★農林水産省から 

平成9年度「農業白書」の概要−畜産を巡る状況を中心として−

農林水産大臣官房調査課 (現 大分県農政部畜産課) 遠藤 秀紀



 「平成9年度農業の動向に関する年次報告」(農業白書)は、平成10年4月10
日閣議決定のうえ、国会に提出、公表された。

 本年度の白書は、食料・農業・農村の現状、問題点等について、1 人でも多く
の国民の理解が深まるよう、その素材を提供することを基本としている。全体の 
構成は次のとおりである。

  第T章「我が国の食を考える」
  第U章「平成 8 〜 9 年度の農業経済」
  第V章「内外の農産物需給の動向」
  第W章「農業構造、農村社会」

 以下、白書の概要について、畜産に関する部分を中心に紹介する。
 

1 我が国の食を考える


我が国の食料消費

(1)食料の供給と栄養摂取の状況

 国民1人当たり供給純食料の総量は、昭和35年〜平成 8年度の間に約100kg増加
し、520kgとなった。米を中心とした「日本型食生活」といわれる我が国の食生活
は、平均的には栄養バランス(PFCバランス)がとれたものとなっているが、米の
供給熱量の減少を畜産物及び油脂類の増加が代替するなか、炭水化物の減少、た
ん白質及び脂質の増加という栄養面の変化もみられており、年代によっては、エ
ネルギーやカルシウム等の摂取不足や過多が懸念されている。

◇図1:国民1人当たり供給純食料及び供給熱量の推移◇

◇図2:我が国におけるPFC摂取熱量比率の推移◇


(2)個人のライフスタイル、価値観を反映した食生活の状況

 我が国の食生活は、その消費品目も多様化しているほか、ライフスタイルの変
化を反映し、健康志向や、外部化・サービス化、簡便化に関連する食品の消費が
増加している。食に関する大量の情報が日々提供されるなか、品質表示基準の充
実が望まれている。

 また、20歳代の男性を中心に朝食の欠食が進んでおり、家族が異なった時間に
一人一人で食事をとる「孤食」化も進みつつある。このような食生活の変化によ
って栄養バランスが崩れることが懸念されており、望ましい食生活の実現には、年
齢、ライフスタイルに応じた食生活の実現に向けた努力が必要となっている。

 さらに、日頃から栄養バランスのとれた食生活の習慣作りが大切であり、子供
への啓発、保護者の果たす役割が重要であるとともに、日常の食を通じて、農業
の役割や現状を意識・理解する機会が減少してきていることから、食を通じた農
とのかかわりについて理解を深めることも重要となっている。

◇図3:年齢階層別にみた栄養素摂取量と平均栄養所要量等との比較(平成7年)◇

◇図4:年齢階層別にみた朝食の欠食率の年次推移◇


安心で豊かな食をまかなう食料供給システム

(1)安定的・持続的な食料供給の確保に努める食料供給システム

 食生活の変化等に対応して飼料穀物等を中心に輸入が増加してきたことから、
我が国の供給熱量自給率は長期的に低下傾向をたどり、平成8年度では42%(概算)
となっている。一方、中長期的な世界の食料需給はひっ迫することも懸念されて
おり、食料の供給に当たっては、国民生活の安定の視点から価格を安定させるこ
とが重要であることから、主要農産物について価格の安定が図られているととも
に、より低廉な価格で食料を供給することが重要となっている。

表1 食用農水産物の自給率の推移

 資料:農林水産省「食料需給表」、「飼料便覧」
  注:1)各自給率の算出は次式による。
      品目別(主食用穀物、穀物)自給率=国内生産量/国内消費仕向量
       ×100(重量ベース)
      供給熱量自給率=国産供給熱量/国内総供給産量×100(熱量ベース)
      ただし、畜産物については、飼料の自給率を考慮して算出した。
    2)5年度は、未曾有の冷害による異常年である。
    3)飼料自給率は、飼料用穀物、牧草等を可消化養分総量(TDN)に
      換算して算出した自給率(純国内産飼料自給率)である。
    4)魚介類は、飼肥料向けを含む。

(2)高品質で安全な食の確保

 食料は、生命や健康の維持に直結するため、その安全性の確保が大前提であり、
農産物等の生産から消費に至る各段階で安全性確保のための対策を実施している。
また、消費者の適正な商品選択が可能となるよう、JAS規格や品質表示ガイド
ライン等により表示の適正化が図られている。さらに、我が国で遺伝子組換え農
産物を生産・利用するに当たっては、栽培、食品利用等の各分野で安全性評価指
針が定められ、これに基づき安全性を確認している。

