企画情報部 情報第一課
平成10年11月17・18日の両日、奈良市において、「モウケッコウ! 泣くな畜 産業界〜魅力ある畜産業界の確立を目指して〜」と題して、畜産振興国際シンポ ジウムが開催された(主催:社団法人国際農業者交流協会、奈良県国際農業者交 流協会)。 このシンポジウムの内容については、弊誌2月号にて、アメリカの肉牛肥育業 者マネージャーであるシェーン・リンゼイ氏の「アメリカでの和牛肥育経営」及 び社団法人国際農業者交流協会塩飽二郎理事長の講演内容をご紹介した。今月号 では、米国ペンシルベニア大学獣医学部助教授ロバート・エックロード氏による 「鶏肉、鶏卵の世界的に見た安全政策」の講演内容をご紹介する。
−養鶏産業における食品の安全性とサルモネラ対策− アメリカ・ペンシルベニア大学獣医学部助教授ロバート・エックロード
【ロバート・エックロード氏】 |
食品の安全性に関する基本的問題意識 動物性食品を原因とする食中毒問題は、21世紀まで持ち越される問題であろう。 近年、食品の安全性に関する一般の認識は大きく変わってきており、この認識の 変化に対して我々は責任を果たしていかなくてはならない。食中毒の発生件数が 減少しない限り、法的規制の動きや消費者の食品の安全性に対する要求は一層厳 しくなるであろう。どんなことがあっても、最終食品の中に病気の原因となるい かなる病原菌も含まれてはならないからである。時折、鶏肉や鶏卵に発見される 病原菌は、様々な動物の腸内や環境中に広く存在しているため、今後も無くなる ことはない。養鶏産業全体から病原菌を完全に無くしてしまうことは、不可能な ことであるが、しかしながら、業界は調理前、調理後の食品にいかなる病原菌も 含まれないようにしなければならない。これに加えて、消費者に対しては調理前 の食品はもとより、調理加工された食品についても食品が持つ本来の姿について 指導しなければならない。また、食品を取り扱う人々に対しては、食品の温度管 理や取り扱い方について教育するとともに、食中毒発生の防止に対する責任の在 り方を教育する必要がある。最終的に避けなければならないことは、食中毒の大 量発生と、そこに報道の目が集中してしまうことである。 食品の安全性に対する関係機関の役割 米国では、食品の安全を監督する政府機関はいくつかの官庁に分かれている。 人間の健康に関しては、州と地域の公衆衛生局(Public Health Agencies)が食 中毒の発生を調査し報告する責任がある。もし、食中毒の発生が重大なものであ れば、疾病予防センター(CDC=the Centers for Disease Control)が介入する こともある。動物に由来するものに関しては、対象となる食品別に米国農務省 (USDA=the U.S.Department of Agriculture)と連邦食品医薬品局(FDA=the Federal Food and Drug Administration)が、分担して食品の安全性に対する責 任を取っている。1988年に、東北部諸州でサルモネラ・エンテリティデス(SE= Salmonella Enteritidis)による食中毒が急増したとき、原因は殻付き卵にある とCDCが特定したことから、それ以降政府機関の介入が多くなった。注目する点は、 このとき基本となった最高管理基準(BMP=Best Management Practices)が鶏卵 業界のリーダー、研究者、州政府機関の職員等の自主的な委員会によって策定さ れたことにある。ペンシルベニア州では、このプログラムを活用しており、サル モネラ発生件数は極端に減少している。鶏肉については、鶏肉専用の規制を設け ている。食品の安全性に対する消費者の問題意識の高まりから、USDAは、採卵鶏 よりも一段階厳しい「鶏肉処理加工場における衛生、製造管理規則」 (Sanitation Standard Operating Procedures)を、1997年に発効している。鶏 肉に対するこの規則は、採卵養鶏業のためのサルモネラ対策とは異なり法的な強 制力を持ち、鶏肉処理加工場に適用されている。 