◎調査・報告


畜産物需要開発調査研究事業から DNA解析による食肉製品の肉種鑑別法

社団法人 日本食肉加工協会 松永 孝光




DNA解析法の目的

 食肉、食肉製品は食生活の中で副食として重要な地位を占めるようになり、最
近では食肉として国民 1 人当たり31kg/年を消費するまでになっている。そのた
め、消費者の食肉に対する多様な要求があり、その要求には表示通りの食肉であ
ることが含まれており、特に外見では判断しにくい挽肉や加工された食肉製品の
原料である食肉類が、食品衛生法等の法令に基づいて適正に表示されているにも
かかわらず、しばしば疑念の対象となっている。この疑念はわが国のみならず諸
外国においても同様であるため、食肉を鑑別する方法について国内外において多
くの研究がなされてきている。

 従来から行われているごく一般的な鑑別法としては、動物種固有のたん白質を
利用して肉種を鑑別する免疫学的方法、食肉を構成するたん白質などの成分の相
違から肉種を鑑別する理化学的方法があり、相当程度の正確性をもって鑑別でき
るが、たん白変性を伴う加工が行われた食肉製品では肉種の鑑別が困難であると
いう欠点があり、より精度の高い鑑別方法の開発が望まれていた。

  生物は、遺伝子としてその組織中にDNAをもっており、そのDNAを構成する塩基
配列が生物種によって異なることが明らかとなってきたことから、極端には同一
生物種であっても個体によって微妙に異なっているので、このDNAの塩基配列を解
析することによって生物種を特定することが可能となってきている。そのため、
食肉の鑑別にもDNAの解析手法が応用1〜5、8、9)されてきた。また、DNAはたん白
質と比較して熱などの外的要因に影響されにくいことから加工された食肉製品の
肉種鑑別1、4)にも応用する研究がなされてきている。

 筆者が所属する社団法人日本食肉加工協会は、ハム・ソーセージ・べーコンな
どの日本農林規格の登録格付機関として、表示が適正であることの確認を業務の
一環としており、ソーセージの原料肉表示が適正であるかどうかを確認すること
が必要とされている。現在、原料肉種を確認する方法としては、動物種固有のた
ん白質を利用した抗原抗体反応を利用した方法、いわゆる免疫学的方法が日本農
林規格によって採用されているが、微生物制御の観点から製品の加熱殺菌条件が
従来に増して強まっており、たん白変性度合が高まっているため鑑別が困難とな
ってきているし、従来から羊肉と山羊肉、鶏肉と卵製品との鑑別が困難であるこ
とや魚類の鑑別が困難であることが欠点としてあり、より優れた肉種鑑別法の開
発が望まれていた。DNA による肉種鑑別法は免疫学的方法の欠点を克服する可能
性があると推察されたので、農畜産業振興事業団の委託を受けて研究した。その
結果、大いなる成果が得られたので、従来からなされている肉種鑑別法の概要を
説明するとともに、成果について説明したい。




従来の肉種鑑別法の種類とその限界

 従来の食肉の肉種鑑別法は、免疫学的方法と理化学的方法に大きく分類できる。
以下これらの方法についてその特徴について述べる。

免疫学的方法

1 寒天ゲル拡散法

 この方法は、昔から広く利用されていて、抗血清(抗体を含む血清)を用いる
方法である。具体的には抗原と抗体の各々を寒天ゲル内で拡散させ、両者の濃度
比が最適の位置に白色の沈降線を形成させる方法である。この方法の利点は操作
が比較的簡単であり、しかも抗原と抗体の沈降反応は24時間以内に得られる。し
かし、この方法は生肉を同定するには優れているが、加熱調製した食肉製品の肉
種を同定するにはたん白質が熱変性しているため、その溶解性や抗血清が失活し、
強い加熱処理によって調製された製品には利用できない。さらに、山羊肉と羊肉、
鶏肉と卵たん白質などでは類属反応があるために判別が困難であるなどの欠点が
ある。

2 酵素免疫測定法(ELIZA:Enzyme-linked Immunosorbent Assay)

 この方法は、抗体の抗原結合能が十分高い場合に、イムノソルベントを用いて
測定する方法である。この方法では、各種の抗体と抗原を量的及び質的に測定す
ることが可能で、少ない抗血清と短時間で測定できる上に、感度が優れている利
点がある。また、食肉以外のたん白質の検出にも用いられている。しかし、この
方法は生肉や塩せき肉(牛肉、豚肉、羊肉)での肉種の同定に利用できるものの、
加熱された食肉では検出能力が著しく低下することや混合肉中の特定の肉種を定
量するためには、残存する血液量の変動に影響され正確でないこと、さらに抗血
清を純化するために精製操作が必要なことなど、若干測定の困難性が伴うなどの
欠点がある。

