◎専門調査レポート


 

食品産業由来有機性資源の

リサイクルと畜産経営の展開条件

九州大学大学院農学研究院 教授 甲斐 諭

 




調査研究の背景と目的

 平成12年度は「循環型社会元年」とも言われており、6月7日には「食品循環
資源の再生利用等の促進に関する法律」が公布された。同法の趣旨は「食品の売
れ残りや食べ残しにより、または食品の製造過程において大量に発生している食
品廃棄物について、発生抑制と減量化により、最終的に処分される量を減少させ
るとともに、飼料や肥料等の原材料として再生利用するため、食品関連事業者
(製造、流通、外食等)による食品循環資源の再生利用等を促進する」ことにあ
る。

 同法第3条によれば、主務大臣は、食品循環資源の再生利用等を総合的かつ計
画的に推進するため、基本方針を定めることになっている。再生利用の中心は肥
飼料化であり、家畜飼料としての利用促進は飼料自給率の向上にも貢献する可能
性を内包している。

 ちなみに、わが国の食品廃棄物の年間発生量は約1,940万トンであり、そのう
ち再生利用されているのは9%にすぎない(「11年度食料・農業・農村の動向に
関する年次報告」)。比較的再生利用が容易な食品産業廃棄物に注目すると、年
間約340万トン発生しているが、そのうち飼料として再生利用されているのは31
%の104万トンである。他の17%は肥料等として利用されているものの、52%の
177万トンは未利用のまま焼却、埋立て、海洋投棄されている実態にある。

 有機性資源である食品産業廃棄物を海洋投棄してきた産業の1つが九州に多く
立地している焼酎産業である。焼酎産業界は、いま、酒税率の引上げ(6年10月
から12年10月までの間に2.4倍)とロンドン条約による13年からの焼酎かすの海
洋投棄の禁止という二重の困難に直面している。九州には約300社の焼酎メーカ
ーがあり、年間約20万トンの焼酎かすが発生しているが、その大半はトン当たり
6,000円程度で(港湾までの距離等により格差が大きい)、海洋投棄されてきた。
しかし、来年からそれが禁止されるので、海洋投棄に代わる低コスト処理方法の
開発が焦眉の急になっている。その成否は焼酎メーカーのみならず、九州の地域
経済にも大きな影響を及ぼす可能性がある。

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 以上の@循環型社会形成の推進の動向A食品産業廃棄物の飼料化の要請B焼酎
産業の差し迫ったかすの畜産経営での利用の必要性−等の社会的背景を踏まえ、
また、Cわが国の飼料自給率の向上も念頭に置きながら、本稿では、@宮崎県と
大分県における焼酎メーカーから排出されるかすの飼料化の実態Aそれを飼料と
して利用している畜産経営側の実態を調査しBリサイクル事業の定着条件を検討
してC食品産業と畜産経営の連携およびそれを通じた地域経済の活性化−につい
て考察するのが目的である。


宮崎県の焼酎メ−カ−・U株式会社の焼酎かすリサイクル事業

U株式会社の概要

 U社(昭和42年設立)は、45年のとうきび焼酎から始め、50年にはそば焼酎を
日本で最初に開発した。その後、麦焼酎、清酒、リキュ−ル、芋焼酎、ワイン、
地ビ−ル、梅酒、米焼酎、発泡酒とアルコール類を幅広く製造、販売し、平成元
年からは産業観光テ−マパ−ク「酒泉の杜」の経営も行っている。焼酎に関して
は13銘柄を販売しており、また、8銘柄がモンドセレクション大金賞などの表彰
を受けている。観光テ−マパ−ク「酒泉の杜」は工場、宿泊施設、伝統工芸工房、
レストランを備えた複合施設で、11年には地域活性化貢献企業賞(国土庁)を受
賞している。

 U社は東京、愛知、大阪、広島、香川、福岡、宮崎に支店を持ち、5つの工場
を所有している。関連会社としては食品の販売等を行うU商事、食肉加工を行う
U物産、酒類と清涼飲料の販売を行うY酒販、観光土産品の販売を行うS物販、
ぶどう、果樹、有機野菜、畜産物の生産を行うU農園、スキ−場、ホテルの運営
を行うGハイランドなどの6つの関連会社を持ち、幅広い事業活動を展開している。


