★ 農林水産省から


豚コレラ撲滅対策について

畜産局衛生課 石川 清康




はじめに

 「豚のいるところ豚コレラあり」といわれたほど、かつてこの疾病は世界を席
巻し、各地で猛威を振るい、わが国でも古くは明治21(1888)年に発生記録が残
っている。それ以降、豚コレラの発生・終息が繰り返され、養豚産業を振興する
上で大きな問題となっていた。しかしながら、この豚コレラの発生に対抗すべく
ワクチンの開発が家畜衛生試験場によって進められ、昭和44年には現在使用され
ている生ワクチンが実用化された結果、本病の発生は激減した。生ワクチンが実
用化された当時、その性能の優秀さからすれば短期間で豚コレラの撲滅・清浄化
が可能であると考えられ、豚コレラの防疫もそれを念頭に進められていたが、当
時それを達成するまでには至らなかった。

 現在、豚コレラ撲滅対策を推進しているが、わが国での最終発生は平成4年12
月であり、また、近年の広域での発生は昭和55年から57年までさらにさかのぼる
こととなる。この状況をどのように評価すべきかを考えた時、自衛防疫によるワ
クチン接種の徹底の成果、輸入検疫による海外からの侵入防止対策によるもの等
その要因は見る角度、何を主眼に置いて評価するかによってさまざまであるが、
7年半無発生の状況が継続され、現在のワクチンが実用化されて以降これほど長
期間にわたって無発生の状況が続いた時代はなかったということである。


豚コレラ撲滅対策を開始した背景

 豚コレラ撲滅対策を開始した背景については、平成8年度の撲滅対策開始前後
から周知を図ってきたところであるが、それが十分に生産者、関係者に浸透して
いなかったとの指摘を耳にすることがある。今一度、「なぜ、8年度から豚コレ
ラ撲滅体制を開始しなければならなかったのか、撲滅対策を開始しなければどん
なことが起こると考えられるのか。」について以下に概説する。


撲滅しなければ、再発生を招く危険性がある

 わが国の豚コレラの発生の歴史をみると、発生には必ず豚コレラに感染する可
能性のある豚(=ワクチン未接種豚)の増加とともに、豚コレラを起こす病原体
の存在があった。このことは至極当たり前のことであるが、これまでわが国では
同じ歴史を繰り返してきた。すなわち、@ワクチン接種の徹底による豚コレラ発
生の減少A豚コレラ無発生の継続Bワクチン接種の不徹底C野外に潜んでいた病
原体による豚コレラの発生Dワクチン接種の徹底による豚コレラ発生の減少−を
繰り返してきたのである(図1)。養豚も経済活動である以上、豚コレラの無発
生が継続すれば経費を削減するためにワクチン接種の徹底が不十分となる。した
がって、ワクチン接種の程度に影響を受けない、すなわち、豚コレラの病原体の
ない環境を作り上げる必要があった。

◇図1 豚コレラワクチン接種率と豚コレラの発生状況◇


コストの削減と良質で安全性の高い豚肉生産への取り組みが必要

 豚コレラワクチンについては、地域の自衛防疫組織を中心に接種が行われてお
り、単味ワクチン換算で年間約40億円の経費が支出されている。豚コレラを撲滅
しない限りワクチン接種を中止することは不可能であり、この経費は将来にわた
って必要となる。また、養豚経営規模の大型化を背景として家畜の伝染性疾病は
むしろ複雑、多様化し、伝染性疾病全般が減少してきたとはとても言えるような
状況とはなっていない。家畜の伝染性疾病そのものの発生を示すわけではないが、
豚のと畜場の一部廃棄率をみてみると、昭和50年58%、60年63%と漸増し、特に
養豚では多くの伝染性疾病が定着し、生産性向上を阻害し、動物医療用医薬品の
残留といった形で畜産物の安全性確保にも影を落としつつあった。したがって、
国際競争にも対抗し得る消費者の求める良質、安全性の高い国産豚肉生産を目指
す体制を作る必要があった。


わが国の家畜防疫体制をもってすれば撲滅は可能

 諸外国では、ワクチンによる防疫よりも経済的メリットが大きいとして、豚コ
レラに対する防疫はワクチンを用いない摘発とう汰により行われている。現在豚
コレラワクチンを用いた防疫を行っている国は豚コレラの発生のある台湾、韓国、
メキシコ等の一部の国に限られている。