理化学的方法

1 高速液体クロマトグラフィーによる肉種鑑別法

 高速液体クロマトグラフ法は、脂肪を取り除いた食肉から可溶性のたん白質や
アミノ酸を抽出し、それを高速液体クロマトグラフで分析して、クロマトグラム
のパターンあるいは特定のピークから肉種を鑑別する方法である。この方法は迅
速であるが、牛肉や豚肉に混合された馬肉や羊肉の鑑別、3種類以上の肉種の鑑
別、微量混合肉の鑑別、アミノ酸が添加された食肉の鑑別の困難性などいくつか
の欠点がある。

2 電気泳動による肉種鑑別法

 電気泳動による肉種鑑別法はデンプルゲル電気泳動、アクリルアミドゲル電気
泳動、薄層等電点電気泳動、SDS-電気泳動など用いる担体の違いによって手法に
多少の鑑別能に差異があるが、基本的にはたん白質を荷電によって分画する方法
であり、非特異的な染色法、酵素反応または免疫学的方法によって、結果が肉眼
で確認できる利点がある。しかし、これらの方法はたん白質の荷電の差を利用す
るため、生肉での鑑別には有効であるが、加熱処理(特に 100℃以上の温度)し
た肉種の鑑別は困難である。また、筋肉の水溶性のたん白質はゲルの条件によっ
て移動度に影響されること、さらに同一の肉種でも動物の年齢、筋肉の種類及び
食肉の熟成度合によってゲル上にバンドとして現れるたん白質の数が異なること
などが欠点としてあげられる。




DNA解析法の概要

 最近バイオテクノロジー関連の研究が急速に進歩し、特に分子生物学や遺伝子
工学の分野でDNA解析技術が発達し、DNAの塩基配列の違いから肉種を鑑別する方
法にも応用1〜5、8、9)されてきている。DNA の塩基配列の違いを活用する肉種鑑
別法にはハイブリダイゼーション法と PCR法がある。それぞれの肉種鑑別法の原
理と特徴について述べる。

ハイブリダイゼーション法

 DNA を構成する塩基はアデニン(A)、チミン(T)、グアニン(G)及びシ
トシン(C)の4種であり、生物組織中ではこの 4 つの塩基が鎖状に結合し、さ
らに相対する鎖のAとT、GとCが鍵と鍵穴の関係にあって結合して、二本鎖の
ラセン構造を形成している。この結合は 100℃処理またはアルカリ下で加熱する
と分離してそれぞれ一本鎖になる(変性)。変性した DNAは、温度を徐々に下げ
ると再び同じ相手を見つけて結合する。この2本の鎖が結合する際、完全に対応
した塩基配列であることは必ずしも必要なく、かなりの程度相補的な関係であれ
ばよい。このような二本鎖 DNA間の会合をハイブリッドといい、この性質を利用
し、標識(プローブといい、放射性物質やビオチンなどを用いる。)した DNAを
添加して、これに会合する相補的な DNAを検出する方法がハイブリダイゼーショ
ンである。ハイブリダイゼーション法によって肉種を鑑別する場合、DNA の相同
性、塩濃度、温度及びプローブの長さとその濃度が検出感度に影響する。プロー
ブとして放射性物質を使用する場合、特別な実験室が必要になるので簡単に取り
扱えない欠点がある。

PCR( Polymerase Chain Reaction )法

 ハイブリダイゼーション法による鑑別法が開発されている間にPCR(Polymerase 
Chain Reaction)法が開発され、分子生物学等の幅広い分野で用いられるように
なった。PCR法は識別に利用しようとする DNAの塩基配列の領域を挟む2種類の短
い塩基配列のDNA(プライマーという。)を用いて、目的とするDNAに会合させ、
その部分を試験管内で短時間に数十万倍に増幅させる技術である。その方法を図
1に示す。二本鎖のDNAの両3'末端側に、それぞれ相補的なプライマーとなる15
から20塩基数の人工の一本鎖 DNA断片を会合させる。チューブ内に増幅させたい
DNAを耐熱性のDNAポリメラーゼ、その基質となる4種のデオキシヌクレオチド三
リン酸(dATP、dCTP、dGTP、dTTP)と共に加え95℃で30秒から1分間程度加熱処
理する。これによって二本鎖 DNA間の水素結合が解離して一本鎖となる(変性ス
テップ)。これを45℃前後に冷却すると、大量に存在するプライマーが両方の一
本鎖DNAの3'末端に水素結合によって会合する(プライマーの付加と再生ステッ
プ)。次に温度を70℃前後に上げることにより、この 3 '末端から短い相補的な
DNAが増幅される(伸長ステップ)。すなわち、1分子のDNAはこの時点で、相補
的な新しいDNAが合成されることになり、2分子のDNAが形成されることになる。
このサイクルを繰り返すことによって、n回目には 2nの分子が合成される。し
たがって、理論的には目的とする食肉のDNA分子が 1 分子でもあれば、測定可能
な濃度にまで高めることができる。この方法を利用して、筆者らは食肉製品の原
料肉に利用頻度の高い牛肉、豚肉、鶏肉、山羊肉、羊肉、馬肉を試料とし、それ
ぞれの動物種固有プライマーを設計し、あらゆる食肉製品に対応できる肉種鑑別
法について研究した。