焼酎かすリサイクル事業の取り組み

 U社の焼酎かすのリサイクル事業は、昭和60年から始まり、当時は原液のまま
家畜に与えていた。しかし、原液のままの給与は@1時間ほどで酸化が始まり、
アンモニアが発生し、酪農の場合、乳に、においが付くAたんぱく質が高いため
飼料設計が難しく、生理障害が生じる−などの理由から中止された。その後、た
い肥化も試みられたが、商品化には至らず、海洋投棄されていた。しかし、平成
13年からの海洋投棄禁止に対応するために、9年に焼却炉を建設し、焼酎かすの
焼却処理も可能になった。

 一方、焼酎かすの飼料化の試みは乾燥処理や、サイレージ化等継続して検討さ
れてきた。しかし、いずれの方法も満足な成果が得られないままであった。

 10年に有能な技術者が新たに採用され、同氏の懸命な努力の結果、現在の焼酎
かすのリサイクルシステムが完成し、11年10月から製造販売を開始した。U社の
リサイクルシステムの特徴は、完全混合飼料(以下「TMR」(Total Mixed 
Ration)という)の形にまで加工し、農家段階ではすぐに家畜に給与できる形に
して販売している点である。その他、ドライ飼料、肥料などのリサイクル商品の
開発も進められている。


焼酎かすのリサイクルシステム

 U社の焼酎かすのリサイクルシステムは図1の通りである。U社では、1日当た
り150トンの焼酎かす(原料は大麦60%、ソバ30%、芋10%)が発生しているが、
同図の工程を経て、1日当たりTMRのウエット飼料が毎日60トン(乳牛用30トン、
肉用牛用30トン)、12年6月現在月間約1,300トン生産されている。

 飼料化を効率的にするために脱水ケ−キとろ液に固液分離する。ろ液は加熱加
工が加えられ、高濃度のアミノ酸、たんぱく質を含む濃縮液「パワ−リキッド」
が作られる。これに混合飼料の原料である穀類、牧乾草、ビタミン、ミネラル等
を加えてウエットタイプの混合飼料であるTMRが作られる。TMRは表1に示すよう
に、用途によって乳牛用(1号、2号)、繁殖牛用、和牛育成用、F1前期用に分け
られ、給与プログラムまで考慮した農家にとって使いやすい形で販売されている。

 ドライ飼料は同じく脱水ケ−キから「乾燥」、「ペレット化」、「混合」、
「袋詰」の工程を経て製造される。
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【混合、袋詰工程】
【ウェット飼料とU社のY氏】
◇図1 U社の焼酎かすからのTMR製法
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 資料:U社資料より作成

表1 U社のTMR社の成分
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 資料:U社資料より作成


リサイクル事業の収益性とマ−ケティング

 現在、U社が販売しているリサイクル商品はウエット飼料のみである。ウエッ
ト飼料の1キログラム当たり販売価格は種類によって差があるがおおむね30円強
となっている。1カ月間の売上高は約4,100万円である。

 施設投資は約5億円(7年減価償却)であり、現在は月間1,300トンであるが、
これを月間1,600トンまで増産すれば収支が均衡するものと期待されている。近
々それは達成される見通しであるが、目標は月間2,000トンである。11年10月の
製造開始以降現在まで8カ月間で約6,100トンを販売し、約2億円を売り上げてい
る。将来の年間目標は6億円であり、それに向かって鋭意努力中である。

 TMRの流通は商物分離されている。商流の仕組みは、全国酪農業協同組合連合
会(全酪連)、県酪農業協同組合連合会(県酪連)、JAを経て生産者に引き渡
されるが、物流は全酪連が工場で引き取り、生産者に直接輸送している。また、
ウエット飼料の原料である穀物は、全酪連が直接U社工場に(商流は県酪連を経
由して)搬入している。牧乾草は現在のところU社が直接購入している。

 ウエット飼料の農家庭先価格はU社の価格に物流経費と農業団体手数料を加え
たものとなっている。

 U社のTMRのマーケティングの特徴は、農業団体と連携した販売促進と給与指
導、苦情処理、代金回収を行っていることである。


畜産経営と農業団体からみたリサイクル商品の評価

 表1のような成分を持つU社のウエット飼料の特徴は、@発酵飼料でないフレ
ッシュTMRであるため、子牛の段階から給与できるA飼料の切り替えが短期間に
できるB乳牛の場合、乳成分(特に乳たんぱく質)が増加するCTMRの形になっ
ているので、高齢畜産農家でも家畜の飼養が継続でき、一方、多頭畜産経営では
省力的飼養が可能になる−などのメリットが畜産経営と農業団体から高く評価さ
れている。そのために、注文が殺到しており、供給が追いつかない状態で、供給
量を増やす新しい方式を検討中である。

