★ 事業団から


かんばる酪農ヘルパー

企画情報部情報第一課 武田 紀子




1 酪農ヘルパー事業のあゆみと現状

 日本の酪農ヘルパー制度は、 冠婚葬祭や病気・けがの時、 搾乳や給餌の仕事を
近隣の酪農家同士で相互扶助したことから始まった。 その後、 乳牛の産乳能力の
向上や高度な機械施設の普及などにより、 高いレベルの飼養管理・操作技術が要
求されるようになった。 また、 酪農家戸数の減少や飼養規模の拡大等から、 専任
ヘルパーの雇用によって計画的に休日を確保し、 不慮の事態にも対処できる体制
を確立、 普及しようとする酪農家の取り組みが拡大していった。 このような状況
を踏まえ、 ヘルパー制度を全国的、 組織的に運営するため、 平成2年に (社) 酪
農ヘルパー全国協会と都道府県のヘルパー協会が設立された。 

 全国で、 46都道府県に協会が設置され、 388の利用組合に専任ヘルパー1, 
030人、 臨時ヘルパー1,439人、 計2,469人が勤務。 1利用組合当た
り平均で、 専任ヘルパー2.7人、 臨時ヘルパー3.7人、計6.4人である(平
成8年8月1日現在) 。 

 利用組合の活動形態別では、 冠婚葬祭など緊急的利用に対応する「不定期型」は
1割未満で、 定期的な休日確保に対応する 「定期型」 と 「併用型」 で9割を超す。 

 利用組合の運営主体は、 酪農家が構成する任意団体が9割弱を占め、 農協組織
が運営する組合が1割強、 会社等の法人は4組織のみである。 

 酪農家の利用組合への加入割合は約半分、 まだ利用組合が組織されていない地
区もあり、 利用組合の活動地域内の酪農家数から見ると6割弱の加入率となる。 

 最近1年で 「定期」 利用を行った農家の1戸当たり平均利用日数は11.8日 
(前年10.8日)で、 約月1回の利用だが、 利用農家は着実に増加している。 ま
た、  「不定期」 利用も、 年間1戸当たり平均4.5日 (前年4.1日) となって
いる。 

 酪農ヘルパーの利用料金は、 搾乳牛30頭、 乾乳牛5頭、 育成牛10頭でヘル
パー2人を朝晩セットで利用した場合、1回の標準利用料が、 24,364円(前
年23, 936円) である。 




2 調査結果から見るヘルパー像

 日本大学生物資源科学部小林信一助教授が平成8年に行った調査によると、 ヘ
ルパー全体の約4割が非農家の出身である。 ヘルパーになる前の職業も、 学生と
会社員を合わせると半数を超える。 女性ヘルパーも全体の約2割を占め、 採用側
の利用組合の意向としても 「性別は問わない」 61%、  「女性を積極的に採用し
たい」 11%など、 女性採用に肯定的傾向が見られる。 

 労働条件の面から利用組合の社会保険等への加入状況を見ると、 労災保険がほ
ぼ9割、 雇用保険、 健康保険、 年金保険が8割台となっているものの、 退職保険
については7割にも達していない。 労働条件は利用組合ごとにも格差がある。 こ
れらを改善・整備するためには、 それを支える財政基盤が必要である。 ところが、 
利用組合の経営収支はどこも厳しく、 同調査では、 組合の8割以上が将来の財政
状況に不安をもっている。 

 また、 ヘルパーの約6割は 「将来に不安を感じる」 と回答しており、 その要因
として、  「給与が上がらない、 不十分」 が55%、  「組合の倒産」 が32%あり、 
他に 「体力の衰え」 が54%となっている。 

