆとりある質の高い大家畜経営に向けて

 大家畜経営では、 生産の効率化、 労働条件の改善が今後の展開において重要と
なっている。 
 
  大家畜経営のなかでも周年拘束性が強く過重な労働条件の改善が重要である酪
農経営では、 大規模層を中心に省力化の効果が高いミルキングパーラーの導入、 
TMR (混合飼料) の給与、 雇用の活用による家族労働時間の削減等が進むなど
、 経営の合理化、 省力化に向けた取組が進展している。 また、 近年、 酪農ヘルパ
ー制度が普及してきている。 

 効率的・安定的な経営展開を図るためには、 個別経営の労働軽減、 コスト低減
の取組とともに、 離農跡地等の円滑な継承と意欲ある生産者への生産の集約、 さ
らには地域の生産動向に応じた県間、 地域間の需給調整等に対する関係機関の支
援が重要となっている。 

 全国平均の酪農経営の資産状況をみると、 近年、 規模拡大の進展とともに資産
額が増加するなか、 負債額は横ばいで推移しており、 4年には資産額6, 926万円
、 負債額1, 117万円となっている。 このように資産額に対する負債額の割合は低
下する傾向が続いているものの、 経営には多額の資本を必要とすることから、 不
適切な経営や投資に伴い負債が固定化した場合、 その影響は大きく、 日常的な経
営診断を徹底するとともに、 資金計画や円滑な経営継承の進め方についても対策
を講じておく必要がある。 

 飼料基盤の強化は、 大家畜経営全般に共通する課題であり、 その推進が望まれ
ている。 飼料基盤に立脚した経営が展開されている酪農の場合、 生産費に占める
自給飼料費の割合は21% (北海道平均、4年) と高いが、 飼料生産の組織化等の
効率化により生乳生産コストの低減が期待できる。 また、 近年、 「飼料生産の外
部化」 が牧草の収穫期等に集中する労働の軽減等の面からも注目されている。 

(7) 耕種農家との連携によるふん尿の有効活用

 環境保全の重要性が高まるなか、 畜産においては、 経営規模の拡大と地域的な
偏在化が進み、 経営単位当たりのふん尿の処理量は増大している。 こうした家畜
ふん尿の処理にはコストが伴うものの、 半面、 有機質に富むことから、 良質の堆
肥としての利用への期待も大きい。 

 外国での事例をみると、 冬期が長く続くデンマークでは、 畜産農家は液状ふん
尿を長期間貯蔵できる施設を備え、 夏期の飼料、 穀物等の生産期を中心に自己の
経営内で効率的な活用を図っている。 我が国の畜産経営では、 飼養頭数規模の拡
大に経営耕地の拡大が追い付かない事例もあるが、 他方、 近隣では周年にわたり
多様な耕種農業が展開されている場合が多く、 これらふん尿処理に当たっては、 
耕種との連携が重要となっている。 


2 経済の動向と中山間地域の活性化の課題

 ウルグアイ・ラウンド農業合意の実施が我が国の農業、 農村に及ぼす影響を極
力緩和するため、 内閣総理大臣を本部長とする 「緊急農業農村対策本部」 は、 6
年8月の農政審議会報告 「新たな国際環境に対応した農政の展開方向」 を踏まえ、 
6年10月、 「ウルグアイ・ラウンド農業合意関連対策大綱」 を決定し、 あわせて、 
農業関係の関連対策を今後6年間に事業費ベースで6兆100億円の規模で実施す
ること等が決定された。 

 一方、 中山間地域は、 耕地面積、 農業粗生産額で全国の約4割を占めるととも
に、 国土・環境保全等の面でも重要かつ多様な役割を果たしている。 畜産につい
ても、 例えば、 前述のとおり全国の肉用繁殖牛頭数の66%が中山間地域で飼養さ
れている。 しかし、 生産条件が不利であるとともに、 過疎化・高齢化の進行や農
業の担い手不足が深刻化しつつあり、 中長期的にはウルグアイ・ラウンド農業合
意の影響が大きく現れることが懸念されている。 

 このため、 基幹産業である農林業の振興のほか、 経営の多角化や他産業の導入
等就業機会の確保、 生活環境の整備等を通じた定住条件の整備が重要となってお
り、 「ウルグアイ・ラウンド農業合意関連対策大綱」 においても高収益農業の展
開や新規作物の導入等に対する支援が講じられることとなった。 


3 む す び

 今、 農業、 農村及び食品産業は、 新たな変革の時期を迎えている。 
 
  このような認識のもと、 本年度の農業白書においては、 我が国農業の自立と持
続的発展を目指す抜本的な諸施策がその緒につくこととなったことを明らかにす
るとともに、 今後、 これらの施策をさらに力強く推進し、 21世紀に向けた飛躍の
基盤を構築するためには、 特に次の4点に重点をおくことが重要であると指摘し
ている。
 
@ 農業者の経営管理能力の向上と農業構造の改善、 生産基盤の整備を加速する
   こと。 

A 国内生産を基本としつつ、 輸入や備蓄を適切に組み合わせて食料の安定供給
   を図ること。 

B 農業と食品産業との連携の強化と消費者政策の推進を図ること。
 
C 緑豊かな農村空間の維持・形成と農村地域の活性化に努めること。
 
 これらの諸施策を実施するうえで、 農業、 農村及び食品産業を支える多くの人
々の自助努力はもとより、 農業、 農村及び食品産業が果たす役割に対する国民の
理解と支持が不可欠となっている。 
     

元のページに戻る