 現在、酪農経営35戸、肉用牛経営74戸(F1前期用23戸、和牛育成用25戸、繁殖
牛用26戸)の計109戸に供給されており、毎月、宮崎県内に680トン、沖縄県に
250トン、鹿児島県に320トン、熊本県に50トン計1,300トンが供給されている。

 焼酎かすのリサイクル事業においては購入者がいるかどうかが決定的に重要で
あるが、U社の製品は信頼性が高く、また、農業団体と連携して細かな給与指導
とアフタ−ケアを行っていることもあり、購入希望者が増加して、月間約400ト
ン程度の購入希望に応じられない状況である。

 以上のように、U社のリサイクル商品は、需要超過の状態にあり、畜産経営と
農業団体から高い評価を受けていることが分かる。


大分県の焼酎メ−カ−・S株式会社の焼酎かすリサイクル事業

S株式会社の概要

 S社は乙類焼酎生産ではわが国最大のメーカーである。設立当時の基幹品目は
清酒であった。江戸時代からの古い酒蔵が3社合併し、昭和33年にS社を設立し
た(資本金300万円)。翌34年にはさらに1社が加わり、49年にはぶどうの栽培に
適した土地に工場を移転し、清酒に加えてワインの生産も行うようになった。

 54年に麦焼酎を生産したところ、東京での焼酎ブ−ムと重なり、58年頃から販
売額も急激に伸びはじめ、焼酎がS社の基幹商品となった。また、それを契機に
現在地に移転し、新工場を増設した。S社の現在の総販売額の99%は焼酎であり、
その販売は好調で、資本金も10億円まで増資され、増産を続けている。またS社
は季刊誌を発行し、毎年、文化学賞を授与するなど、食品企業の側から生活文化
の向上に貢献している。


焼酎かすリサイクル事業の取り組み

 S社は、58年の工場移転当時から焼酎かすをリサイクルさせるために、県内に
ある後述の有限会社H牧場と提携して一部の焼酎かすを飼料原料(濃縮処理した
形態)として流通させていた。しかし、大半の焼酎かすは海洋投棄していた。
 平成4年には、7年にロンドン条約により焼酎かすの海洋投棄が禁止される可能
性があったので(実際は12年末まで延期された)、本格的に焼酎かすのリサイク
ルシステムの開発に乗り出し、「ECO'95プロジェクト」を発足させた。焼酎かす
を飼料として用いる際には、保存性を高め、飼料の配合を容易にするために、乾
燥処理をする必要があるので、6年には乾燥設備を新設し、焼酎かす乾燥施設
「エコフ−ズシステム」を確立した。

 また、10年には乾燥処理施設に加え、新たな濃縮処理施設も導入し、濃縮処理
能力を向上させた。さらに新たな商品開発に取り組むなどリサイクル商品の開発
研究も継続中で、12年8月には海洋投棄を全廃する計画である。


焼酎かすのリサイクルシステム

 S社では食用二条大麦を利用して、焼酎を1日当たり1.8リットル瓶に換算して
14万本生産している(年間300日で約4,200万本)。その焼酎の生産により、図2
のように、年間約5万トン、1日当たり160〜170トンの焼酎かすが発生している。
S社の焼酎かすリサイクル処理法は乾燥処理法と濃縮処理法の2通りがある。処
理加工された製品は、S社のリサイクル商品販売子会社の株式会社SNを介して、
現在では、全量を後述の株式会社Hに販売、有効利用されている。