◇図5:食品の安全性確保対策の概要◇


2 国際化のなかでの畜産


畜産物需給の動向

 近年の食肉需給を需要面からみると、牛肉は、これまで高い伸びを維持してき
たが、平成 8 年度は牛海綿状脳症(狂牛病)等の影響により、前年度をかなり下
回った。これまでほぼ横ばいないしわずかに増加で推移してきた豚肉及び鶏肉は、 
8 年度も各々わずかに増加したが、食肉全体では前年に比べわずかに減少してい
る。

 供給面をみると、国内生産量は、総じて減少傾向が続いている。牛肉では、7年
度以降減少が続き、8 年度は肉用種が子牛の生産動向等を反映して、また乳用種
でも 6 年夏の猛暑が影響して、全体として7.3%の減少、豚肉では子取り用雌豚
(母豚)の減少から2年度以降減少傾向にあり、 8 年度は子取り用雌豚頭数が増
加した地域もみられるものの全体として2.8%の減少、鶏肉では飼養戸数の減少等
を反映して63年度以降減少傾向にあり、8 年度も猛暑の影響による種鶏の生産性
低下等により1.1%の減少であった。輸入のうち、豚肉、鶏肉は、国内生産量の減
少を補う形で増加が続いており、特に豚肉では第 1 四半期に、加工原料を中心に
需要を大幅に上回る前倒し輸入がなされたこと等から、8 年度は24.1%と大幅に
増加した。これまで関税の引き下げ等により高い伸び率を続けてきた牛肉は、7年
度は12.7%の増加であったが、牛海綿状脳症(狂牛病)や腸管出血性大腸菌O15
7の影響等から 8 年度は7.2%の減少となった。

 鶏卵は、需給両面ともほぼ横ばいで推移している。牛乳・乳製品については、
消費者の健康志向等を背景に引き続き需要量が増加傾向にあり、 8 年度は2.3%
の増加であった。生乳生産は、堅調な需要を背景に、計画生産の目標数量も前年
度を上回る水準に設定されたため2.3%増加した。

表2 畜産物需給の推移

 資料:大蔵省「貿易統計」、農林水産省「食料需給表」
  注:肉類の需給量、生産量、輸入量は枝肉(骨付肉)換算値、鶏卵はからつ
    き卵換算値、牛乳・乳製品は生乳換算値である。


国際的な影響を受ける豚肉需給

 豚肉の輸入量は、近年増加傾向で推移しており、7 年度以降毎年、関税暫定措
置法の規定に基づく関税の緊急措置が発動されている。

 8 年度には、4 月に基準輸入価格が引き下げられたこと等から、再び輸入量が
急増し、 5 月末までの累計輸入数量が緊急措置の発動基準数量を超え、 7 月以
降、基準輸入価格が引き上げられた(450.02→557.19円/kg)。その後、輸入量
は減少に転じたものの、11月末には累計輸入数量が特別セーフガードの輸入基準
数量を超えたため、 9 年 1 月から関税が引き上げられた(関税率4.8→6.4%、
基準輸入価格557.19→565.70円/kg)。さらに、1 月末までの累計輸入数量が緊
急措置の年度発動の発動基準数量を超えたため、 9 年 4 〜 6月の間、基準輸入
価格が引き上げられた(440.06→545.49円/kg)。

 豚肉の卸売価格については、夏場の需要期をピークとして、おおむね需給動向
に沿った周年変化を繰り返しているが、近年では、需要がほぼ横ばいで推移する
中で、国内生産量が減少傾向にあること等から、前年の水準を上回って推移して
いる。このようななか、最大の輸入先であった台湾において 9 年 3 月19日に口
蹄疫の発生が確認されたため、3 月20日以降台湾からの豚肉等の輸入禁止措置が
講じられたことや、季節的な要因により国内豚枝肉卸売価格が高騰し、畜産物の
価格安定等に関する法律で定める安定上位価格を大幅に超えて推移している状況
に鑑み、消費者価格の安定を図るため、関税定率法第12条に基づき、 9 年 8 月 
1 日から 1 カ月間、豚肉の輸入に係る関税の減免措置がとられた。