◇図1:PCR法の原理◇




新たな肉種鑑別法の概要

 日常のルーチン分析として食肉製品の原料肉の肉種鑑別を行う場合、分析操作
の簡易性や迅速性が求められ、特にソーセージのような複数の原料肉が使用され
る場合、同時にそれぞれの肉種を鑑別できる簡便性が重要になってくる。筆者ら
は、PCR法の利点に着目して食肉製品の原料肉として利用頻度の高い豚肉、牛肉、
鶏肉、山羊肉、羊肉及び馬肉の 6 肉種について、混合された 6 肉種を同時に鑑
別できる方法の確立、併せて食肉製品を想定して数種の混合された食肉での最低
鑑別濃度や食肉製品の製造条件(加熱処理条件、塩せき条件)が鑑別感度に及ぼ
す影響について検討し、今まで困難と考えられていた加熱食肉製品の肉種鑑別の
弱点を克服し、あらゆる食肉製品に対応できる分析法の確立を検討した。

1 高等動物では、DNAは核内の染色体上とミトコンドリアなどの細胞構成物中に
 存在しており、生物学的特徴を多くそなえているのは、ミトコンドリア中のDN
 Aである。特に生物学的進化や種間の変化が顕著に表現されているので、ミトコ
 ンドリア DNAの中のシトクロムb遺伝子を比較して、牛肉、馬肉、豚肉、羊肉、
 山羊肉及び鶏肉固有のプライマー(識別に利用する DNA塩基配列を挟む2種類
 の短い塩基配列)を設計し、PCR法で目的とするDNAを増幅し、アガロースゲル
 を用いて電気泳動した結果を図22 に示す。各々の動物種のPCR法によって増幅
 された産物は山羊肉では157bp(base pare:塩基対)、鶏肉では227bp、牛肉で
 は274bp、羊肉では331bp、豚肉では398bp、馬肉では439bpと明らかに異なって
 いた。従来の肉種鑑別法では、近縁的な肉種の鑑別が困難であったが、本法で
 は、 6 肉種とも鑑別が可能であった。

◇図2:PCR産物の長さの違いによる肉種鑑別◇

 G 山羊肉;C 鶏肉;B 牛肉;S 羊肉;P 豚肉;
 H 馬肉;M 分子量マーカー

2 試料として山羊肉、鶏肉、牛肉、羊肉、豚肉及び馬肉を用い、温度を60から
 120℃で10℃ずつ温度差を設け、それぞれ30分間加熱し、PCR法と免疫血清反応
 法とで6肉種のそれぞれの検出限界を比較した結果、PCR法では60℃〜110℃、
 30分間の加熱では鑑別可能であり、120℃、30分間の加熱で、牛肉、羊肉及び馬
 肉が検出できなくなった。免疫血清反応法では牛肉、豚肉、羊肉及び馬肉は70
 ℃まで、鶏肉は60℃まで、山羊肉は80℃まで検出可能であり、いずれも90℃以
 上の温度では鑑別できなかった。さらに、PCR法について 6 肉種が鑑別できる
 加熱限界を調査した結果、110℃では50分間、115℃では30分間及び120℃では10
 分間まですべての肉種が検出でき、115℃、40分間以上、120℃、20分間以上の
 加熱では一部の肉種で検出できなかった。この結果から、PCR法は、免疫血清反
 応法に比べて、通常の加熱食肉製品の原料肉鑑別に適応でき、さらに加熱・加
 圧された缶詰食肉製品の肉種鑑別にも適応できると推察された。

3 複数の肉が混合されているソーセージを想定して、2肉種(豚肉−山羊肉、
 豚肉−鶏肉、豚肉−牛肉、豚肉−羊肉、豚肉−馬肉)を95:5、90:10、10:90、
 5:95の割合で混合したもの、さらに豚肉、山羊肉、馬肉の 3 肉種を90:5:5、
 5:90:5、5:5:90の割合で混合したものについて肉種鑑別ができる検出限界
 を検討した結果、 222肉種、3肉種のいずれの割合においても検出できた。ま
 た、豚肉、牛肉及び鶏肉を80:10:10の割合で混合して加熱処理し、肉種鑑別
 ができる限界を検討した結果、3肉種とも120℃では20分間、125℃では10分間
 処理まで検出可能であった。薄層等電点電気泳動法では混合肉の肉種鑑別は、
 検出されるバンドが多いために困難であり、また高速液体クロマトグラフィー
 法では肉抽出物の特異的なピークによって鑑別する手法のため、混合肉の鑑別
 には応用できず、免疫血清反応法やELIZA法では100℃以上の処理では検出が困
 難である。したがって、本研究結果からPCR法では複数の食肉が混合されている
 場合であっても肉種鑑別に十分利用できることが明らかになった。