◇図2 S社の年間焼酎かす発生量と処理方法別数量◇

 図3に示すように、1日当たり160トン排出される焼酎かすは、80トンが乾燥処
理法により8トンの乾燥飼料に製品化され、他の80トンの焼酎かすのうち40トン
が13トンの3倍濃縮液に処理される。その乾燥飼料と濃縮液の合計の21トンが、
株式会社Hに引き渡されている。乾燥飼料は、濃縮液とともに商品として販売さ
れるが、実質的には加工コストの負担の方が大きい。残る40トンの焼酎かすは産
業廃棄物として処理費を払って引き取ってもらっているが、@セメント工場の冷
却水A排水処理場の栄養源として利用される。またB一部は海洋投棄されており
(12年8月には全廃予定)C一部は新たな高付加価値商品開発に向けられている。

◇図3 S社の焼酎かす処理概要◇
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 資料:S社資料より作成

 図4に示すように、乾燥処理に関しては、設備は6年に導入されたものと8年
に増設されたものの2槽で行われ、1槽当たりの処理能力は1日当たり50トンであ
る。この設備により80トンの焼酎かすがリサイクルされている。

◇図4 S社の焼酎かす乾燥処理法◇
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 資料:S社資料より作成

 乾燥飼料法を見ると、まず、焼酎かすは水分調整と性状を均一化するために原
液タンクへ送られる。次に処理を効率的に行うために「固液分離」を行う。以下、
「放冷機」を通し、保存性を持たせるために大麦ヌカを加え、「粉砕機」、「製
品サイロ」、「製袋機」の工程を経て、1袋 15キログラム入りの飼料原料「麦酵
源U」が完成する。麦酵源Uは1日当たり約530袋、重量で8トン生産される。
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【左から、かす原液、ろ液、濃縮液】

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【麦酵源Uの袋詰】
 濃縮処理施設に関しては、9年に工事に着工し、10年から稼働している。この
新しい処理施設は、1日当たり120トンの濃縮処理が可能である。以前の1日当た
り約17トンの処理から、1日当たり80トンの焼酎かすが濃縮処理されるようにな
った。濃縮液の用途としては、酪農用飼料、有機質肥料、魚餌となっており、食
品への加工も研究中である。



リサイクル商品の価格設定と事業の収益性

 焼酎かすの段階で88.6%ある水分を5.2%にまで乾燥した麦酵源Uの成分は表2
の通りであり、ビールかすに比較して粗たんぱくが多く含まれており、可消化養
分総量(TDN)はビールかすと同等である。麦酵源Uの価格はTDNを基準に、他
の飼料原料である大豆かすやビ−ルかすの市場価格なども参考にして、1キログ
ラム当たり10円(TDN1キログラム当たり15円)に設定されている。

表2 焼酎かす・麦酵源U・ビールかすの成分
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 資料:S社資料より作成

 施設投資の総額は6億6,000万円(10年間償却)であり、乾燥処理に要する総費
用は焼酎かす1トン当たり約7,000円である。焼酎かす1トンから100キログラムの
麦酵源Uが生成され、約1,000円で販売されるので、焼酎かす1トンを乾燥処理す
ることにより約6,000円の損失が発生していることになる。しかし、焼酎かすを
海洋投棄するのにも1トン当たり約5,500円の費用がかかるので、実質的な負担増
は焼酎かす1トン当たり500円である。これらのリサイクルに伴う経費は、事業本
体の焼酎の製造販売部門でカバーされている。

 一方、1日当たり40トンの焼酎かすが3倍に濃縮処理され、約13トンの飼料原料
が生成される。濃縮処理に要するコストは減価償却費も含めて焼酎かす1トン当
たり約3,000円である。

 S社のリサイクル事業に伴う経費は、本業の焼酎の製造販売部門で大半が負担
されており、リサイクル事業が継続されていると言えよう。


有限会社H牧場と株式会社H

S社供給の飼料原料をTMRに加工している有限会社H牧場

 大分県日田市に住むH氏は、飼料流通販売会社の「株式会社H」の社長であり、
また酪農経営を営む「有限会社H牧場」の代表でもある。H氏は、昭和58年にS
社の供給する焼酎かすを乳用牛に給与を始めた。62年には、有限会社H牧場にて、
飼料生産流通合理化事業を活用して、焼酎かす等のかす類を、TMRに加工する工
場を建設し、同時に飼料流通販売会社の株式会社Hを設立した。
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【ウェットです】

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【混合、袋詰。左は濃縮液タンク】
 現在では、H牧場では、H社に加工製造部門を委託している。