◇図6:豚肉の国別輸入量と国産豚肉の卸売価格の推移◇


堅調な需要で推移する牛乳・乳製品需給

 我が国における牛乳・乳製品の国民 1 人 1 日当たりの供給量(生乳換算)は、
昭和60年度の193.6gから平成7年度の249.4gへ、過去10年間で28.8%増加するな
ど、米をはじめとする多くの食品が減少ないし横ばいで推移するなか、増加傾向
にある。また、肉及び卵類の家庭における消費割合が減少あるいは横ばい傾向に
あるなかで、牛乳消費に占める家庭での消費割合は年々増加しており、現在は全
体の約85.0%を占めている。

 牛乳・乳製品の需給は、天候等予期できない要因に左右されるところがきわめ
て大きく、また、生乳生産については乳用牛の出生から搾乳開始まで長期間を要
する等、その性格上、需要の動向に応じた機敏な生産・出荷の調整が困難なこと
から、生乳の需給はひっ迫あるいは緩和を生じやすい傾向にある。

 このようななかで、産地のシフトが進んでおり、生乳生産量は、北海道(平成
8年現在、全国の40.8%)、関東(同16.7%)、東北(同10.3%)及び九州(同9.
6%)において全国のほぼ8割を占めている。これまで鮮度維持及び輸送コストの
関係から県域内での流通が主体であったが、生乳、飲用牛乳について、流通体制
の整備、冷蔵技術の進歩により広域化が進展している。

◇図7:牛乳・乳製品供給量と家計消費割合の推移◇

(参考)肉及び卵類の家計消費割合の推移

 注:1)1世帯1人当たりの家計消費量を1人1年当たりの供給純食料で除し
     たものである。
   2)家計消費量は、年度値に換算している。


酪農経営の動向

 近年の酪農経営の状況をみると、小規模飼養層を中心として飼養戸数、飼養頭
数ともに平成 5 年以降減少傾向にあり、成畜50頭以上を飼養している農家戸数が
増加傾向にあるなど、飼養規模の拡大は着実に進展している。

 我が国の酪農経営は、家族経営が主体であり、給餌や搾乳をはじめとする周年
拘束性の強い飼養管理作業や粗飼料の生産といった季節性の強い作業により、 1
0人 1 年当たりの年間労働時間が2,316時間( 7 年)と他の農業部門に比べて長
く、特に、飼養管理作業と飼料生産に係る作業とが重なる夏期における労働時間
の短縮が課題となっている。

 このため、過剰投資とならないように配慮しながら、個々の経営状況に応じた
新技術の導入等を図ることにより、労働時間を低減し、労働生産性の向上に努め
ることが必要となっている。飼養管理面においては、フリーストール・ミルキン
グパーラー方式等を導入したり、飼料調製作業の簡略化のためTMR(Total Mi
xed Ration:混合飼料)を利用する等の労働時間短縮のための取組が行われてお
り、また、粗飼料生産の面においても、ロールベールラップサイレージの作成を
効率的に行うラッピングマシン等高能率機械の導入等による労働生産性の向上に
取り組む経営が増えている。このほか、地域の集団的な取組による飼料生産作業
の協業化・外部化や雇用労働力の利用(酪農ヘルパー等)、複数の経営体による
法人化等様々な取組が行われるなど、労働時間の短縮や生産性の向上に向けた取
組の一層の進展が望まれている。


肉用牛経営の動向

 近年、肉用牛経営は、関税率引き下げ等によって、国際化が進展するなど、厳
しい経営環境にあり、経営者の高齢化等も相まって飼養戸数が減少している。

 農林水産省「農業構造動態調査(肉用牛部門)」でみると、8年 2 月現在、肉
用牛を3頭以上飼養している農家(農家以外の事業体としての経営は含まない。以
下、「農家」という。)の戸数は11万 3 千戸と、 3 年と比較して19%減少して
いる。また、経営主の年齢別の農家数割合は、農家全体の平均では経営主が60歳
以上の農家数の割合が52%と最も多い。これを経営タイプ別にみると、子牛の生
産から育成、肥育までを行う一貫経営、乳用種経営では比較的若い経営主も多く、
経営主が50歳未満の農家が約 4割みられる。また、若い経営主の農家ほど増頭傾
向が強い。

  8年の給与粗飼料の自給状況については、93%の農家で「自給あり」であった。
このうち、「70%以上自給」している農家の割合は70%となっているが、3 年と
比較して 9ポイント減少している。経営タイプ別では、乳用種経営で70%以上自
給している農家の割合が28%と低い。借入金のある農家の割合は37%で、残高別
では500万円未満が79%と大部分を占めている。なお、肉用牛経営における借入金
の主な使途を経営タイプ別にみると、子牛の生産を目的とする子取り経営及び一
貫経営では、「もと牛購入」、乳用種経営では「施設・機械の投資のため」が多
くなっている。