 また、豚コレラは、昭和55年に撲滅された人の感染症である天然痘と同様に、
撲滅が容易な4条件、@感染すれば異常を呈することA感受性のある個体(動物
種)が限られていることB優れた診断法があることC優れたワクチンがあること
−を兼ね備えており、その他、わが国には家畜保健衛生所を中心とする診断・防
疫体制が既に構築されており、何らかの異常を摘発した場合に直ちに初動防疫が
行える体制が構築されていることがあった。


豚コレラ撲滅のメリット

 次に、豚コレラを撲滅し、全国的にワクチンを用いない防疫体制に移行した場
合どのようなメリットがあるのかについて概説する。


ワクチン接種経費が将来にわたって削減できる

 これまで豚コレラワクチンは他のワクチンに比べて高い接種率が維持されてお
り、近年の接種率は80%前後(年間約1,500万頭に接種)であった。単味ワクチ
ンに換算した場合、年間約40億円(養豚産出額の0.8%。うち10億円は国および
県助成)の支出が必要となるが、豚コレラが撲滅されワクチンを用いる必要のな
い状況に至れば、将来にわたって年間40億円の経費が削減されることとなる。現
在接種されているワクチンの80%は細菌性の疾病である豚丹毒に対するワクチン
との混合ワクチンの形で接種されており、豚コレラワクチン接種中止後も豚丹毒
ワクチンの接種を行う場合直ちに40億円の削減にはならないが、既に豚丹毒と豚
萎縮性鼻炎の混合ワクチンの製造が開始され、今後も混合ワクチンの開発が進む
ことを考えれば撲滅のメリットは着実に現れるものと考える。また、ワクチンを
接種する際には接種する獣医師だけではなく、豚を捕まえ、押さえるために生産
者の協力が必要となるが、これに要する経費は削減される40億円には含まれてお
らず、ワクチン接種による経費削減のメリットは試算されている費用以上になる。


豚コレラ汚染国・地域からの輸入を制限できる

 ワクチンは本来、疾病の発生の恐れがある地域で疾病の発生を予防するために
使用するものであることから、ワクチンを用いて防疫を行っている地域は疾病の
発生する恐れがある地域ということになる(後述するように、わが国は疾病の発
生する恐れのある状況ではないがワクチン接種を行っている。)。

 このようなワクチンを接種している国からの豚コレラの侵入のリスクは、輸入
を制限することで低下させることが可能であるが、ワクチン接種を行っている限
り輸入を制限することは困難である。それは、輸入検疫が非関税障壁の隠れみの
とならないように、輸入制限を行う場合には、その内容について科学的な正当性
が必要であり、かつ、わが国で行っている防疫措置以上の制限を他国に求めるこ
とはできない。すなわち、ワクチン接種を行っている限りは相対的に豚コレラの
発生するリスクが高いワクチン接種国からの輸入を制限することが困難なしくみ
となっている。

 したがって、平成5年以降発生のない状況に至っている現在、ワクチンを用い
ない防疫体制に移行することで海外からの豚コレラの侵入防止を図ることが長期
的にみて防疫上のメリットが大きいと考える。


良質で安全性の高い豚肉の生産が期待される

 豚コレラに限らず、家畜の伝染病の侵入・発生を防止するための防疫は、生産
者自らも、その生産性を向上させるため経済活動の一環として行うべきものであ
るが、特に、豚コレラの撲滅を達成するためにはすべての生産者が監視者となり、
日頃から異常を早期に発見する姿勢が不可欠となる。異常が早期に発見されれば、
農場内での疾病のまん延、疾病に対する適切な防疫措置を行うことが可能となる。
また、疾病の侵入を防ぐためには、入退場者、車両等の消毒措置の徹底、豚購入
時の出荷元農場の把握といった基本的な一般衛生管理の実施、向上を図る必要が
あることから、豚コレラ撲滅を推進するに当たり、副次的効果として消費者に広
く受け入れられる良質、安全性の高い国産豚肉の生産が期待できるものと考える。


豚コレラ撲滅の進め方

 豚コレラを撲滅し、ワクチン接種を中止するためには、ワクチン接種を中止で
きる環境であるかどうかの調査、万一発生した場合の防疫体制の整備等が必要で
あるが、一方で家畜防疫を円滑に実施する上で重要なことは、生産者、関係機関、
行政が一体となって同じ認識の下で事業を推進するということである。