 現在、H社はS社が供給する麦酵源Uと濃縮液を一元的に全量引き受け、TMR
に加工している。H社は、平成12年5月の場合、S社から供給される麦酵源Uを
月間150トン、濃縮液を360トン仕入れている(これらの数量はS社の季節的稼働
水準変動によって毎月若干変動する)。このうち、麦酵源Uの68トン、濃縮液の
41トンをそれぞれ単味で酪農家などに販売している。

 残りの麦酵源Uの月間82トン、濃縮液の319トンを主原料として、これに輸入
牧乾草と福岡市等の食品産業から収集した有機性資源(ジュースかす、豆腐かす、
カット野菜くずなど)を加えて、TMRを1日当たり60トン製造している。そのう
ちの32トンを有限会社H牧場に販売し、残りの28トンを他の酪農経営と繁殖牛経
営に販売している。

 TMRは10種類製造されている。販売先である畜産経営の粗飼料生産状況に合わ
せて搾乳牛用が4種類、乾乳牛用が2種類、育成牛用が2種類、肉用牛用が2種類と
きめ細かな製品開発を行っている。このようにきめ細かな多種類の製品開発がで
きるのは、2つの要因が大きく影響している。第1は専門の家畜栄養コンサルタン
トと契約し、飼料設計を委託していること、第2は飼料原料を米国の栄養分析会
社に国際宅急便で空輸し、2週間以内に結果を得て、畜種に合った適切な飼料設
計が可能になっていることである。ちなみに、国内で栄養分析を依頼すると1〜
2カ月を要し、分析項目が少なく、高価であるとH氏は指摘している。

 飼料工場では7人の従業員と1人のパートが雇用されており、また、トラックの
運転手6名が雇用され、原料の仕入れと製品の輸送を担当している。この飼料工
場は地域住民に雇用の場を提供している効果もある。

 TMRの平均販売価格は1キログラム当たり運賃を含んで28円で、比較的価格が
安いこともあるが、開発されたTMRは親会社であるH牧場で試験給与され、成績
が実証された後に販売されるので、他の農家にも安心感を与えることができ、T
MRの販売量が増加している。株式会社Hの経営は順調で、年間売上額は10年度
が5億2千万円、11年度が5億8千万円になっている。もちろん、経営は順調である。


TMRを利用して多頭化と高泌乳を達成している有限会社H牧場

 H氏は、昭和42年に家業の酪農経営(経産牛20頭)に参画し、45年に結婚し、
46年に後継者育成資金を活用して10頭の増頭を行った。その後の酪農経営の規模
拡大過程は表3の通りである。50年に農業構造改善事業を活用し、現在地に牧場
を移転し、これまでの「つなぎ方式」から「フリ−スト−ルミルキングパ−ラ−
方式」へと転換して、飼養規模も60頭に拡大した。

表3 H牧場の経営規模の推移
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 資料:有限会社H牧場資料より作成

 移転地において粗飼料生産を試みたが、地力不足により十分な収穫が得られな
かったため、52年からみかんジュ−スかすの利用を開始した。54年に経営の法人
化と複式簿記の記帳に取り組み、計画的な経営管理を行った。55年にかす類を利
用したTMRの生産を開始し、コンプリ−トフィ−ド技術を確立して、1頭当たり
の乳量の向上に努めた。

 平成5年から、子牛の付加価値を高めるためET(受精卵移植)事業に取り組み、
乳牛から和子牛の生産を開始して所得の向上を図った。7年には、フリ−スト−
ル方式から直下型換気扇を設置した屋内フリ−バ−ン方式に飼養形態を変更し、
500頭規模の畜舎を建設した。併せて20頭複列のミルキングパ−ラ−を導入して、
1日3回の搾乳作業は全て15名のパ−ト従業員に任せている。11年には、和子牛
の事故率低下と増体率の向上を目的に、自動ほ乳機を導入してその改善を図って
いる。ちなみに、11年度の和子牛販売額は大分県第1位の4,603万円であった。

 現在は経産牛650頭、未経牛190頭、計840頭の国内第2位の酪農経営を営みな
がら、和牛のドナーを78頭、和子牛を150頭、F1を250頭の総計1,318頭を飼養し
ている。

 1,300頭以上の牛を水田60アール、畑410アールの耕地(および施設用地350ア
ール)で飼養できるようになったのはTMRの利用によるものである。また、TMR
の給与により、ボディコンディションの維持や良好な発育成績を達成している。
1頭当たり年間搾乳量は大分県平均が7,583キログラムであるのに対してH牧場
では9,443キログラムに達している。