ペンシルベニア鶏卵品質保証プログラム(PEQAP)の骨子 ペンシルベニア鶏卵品質保証プログラム(PEQAP=The Pennsylvania Egg Qual ity Assurance Program)は、殻付き卵のサルモネラ汚染を最小限に押さえるため の業界の自主的なプログラムである。このプログラムは、サルモネラ陽性採卵農 場での汚染原因解明のために、USDAと業界の協力の下に、ペンシルベニア州に設 置されたプロジェクトが出発点となっている。プログラムは、国家家禽改良計画 (NPIP =National Poultry Improvement Plan)のサルモネラ対策指針に基づい て、州独立のプログラムへと発展したものである。プログラムの骨子は、 1 最高管理基準の手法を基本に、育成農場と採卵農場のサルモネラ感染を減ら すこと。 2 細菌検査(鶏舎内とその周辺、鶏卵)を行うこと、陽性と認められた卵は殺 菌液卵に回す。 3 プログラムが正しく運用されていることの第 3 者機関による監視 という、構成になっている。 サルモネラ汚染防止の基本 「プレハーベスト・フード・セイフティ(Preharvest Food Safety=食品の生 産過程における安全性の確立)」という言葉は、鶏がと体になるまでの飼育終了 時までの間の、鶏体内やブロイラーと体の表面のサルモネラ汚染を、制御、減少、 除去するためのあらゆる手法を示す新しい言葉である。採卵鶏の場合には、この 言葉は、鶏卵の生産、GP処理、そして貯蔵保管までの全過程において、卵へのサ ルモネラの混入を最小限にする手段を示している。ブロイラーからサルモネラを 完全に除去することや、育成鶏群や産卵鶏群からこのサルモネラを完全に除去す ることは、大変難しい要求だとしても、時代の要求として、業界は、消費者がサ ルモネラの食中毒にさらされる危険性を最小限にしなければならない。 食品の生産過程における安全性の確立(プレハーベスト・フード・セイフティ) は、最高管理基準や微生物検査などの手段を用いて、自発的なプログラムとして、 全過程のなかで要求されるものである。 従来から、鶏のサルモネラ感染の防止策や完全除去策は、 1 種鶏からの垂直感染の予防 2 飼料からの感染の予防 3 飼育環境からの感染 の予防 の3つが主な感染源対策であるとされてきた。このことからすると、「サルモネ ラ(SE)フリー雛を」、「サルモネラ(SE)フリーの鶏舎に導入し」、「サルモ ネラ(SE)フリーの飼料を給餌する」ということがサルモネラを征服するための 重要な手法である。その上で、適切な病原体侵入防止策(biosecurity)の実施に よって病原体の鶏群への侵入を阻止しなければならないが、いずれも簡単な仕事 ではない。 採卵鶏 サルモネラのコントロールはサルモネラ・フリーの原種鶏から始まる。USDAに よってまとめられたNPIP(国家家禽改良計画)では、すべての育種開発鶏につい て、サルモネラの状況を常時モニタリングするための指定検査法を規定している。 全ての種鶏雛をNPIPの認定した原種鶏群から購入されなければならない。NPIPの 認定を維持していくためには、育種会社として、種鶏群や孵卵場に対して、最高 レベルの管理基準とバイオセキュリティが求められる。 飼料 飼料は、鶏群へのサルモネラ感染の最も一般的な感染源だと考えられる。また、 飼料の配送は、養鶏場にとってバイオセキュリティ上、大変なリスクとなってい る。飼料配合工場においては、独自のGood Management Practices=適正管理基準 が必要であり、飼料の取り扱いは適切に行い、病原菌を取り除いた上で、飼料製 造後の再汚染が無いように管理しなければならない。飼料工場は、原料を扱う場 所と出来上がった配合飼料の場所を別々にしておく等の必要がある。ネズミや野 鳥は清潔な原料や完成した飼料に病原菌を持ち込まないように常に排除しなけれ ばならない。 鶏舎環境からの汚染 サルモネラ菌により鶏舎が繰り返し汚染されることは、サルモネラのコントロ ールや完全除去プログラムにとって最も困難な問題である。多くの鶏舎は汚染を 取り除くのに便利な建て方になっていない場合が多く、不適切な清掃や消毒方法 のためにサルモネラのコントロールに失敗することがある。