 さらに、 平成7年に全国協会が実施した 「酪農ヘルパー意向調査」 によると、 
ヘルパーになった動機として、  「酪農に興味」 22%、 「就農希望」 17%、 「牛・
動物が好き」 16%が上位を占めている。 また、 ヘルパーを 「継続したい」 人は 
「しばらく継続」 と合わせると9割近くになる。 「ヘルパーとしてやりがいを感じ
るとき」 という質問には、  「酪農家にお礼を言われた時」 がトップで、 逆に 「ヘ
ルパーとして嫌いなとき、 つらい時」 のトップは 「酪農家との関係がうまくいか
ない時」 となっており、 ヘルパーの立場がよく反映されている。 

 また、 ヘルパー間の交流については、 約6割が 「交流がない」 と回答しており、 
その7割以上が 「今後交流が必要」 と考えている。 こうしたことから、 全国協会
の主催で、 今回はじめて中堅ヘルパーを対象としたフォローアップ研修が実施さ
れた。 基本に立ち返ってマンネリ化を克服し、 新しい技術を学びながら自分なり
のやり方を作っていく場を提供するとともに、 何に働きがいを感じ、 どんな問題
で悩んでいるのか、 後輩の育成はどのようにしたらよいかなどを話し合い、 交流
ができる場をつくることが目的である。 




3 フォローアップ研修に参加した10名のヘルパー

 秋色深まる10月20日から24日の5日間、 秋田、 福島、 千葉、 岐阜、 福岡
の5県から計10名のヘルパーが、 宮城県蔵王町にある (財) 蔵王酪農センター
に集まった。 

 全員男性で、 年齢は22〜59歳、 内訳は20、 30、 40歳台が各3名、 5
0歳台が1名。 基礎養成研修である酪農ヘルパー専門技術養成研修を経験してい
るのは3名。 ヘルパー経験は、 3〜4年が6名、 5〜6年が4名である。 学生か
らそのままヘルパーになった若手2名以外、 酪農家の経験がある3名を含めて、 
残りのヘルパーはサラリーマン経験がある。 30年会社勤めをした後に、 自宅で
乳牛を飼っている経験を生かしてヘルパーになったという福島県の59歳のヘル
パーをはじめ、 公務員、 農協職員、 自動車整備工など、 その経歴は様々である。 
将来、 酪農家を目指しているのは、 学生から就職した岐阜県の24歳1名だけで
ある。 利用組合の設立をきっかけにヘルパーになった方もあり、その動機は、 「利
用組合から勧められて」 、 あるいは、  「他になり手がいなかったので」 が多いが、 
それに 「牛が好き」 、  「牛に愛着がある」 が重なる。 



 フォローアップ研修に参加したきっかけについて、 ほとんどは所属するヘルパ
ー利用組合の勧めで参加を決めている。 中には後輩がどのような研修を受けてく
るのか確認したくて自分から参加した人や、 他の地域ではどのように事業が実施
されているのか、 これからの酪農がどう進み、 何をすべきかを知りたくて参加し
た人もいる。 養成研修を受けていない人からは、 しっかり基礎を学びたいという
声も多い。 いずれにしても、 酪農家や同僚に負担をかけて参加している以上、 少
なくともそれに見合うだけのことは勉強をしていきたいという熱意があふれてい
た。 

 研修の前半は、 乳牛の生理、 搾乳理論、 乳牛の管理などに関する講義、 最近の
酪農情勢や後輩の育成、 国際的視野から見た酪農ヘルパーの可能性の講演など基
礎的知識と最新の情報を蓄積し、 後半は、 指導スタッフも含め参加者全員で、 疑
問点や問題点を出し合いながら、 総合的な討論を展開する。 その間に、 機械操作
と搾乳の実習及び近隣酪農家の視察が行われた。 

〈実習風景〉
【(財)蔵王酪農センターのヘリングボーン式パーラーで
行われた搾乳実習】
【牧場用に改善されたトラクターを使い、ラッピング
サイレージを移動する機械操作実習】
〈近隣酪農家の視察〉
【乳牛 160頭をフリーストール式牛舎で管理し、最新式の
搾乳設備をもつ蔵王プロバンスファーム、牛の追い込みから
搾乳作業全般を1人で行えるよう自動化されている。】
【9年前に脱サラしたご主人が経営する押野牧場、約60頭
の乳牛をつなぎ飼いで管理。牛舎は築4年、通気性を考慮
して壁がない造りとなっている。】