 そこで、諸外国での撲滅事例とは異なり豚コレラの発生のない状況下で事業を
開始するということもあり、より確実、より円滑に事業を推進するため3つの段
階からなる豚コレラ撲滅対策事業を8年度から開始した。


第1段階、ワクチン接種の徹底と検査の徹底

 第1段階は、@豚コレラに感染する可能性のある豚を少なくするために全国的
にワクチン接種の徹底を図りA豚およびいのししに豚コレラが感染していないこ
と−を全国的に調査する段階である。8年度、9年度の事業実績から、わが国に豚
コレラの存在する可能性は極めて低いとの結論が得られたことから10年度から第
2段階に移行した。


第2段階、地域ごとにワクチン接種を中止

 第1段階から行っているワクチン接種の徹底状況と検査結果を基にワクチン接
種の中止が可能かを都道府県ごとに検討し、ワクチン接種を中止していく段階で
ある。11年4月に鳥取県、岡山県、香川県が、同年10月に三重県、島根県、高知
県が、また、12年4月に26道府県が条件が整っていると判断されたことからワク
チン接種中止地域として指定され、現時点で計32道府県、全国の豚の約半数がワ
クチン接種を中止したこととなる。


第3段階、全国的にワクチン接種を中止

 ワクチン接種中止地域が拡大する中、海外からの豚コレラの侵入を防止するた
めの輸入検疫の強化を図ることを目的に全国的ワクチン接種を中止する段階であ
り、12年10月に第3段階に移行することを予定している。


豚コレラ撲滅対策の進捗状況

ワクチン接種の徹底

 7年度まで主として発生予防を目的としてワクチン接種を実施してきたが、8
年度からは同じワクチン接種でも豚コレラウイルスの居場所をなくすことを目的
として一層の徹底を図ってきた(表1)。事業開始以降はおおむね80%台の接種
率を維持しており、豚の飼養サイクルを考えれば事業開始以降すべての豚が更新
されたことになり、豚コレラの感染が世代を越えて維持される可能性は極めて低
いと考えられる。

表1 豚コレラワクチン接種の実施状況
no-t01.gif (7865 バイト)
 注:ワクチン接種率=ワクチン接種頭数/(年間出荷頭数+繁殖雌豚頭数)
   11年度はワクチン接種中止地域(6県)を除いた概報値

 一部には、100%ワクチン接種が実施されてからワクチン接種を中止すべきで
はないかとの意見もある。

 野外に豚コレラウイルスがいるかどうかのデータがない中、事業開始当初から
ウイルスの居場所をなくすためワクチン接種の徹底を呼びかけ、その目標として
100%あるいは90%といった接種率の目標を掲げてきた。また、後述するが、生
産者の方々の不安を取り除くため、ワクチン未接種農家(ウイルスがいれば何ら
かの異常が認められる。)を中心とした検査を実施しているが、これらの検査で
も異常のないことが確認されている。したがって、ワクチン接種の徹底の目的で
あるウイルスの居場所の排除は達成されたと考えてよく、むしろこのような状況
の中で、ワクチン接種率が当初の目標に達しないことをもって引き続きワクチン
接種を呼びかけることは、生産者の方々に不要な負担を強いるものと考えている。


定期的検査の実施

 豚コレラは豚といのしし以外に感染しないことから、きちんとワクチンの効果
が発揮されているかどうかと豚コレラに感染した疑いがないかを32万頭の抗体検
査、4,614頭の病性鑑定によって調査してきたが、豚コレラが存在するデータは
得られていない(表2)。

表2 抗体検査及び病性鑑定の実施状況
no-t02.gif (10651 バイト)
 注:病性鑑定の結果、すべてで豚コレラの感染は否定されている。

 また、ワクチン接種の徹底を図る一方で、ワクチン接種を実施しない農場につ
いては、個別に抗体検査、立入検査等によって農場に豚コレラが存在しないこと
を確認するための調査を行い、11年度末までに9割の農場について異常のないこ
とが確認されている(図2)。