 このようななか、同調査で肉用牛飼養に係る今後(5年後)の意向をみると、「現
状維持」(63%)、「飼養頭数を増やす」(20%)を合わせると8割を超え、消極
的な回答は少ない。

◇図8:肉用牛経営の動向◇


産地が特化するブロイラー経営

 ブロイラーは我が国の食肉消費の約 3 分の1を占め、重要な動物性たん白質の
供給源となっている。ブロイラー経営は、原種鶏や飼料を輸入し、さらにふ化場
の系列化、農家との契約生産や直営農場を展開する経営体(インテグレーター)
により、大規模化が順調に伸展するとともに、兵庫県等大都市近郊の旧主力産地
から、鹿児島、宮崎、岩手等消費地から遠く離れた地域の主産地化が進んだ。

 その後、最近10年あまりの間に、平均的飼養規模が1.5倍に拡大するなか、鹿児
島、宮崎、岩手の主要出荷 3 県が全出荷量に占める割合は、年々増加し、50年に
は30%弱であった出荷羽数の占有率が平成8年には約50%にまで増加した。また、
青森、北海道等の新興産地の台頭がみられる。

◇図9:ブロイラー出荷羽数の推移(平成8年の上位7道県)◇

(参考)ブロイラー経営の推移

 資料:農林水産省「畜産物流通統計」
  注:1)出荷羽数はブロイラーのみであり、廃鶏は含まない。
    2)飼養戸数、飼養羽数及び1戸当たりの飼養規模は各年2月1日現在、
      出荷羽数は暦年の値である。
    3)各欄の( )内の数字は。60年の値を100とした場合の換算値


環境面に配慮した畜産経営

 畜産経営においては、都市化の進展、飼養規模の拡大、住民の環境意識の高ま
り等を背景として、悪臭、水質汚濁等の家畜ふん尿に起因する環境問題が発生し
ている。このため、環境に対する負荷を軽減するとともに、資源の有効活用を図
るとの観点から、家畜ふん尿の適切な処理と堆きゅう肥化を促進し、農地や草地
への還元によるリサイクル利用を図ることが重要な課題となっている。

 畜産経営が環境面において配慮している事項に関する調査結果をみると、ほと
んどすべての経営において環境への配慮がなされているが、その事項は、各畜種
とも総じて水質汚濁関連に対する配慮が最も多く、酪農経営では悪臭、肉用牛経
営及び養豚経営では悪臭と害虫発生、採卵鶏経営では害虫発生に対する配慮が多
くなっており、畜種に応じて配慮する事項が異なっている。土づくりを通した環
境保全型農業を推進していくためには、家畜ふん尿を用いた堆きゅう肥の利用を
基本としていくことが極めて重要である。このためには、耕種農家のニーズに応
じた良質な堆きゅう肥を安定的に供給していくことが必要であるが、最近では、
家畜ふん尿の共同処理・利用施設を設置し、効率的な堆きゅう肥の製造を行うこ
とにより、耕種経営との連携を強化し、農村社会における環境に配慮した畜産経
営の確立を図っていく事例も増えている。

◇図10:畜産経営において環境面に配慮している事項(複数回答)◇


3 むすび


 本報告が、今後健康的で豊かな国民生活の実現を図っていくうえでの我が国の
「食」のあり方やさらには農業・農村のあり方について国民各層が考えるための
素材となり、現在「食料・農業・農村基本問題調査会」で行われている新たな農
政の指針作りに向けての議論と併せて、我が国経済社会における食料・農業・農
村の役割や位置付けに関する国民の理解の深まりの一助になることを望んでいる。


用語解説


推定出回り量

 一定期間内に、国内の市場に出回った(供給された)と推定される畜産物の数
量。

次の計算式により、求められる。

 推定期首在庫+生産量+輸入量−輸出量−推定期末在庫=推定出回り量

*輸出量を加味するのは、牛肉及び豚肉のみである。
*鶏卵については、在庫を加味しない。

 事業団では、国内の在庫を調査の上、推定し、牛肉、豚肉、鳥肉、鶏卵、脱脂
粉乳及びバターの推定出回り量について、弊誌等を通じて、毎月公開している。

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