【同ファームのミルキングパーラーでは、事故防止のため、搾られた生乳は、一度個別の透明な容器に入れられた後、一斉に貯乳タンクへ送られる。】


4 討議のゆくて

 最終日には研修にかかわった全員が集まって、 今回の研修のメインイベントと
もいうべき総合討議が行われた。 こうした中で発掘された問題点のいくつかを紹
介してみたい。 

1) ヘルパーの身分保証について

 講師から、 労災保険加入等酪農ヘルパーの身分保証は進んできているが、 規模
が小さく、 財政基盤が弱い任意組合の場合には、 社会保険の整備が遅れていると
ころもあり、 ヘルパーの身分の安定を図る上で、 その条件整備が必要との指摘が
あった。 出席のヘルパーからは、 例えば全国協会のような全国組織がヘルパーを
雇用し、 ヘルパーの身分を保証できるような組織にすべき等の意見が出され、 こ
の問題に関する参加者の関心の深さを伺わせるものがあった。 一方、 利用組合の
起源がヘルパーを必要とする酪農家の合意に発しており、 酪農家が支払う利用料
等により運営されている現状を考えると、 各利用組合に適した方法で体質を強化
すべきとの意見もあった。 

2) ヘルパーの人件費について

 退職積立金等を含めた人件費は、 利用組合運営費の約8割を占めている。 これ
を賄う主な収入源は、 酪農家が支払う利用料である。 ヘルパーの給与の引き上げ、 
人員の増加を図るためには、 未利用農家の加入や利用回数の増により、 収入を増
やす必要がある。 戸数が減少し、 また、 経営的にも利用料の値上げには限界があ
る現在、 ヘルパーが長期にわたって安定的に仕事に従事するためには、 職域の拡
大を含め、 大規模化、 多頭化に適応できる新しい料金体系の設定が必要である等、 
今後の事業展開について積極的な意見が出された。 

3) 利用料金について

 利用料金は、 県で統一されているところもあるが、 多くの場合、 利用組合ごと
に設定されている。 基本料金に頭数に応じて加算する体系がほとんどである。 

 利用料金に関しては、 フリーストール飼育でパーラー搾乳の場合には、 つなぎ
飼いのミルカー搾乳や手絞りのバケット搾乳より料金を安くしている事例が紹介
された。 また、 酪農家の希望により利用料金を値下げしたところ、 利用率は上昇
したものの、 経営収支は赤字になり、 収支バランスの取り方の難しさについての
報告もあった。 能力給制度の採用の是非や規模が大きくても設備が近代化され、 
作業が頭数の割に簡素化されている場合に料金を割り引く料金制度の採用につい
て、 同席した酪農家も加え議論がわいた。 

4) 酪農家とヘルパーの人間関係について

 ヘルパーは毎日違った酪農家を訪ねて仕事ができるという長所がある反面、 酪
農家それぞれのレベルに合わせたやり方で仕事をすることが求められる。 しかし、 
酪農家は一人一人が経営者であり、 作業方法一つをとってもやり方は千差万別で
ある。 酪農家に合わせるべきという意見、 それに対し、 それでは後輩がついてこ
ない、 ヘルパーに正しい搾乳方法を指導するばかりでなく酪農家にもヘルパー業
務を理解してもらうことが大事、 作業を平準化する工夫が必要である等の指摘が
あった。 

5) ヘルパーの作業により起きた損害について

 ヘルパーは酪農家の財産である牛を預かり、 商品である乳を搾るという仕事か
ら責任は重く、 常に誤りのないよう事前の確認等の心がけが必要である。 しかし
ながら、 ヘルパーも人間であり、 参加者からは抗生物質を投与した牛を搾乳して
しまった等の失敗経験も語られた。 