◇図2 未接種及び一部接種農家の検査実施状況(2,557戸)◇

 抗体調査では、野外ウイルスの抗体とワクチンウイルスの抗体が区別できない
高い抗体価を示すワクチン接種豚がおり、かって日本でもみられた慢性型の豚コ
レラがまだあるのではないかとの意見があるが、確認されている抗体価のレベル
は個体差の範囲のものであり、また、慢性型の豚コレラであればみられるはずの
異常も認められていないことから、前述のような専門家の評価となっている。な
お、教科書的にBVD−MD(牛ウイルス性下痢・粘膜病)ウイルスの抗体と豚コ
レラウイルスの抗体が区別できないことが知られているが、過去行った32万頭の
検査のうちワクチン未接種の2万5千頭の検査でも問題が起きたことはなく、今後、
仮にあったとしても臨床症状の確認、病性鑑定等を行って豚コレラかどうかの検
査を行うこととしている。


ワクチン接種中止地域の状況

 既に32道府県がワクチン接種中止地域として指定されているが、これらの県で
は接種中止後少なくとも4カ月以上を経過していることから、地域の免疫率は40
%程度に低下していると考えられる。仮に、一部に指摘されているように国内に
豚コレラウイルスが存在し、豚の売買やと畜場等を介して伝播するとした場合、
これらワクチン未接種農家等にも当然伝播すること、また、臨床症状を示しにく
い病原性の弱い豚コレラウイルスが存在したとしても、4年の国内での最終発生
以降、肥育豚は約10数代入れ替わっており、豚で感染が維持されているとすれば、
ウイルスの病原性が強まり何らかの臨床的な異常が観察されると考えられる。し
たがって、これまでに得られた検査結果は、国内の清浄性が極めて高く、ワクチ
ン接種中止後に豚コレラが発生する可能性は極めて低いことを示していると考え
る。


家畜防疫互助基金(豚コレラ基金)の加入状況

 わが国では、各種疾病による損害を補償するための家畜共済制度(任意加入、
一部掛金国庫負担)や伝染病発生時に強制的に殺処分を行う場合に手当金(豚コ
レラの場合、患畜3分の1、疑似患畜5分の4、全額国庫負担)が交付されるしくみ
が整備されている。しかしながら、豚コレラ撲滅対策の実施に当たっては、ワク
チン接種中止という従来にない対応を行う関係から、万一の発生についての不安
が大きく、より補償水準を高めた家畜防疫互助基金制度(指定助成対象事業)が
10年度から創設された。

 現在の補償水準は経営継続に十分な額となっていないとの指摘もあるが、互助
金のうちとう汰互助金は市場価格をもとに、焼・埋却互助金は過去実際にかかっ
た費用をもとに、導入互助金は本来経営再開までに得られたであろう所得等をも
とに計算したものであり、補償水準は海外のもの(とう汰互助金相当分のみ)に
比べ手厚いものになっており、平均的経営規模において資金面からみれば経営継
続は十分可能と考えている。

 なお、参考までに、平均飼養規模(肥育豚700頭、繁殖雌74頭、繁殖雄6頭)で
積立金額、互助金交付額を計算してみると、

 @互助金の積立額は、年約20万円で5年間で約100万円

 A発生時には、とう汰互助金1,900万円、焼・埋却互助金310万円が支払われ、
  経営再開時の豚の導入に当たっては、導入互助金が最大(とう汰頭数と同数
  の導入を行った場合)500万円支払われることになり

肥育豚1頭当たりの粗収益を3万1,000円、所得を5,000円とすれば、とう汰互助金
の額は6カ月分弱の粗収益(売り上げ)に相当し、導入互助金は、9カ月分の所得
に相当する。

 加入状況は、ワクチン接種の中止とともに加入率も増加傾向を示す一方で、検
査結果から豚コレラの発生の可能性が極めて低く、また、既に接種を中止した地
域で何ら異常がないことから加入を見合わせる傾向も一部で見られ、現在の加入
率は31%(12年8月時点)となっている。現在、都道府県による生産者積立金の
一部助成、加入方式を通年加入方式とする等してさらなる加入の推進に努めてい
るところである。


豚コレラ発生時の防疫対応について

 全国的なワクチン接種中止後の防疫対策については、11年10月末に案の段階で
公表し、関係者の意見を踏まえて検討した。万一の発生時に広範囲の豚がとう汰
されることになれば、地域の養豚は壊滅的な打撃を受けるといった生産者の方々
の意見を踏まえ、極力不要な生産者の損失を招くことがなく、かつ、防疫上許容
できる範囲について学識経験者の意見を聴いたところであり、12年10月からの適
用に向けて手続きを進めているところである。また、万一の発生に備えて、12年
度予算では疫学調査を円滑に実施するための農家情報(飼養形態、飼養頭数、導
入元農場、出荷先農場等)の整備、臨床的異常豚の検査を中心とした清浄性を確
認するための定期的検査の実施、万一の発生に備えた関係団体との事前調整、緊
急接種用ワクチンの備蓄、死亡豚処理体制の整備等を行うこととしている。


