栃木県/杉本 宏之
平成10年8月末の栃木県北部を中心とした豪雨災害では、増水した河川に近い 畜産農家が甚大な被害を受けた。 黒磯市の佐藤一男さん(43)もその一人。被災前は142頭の乳用牛を飼う大規模 酪農家であった。那須岳中腹を源とする余笹川の沿岸で酪農を経営し、長男の就 農を機に規模拡大を進めていた矢先、住宅・牛舎・家畜ふん尿処理施設・農機具 をはじめ多数の牛が激流とともに流されてしまった。被害後進められている河川 改修計画では、敷地のほとんどが河川区域となるため住居も含めて移転は必至で、 現在は仮設住宅住まいの状態だ。 その被害の大きさに一時は再建をあきらめた佐藤さんも、長男の酪農継続への 意欲もあって、生き残った乳牛を同じ市内の酪農家に預け、現在経営再建に向け て奮闘している。仮設牛舎を今年度中に建設し、今年の半ばまでには再スタート を切る予定だ。 12月4日、そんな佐藤さん一家に朗報が飛び込んだ。激流の那珂川に流され茨 城県内で保護された乳牛が、雌子牛を生んだのだ。この奇跡の母牛は6年12月9 日生まれで今回が 3 産目、昨年11月25日が分娩予定であった。しかし、 8 月27 日早朝に他の牛とともに川に流され、同日午前11時ごろ牧場から約70km下流の茨 城県桂村地内で付近の住民に保護され、その後茨城県畜産試験場山間地支場、栃 木県酪農試験場を経て、分娩を控えた11月中旬から黒磯市内の酪農家に預けられ ていた。 分娩予定日を過ぎ、食も細かったが、12月 4 日午前 6 時ホルスタインの雌子 牛を分娩した。子牛は45kgとやや小柄だがミルクの飲みっぷりも良く、佐藤さん たちを安心させた。この牛の他にも県内の下流域で保護された後分娩した牛が数 頭いたが、ホルスタインの雌子牛は今回が初めてだけに、「生きていただけでも 奇跡なのに、子どもまで生んでくれた。復興に向け希望を表すような名前を付け たい。」と佐藤さんも感慨深げである。 この子牛の健やかな成長と佐藤牧場をはじめ今回被害を受けた畜産農家の順調 な経営復興を願って止まない。
【分娩翌日の母牛と娘牛】 |