◎今月の話題


なぜ増えるとんかつ店 飽和を経て、今個性化の時代へ

日経レストラン編集 副編集長 新 村 直 子


 とんかつ市場が様変わりしている。昔ながらの街のとんかつ店の第一世代から、
大手によるチェーン化が進んだ第二世代を経て、新たな個性化の時代、第三世代
へと移ってきた。



新規参入相次ぐ

 ここ 1 〜 2 年、とんかつ店市場への参入が急増している。昨年から今年前半
にかけて、ステーキチェーン、ラーメンチェーン、ビアホールチェーンなど、10
社以上が相次ぎとんかつを主力とする新業態を出店している。

 150店を展開するステーキチェーンの場合は、ステーキ以外の新しい柱づくりが
狙い。同社はこれまでも新業態開発が活発な企業で、既に刺身居酒屋などの新業
態も手掛けてきたが、こちらが好調のため、さらに和食業態の拡大を狙った結果
だという。

 ビアホール主体のあるチェーンは数年前から既存業態で、鹿児島県黒豚生産者
協議会が発行する証明書付きの黒豚を導入。全社的に黒豚メニューの開発に取り
組んできた経験を生かし、昨年8月、食事主体で多店化を目指せる新業態として、
とんかつ専門店の開発に乗り出した。

 これらの参入組が目を向けた、とんかつ店の魅力とは何か。真っ先に挙がるの
は、その商品特性だろう。

 これからの外食のキーワードはいうまでもなくヘルシーだが、ビタミンB1が豊
富な豚肉はその点でも有力な素材であり、とんかつには、老若男女、誰もがよく
知っている親しみやすさがあることが大きい。また、揚げ物の家庭内調理の頻度
が落ちている現在、適度なごちそう感があることも見逃せないポイントだ。

 一方、業態として見ると、単品で専門性が高いため、オペレーション作業を標
準化、単純化しやすい利点がある。最近は世代を問わず、和食人気が高まってい
るが、同じ和食でも、寿司や天ぷらのような職人がいらない。さらに、単品主体
のため、大型厨房もいらず、比較的投資額の低い小型店にも向く。こうした多店
化の条件が揃っていることが、チェーンにとっては、大きな魅力となっている。



既存店は出店抑制

 一方で、既存の大手チェーンの出店が鈍っている現実もある。全国で「和幸」
を展開する和幸商事は、ここ2年ほど毎年30店以上を出店していたが、今年はで
きる限り出店を抑制するという。既存店の売り上げが前年比3%増程度と低迷し
ているからだ。

 「オーバーストア気味になっている」ことを理由に、8年末から出店を休止し
ているチェーンや、今年の出店予定数を0としている社もいくつかある。

 こうした既存チェーンが指摘するとんんかつ店の限界は何か。一つは客単価に
上限があること。食事としての位置付けが強く、飲酒需要には結び付きにくいた
め、1,300〜1,400円が限界となる。もう一つは、専門性が高い半面、メニューの
幅が広がりにくいという難点だ。つまり、競争激化の時代でも、他店と異なる強
烈な個性をアピールしにくいということになる。



個性化求める新世代

 こうした難点を抱えながらも、新たな挑戦を始める大手チェーンが登場してい
る。「都心店は飽和状態」と危機感を募らせる和幸商事が取り組む新業態の「恵
亭」。同店は、客単価1,100円の「和幸」と異なり、とんかつを懐石スタイルで提
供する高級業態の店。客単価は、ほぼ倍の2,000円だが、月商1,200万円を売る繁
盛ぶりだ。

 昨年9月にオープンした東京都世田谷区の店は、古木を使った重厚で、洒落た
インテリアが特徴。従来のとんかつ店とは全く違う店の雰囲気同様、メニューに
も個性が光る。人気の「かつ膳懐石風」は、メインのかつ料理に、1,500円で、食
べ放題のお新香 44 種とキャベツに先付けや八寸、焼き物、揚げ物、蒸し物など
の和食が付くというセットメニュー。例えば「ひれかつ御膳」(2,000円)と組み
合わせれば3,500円だ。高級店であり、ある程度立地を選ぶため、急速な展開は難
しいが、今後15店をメドに拡大していく構えだという。

 新規参入組の中でも、早々と軌道修正し始めたチェーンもある。とんかつ以外
のメニューを補強するというのがその一派。例えば、「揚げ物ばかりで変化に乏
しい」というお客の声に答え、今年4月のメニュー改定から、うどんや刺身とい
った居酒屋風のメニューを投入、独自性を出しているチェーンもある。

 中堅格の中では、強烈な個性を打ち出し、成功を納めているチェーンもある。

 本店を京都におく、あるチェーンの最大の特徴は、女性客をターゲットに絞っ
て開発した、京風とんかつ店ということだ。ヘルシーでさっぱりした味を出すた
め、揚げ油にラードは一切使わず、植物油を使用。キャベツにかけるドレッシン
グもノンオイルで、ご飯には麦を 2 割混ぜ、ロース肉の脂肪も 5 mmの厚さに抑
え、揚げ方にも工夫するなど、商品作りは徹底している。

 このほか、「京風」を打ち出すため、京漬物の物販コーナーなども設けるなど、
店作りの工夫もある。こうした戦略が受け、いずれも50席前後の規模で、月商は
1,400万円を売り上げる繁盛ぶりだという。

 このように、これからの新世代とんかつ店において、個性化は必須の条件。ま
た、その方向性の中では、外食全般で高まるヘルシー志向、安全志向への対応が
重要なカギとなる。既に、SPF豚や、鹿児島黒豚に代表される各種の産地銘柄
豚などを使用して、「ここでしか食べられない」というこだわりを打ち出す動き
も始まっているが、今後は、こうした視点からの素材開発が益々重要になって来
ると見られる。

しんむら なおこ

 昭和60年 慶応義塾大学商学部卒業。
日経マグロウヒル社(現日経BP社)入社。
平成 2 年 3 月から日経レストラン編集。有機農産物市場や欧米オーガニック食
品に関する、「オーガニック食品」( 8 年 5 月同社刊)の国内市場、外食分野
を担当。 8 年 7 月から現職。

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