早期の発見と通報

 従来、豚コレラにしても、オーエスキー病にしても早期発見と届出がされなか
ったから大変だったのではないかとの指摘を受ける。豚コレラに限らず、伝染性
疾病の他の養豚場へのまん延を防ぎ被害を最小限とする意味でも、早期の発見と
通報は最重要であり、ウイルスの存在が確認されない現状でどのような原因で発
生するか不明であるが、少なくとも従来のようにワクチン接種を怠って発生する
ものではないことから、生産者間で届出しやすい環境を作ることも重要と考える。
また、早期の発見と通報は、死亡豚に対する補償が家畜共済のみでしか行われな
いため、周囲へのまん延を防ぐだけでなく、できるだけ多くの飼養豚に互助金交
付(未加入の場合は法に基づく手当金交付)を受け、自らの損害を最小限に抑え
るためにも重要になってくる。

 いくら早期発見しても潜伏期間も考えればそれまでに広がってしまうのではな
いかとの意見も寄せられたが、豚コレラが豚同士の接触や汚染された器具・機材
で伝播していくことを考えれば、万一発生しても、日頃から入場車両の消毒や豚
の導入に当たっての導入元の衛生状態の確認を徹底していれば農場への侵入、伝
播を防ぐことは可能と考えている。事実、過去のわが国での発生事例を見ても、
豚コレラと診断された時点での豚の死亡率は10%(ドイツ等の諸外国では2%)
程度であり、豚コレラによって翌日豚舎に行ってみたらすべての豚が死亡してい
るというような事態は起こらないと考えられる。

 これらの対策はいずれも他の疾病対策と共通のものであり、これらの対策が徹
底されることで新たな疾病の侵入やまん延も防止ができ、衛生水準が向上してい
くものと考えている。


死亡豚処理について

 飼養規模の大型化や環境関連の規制の強化によって、死亡豚処理は容易でない
ことは承知しており、豚コレラに限らず、口蹄疫、豚水胞病等の国内での発生の
可能性はゼロではなく、また、火災その他の事故でも死亡豚の大量発生はあり得
ることであり、日常の死亡豚処理の適正化も含め、その処理体制作りが重要と考
える。豚コレラ発生時の対応としては、死亡豚処理に時間を要することが想定さ
れる場合には、直ちに緊急ワクチン接種を実施し、発生農場内でのウイルスの増
加を一時的に抑え、その後順次死亡豚処理をすることとしている。また、複数の
豚舎がある農場で豚コレラが発生した場合には、豚コレラ発生豚舎は殺処分の対
象とするが、消毒措置の徹底、豚舎間での豚の移動等を勘案して同じ敷地内にあ
る豚舎であっても防疫上区分が可能な場合にあっては当面の間隔離を行うことと
している。その間異常のないことが確認されれば殺処分の対象としないことで経
済的損失が最小限のものとなるような防疫を行うこととしている。

 処理方法としては農場内あるいは近隣での埋却が基本であるが、それが困難な
場合は、コンテナ車等を利用して、ウイルスの散逸を防ぎながら化製場等の既存
処理施設に持ち込み処理することを考えている。運搬によって豚コレラのまん延
を懸念する向きもあるが、防疫上適切な措置を行えば問題がないことは、オラン
ダで豚コレラが発生した際に死亡豚を隣国のベルギーまでトラックで搬送し処理
を行ったことからも明らかと考えている。なお、他県の化製場等へ持ち込む場合
には、緊急、一時的なものとはいえ、地元の理解が得られる方法で行う必要があ
ると考えており、通常時の死亡獣畜の適正処理も念頭に入れた死亡家畜の一時保
管施設、運搬車の整備やその運用体制の整備への支援措置も6年度から実施して
いる。

 また、死亡豚処理に関連し、環境関連の法律との関係が十分協議されていない
との指摘があるが、家畜の死体の処理に当たって適用される「廃棄物の処理及び
清掃に関する法律」を所管する厚生省とも協議を重ねてきた結果、家畜伝染病予
防法に基づき適切に焼却・埋却される場合にあっては、同法の適用は除外される
旨の見解を得たところである。今後は、家畜伝染病予防法に基づいた処理が行え
るよう事前に処理体制を整備する必要があると考える。