 以上のように、TMRを利用することによって多頭化と高泌乳を達成した結果、
有限会社H牧場の11年度の総販売額は6億4,786万円になり、当期利益は順調に伸
びている。


食品産業から畜産経営へのリサイクル事業の定着条件と地域活性化

リサイクル事業の定着条件

1 焼酎メーカーS社のリサイクル商品はTMRの中間原料であり、飼料製造販売
 会社に供給することによって、必然的に排出される焼酎かすを処分している。
 S社にとってリサイクル事業は不採算部門であるが、引き取ってもらうことが
 不可欠であり、そのためには実需者である飼料製造者の要望に応えた品質保証
 が継続的な取り引きの必要条件である。

2 S社のリサイクル事業の経費の大半は、本業の焼酎の製造販売部門で負担さ
 れている。この事例は、リサイクル事業の独立採算は短期的には達成困難であ
 るので、当面は本業部門からの支援が不可欠であることを示している。しかし、
 長期的には高付加価値商品の開発が望まれる。

3 焼酎メーカーU社は、自社の1部門としてTMRを製造販売している。家畜の生
 理にマッチした製品開発に成功し、それを農業団体の農家指導と組み合わせて
 マーケティングしているところに成功の鍵がある。

4 U社のTMR製造量は現在、月産1,300トン程度であるが、これでは経費を完全
 にカバーしていない。図5のU社の事例から損益分岐点を計算すると月産1,600
 トンが必要であると言えよう。U社では近々それは達成可能で、月産目標を2,
 000トンにおいている。

◇図5 U社のTMR製造の損益分岐点分析◇

  南九州の中小焼酎メーカーでは、ロンドン条約の海洋投棄禁止を受けて、共
 同でリサイクル事業を始める構想があるが、それには、家畜生理にマッチした
 製品開発とマーケティングおよび損益分岐点以上の製造量確保が不可欠である。

5 有限会社H牧場は、S社から飼料原料の提供を受け、それを関連会社でTMR
 に加工し、それを利用することによって多頭化と高泌乳を達成し、大きな利益
 を得ている。この成功を支えた牧場経営の理念に注目する必要がある。H牧場
 の社訓は「共生」であり、また4つある行動指針の1つは「未利用資源の有効利
 用を進めます。」で、他の1つは「循環型農業を進め地域に貢献します。」で
 ある。長年のH氏夫妻の努力を支えた経営理念は、今後のわが国の畜産経営の
 あり方に示唆を与えている。今後、「未利用資源の有効利用と循環型社会の構
 築」の理念が広く社会に受け入れられるよう啓発する必要がある。

6 リサイクル事業が各地で展開するには、食品産業から排出される有機性資源
 の栄養成分を安価に、多項目にわたり、迅速に分析し、飼料設計サービスも行
 える「リサイクル支援センター」の設置が望まれる。

7 産業廃棄物処理事業とリサイクル事業とは区分し、リサイクル事業には公的
 支援をすることが循環型社会の構築には必要である。

8 現在のTMRには、輸入牧乾草が粗飼料として、利用されている。わが国にあ
 る未利用資源の1つである稲わらなどもTMRのなかに取り込む工夫が、粗飼料の
 自給率向上の視点から考慮されるべきである。


食品産業と畜産経営との連携と地域活性化

 食品産業は地域経済の中で大きな比重を占めている。例えば、九州では食品産
業が全製造業出荷額の約20%(第1位)を占めており、その動向は地域経済や雇
用情勢等に大きな影響を与える。だが、食品産業の一部からは有機性廃棄物が排
出され、それを海洋投棄するなど海洋環境に負荷を与えてきたのも事実である。
だが、13年からはそれが国際的に許されなくなり、陸上処理とリサイクルが不可
欠になっている。

 一方、畜産経営は就業者の高齢化などにより、ますます海外飼料に依存する構
造になっている。食品産業から排出される有機性資源を飼料として利用すれば、
個別畜産経営にとっても、また、食品産業にとっても役に立つ。このように、食
品産業由来の有機性資源のリサイクルは、地域の活性化と循環型社会の構築に貢
献するので、一層の支援が望まれる。

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