ネズミの駆除がうま くいかずにサルモネラコントロールに失敗することもある。 採卵用の鶏舎でサルモネラコントロールのために、最高管理基準においては徹 底した掃除と消毒が求めらる。手法としては、ドライクリーニング、鶏糞の除去、 高圧ホースでの洗浄・消毒等の手法がある。また、非常にきれいになった鶏舎で、 ネズミがサルモネラの汚染原因になっていることもある。ネズミ対策としては、 鶏舎の修理、鶏舎内外のネズミの巣となる場所の除去、毒餌の散布、死亡鶏の処 理、こぼれた餌の除去等があるが、ネズミの駆除には多大な努力が求められる。 野鳥、ペット、その他の動物も鶏舎の中に入れないようにしなければならない。 また、ハエ、ゴキブリなどの病原菌の媒体になる昆虫も駆除しなければならない。 これらのネズミや昆虫への対策は総称して「Integrated Pest Management=IPM (ネズミや昆虫などの害虫・獣に対する総合的な対策)」と呼ばれている。 冷蔵の必要性 鶏卵を冷蔵保管することは、サルモネラ菌の増殖防止上不可欠である。米国で は鶏卵を洗卵、消毒した後、長期間にわたって販売するシステムになっているた め、ごくわずかな数の病原体が鶏卵に含まれていても、冷蔵しなければサルモネ ラは増殖してしまうことになる。鶏卵の中のサルモネラが問題となることが判明 した1988年当時、幾つかの州では冷蔵が義務づけられていたものの、連邦政府の 法律では義務づけられていなかった。連邦政府の新しい法律では鶏卵は処理後 (庫内温度)華氏45度(摂氏7.2度)で貯蔵することが決められている。州によっ ては、もっと厳しい規制もある。 生産から販売までの食品の安全性について 政府が食品を生産しているわけではないので、食品の安全性の問題解決は、昨 今の報道機関や消費者グループの状況を考えれば、養鶏業界自身に係っていると 言える。一方、無菌の鶏を飼育するのは現実的ではない。このような状況下では、 我々は努力して汚染を減らし関係機関や食品取扱業者、消費者に生鮮食品の取り 扱い方、調理法を指導するか、さもなければ完全調理済食品を提供するしかない。 養鶏業界は、鶏肉のサルモネラ菌汚染を大幅に減らした。30年前は、60%が汚 染されていると言われていたが、1990年代には、20%に下がり、1998年10月に発 表された政府統計では10%であった。鶏卵の汚染によるSE食中毒の発生は、1980 年代の年間85〜90件から、1998年には、20〜25件へと減少している。これらの改 善は、すべて業界が自分達の費用でまかなってきた。しかしながら、すべての動 物性生鮮食品に完全に火を通すことは不可能である。鶏卵の殺菌は、卵の中のSE をコントロールする1つの手法である。毎年殺菌済みの卵調理品の市場は伸びて いるが、生鮮殻付き卵を好む消費者もいる。 米国内での食品の安全性についての最大の問題点は、政府のプログラム間での 調整不足、養鶏業界と流通業界、及び最終的に食品を調理供給している業界との コミュニケーションが不足していることにある。養鶏業界の人たちは流通や調理 に関係している人々の食品の安全性に対しての責任が欠けていると感じている。 すべてがそうだと言えないにしても、食品を正しく取り扱い、正しく調理するこ とによって、大部分の食中毒の発生は回避できるはずである。唯一の答えは「農 場から消費者まで」の食品の生産・流通・消費の全体を通じて統合的なサルモネ ラ対策を実施することである。今後は、調理済み、更には殺菌済みの食品を提供 する必要が出てくるが、大部分の消費者は生の動物性食品を好むものである。今 後食品を介した人への感染が減れば、病原体フリーの食品を求める不可能ともい える要求も少なくなるものと考える。
お詫びと訂正2月号掲載の「新しい放牧酪農への取り組み」(足寄町開拓農協「放牧酪農研 究会」)に掲載した写真(30頁)の説明中、三友由美子さんは(前列右端)では なく(後列中央)の誤りでした。お詫びして、訂正いたします。
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