緊急ワクチン接種

 平成6(1994)年以降4年間発生のなかったオランダで1997年から98年にかけて
429件の豚コレラの発生が報告され、一連の発生によって約70万頭の豚が殺処分
された。オランダを含めたEUの豚コレラの防疫対策は、ワクチンを用いない摘発
とう汰方式(豚コレラに感染した豚を見つけ、豚の殺処分によって清浄性を保つ
方式)で行っており、今回豚コレラの発生した地域はヨーロッパでも有数の豚の
過密飼養地域であったことから発生農場の周辺に飼養されている豚約110万頭を
未然に殺処分(豚コレラに感染していないが、感染家畜を処分することで周辺地
域へのまん延を防止することが目的)した。また、生産者等への影響や、飼育密
度の上昇といった動物愛護上の問題を勘案し、最終的には約700万頭の豚の介入
買い上げが行われた。一方、わが国には昭和44年から用いられている高い効果を
持つ生ワクチンがあることから、万一の発生時、@養豚農家が密集しているA死
亡豚処理に時間を要す−等の理由でまん延防止に時間がかかるようであれば速や
かに緊急ワクチン接種の実施によって効果的なまん延防止対策を行うこととして
いる。そのため、全国8カ所に合計100万頭分(うち90万頭分は指定助成対象事業
による民間備蓄、残り10万頭分は国家備蓄)の緊急接種用ワクチンを12年10月か
ら備蓄することとなった。また、当面の緊急ワクチン接種時に必要な器具・資材
(注射器、注射針、防疫衣、手袋、耳標等)もワクチンと一緒に備蓄することと
している。


移動制限

 豚コレラ発生時には発生農場からおおむね半径3キロメートルの区域を防疫区
域とし、おおむね半径3〜10キロメートルの区域を監視区域として移動制限区域
が設定される。防疫区域は防疫措置終了後40日間、また、監視区域は15日間の移
動制限が課せられ、豚、いのしし、汚染物品の農場外への移動は禁止されるが、
区域内のと畜場、家畜市場等の開催は制限されない(と畜される豚、いのししは
移動制限を受けていないもの)。また、移動制限が課せられている期間中であっ
ても、防疫区域は21日目以降、監視区域は7日目以降家畜防疫員の検査によって
異常がなく防疫上支障のない豚、いのししについてはと畜場への出荷を認めるこ
ととしている。したがって、生産者の方々には、農場内での豚舎単位での防疫措
置及び移動制限期間中のと畜場出荷が可能となるよう通常からの農場内での消毒
措置の徹底等をお願いしたい。


おわりに

 ワクチンを用いない防疫体制に移行すべく8年以降生産者、関係団体および行
政が豚コレラ撲滅対策を推進してきた。その結果、わが国には豚コレラウイルス
の存在は確認されず極めて高い清浄性を維持していることが明らかとなり、既に
32道府県ではワクチン接種を中止し新たな防疫体制に移行しているが、これらの
地域では何ら防疫上の混乱も生ずることなく現在に至っている。また、万一の発
生に備えた互助基金制度の創設、防疫体制の整備の確立も着実に進みつつあるが、
生産者の一部には発生時の経済的損失、防疫体制の未整備を主な理由として接種
継続を求める声があることも事実である。

 ここまで清浄性が確認されている現在、全国的にワクチン接種を中止し、海外
からの豚コレラの侵入を防止するため輸入検疫の強化を図ることが重要であると
考える。また、台湾、韓国はもとより、その他の国でも日本市場を目指した口蹄
疫の清浄化の取り組みを進めており、このままでは、近いうちにこれらの国から
の輸入が避けられなくなることを考えれば、豚コレラの侵入防止という意味のみ
でなく、将来的に輸入豚肉による国内市場の競争激化を避ける意味でもメリット
があると考える。

 撲滅対策の成功には多様な意見を持った生産者、関係団体、市町村、都道府県、
国がそれぞれの役割を分担して、それぞれの役割を着実に実行して初めて成し得
るものであると考える。今回の撲滅対策は単に1つの伝染病を撲滅するためのも
のではなく、養豚の衛生、万一の防疫体制をさらに強化するためにそれぞれの立
場で何をしなければならないのかを改めて考える大きな契機であり、重要な意味
を持っていると考える。

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