◇図3:食肉製品の分析◇

 1ラックスハム;2ソーセージ(牛肉 5 %);3ソーセージ(牛肉30%);
 4チルドハンバーグステーキ;5ドライソーセージ;6缶詰ウインナソーセー
 ジ;M 分子量マーカー

4 図 3 に市販食肉製品の分析を行った結果を示す。 1 はラックスハム(生ハ
 ム)、 2 は牛肉5%、豚肉95%のソーセージ、3は牛肉30%、豚肉70%のソー
 セージ、4はチルドハンバーグステーキ(原料肉は豚肉と鶏肉)、252 はドラ
 イソーセージ(原料肉は豚肉、牛肉及び鶏肉)、6は缶詰ウインナソーセージ
 (原料肉は豚肉)から作られている。その結果、表示通りの肉種が検出された。
 食肉製品の原料肉種をルーチン分析する場合、操作の迅速性や簡便性が求めら
 れるが、PCR法では約 6 時間で 6 肉種(豚肉、牛肉、鶏肉、山羊肉、羊肉及び
 馬肉)を同時に鑑別できた。しかし、以前から問題とされてきた定量性につい
 ては困難であったので、今後キャピラリー電気泳動などで検討する必要がある
 と考えられた。

5 豚肉、牛肉、鶏肉を70:15:15、80:10:10、90:5:5、96:2:2、98:21:
 12及び99:0.5:0.5の割合で混合し、それぞれの肉種の最低検出限界を調べた
 結果、豚肉を基礎食肉として0.5%配合した牛肉と鶏肉を検出できた。すなわち、
 豚肉 1 kgに対して牛肉、鶏肉を555g含有した場合に検出できる感度であった。
 北田ら7)は、豚肉重量に対して牛肉、鶏肉をそれぞれ10%混合し、免疫血清
 反応法では鑑別できたが、薄層等電点電気泳動と高速液体クロマトグラフィー
 では鑑別できなかったと報告している。また、Hitchicockら6)は、牛肉に羊肉、
 豚肉、馬肉、鶏肉及びカンガルー肉をそれぞれ混合して、免疫血清反応法で検
 出限界を調べ、羊肉は5%、豚肉及び馬肉は10%、鶏肉は15%、カンガルー肉
 は20%であり、牛肉は豚肉に混合したもので2%まで検出できたと報告してい
 る。したがって、本方法は他の諸方法に比較して、より感度よく判別できるこ
 とが明らかになった。




おわりに

 筆者らは、食肉製品の肉種鑑別法の確立と製造条件の影響要因について研究を
行った。これらの研究成果はまだ研究途中であり、今後さらに基礎的データ(例
えば、食品添加物の肉種鑑別に与える影響など)を得る必要があると考えられた。
また、従来から課題となっている肉種の定量性についてはまだ不完全であるので、
今後分析法の改良を含めて検討する必要があると考えられた。

● 文 献
1)Chikuni, K., Ozutsumi, K., Koishikawa, T., Kato, S : Meat Sci., 27, 
  119(1990).

2)Chikuni, K., Tabata, T., Kosugiyama, M., Monma, M: Meat Sci., 37, 
  337(1994).

3)千国幸一・田畑利幸・斉藤昌義・門間美千子:日畜会報., 65, 571(1994).

4)費莎・岡山高秀・山之上稔・西川勲・万年英之・辻荘一:日畜会報., 67, 
  900(1996).

5)T.Matsunaga, K.Chikuni, R.Tanabe, S.Muroya, H.Nakai, K.Shibata,
  J.Yamada, Y.Shinmura:Determination of mitochondrial cytochrome b 
  gene sequence for red deer(Cervus elaphus)and the differentiation 
  of closely related deer meats. 
  Meat Sci., 印刷中.

6)Hitchicock, C.H.S., Crimes, A.A.:Meat Sci., 15, 215(1985).

7)北田善三・富田晋・島田吉隆・池田義照・塩川俊男:日食工誌, 37, 383
 (1990).

8)津村明宏・出島博文・岡野敬一・小堀和之:日食工誌、39, 60(1992).

9)松永孝光・佐藤忠之・辻  公美:食科工., 45, 155(1998).
 本報告は、農畜産業振興事業団が平成 7 〜 9 年度に委託実施した畜産物需要
開発調査研究事業の成果の概要である。

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