 作業中のこうした事故については、 大部分の利用組合が損害保険に加入してい
る。 加入促進のため、 保険料の一部助成が行われているが (10年度からは酪農
ヘルパー傷病時利用円滑化特別対策事業※ (指定助成対策事業) に移行) 、 全ヘ
ルパーが安心して就業できるよう完全加入が急務であるとの意見が出された。 

※酪農家の傷病等の際の酪農ヘルパー利用に係る互助制度をモデル的に実践する
場合の利用料金の一部助成及び酪農ヘルパーの作業により起きた損害を補償する
ための保険料の一部助成。 

6) 酪農ヘルパー事業の将来

 現在、 酪農家戸数は減少しており、 後継者がない中小規模の酪農家も将来廃業
が見込まれる。 残る大規模酪農家は、 雇用労働力を求め、 ヘルパーを利用しなく
なるのではないか、 将来仕事が確保できるか、 若手のヘルパーが安心して家庭を
持ち、 子供を育てていけるのか等将来に対する不安がある。 また、 利用組合の合
併の動きも報告され、 合併により生じる組織合理化等の利点及び担当地域広域化
等の問題点の双方について意見が交換された。 

 討議に参加した諸先生からは、  「酪農ヘルパー事業に関するアンケート調査」  
(平成8年10月)では、 今後、 利用回数の増加が見込まれていること、 酪農ヘル
パー傷病時利用円滑化特別対策事業がスタートすることで、 ヘルパー需要は増加
するとの意見が出された。 また、 大規模化に伴い酪農家の仕事の一部を外部化す
るニーズが発生すると見られる時、 ヘルパーがこれを取り入れて職域を広げられ
るよう日頃から情報を収集し、 技術を身につける努力が必要であること、 さらに
努力研さんを重ね、 忙しい酪農家に経営の意思決定を助ける情報を提供するコン
サルタント的役割を担う可能性等の提言があった。 状況が厳しくなればなるほど、 
本当に信頼できるヘルパーが求められるというのが一つの結論だと思われる。 

7) 後輩の育成について

 後輩の指導に責任を感じているヘルパーが多い。 最近の傾向として、 新人ヘル
パーの一部に辛抱強さや積極性がなく、 いわれたことを義務的にやるだけという
人がいる、 養成研修の結果一人前の完成したヘルパーになったと錯覚し、 謙虚さ
に欠ける振る舞いがある等の心配が多い。 どのヘルパーも後継者育成には何らか
の悩みをもっており、 この意味でのフォローアップ研修の必要性が指摘された。 




5 仲間と一緒に、 がんばるヘルパー

 ヘルパーの仕事は職人的性格が強く、 相談する仲間も限られる。 参加者の一人
から 「時には、 何で一人でこんな仕事をしているのかと思うことがある」 との発
言に、 他のヘルパーも誰もがそんな思いを抱きながらがんばっているのだとわか
って、 ほっとした表情だった。 今回参加した全てのヘルパーが、 お互いに感謝し、 
満足を感じたのは、 何よりも同じ仕事をしている仲間と出会い、 悩みや問題を語
り合ったこと。 今後、 地域ブロックごとに定期的に交流の場を作り、 それらを全
国的なつながりへと発展させる必要性が熱っぽく語られた。 仕事に関する情報交
換、 勉強会、 さらには趣味を生かした交流などへと思いは広がる。 今回の研修が
少しでもそうした横のつながりを作る契機となり、 さらに多くのヘルパーが参加
して、 来年以降も続けられればすばらしいと思う。 

 参加したヘルパーからは、 基礎的なことが理解できるようになって、 仕事がお
もしろくなり、 ヘルパーを続ける意欲が湧いてきた、 後輩にもぜひ参加させたい
との感想や意見が出された。 

 今回のフォローアップ研修では、 成長を続ける酪農ヘルパー事業について、 様
々な問題点が浮き彫りにされる中で、 参加者のヘルパーが、 酪農家の喜びを自分
の喜びと感じながら、 常に明るく、 積極的に、 仕事にも、 人生にも取り組んでい
る姿が、 何よりも印象深く、 とても暖かく心に残っている。 


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